海神作戦
わだつみさくせん
以下、ネタバレ注意
映画『ゴジラ-1.0』の作中終盤に立案・実行されたゴジラ駆除作戦。
作戦名の漢字表記は、パンフレットおよび小説版より。
ゴジラの銀座襲撃後、東京を縄張りに定めたゴジラが1週間以内に再上陸することが予期される。しかし1947年当時、日本の陸海軍は太平洋戦争終結で解体され、自衛隊の前身となる警察予備隊もまだ結成されていない。さらにGHQは大陸のソ連を刺激することを恐れて一切の介入を行わないことを決定したため、元帝国海軍将兵及び民間企業「東洋バルーン」など日本の民間人主導のもと、連合国に引き渡し予定だった4隻の旧帝国海軍駆逐艦などを使って立案・実行された。作戦立案者は野田健治、指揮官は「雪風」元駆逐艦長の堀田辰雄。
主作戦として、ゴジラを相模湾にある相模トラフに誘導。続いて大量のガスボンベを括り付けたケーブルを駆逐艦から曳航してゴジラの体に巻きつけた後、ボンベに注入された大量のフロンガスを一斉に噴出・発泡させることで、ガスの泡でゴジラを丸ごと包む。それによりゴジラと触れる海水の密度が小さくなることで浮力が弱まり、重量を支えられなくなったゴジラは一気に相模トラフに急速潜航する。これにより約35秒という短時間のうちに水深約1500mにまで沈降させて凄まじい水圧をかけ、ゴジラの圧壊を企てるというものである。
予備作戦として、ゴジラが圧壊せず耐えた場合に備え、フロンガスボンベと同時に装着した「膨張式浮上装置」と呼ばれる大きな浮き袋(詳細は下記項目を参照)を深海でふくらませ、今度は高水圧に適応した状態のゴジラを海面へと急速に浮上。超減圧を与えて窒素ガス気泡の内圧で体組織や血管を破壊、確実な駆除を狙う。
GHQにより急遽日本へ返還された重巡洋艦「高雄」や、本土決戦に備えて秘匿温存されていた四式中戦車部隊による砲撃がゴジラの頑強な表皮と再生力の前に通用せず、そもそも作戦に参加する駆逐艦は武装解除されており端から正面戦闘などできない。そのため砲撃よりもはるかに絶大なエネルギーを持つ深海の水圧を利用し、「海の力でゴジラを殺す」という発想のもと本作戦が編み出されたのである。
そのためにはゴジラを相模トラフに誘引することが前提となるため、音響機雷処理用の水中拡声器を使い、録音したゴジラの咆哮を水中に流す作戦が計画された。
この録音はゴジラの銀座襲撃を実況中に死亡したアナウンサーのテープレコーダーを、破壊された町の残骸の中から回収したものである(小説版より)。
攻撃的な生物であるゴジラなら、他個体に縄張りを侵されたと考えて誘き寄せられるだろうという考えだが、あくまでも予想であり確実とは言い難かった。
そのため元パイロットである敷島浩一が、戦闘機で挑発して誘導する予備作戦を提案。
終戦により日本の戦闘機はほぼ処分・接収されてしまったが、野田が手を尽くして探したところ試作戦闘機「震電」が発見されたため、敷島がその操縦を担当することとなった。
しかし、野田本人は「民間主導の非常に心許ない計画」と評しており「ゴジラは未知の生物であるがゆえに予測で対策を立てるしかなく、ゴジラを必ず殺せるとは言いがたい」「成功するかどうかは奇跡のような気もしてきた」との見解も示していた。情報が不足している点や準備期間の短さもあり、作戦に参加した秋津淸治も「穴だらけの作戦」と指摘している。しかしゴジラの生態や弱点を詳しく調査していては、その間にどれだけ死者が増えるかは想像に難くない。
- 駆逐艦4隻:いずれも戦争中に沈められず、終戦でアメリカなどの連合国軍に引き渡し予定だった日本の旧海軍艦。堀田辰雄元「雪風」駆逐艦長らの交渉により作戦に提供され、4隻で本作戦主力の海神隊を成す。終戦で武装解除されたため各艦とも非武装であり、「雪風」と「響」にはゴジラに巻き付けるためのケーブルと巨大リール等の機材が艦尾に増設された。
- 試製十四連装降雷装置:ゴジラを深海に沈めるフロンガスを充填したボンベと、沈めたゴジラを急浮上させるための膨張式浮上装置、起爆剤の46サンチ砲弾を組み合わせた機材。名称はBlu-rayBOX特典のブックレットより(劇中では単に「46サンチ砲弾およびボンベ・浮上装置」と呼ばれている)。十四連装の名の通り、ケーブルに14基が繋がれており、駆逐艦2隻によってケーブルごとゴジラに巻き付けられる。
- 局地戦闘機「震電」:大戦末期、極秘裏に実戦配備された試作機で、終戦のドサクサによりGHQの接収を免れていた機体。作戦では敷島浩一が乗り込み、ゴジラが上陸してしまった際の誘導を担当する。
- 駆潜艇数隻:画面には4隻が登場。第十三号型駆潜艇と思われる。水中拡声器部隊として、作戦前の水中拡声器によるゴジラ陽動を担当。
- 水中拡声器:音響機雷の欺瞞用に使われていた機材。駆潜艇で曳航し、録音したゴジラの咆哮を流すことで、ゴジラの誘導に使用。
- 特設掃海艇「黒潮12号」ほか:作戦に先立つゴジラの動向の監視を担当。
- タグボート多数:水島四郎の計らいで作戦途中より飛び入り参戦。
作戦開始前・前哨戦
海上に多数設置した放射線探知装置によってゴジラの接近が察知され、翌朝には駆潜艇数隻が水中拡声器を曳航し、相模トラフへの誘導を試みた。
ゴジラは目論見通り引き寄せられたものの、予想より約4時間も早く相模湾沿岸に出現。水中拡声器部隊を一瞬で壊滅させただけでなく、そのうちの一隻を文字通り放り投げて軍港を破壊し(しかもその攻撃で、海神作戦の作戦本部が設置されていた港湾ビルまで倒壊してしまった)、再び日本へ上陸。
しかし不幸中の幸いとして、ゴジラがそのまま陸へ向かって進撃したため、停泊していた海神隊の駆逐艦4隻には被害が出なかった(むしろここで駆逐艦が出港途中だった場合、駆逐艦が敵と認識され攻撃された可能性がある)。
いずれにせよ相模トラフ以外でゴジラを殺す手立てがないため、野田は誘導を敷島に託して海神隊を出港させる。
ゴジラは鎌倉の山間部まで侵入してしまうが、敷島の駆る「震電」が到着し、機銃掃射で挑発。「震電」に誘引されたゴジラは江ノ島の脇を通って再び相模湾に戻り、作戦決行場所の相模トラフ直上の海上へと誘導された。
作戦開始・海神作戦
作戦の手始めとして、海神隊第一部隊の駆逐艦「夕風」「欅」の2隻が操舵輪を縄で固定し、乗員の脱出した状態でゴジラに向けて突撃を開始する。
ゴジラは以前に「高雄」の砲撃で一時的にとはいえ痛手を負った経験から、2隻目掛けて即座に放射熱線を発射。2隻は瞬時に爆沈した。
しかし放射熱線はゴジラ自身にもダメージを与えるため、再発射までの時間稼ぎに成功する。
続いて「震電」がゴジラの注意を引き続ける中、残る2隻の駆逐艦「雪風」「響」が、フロンガスボンベと膨張式浮上装置を組み合わせた「降雷装置」を大量に括り付けたケーブルを曳航し、ゴジラへ巻きつけにかかる。
「雪風」がクレーンで展張したケーブルの下を「響」がくぐらなくてはならず(水中のケーブルの上を通るとスクリューや舵にケーブルを巻き込む恐れがあるため)、2隻は船体を擦り付けながら交差する必要があったが、堀田たち元海軍将兵らの熟練した操艦によって成功した。
熱線が再発射される直前、ケーブルとともにゴジラに巻き付けた46サンチ砲弾転用の起爆剤を作動。ゴジラは足元の海中に爆発で発生した空洞に文字通り落下し、同時にフロンガスを一斉噴出、ゴジラを海中へ沈め落とす。
目標深度より50m深い1550m地点まで一気に引きずり込まれたゴジラは、156気圧という超高水圧を一気に受けて全身が圧壊しかけるほどの大ダメージを負うも、致命傷には至らず抵抗を始めたため、予備作戦へ移行する。
作戦続行・予備作戦
予備作戦への移行により、ボンベと同時にゴジラへ巻き付けた膨張式浮上装置を一斉に作動。急浮上したゴジラは加圧ダメージの再生が間に合わないままの急減圧により、元通りに再生できない重傷を負いながらなおも生存。バルーンを噛み千切ったことで、水深800m付近で浮上が停止してしまう。
やむなく「雪風」と「響」はゴジラを無理矢理引き揚げようとするが、居酒屋で野田が水島四郎に指摘したように、駆逐艦2隻だけの馬力では推定体重2万トンのゴジラを引っ張り出すに至らない。さらにゴジラの重量に耐えきれず「雪風」艦上のクレーンが倒壊してしまった。
しかしそこへ、水島が数十隻にも及ぶタグボートの船団を率いて到着。
大型船などを曳航するための船であるタグボートは小型だが大馬力であり、彼らの力を借りて駆逐艦はゴジラを引っ張り出すことに成功した。しかし人類による思わぬ抵抗により怒りが頂点に達したゴジラは、超加圧や組織・血管障害によるダメージ、そして再生エラーによって外皮がひしゃげ、水膨れで肉が醜く飛び出し、急浮上した深海魚のように目を白濁させながら、彼らに向かって放射熱線を放とうとする。
総員が死を覚悟する中、敷島の乗る「震電」が特攻。
熱線を放つ間際のゴジラの口腔内へ突入し、最後の手段として搭載していた計750kg(小説版では1000kg)の爆弾で自爆した。
これによってゴジラは上顎から上が丸ごと吹き飛び脳が完全破壊され、チャージしていたエネルギーの制御が効かなくなり、急減圧で裂けた皮膚から熱線が漏れ出して自己崩壊。作戦は成功した。機体と運命を共にしたかに見えた敷島も、橘宗作が用意した射出座席で突入寸前に脱出しており、無事に生還。
崩れ出しバラバラになって沈んでいくゴジラの最期を、作戦参加者らは鎮魂の意を込めて敬礼で見送った。
- 一見すると「海から現れるゴジラに効果はあるのか?」と疑問符が浮かぶ作戦だが(実際、劇中でも疑問視する声はあった)、対象を沈めて水圧で潰すという戦法は、当時の日本軍にて真面目に思案されていた作戦の一つである。実在の深海域棲息大型動物であるマッコウクジラは深度3000mに耐えられるが、マッコウクジラが該当深度に潜る際には片道約30分とじっくり時間をかける必要があり、本作戦ほどあまりに急激な圧力変化を受ければ最低でも肋骨が折れ、肺が潰れて死に至る。それ以前に、3000mどころか数百mの水深の海底生の魚でも釣り針に掛けられてリールを人力で巻き上げるスピードで浮上させられるだけで内臓や眼球が飛び出る程に肥大してしまう事からも解る通り、例え水生生物であっても不測・不用意な水圧の増減は種の区別無く死に直結する。特に当作戦は浮力を失わせて全身をゴジラの何十倍もの荷重圧をかけながら1500mまで落下させ、死ななければ一気に引き上げることで細胞一つ一つや血管に窒素ガスによる気泡を発生させて破裂させるという、絵面に反してかなり殺意の高いものになっている。特に後者は異常な再生力を持つ細胞を有したゴジラにこそ効果覿面な攻撃のはずなのだが、それを受けてなお健在なゴジラこそがおかしいのである。
- 健在とは言っても、再生のエラーからか全身が水膨れを起こしたような状態になるなど、満身創痍と言っていいほどに著しいダメージを受けており、もしも800m地点で一時的に浮上が止まっていなかったら、またはそんな状態で自身へのダメージも大きい熱線を発射していたら、ゴジラといえど耐えきれなかった可能性は高い。
- なお、水深10mごとに1気圧増すとされるため、本作戦でゴジラに実際かかった気圧は大気圧をプラスして156気圧ほどにもなる。1気圧では1平方メートルごとにおよそ10トンの荷重がかかるので、この場合1m²ごとに1560トンほどの荷重がかかる事となる。
- 劇中で指摘されるレベルでゴジラ=海のイメージがファンにもあったためか、海神作戦の上述の内容には「その発想は考えつかなかった」「ゴジラ相手に水圧で挑むというのは盲点だった」などの感想も一部見られた。
- 一方で、水深200mを突破するとフロンガスも水圧で圧縮されて気化しないため、現実で同様の作戦を行うにはフロンガスを代替できる物質・機材が必要となる。この問題はバルーンも同様で、1550mの深度では炭酸ガスも気化しない。というか、常温常圧で気体の物質では膨らませるのは不可能であろう。
- 初代『ゴジラ』では水中の酸素を破壊する架空兵器オキシジェンデストロイヤーが使われたことに倣い、当初は本作でも超兵器を開発する案が検討されていた。それによると、ゴジラの強い再生能力を暴走させて殺す“ゲノムアクセラレータ”が考えられていたそうだが、最先端すぎて現実的でないとの理由から却下された。
- 作戦の主力となった駆逐艦「雪風」は、戦争中に主要な海戦のほとんどに参加しつつも毎回ほぼ無傷で帰還した「奇跡の駆逐艦」として知られる。同じく作戦主力の駆逐艦「響」は、逆に沈没しかけるほどの被害を受けても毎回帰還する悪運の強さから「不死鳥」の名で知られていた。2隻とも日本海軍の幸運艦として有名な駆逐艦である。
- また、2隻とも戦争末期に戦艦大和の沖縄水上特攻への参加が命じられており(雪風はほぼ無傷で帰還、響は直前に機雷を触雷して参加できなかった)、主人公の敷島と同じく「特攻を命じられながらも生き残ってしまった存在」である。しかも本作戦では、沖縄に特攻して沈んだ大和の46サンチ砲弾が雪風に積まれており、因縁のようなものも感じざるを得ない。
- 共に参加した駆逐艦「夕風」「欅」は上記2隻のような幸運や強運のエピソードはあまりない。しかしいずれも戦時中、特攻兵器である人間魚雷「回天」を搭載する改造が行われなかった点で共通し、メタ的にはそれが理由で登場したのでは……と推測する人もいる。
- なお、作戦に参加した4隻以外には、より大型の秋月型駆逐艦数隻が当時まだ連合国に引き渡されておらず、復員局で復員や掃海指揮に従事している。こちらを参加させることも不可能ではなかったりする。
- ただし、海神作戦は民間人主導で政府は関与しないことになっていたため、政府機関である復員局所属の秋月型駆逐艦は参加を許されなかった可能性もある。また小説版では銀座襲撃時に復員局そのものが消滅したとも語られているので、それが何らかの影響を及ぼしたのかもしれない。
- そもそも駆逐艦としてはかなり大型なので小回りが利かず、ゴジラにケーブルを巻き付ける作業には不向きだっただけという可能性もある。
- ゴジラが直立した姿勢で泳ぐことができるかについては、尾をくねらせることで可能とされている。しかしそもそもこの作戦を実行するタイミングに限ってゴジラがそんなことをしてくれるのかというツッコミもある。とはいえケーブルを巻きつける間にも、敷島の「震電」が空から挑発し続けていたため、ゴジラがそれを捉えようと伸び上がった姿勢になるのは別に不自然ではない。
- 作戦で使用されたフロンガスは(作中の1947年時点では問題化されていなかったが)70年代にオゾン層の破壊、90年代には温室効果ガスの一種として問題化し、現在ではまず使われることのない物であるが、当時の技術力では不燃性かつ毒性も低く噴射剤として優秀な部類に入る。また、上記のように大和型戦艦用の46サンチ砲弾も起爆剤として転用されており、この作戦は使える物資・技術・知識、何でも精一杯にフル動員して実行に移したことが窺える。
- なお、上述のようにフロンガスは高圧下では気化出来ないため、本来はこの作戦には向かない。その上で何故フロンガスが選ばれたのかと言えば、メタ的にはフロンが酸素の同素体であるオゾンを破壊する物質だからだろう。
- ちなみに後藤一信が考えていたフロンガスの案は後半部分があり、「泡で包んで沈めつつフロンガスは温度を急激に下げるので、ものすごい氷の柱ができてゴジラが突き刺される」パートも考案されていたが、一撃で終わってしまうため映画として少し面白みが欠けるとして前半部分だけ採用されたとのこと。
- パンフレットのプロダクションノートによると、制作プロジェクトが動き出した当時、新型コロナウイルス流行により制作を一時停止せざるをえず、撮影の目途も全く立たない時期もあった。それでもプロデューサーと監督ら一部スタッフは脚本の打ち合わせ・執筆・改稿を重ね、そのうちに“民間”“無政府”“現場”が強調され物語に影響を与えていったという。山崎監督も「第一作目(1954年)はヒロシマ・ナガサキの原爆と第五福竜丸事件、1984年のゴジラは米ソ冷戦、シン・ゴジラは3.11……本作は実際の事件や事故に依存しない普遍的な作品を目指すつもりだったが、やはり「ゴジラ映画」は否応なく時代的な要素をはらんでしまう宿命にあると感じました(要約)」とコメントしている。
- アメリカでは、「皆で知恵を絞り、地味な方法で強大な敵を攻略していく」という展開が好まれやすいとのことで、山崎監督は、海神作戦も『ゴジラ-1.0』が北米で好評を博した一因とみている。
類似作戦
オキシジェンデストロイヤー:初代ゴジラを葬った兵器。こちらは水中で使用すると水中の酸素を破壊し無酸素状態にするといった効果を発揮する。こちらも元素が絡む作戦となっている。
また水泡がゴジラの周りを包む点や一度海面に出た場面などが類似している。
ヤシオリ作戦:国内実写前作の終盤に行われた対ゴジラ作戦。物語終盤に行われている、ゴジラにわざと放射熱線を発射させて再発射までの間に攻撃を行う、作戦は成功したが不穏な終わり方など類似点は多い。しかし、ヤシオリ作戦は日本国家が総力を投じ、米軍の協力を得て、爆薬を搭載した新幹線及び在来線、高層ビルの倒壊、多数の無人航空機まで活用した陸上での作戦であるに対して、海神作戦は国家自体は作戦に参加せず、米軍(GHQ)も協力していない(政治的な理由でむしろできない)民間主導で航空機は有人機1機、海の水圧を利用した海上での作戦であるといった点が対照的になっている。