概要
第七代孝霊天皇と内侍・倭国香媛（ヤマトノクニカヒメ）の間に産まれた第三皇子『倭五十狭芹彦（ヤマトヰサセリヒコ）』の別名。
『古事記』では『比古伊佐勢理毘古命（ひこいさせりひこのみこと）』（亦の名『大吉備津日子命（おおきびつひこのみこと））、『日本書紀』では『彦五十狭芹彦命（ひこいさせりひこのみこと）』（亦の名『吉備津彦命（きびつひこのみこと））と記載されている。
倭迹迹日百襲姫命は同母姉。吉備平定に同道した稚武彦命（わかたけひこのみこと、亦の名を若建吉備津日子命あるいは小吉備津彦・若建吉備津彦）は異母弟ではあるが母同士が姉妹（つまり吉備津彦と百襲姫にとって稚武彦は同父の弟にして母方の従弟）である。
また景行天皇妃(前妃)である播磨稲日大郎姫（はりまのいなびのおおいらつめ）は稚武彦の娘であるため吉備津彦の姪となる。この姪の子(吉備津彦の姪孫)のひとりが小碓命（日本武尊）である。
一方で稚武彦の孫(播磨稲日大郎姫にとっての甥、日本武尊にとっては従弟)のひとりに吉備武彦がいる。彼は日本武尊の東征時の部下であり、のちに自身の娘である穴戸武媛（あなとのたけひめ）を日本武尊に嫁がせている。
妻に関して、岡山に伝わる伝承では百田弓矢媛（ももたゆみやひめ。吉備地来の豪族の娘とされる）と高田媛（たかたひめ。楽々森彦の娘）の存在が伝えられる（両名を同一視する説もある）。
第十代崇神天皇の御代に大彦命（おおびこのみこと）、武渟川別命（たけぬなかわわけのみこと）、丹波道主命（たにはのみちぬしのみこと）らと共に四道将軍の一人に任命され、西道（山陽道）に遣わされ、兄弟の稚武彦命と共に吉備国を平定し、『吉備津彦命』と呼ばれるようになった。
吉備津彦の直系の子孫は複数の系統に別れており大きくは、温羅征伐の途中地である和泉・播磨・備前(上道)に残った者（椋椅部首、印南臣、吉備氏）、叔父の稚武彦(若建吉備津彦)と共に吉備国特に備中(ひいてはヤマト王権)の礎となり瀬戸内海周辺（備前・備後・讃岐）に散った者（吉備氏、笠臣）、父の事跡（西国討征）を引き継ぎ九州へ赴き豊後と肥後の国造となった者（国前国造、葦分国造）の三つに別れるとされる。
鬼退治の伝説
注) 温羅の項目も参照
吉備（岡山県南部）には鬼ノ城に住んで地域を荒らし、暴虐ぶりで現地の人々を苦しめていた悪鬼・温羅（うら）を、吉備津彦命が犬飼健（いぬかいたける）・楽々森彦（ささもりひこ）・留玉臣（とめたまおみ）という3人の家来と共に討ち倒し、その祟りを鎮めるために温羅を吉備津神社の釜の下に封じたという伝説が残っている。
この伝説が後代に御伽噺「桃太郎」となったとされ、温羅の本拠地鬼ノ城が鬼ヶ島、討伐にあたって引き連れた臣下はそれぞれ、犬飼健が犬、楽々森彦が猿、留玉臣が雉のモデルとなったとされる。
家来の1人である犬飼健は犬養氏の始祖で、五・一五事件で暗殺された犬養毅首相の祖先と言われている。
吉備平定での活躍と温羅伝説は、共に古代の大和政権と吉備国の対立構図を、桃太郎と鬼の争いになぞらえたとするものとされ、鬼とは当時の地元民の抵抗勢力の隠喩とも言われ、蝦夷などの古来民族を敵視する古事記や日本書紀などの流れを組んだ部分が強いことを示唆している。
この伝説は同神社の御釜殿（重要文化財）における鳴釜神事の謂われとなり、上田秋成が手掛けた読本『雨月物語』中の一編『吉備津の釜』にも登場する。
信仰
旧吉備国地域（岡山県から広島県東部（福山市）にかけて）には吉備津彦を地域の祖神、温羅をその先触の神使として祀る吉備津彦信仰が根強い。
かつての吉備国地域を構成していた国（備前国・備中国・備後国）における現位の一宮である吉備津彦神社（備前）吉備津神社（備中）吉備津神社（備後）の各社において主神として祀られるのが吉備津彦である。
また、同地より瀬戸内海を超えた讃岐国（現在の香川県）の一宮である田村神社の祭神「田村大神」にも吉備津彦が主神のひとつとして習合されている。これは田村大神の主柱が吉備津彦の姉である倭迹迹日百襲姫（ヤマトトトヒモモソヒメ）であるため。
なお陵墓は岡山市吉備津から尾上(一宮地域)に広がる通称「吉備の中山」の頂上に造られた中山茶臼山古墳。「大吉備津彦命墓」として宮内庁の治定を受けている。
備前・備中の両一宮はこの古墳がある「吉備の中山」の麓に鎮座されており（備前一宮の吉備津彦神社が北東麓、備中一宮の吉備津神社が北西麓）一帯においてワンセットとする大霊地(聖地)としても扱われる事がある。
また、この陵墓(および吉備の中山)は備前国と備中国を分ける旧国の国境のひとつでもある。
吉備津彦が登場する創作物
チャンピオンREDに連載されていた時代劇漫画。鬼哭隊の長。なんと不老不死の存在。
週刊少年ジャンプに連載されていたプロレスギャグ漫画。登場するレスラーがおおむね御伽噺モチーフで、主人公は桃太郎モチーフ。そして吉備津彦は主人公のご先祖さまと明言されている。
のちに主人公の守護霊ご先祖ちゃんとして童侍姿で登場した。人物設定そのものは「皇族の御子」ではなく「桃太郎」の方に寄っている（というか全振り）。この作品では「吉備津彦命」が本名であり「桃太郎」は通称（そして「五十狭芹彦」は幼名であり諱）という扱いになっている。物語のクライマックスでは宿敵・鬼王温羅ことイワン・シュテンドルフとの愛憎入り雑じる宿縁と和解が描かれた。シュテンドルフの最期にあたっては若侍姿を見せ、彼への友情ゆえに自らの手で病院に運んでいる。
1996年に毎日新聞出版より出された、藤川桂介による新書ライトノベル。毎日中学生新聞連載作品。吉備津彦伝説と桃太郎伝説を再構成させてヤマト王権と旧吉備勢力の争いを軸とした内容で執筆された伝奇戦記ラノベ。
「吉備津彦の前に『キビツヒコ』を名乗る豪族(先吉備津彦、さきのきびつひこ)がおり、温羅はその部下にして盟友。先吉備津彦は温羅のもたらした鉄をもってヤマト王権に刃向かうも、倭五十狭芹彦が先吉備津彦を打倒した事でその名を譲られ、温羅は友の名を取り戻し仇を討つために立つ」という、どっちかといえば吉備津彦の姪孫っぽい展開をやっている（まぁ神話にはよくあることではある）。
関連イラスト
