生成AIをはじめビジネスツールがどんどん充実し、誰もが同じような答えを導き出せるようになっている。今、求められているのは、自分ならではのオリジナルな答えだ。それを可能にするのが手書きのメモだと提案するのが、『考える人のメモの技術』。クリエイティブな仕事をする人たちの共通点は、まさに考えるときにメモを書いていたことだという。コクヨの現役社員が記した、手を動かして答えを出す「万能の問題解決術」とは?
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問われているのは、「自分だけの答え」
生成AIの登場をきっかけに、アウトプットを支援するツールが爆発的に増えた。
文章や画像をつくるAIだけでなく、情報をまとめたり、仕分けしたり、整理したり、さらにはビジュアル化までしてくれるものもある。
いまやインターネット上には、山のような情報があり、それを自在に扱える時代になった。だが、その便利さの裏で起こっているのが、「どのツールを使っても、似たような答えが出てくる」という現象だ。これでは差別化にならない。
むしろ今、問われているのは「自分だけの答え」を持てるかどうかだ。
そんな時代にロングセラーとなっているのが、『考える人のメモの技術』である。本書は、「メモをとめない人だけが、自分だけの答えにたどり着ける」と説く。
著者の下地寛也氏は、日本で一番ノートを売る会社コクヨで30年以上のキャリアを積み重ねてきた人物。コクヨは、文房具だけでなくオフィス家具や新しい働き方も自ら実践し、そのノウハウや環境づくりを顧客に提供している。
その中で下地氏は、ワークスタイルコンサルタントとして、組織が創造的に働くための仕組みを提案してきた。また、働き方や職場環境のあり方を研究する「ワークスタイル研究所」で、所長も務めていた。
こうした経験の中で日本を代表するクリエイターをはじめ、社内外の数多くのクリエイティブな仕事をしている人たちと接してきたなかで、ある共通点を見つけたという。
彼らは、考えるときに必ず「書いていた」。
書くことで思考を深め、商品企画を立て、マーケティングの戦略を描き、顧客への提案を磨き上げていたのだ。
それを言語化し、現場の最前線にいる人たちにインタビューを行い、メモのテクニックをまとめたのが、この1冊だ。そして、冒頭でこう書き記す。
これが、この本で考えていきたいテーマです。(P.2)
「しっかり考えたつもりなのに、結局まわりと同じような答えになってしまった……」。仕事などでこのような経験をしたことがある人は少なくないだろう。
それを打破するために有効なのが、「考えるためのメモ」のスキルを身につけることだというのだ。
重要なのは、「考えるためのメモ」のスキル
なぜ「自分だけの答え」が重要なのか。既存のツールを使って、誰にでも出せてしまいそうなものを出しても、今や驚かれることはないからだ。
言ってみれば、今やアイデアはどんどんコモディティ化してしまう時代なのかもしれない。
とりわけ生成AIは、知的生産活動の多くをコモディティ化してしまう。ここから抜け出るには、生成AIにはできない思考で「自分だけの答え」を出すことが必要になるのだ。
しかも、「自分だけの答え」は仕事だけに求められるわけではない。人生設計しかり、キャリア設計しかり、いろいろなところで求められてくる。
自分なりに考える力がなければ、周囲に流されていってしまうようなことになりかねない。
もちろん情報をたくさん知っていることや論理的に考えることも大切だ。しかし、それ以上に大切なことがあると著者は記す。
何かを感じとり、何かに気づき、
そこから思考を深く探究しながら、
オリジナリティのある視点を加えた自分の答えを出すことです。(P.3)
そして、こうも続ける。
たしかに、どこかに書いてありそうな答えばかり提案する人と、「ああ、これはあの人らしいね」「さすが、あの人はいつもちょっと人と違うね」という提案をできる人とでは、印象はまるで違うことは想像できる。
では、そういう人はいったい何をしているのか。どんな取り組みをすれば「自分だけの答え」を出すことができるのか。その秘密こそ、メモにあるというのだ。
と思う人もいるかもしれません。
実は、仕事における創造性やキャリアを考える上で有効なのが「考えるためのメモ」のスキルを身につけることなのです。(P.3-4)
ここで重要なポイントは、メモのスキルではなく、「考えるためのメモ」のスキルだということだ。
本書で紹介されているのは、単に効率的にメモをとる方法や、従来の思考のフレームワークに当てはめて、パターン化された答えを導き出すためのメモ術ではない。
それこそ、このやり方では、出てくる答えは誰が考えても同じになってしまう。
実は、そうではない「考えるためのメモ」のスキルがあるのだ。
メモすることで、思考がクリアになる
そもそもメモといえば、忘れないために書いておくもの、というイメージがある。実はこの文章を書いている私には『メモ活』(学研プラス)という著書があるが、その本で提案したのは、「とにかくメモをしよう」だった。
というのも、人は忘れてしまう生き物だからだ。
かつて私は取材で、「人類の歴史は、実はその大部分をジャングルで暮らしていた」という話を聞いた。
今のような近代的な生活は、人類の歴史上ではほんのわずかな期間に過ぎない。
つまり、人間の身体はまだまだジャングルでの生活に適応しているのだという。獰猛な生き物もおり、少しでも気を緩めたらガブリとやられてしまうのがジャングル。
求められたのは、常に周囲に注意を払えるよう脳のスペースを空けておくことだった。
だから、いろいろなことを忘れる。人間は忘れることが本能であり、忘れるようにできているのだ。だから、忘れないようにメモが重要になる(かつ文章の素材としてもメモが生きる)。
だが、メモにはそれにとどまらない力があると著者は記すのである。
人は考えるときに「言葉」を使いますが、それを「文字としてメモする」ことで思考は前進します。(P.6)
外から入ってきた情報や出来事に触れてモヤモヤしたとき、「このモヤモヤはなんだろう」と文字にしてメモすることで、思考はクリアになる。
そして、いろいろとメモしながら考えているうち、「あっ、これが本質かも!」という気づきが得られる。
そして、そのメモの言葉を見て、更に深く考える。
この行為を繰り返すことで、自分の頭で考える力が鍛えられるわけです。(P.6)
多くの人は、モヤっとしたイメージを言葉としてメモすることを億劫がっている。それを変えてみようというのだ。
メモをとることで情報感度が磨かれ、自分の言葉で発言や行動ができるようになるというのだ。
難しい仕事もパパッとこなせるようになる。
結果、豊かで楽しい仕事と生活を送れるようになるでしょう。(P.7)
次々とアイデアを出し、的確な答えを出す優秀な人。本書は、そんな人の頭の中のブラックボックスをメモで見える化し、真似するための具体的な方法を解説する。
「メモなんて面倒」と思うかもしれないが、メモがうまくとれるようになれば、自分らしいアウトプットが出せるようになるとすればどうだろうか。そしてそれは、メモを楽しめるようになることにもつながるのである。
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『東京ステーションホテル 100年先のおもてなしへ』(河出書房新社)、『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか』(日経ビジネス人文庫)、『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。



