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「ほぼ日」の社内調査を担った社会学者が、組織らしくない「ほぼ日」の組織の謎に迫る連載の2回目。今回は、個々の動機を重視する「ほぼ日」の意思決定のメカニズムを解き明かす(調査は2015年6月から2016年3月までの10ヵ月間にわたって行われた。連載で描かれるエピソードは特に断りがない限り、上記期間中のものである)。
「ほぼ日」の一番大きな特徴は、組織の制度があるにもかかわらず、運営ではあたかもそれらがないかのように社員が振る舞うことだ。
「ほぼ日」=糸井重里と考えている人にとっては少し意外なくらい制度の形を整えている一方で、一人ひとりの行為が、役職ではなく個人の動機や個性と紐づけて理解されていく。制度面を見れば組織だが、社員の話を聞けば聞くほど「個人」が際立ってくる。まるでフリーランスの集まりではないか……と一瞬錯覚してしまうほど、「組織」は会話の過程で消されていく。
今回は、この「見えない組織」としての「ほぼ日」の特徴を取り上げたい。
何よりもまず個人から出発する、変わった運営
社員数は2015年の取材当時、約40人でアルバイトなどを含めると55人。この規模になると、当然なんらかの組織運営のための仕組みが必要になってくる。まずは組織図などから、当時の「ほぼ日」の体制を見てもらおう。
図:ほぼ日の組織図
内臓を模したこの図は社内では「内臓型組織図」と呼ばれている。その呼び方自体も興味深いが、まずは構成を確認したい。
上記の図では「企画編集(読みもの・商品)」「管理(総務や人事など)」「デザイン」「事業支援(経営企画の役割を担う)」「マーケティング(広報や出版事業、顧客対応も含まれる)」「宇宙部(システムなどIT全般)」など機能別に部署が分かれていると同時に、「定番商品プロジェクト」といったように商品ごとのプロジェクトも併記されている。
くわえて実際の組織図には、各部署の場所に所属している社員の名前が書かれている。そこには、同じ人物が別々の部署に複数回登場することが散見され、組織内の人の所属はマトリクス型の組織よりも、より柔軟である。
組織の階層は「役員(部長を兼務)・社員」の2階層と捉えられており、人事等級は6つに分かれ、同職級間は期間で昇給する職能資格制度になっている。階層や人事等級について「意外に普通の会社っぽいのだな」と驚いた人もいるのではないだろうか。
その一方で、実際の運営の仕方を見ていくと印象は一変する。
「ほぼ日」では、どのような企画も個人の「動機」から始まるとされている。それも驚くことに、一つひとつの企画の形式的な承認過程がない、という。企画は基本的になんとなくはじまり、社内で共感する人が多く集まれば実現の可能性は高まる。
たとえば、企画編集部の部長と、社員にインタビューしたところ、次のように答えが返ってきた。読みものの企画では「読みもののチーム内で、自分以外のもう一人が企画を肯定すればやってよい」とされ、部長も雑誌の編集長が持つような強い編集権を持っていない。
そんななか、誰が何を更新するのかという報告は、週1回、更新予定を確認するためのミーティングで行われ、その中で完成間近の記事の共有や、新しい企画の相談などがされるようになっている。通常は、その場で企画が仲間から納得されれば、取材の交通費など一定程度コストがかかるものも実施してよいことになるという。ただし、これは承認手続きのための会議とは受け取られておらず、あくまでも、みんなが集まる機会なで相談がしやすい、といった利便性の高さが理由であり、その他の場面でも構わないとされている。
企画担当者は、ある程度取材や記事作成が進んだ時点でデザイン部からページを担当してもらえそうな人を探して声をかけ、制作を進めていく。そうして作成された記事は、公開前に全社員に向けてメール送信するかたちで共有されている。
とはいえ、これも誰か特定の人がチェックをして掲載可否を決定する過程として存在するわけではない。あくまでも他の社員からのコメントをもらったり、社内の反応から記事の評判を推測したり、社内の情報共有のためになされていると捉えられている。
上記のような経緯のため、社員がそれぞれ実際にどういうプロジェクトにどのように関わるかも成り行き上決まったり、「何々が好きだと聞いて、声をかけた」というように、あらかじめ決まったやり方がない。なかには企画編集の人間だけでなく、事業支援部の人間が商品プロジェクトに関わる事例もあり、部署の役割が必ずしも限定されていない。これも分業が固定化されていないという意味では珍しい。
企画を推し進める過程では、「ほぼ日」ではまず、他の社員の反応やコメント、実施にあたっての情報共有などによって、企画の承認や報告が代替されている。そのため、誰も「ほぼ日」内のすべてのプロジェクトを把握することができないという。
これはプロジェクトのアサインに関しても同じような状況で、上述の組織図に現れないプロジェクトは数多くあるうえに、非公式にアサインされている人などもいるため、こうした周辺的な所属も含めたすべての所属関係は把握できないし、していないという。
とはいえ、やはり実際に企画を遂行するにあたって、条件次第で一定の統制はある。たとえば、読みものの企画の場合は、基本的に取材費を支払わないで運営をしていることから、通常は人件費以外の経費はかからない(2017年現在は取材先との関わり方によって、取材費を支払うようにもなっている)。そのため出張取材など、事前に明らかに経費が発生する企画の場合は、その経費を使うだけの面白い企画なのかを、チーム・メンバーからより厳しく問われる。
あるいは300万円以上の予算を使いたい場合は、役員が出席する経営会議での承認が必要となる。そのため商品企画など、サンプルをつくる必要がある場合は、実質的にはほとんど会議を経ることになるという。「ほぼ日」のビジネスモデルとしては、物販による売上げが会社の売上げの大部分を占めるため、こうした一定の基準を設けることで企業としての統制と利益とを保っていると言える。
別の言い方で言うと、「ほぼ日」のユニークさは、こうした事業の進め方の「組織らしくなさ」と、ある程度の階層を持つことからくる「組織らしさ」が同時に成立している点である。
「ほぼ日」での役職の捉えられ方
たとえば階層的権威の強さを考えるうえで、部長という役職はどのように捉えられているのだろうか。それぞれ企画編集部と、商品企画部の部長へのインタビューから、「ほぼ日」での役職への意識が垣間見えてくる。企画編集部の部長は、みずからの行っていることを振り返ったとき、部長としての特別な役割はない、という。
「部長という役割でなにか特別やっていないと思いますよ。『承認する係』というのは後づけとして、あると思いますけど。きれいごとでなく、特にそれを必要とした、ちゃんとした役割はないと思います。ときどきあるのは、チームの人から、ある企画をやるべきかと相談に来られたときに『やめれば?』とか、反対に『やれば?』と背中を押すことくらいでしょうか」
「進捗管理や業務管理も特にやっていないです。忙しい人から暇な人に仕事を流すようなシステムはまったくないので、お互いさま……と。明日はわが身と思いながら。でも、5年に1回くらい相談することはありますね。『ちょっとその余分な一つ、この人に分けてみませんか?』と。それも、『言われた時期が全然、的外れだった!』と言われることもありますし、私以外の人も、同様のことを他の人に言っていると思います」
ここでは部長としての承認は、あくまで経費精算などで便宜上必要な「後づけ」と考えられており、みずからの役割は、判断に困ったときの相談相手だと認識されている。
「上下の関係がなくフラット」というのが、この組織でよく聞かれる説明だが、それは単に経営層や部長クラスの願望ではなく、コミュニケーション上の基本的な姿勢として保たれているようだ。そのため、上層の役職につく社員が「管理」や「決定」といった言葉の代わりに「相談」や判断の「後押し」という言葉を使ったり、役職自体には役割がないと表現されるのだろう。実際に社員が部長に対して相談に訪れるのは、部長によりよい判断が可能だという信頼があるからで、そのこと自体は上層の役割でもある。だが、それは役職ゆえにではなく、あくまでも個人への信頼から行われていると解釈されているのだ。
企画編集部は、業務内容がライターと編集者の兼ね合いといった趣があり、そもそも個々人の仕事の独立性が高いために、その特徴が際立って現れている。そうした側面はおそらく、新聞社や雑誌社とも共通する性質だが、紙面の制約や定期的な量の縛りもないために、管理を少なくし、高い自由度を保てるといった背景もある。
商品企画部の部長は、別の角度から、この組織の上下の権限関係の無効さを指摘する。
「この会社の人たちって、やっぱり組織がフラットなので、根本的に人から何か言われてやるのが好きじゃない人たちなんですよ。この会社で実感しているのは、基本的にムードづくりを率先してやることが重要だということ。そうすると、みんな自主的にやるようになるということでした。だから私がなにか言って無理やりやる、という感じではないですね。そんなこと言ったってみんな動かないですし」
この「無理やり言っても他人が動くことはない」という傾向は他の社員からもよく聞かれた。「ほぼ日」では、ある日突然誰かが「こういう規則になりました」と言ったとしても、まったく機能したりしない、と。
たとえば前回紹介した、糸井氏が発端となった組織図の作成でさえも、作成するにあたっては関係する一人ひとりに対して納得いくような説明が求められた。そうしたエピソードからも「ほぼ日」の組織の動かし方のユニークさは推しはかれる。