-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
過去の成功事例から新しい戦略は生まれるか。気鋭の経営コンサルタントが、この問題意識を経済学者の岩井克人氏にぶつけ、新たな競争戦略を提唱する短期連載。第1回は、資本主義的でないグーグルが資本主義の勝者になる「逆説」について。
書かれていないものを読む
赤門より入り、すぐ右手に回ると、高い建物がある。経済学研究科棟である。その地下には、春の行事にも使われる薄暗い大きな教室があり、岩井先生(注1)の「経済学史」の授業もそこで行われた。
古代ギリシアのアリストテレスから始まった講義は、葉桜の頃、アダム・スミスの「国富論」に至った。浮かれた生徒が半ば脱落した教室で、先生はこう仰った。
「さて、古典を読むときには、二段構えのアプローチが必要であることを確認しておきたいと思います。まず第一に、その文章のなかに何が書かれていないかを見つけだすこと、そして第二に、そこに何が書かれているかを見いだすことです(注2)。」
アダム・スミスは重商主義について直接語ること極めてわずかであった。そして、そこにこそ、彼が『国富論』で世界をどのように見ようとしたのかが、かえって明瞭に表れる。利益を生み出すのは商人ではなく、労働者だという世界観である。何が書かれていないかを知ることで、作者を相対化でき、そこで全体像が見えるようになる。
本連載では、ビジネス書に「書かれていないもの」を岩井先生との対話を基に紹介する。
それを知ることで、ビジネス書を読み、ビジネス言語を自ら用いることで、いつの間にか私たちの頭に沈滞した「ビジネスとはこういうものだ」という見方を疑い、それを変えることができるようになる。世界の見方が変われば、自然、仕事の仕方が変わり、経営者であれば戦略の立て方が変わる。
私は既存のビジネス書に「書かれていること」に不満足であった。端的にその不満を言えば、成功ケースを語り、また、統計的に成功企業群を扱ったところで、過去に基づいて将来が描けるとは思えない。「違い」を意図的に作ることのみが利潤を生むポスト産業資本主義の中で、ベストプラクティスを模倣することは、ベストどころか次善の策にもなり得ない。ジョブズが過去のデータを基に考えたか、なぜバフェットがチャーリーをパートナーとして畏敬してきたのか。
経験主義的にのみ世界を見るのは知的な怠慢でしかなく、社内で「ファクト・ベース病」が蔓延するのは、データへの責任転嫁でしかない。私は既存のビジネスの見方では、息が詰まって仕方がなかった。大切なものを掬い落としている実感があった。