はてなの在宅リモート中心の働き方を競争戦略で切り取る

こんにちは。コンテンツ本部 エンジニアリングマネージャーの id:yigarashi です。EMとして企業の働き方について考えを巡らせていたところ、勉強中の競争戦略との結びつきから示唆を得たので記事にまとめようと思います。

2020年の初頭から世界を襲った新型コロナウイルス感染症により、多くの企業がリモートワークへの移行を余儀なくされました。それから5年弱、感染症の脅威は相対的に小さくなりコロナ禍以前の生活を取り戻す動きが増えています。企業の働き方についても、リモートワークと出社勤務の両方を経験した上で、改めて両方の選択肢を検討できる時期と言えるでしょう。しかしながら、リモートワークと出社勤務のどちらが優れているか、私の知る範囲では絶対的な結論というのは現れていないように思います。各社がどんな歴史を歩み、現状をどう捉え、そしてどんなメリットを志向するかによって判断は変わるだろうと考えます。本記事ではその是非には触れません。

一方で、このように自分の中で現状を言語化した時、ちょうど最近勉強している競争戦略とのつながりを感じました。競争戦略のゴールは自社を完全競争から遠ざけ安定した超過利潤を得ることです。そしてそのための鍵は大きくは「製品による差別化」と「リソースの組み合わせによる模倣困難な組織能力」の2点であるとされています*1。「働き方」は後者に大きく関わるものだと思いました。会社としてどのような組織能力を重視してきたかのストーリーが働き方の意思決定に大きく影響を与えますし、そして新たな働き方がまた会社の組織能力を作り、一朝一夕では真似できないものが出来上がります。そうして積み重なった歴史が会社の文化を作り、どのような働き手に魅力的に映るかも差別化が進みます。働き方は競争戦略を構成する重要な要素であると考えます。

そうした観点で自社の働き方を分析することで、言語化が進んだ部分があったので以下に紹介します。

はてなでは2020年11月からフレキシブルワークスタイル制度を敷いており、在宅・出社勤務を自由に選択することができます。2022年5月のアップデートでは、社員・契約社員の居住地条件が「日本全国」となり(「要請があった場合、所属オフィス(京都・東京)にAM11時に出社できることを目安とする」などの条件あり)、実際に京都と東京の両拠点から離れた地域に住んでいる従業員も一定数います。平均出社率は10%前後で推移しており、在宅リモートワークを中心としながら、無理のない範囲でオフライン施策を取り入れるような働き方が続いています。詳しくは2022年のプレスリリースを参照ください。

こうした背景から、よくカジュアル面談等で「コロナでリモートワークに移行するのは大変ではありませんでしたか?」という質問をいただきます。実はいち従業員としてはこの質問にいまいちピンと来なかったりします。というのも、はてなにはコロナ以前からリモートワークと親和性の高い組織能力があったので、非常にスムーズにリモートワークに移行できたのです。

説明がつく要因は色々ありますが、例として「創業から続くテキスト文化」が挙げられます。はてなは、人力検索はてな、はてなブックマーク、はてなダイアリー、はてなブログなど、テキストコミュニケーションを担うサービスを数多く生み出してきました。そうした会社に集まる社員たちはテキストコミュニケーションが得意な人が多く、コロナ以前の出社中心の時代でも「隣の席の人ともSlack(古くはIRC)で会話してます」というのがニューカマー向けの鉄板ジョークでした。テキストコミュニケーションが好きだし、わかりやすい文章を書ける人はカッコ良い、仕事をうまく進める上で役に立つスキルであるという考えが、会社の深い部分に根付いているように思います。リモートワークへの移行を助けた主要な組織能力と言えます。

この組織能力を模倣困難性の観点で切り取ってみましょう。模倣困難性はさらに3つに分解できるとされており、それが「蓄積経緯の独自性」「因果曖昧性」「社会的複雑性」の3つです*2。「インターネットが大好き」をバリューズに掲げ20年以上もテキストコミュニケーションを扱ってきた会社はそうそうありませんから、蓄積経緯の独自性は認められるでしょう。では実際に、その歴史の中でどうやって組織能力が獲得されたのか。誰か文章を書くのが好きな人がいて、その人に影響されて他の人も書き始めて、それがサービスを生み出し、新たな人を呼び……といったように、その因果関係は複雑に絡み合っており、因果曖昧性も認めらそうです。そしてテキスト文化は人と人との繋がりの中で醸成されるもので、社会的複雑性も認められるでしょう。はてなのテキストコミュニケーションの文化は模倣困難な組織能力であると言えそうです。

リモートワークの観点で言えば、2008年から続く京都・東京の2拠点制でリモート会議に慣れていたといった事情も絡みます。拠点によって携わるプロダクトを制限しておらず、開発チームのメンバーが京都と東京に分散しているのが当たり前だったので、コロナ以前から頻繁に会議室同士をリモートでつないで会話していたのです。組織能力にはさらに複雑な経緯や因果が認められるだろうと思います。

としたときに、出社へと回帰する企業も出てくる中、模倣困難な組織能力に立脚し、在宅リモートワーク中心の働き方を推進して差別化するというのは、競争戦略として筋が通るなと自社のことながら思ったのでした。あくまでいち従業員の分析であり、会社の方針を何か新しく宣言するものではありませんが、マネージャーとしてはこうした大局的な構造にアラインすることで打ち手のインパクトを大きくする余地があるだろうと思ったのでした。当然、様々な意見が飛び交うこのタイミングで弊社の様子を知ってほしいという意図もあり、皆様の参考になれば幸いです。

*1:書籍「世界標準の経営理論」第1章〜第4章、書籍「ストーリーとしての競争戦略」等を参照

*2:書籍「世界標準の経営理論」Kindle版 113ページより