より短い期間でお得に四国を満喫できるカブ遍路
徒歩よりも圧倒的な機動力があり、自動車よりも小回りが利くカブ。さすがに登山道は走れないものの、舗装路の遍路道ならたどることができ、なおかつ迅速に札所間を移動できる。まさしく徒歩と自動車のいいとこ取りだ。
駐車料もほとんど取られない上に燃費も良く、より気軽に、リーズナブルに四国遍路を楽しみたいという人にとって、カブ遍路は最適のスタイルだといえるだろう。
もう10年近く前のことで恐縮だが、私は2011年の4月から6月にかけて、四国八十八箇所霊場を徒歩で周る「歩き遍路」をやった。
そしてこの秋、改めて四国八十八箇所霊場を愛車のリトルカブ(50ccの原付バイク)で周ってみたのだが、これが歩き遍路と車遍路のいいとこ取りといった感じであり、四国遍路をカジュアル&リーズナブルに満喫できるスタイルだったのでレポートしたい。
※当記事は『デイリーポータルZをはげます会』のサポートによって取材させていただきました。
弘法大師空海にゆかりある88の札所を巡る四国遍路は、徳島県から四国を時計回りに一周して高野山まで約1400km、一般的には40日ほどの行程である。2011年にやった私の歩き遍路では、たっぷり60日以上かけて何とか歩き通すことができた。
予算があまり潤沢ではなかったので野宿が基本であり、重いテントを担ぎながら歩くこととなった。ゴールデンウィークから始めたものの、高知県を出る前に梅雨入りしてしまい、後半は土砂降りの雨の中を歩いたりと、まさに修行といえる道のりであった(なのであまり歩かない日もあり日数がかさんだ)。
今から思い起こしても結構大変な日々であったが、昔から遍路が歩いてきた道筋をたどることができ、また数多くの方々からお接待を頂くなど、遍路文化を頭から尻尾までこの身で体感することができて非常に貴重な経験になった。
なお、この時の歩き遍路の記録は以下の4本の記事にまとめていますので、興味ある方はご覧頂ければ幸いです。
・歩き遍路はじめました~遍路日記まとめ~
・風吹き荒び、雨打ちつける、怒涛の高知県~遍路日記まとめ~
・温かいお接待と冷たい橋の下~遍路日記まとめ~
・うどん食べて大師のもとへ~遍路日記まとめ~
今年になって、改めて四国八十八箇所霊場を周りたいと思い立ったのだが、いかんせん、徒歩だと一ヶ月を越える日数がかかるし、体力的にも精神的にも大変だ。
そこで今回はあまり気負わずカブで周ることにした。私は2012年に原付の免許を取得して以来、春と秋にカブで2~3週間くらいの旅行をすることが多くなり、これもまたその流れである。
カブで四国遍路をするには何はともあれ四国に上陸する必要があるのだが、原付はスピードが出ない(出せない)上に高速道路にも乗ることができないので関東から四国まで行くのも大変だ。
そこで利用したのが東京の有明港から徳島港を経由して新門司港を結ぶ東九フェリーである。過去にカブで九州を周る際に二度ほど利用した航路であるが、四国遍路をする際にも使えそうだと前々からにらんでいたのである。
今回のカブ遍路を行うにあたり、心掛けたのは「できるだけ歩き遍路の時に通った道をたどる」というものである。
歩き遍路から10年近くの日時が経ち、色々と様子が変わった場所も少なくないことだろう。現在の遍路道や札所がどうなっているのか、確かめたいという思惑があった。
第1番札所の霊山寺から第10番札所の切幡寺までは、吉野川の北岸地域に密集して存在する。札所間の距離は1~5kmほどと比較的短く、基本的には平坦だが途中にちょっとした山道があったりと、歩き遍路には足慣らしに最適の区間である。
……が、曲がりなりにもエンジンが付いた乗り物であるカブにとって、その程度の距離や坂道などまったく苦にならない。翼の生えた鳥のごとく、飛ぶかのように次々と札所を渡り歩くことができる。移動の時間よりも、むしろ札所にいる時間の方が長いくらいだ。
本堂と大師堂にローソクと線香を上げて読経し納経所で朱印を頂く、という参拝の行程は意外と時間が掛かるものである。
歩き遍路がたどる遍路道は昔から遍路たちが歩いてきた道筋であるものの、現在はその大部分が舗装路である。とはいえ、それは旧街道など道幅の狭い路地が多く、自動車が走るには適さない場合が多い。
なので車遍路では必然的に大きな車道を通ることになるのだが、小回りが利くカブでは細い路地でも難なく進むことができる(もちろん、歩行者や自転車、地元車両への配慮は最大限に必要だ)。
歩き遍路と同じ景色を眺めつつ、バイクならではの機動力も発揮できる。それがカブ遍路における最大のメリットである。
というワケでカブ遍路を進めていったのだが、すぐに気が付いたことがある。以前は遍路道沿いにたくさんあった道標の矢印が、見当たらなくなっているのだ。
この矢印ステッカーは電柱やカーブミラー、カードレールなどにペタペタと貼られており、それこそ矢印に従って歩けば道に迷うことはないというくらいであった。
だが現在はその多くが失われており、今回のカブ遍路では遍路地図を持っていなかったこともあって、道の確認に手間取ることがあった。
確かに、本来はこのような公共物にステッカーを貼るのはよろしくない行為である。以前は歩き遍路の利便性のため黙認されていたのだろうが、いつの間にか問題化し、貼ってはいけないとなったのだろう。
行政がオフィシャルな道標を用意するのは非常に良いことだと思う。……が、いかんせん数が少なく、特に市街地はかなり道に迷いやすくなったように思う。
また、ある区間は道標がまったくないのに、ある区間は多くの道標を目にできたりと、県や自治体によっても差があるようだ。
できるだけ遍路道をたどるといっても、当然ながら登山道のような未舗装路はカブで走ることはできないので迂回することになる。
遍路道は札所と札所の間を最短経路で結ぶ道であり、時には山の中を突き進むこともあるのだ。特に第11番札所の藤井寺から第12番札所の焼山寺までは険しい山道が続くことから「遍路転がし」と呼ばれ、四国遍路最初にして最大の難所として知られている。
私は古いモノが大好物であり、全国の古いモノ巡りをライフワークにしている。2011年に歩き遍路をやったのも昔ながらの遍路道を歩いてみたいと思ったからだ。そんな私にとって、未舗装の遍路道を通ることができないというのは、カブ遍路最大のデメリットである。
いちおう、カブを停めて歩けば未舗装の遍路道をたどることはできる。今回のカブ遍路でも、歩き遍路の時に見逃していた二箇所の遍路道を歩いてみたりした。
とはいえ、この作戦だとカブを停めた場所まで戻らなければならず、遍路道を往復することになる。1km以下程度の短い区間なら可能だが、長い距離の遍路道となると現実的ではない。
実際、徳島県西端の佐野という集落から第66番札所雲辺寺へと上る遍路道は良い感じの古道が残るということなのでその登山口まで行ってみたのだが、2km以上の長さがあると知って歩くのを諦めた。
やはり、昔ながらの遍路道を思う存分満喫したいのであれば、歩き遍路に勝るものはない。
歩き遍路の時にはまったく考える必要のなかった要素として駐車料がある。山の上にある札所は道路の維持費として駐車料や通行料を設定しているところが多く、また札所が駐車場を持っておらず、隣接する私有地を駐車場として使用しているところは駐車料が必要となる。
その料金は自動車なら200~300円くらいが一般的であるが、バイクはありがたいことに無料のところがほとんどだ。有料の場合も100円程度と自動車に比べて格安である。
この藤井寺のように私営の駐車場は先払いであるが、札所が駐車場を管理しているところは納経所で納経料と併せて駐車料を納めることになる。交通手段を聞かれる場合もあるが、多くは自己申告制だ。
なのでバイクは無料のところであっても、納経後に何も言わないで立ち去ろうとすると「車遍路なのに駐車料を納めない不届き者」と誤解される可能性があるので、あらかじめ「バイクで来ました」と告げておいた方が良いだろう。
四国遍路は駐車料からしても自動車よりバイクの方が優遇されている印象であるが、特にバイクのメリットの大きい札所として第21番札所の太龍寺がある。太龍寺は山の上に位置しており、現在は山麓からロープウェイでアクセスするのが一般的のようだが、車両で境内の近くまで上ることもできる。
自動車だとカーブを曲がるのに切り返しが必要な箇所もあり、しかも中腹の駐車場までしか上がることができず、そこからさらに山門まで上り坂を1kmほど歩かなければならない。オマケに道路の維持費として500円が必要だ。
一方でバイクは山門まで乗り入れることができ、しかも無料という厚遇っぷりである。もっとも、それまでの山道よりも傾斜がさらにキツくなるので、私の50ccカブだと低速ギアでもなかなか進まずエンジンが悲鳴を上げていたが。
また同じく道中が険しい山寺として第60番札所の横峰寺がある。ここは西日本最高峰にして空海も登ったとされる石鎚山へと続く山の中に位置しており、昭和59年(1984年)に林道が開通するまでは登山道を歩いて行くしかアクセス手段がなかったガチっぷりだ。
現在は林道を使えば車両でも行くことができるのだが、道路維持のための通行料として自動車は1850円を支払う必要がある。バイクは400円とかなり安い。登山バスも出ているが、大人1800円という運賃を考えると、やはりバイクは格安である。
古くより遍路の文化を育んできた四国は野宿に寛容である。四国以外では寝ていたら通報されそうな場所であってもお目こぼし頂けることが多い。私も歩き遍路では遍路小屋と呼ばれる休憩所をはじめ、公園の東屋、道の駅、神社など、様々な場所で一夜を過ごさせて頂いた。
だがしかし、このご時世において野宿は歩き遍路だから許されている感があるので、今回は野宿を一切せずにカブの機動力を活かしてキャンプ場を利用することにした。
歩き遍路の時は重量を減らすためバーナーの類は持っておらず、食事はもっぱらスーパーの弁当やおにぎり、カロリーメイトであった。カブ遍路は重さをあまり気にせず道具を持っていけるのも強みである。
ちなみに今回はほぼ全日がキャンプ泊であったが、台風が来た時だけはさすがに宿を取った。出発から10日以上が経ち、疲れが溜まっていた頃合いだったので、ちょうど良いタイミングであった。
50ccの原付カブであっても機動力は徒歩とは比べ物にならないほど高く、それこそ遍路のみに専念すれば、3日目には高知県、6日目には愛媛県に入り、10日ほどで88箇所すべてを巡ることができるだろう。
……が、私が第88番札所を周り終えたのは、遍路を始めてから20日目であった。なぜそんなに時間が掛かったのかというと、あまりにも寄り道をしすぎたからだ。
先ほども述べたが、私のライフワークは古いモノ巡りである。それは四国遍路の途中であっても例外ではない。歩き遍路の時は行動範囲が遍路道沿いに限られていたものの、カブであれば遍路道から離れて文化財をあさることも可能なのだ。
また、そもそも四国八十八箇所霊場自体が極めて古くからの歴史を持つ文化財であり、古代の中心地や中世の要衝に位置する札所も数多い。遍路道も旧街道など昔の道を踏襲している。
故に札所の周囲や遍路道沿いにもたくさんの文化財が存在するのだが、歩き遍路の時には時間的・体力的に余裕がなくスルーせざるを得なかったケースが多い。今回のカブ遍路では、そのような遍路道沿いの取りこぼし文化財も結構拾うことができた。
また愛媛県では見たい文化財があちらこちらに散在していたこともあり、遍路道からガッツリ離れて海へ山へと縦横無尽に駆け回った。足がないと行けない場所を優先した感じである。
寄り道の極めつけは四国カルストである。室戸岬のキャンプ場で一緒になったバイカーの方々が「晴れた日の四国カルストは最高だよ」と口々に言っていたので、ずっと気になっていたのだ。
第43番札所の明石寺から第44番札所の大寶寺までは70km弱もの距離があり、遍路道は西予市宇和町から大洲市、内子町を経由し、二つの峠を越えて久万高原町へと至る長丁場だ。
どうせ山を行くのならと、私は遍路道を完全に無視して宇和町から高知県の梼原町(四万十川の源流域)へと入り、四国カルストに上ってから久万高原町へ下りることにした。
そんなこんなで、色々と寄り道しながらも四国八十八箇所霊場を周り終えることができた。10日でいけるところを20日掛かったということは、単純計算で遍路半分、寄り道半分といった感じだろうか。
基本的には四国遍路をやりながら、気の向くままあっちやこっちに寄り道しつつ、四国を満喫できるのもまたカブ遍路の魅力である。
徒歩よりも圧倒的な機動力があり、自動車よりも小回りが利くカブ。さすがに登山道は走れないものの、舗装路の遍路道ならたどることができ、なおかつ迅速に札所間を移動できる。まさしく徒歩と自動車のいいとこ取りだ。
駐車料もほとんど取られない上に燃費も良く、より気軽に、リーズナブルに四国遍路を楽しみたいという人にとって、カブ遍路は最適のスタイルだといえるだろう。
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