さすが佐渡の三大珍味、鮎の石焼はすごかった。羽茂川の鮎捕り名人と一緒に捕まえる体験ができたのも最高に幸運だった。
やはり佐渡島はおもしろい。今後も残り二つの珍味を求めて、さらなる探求をしていきたいと思う。
ただ佐渡は意外と広く、文化も奥深いため、三大珍味は地域や人によってまったく違うらしい。でも大丈夫、いくつあってもどんとこいだ。
佐渡の山奥で行われるハロー!ブックスというイベントの一環として、『羽茂川の伝統鮎漁の見学と鮎の石焼試食』が行われると、島の友人から連絡がきた。
おおお、佐渡の三大珍味の一つだと聞いていた、幻の鮎の石焼を食べるチャンス。その実体は知らないけれど。しかも伝統鮎漁まで見学できるとは。
これは行かないと一生後悔するやつだと海を渡ったら、想像と全く違う料理で驚いた。そして名人と鮎を捕ることができたのだ。
イベント前日は用事があったので、当日に新潟港を朝六時に出るフェリーに乗ったものの、八時半から始まる伝統鮎漁の見学には間に合わず。佐渡南部の羽茂大崎地区にある会場へとたどり着いた頃には、おじゃるずという頭の長い大道芸人がショーをやっていた。
その横でシルバーの髪にロッド小さめのパーマをきつめにあてた、おでこにサングラス、白のランニングというダンディな筋肉質のおじさんが、四角い石の上で味噌のようなものを焼いている。
この味噌みたいなものが、もしかしたら鮎の石焼なのだろうか。それにしては鮎の姿が見当たらない。来たのが遅い時間だったので、鮎の石焼のタレしか残っていなかったということか。
トランペットに憧れる少年くらい欲しそうな顔で見つめていたら、白飯とキュウリに乗せた状態で差し出してくれた。
おじゃるずのショーを横目で観つつ、状況がよくわからないまま食べてみると、これがまあびっくりした。鮎の味が濃いのである。
ベースは田楽に塗るような甘い味噌なのだが、そこに鮎だけが持つ香りと旨味と苦味がドーン。塩焼きのお腹部分にかじりつくよりもはっきりと感じられるくらい、鮎がぎゅっと詰まっているのだ。
これは残ったタレなどではない。この茶色いものこそが鮎の石焼の正体なのだと一口で理解した。ものすごく米と合う。焼きおにぎり好きなら泣いて喜ぶ味だろう。これこそ佐渡の三大珍味だ。
なにをどうすればこの味になるのだろう。石焼の試食は16時にもう一度あるので、そのときに作り方をしっかり教えてもらわねば。そして伝統鮎漁も見学しないと。
いやまてよ、それだけでいいのか。ショーとしての漁を見学するのではなく、できればリアルな漁を一緒にしたいというのが己の本心では。自分が自分に本音を問い詰める。
初対面のおじさんに石焼のお礼を伝えつつ、本番の漁を見学することはできますかとドキドキしながら尋ねたところ、夕方にやる次の回まで時間があるから、今から川にいくかと誘ってもらった。わざわざ遠くから来たんだからだと。
ツクツーン(小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」が頭の中で流れた)。
おじゃるずに聞いたところ、この方は羽茂川の鮎捕り名人である兵九郎(ひょうくろう)さんというそうで、見た目通りとても優しい方とのこと。
兵九郎は本名ではなく、各家が持つ屋号。佐渡では商売をやっていなくても、屋号が通り名になっている人が多い。
投網を肩にかけてヤスを持ち、フェルト底の滑りにくい靴を履き、白い帽子をかぶった兵九郎さんを先頭に、4人の即席パーティは羽茂川へと向かう。日常から遠いところにある装備品の雰囲気がちょっとRPGっぽい。
そしてショーとしての漁ではなく、リアルな漁はこういうものだぞとばかりに、兵九郎さんは「この辺からはじめるか」と言い残すと、草ぼうぼうの急な斜面を下っていった。
山菜採りとかキノコ狩りの名人に連れていってもらうとよく直面する、用意された道を進むという社会のルールから物理的に外れたルート選びである。もちろんその先が(比較的)安全であると判断できるからこその無茶に見える進行だ。
私が求めている体験は、この先にある本気の現場にこそあるのだ。がんばってついていこう。
羽茂川の伝統鮎漁は、投網とヤスとカガミ(箱メガネ)が三種の神器。普通の投網漁と違って、網に入ったアユをカガミで覗き、ヤスで突いて捕まえるのだ。
海などでやる投網の場合、網を引き上げれば魚は網目に絡んだり、一番下の袋部分に入るが、石がゴロゴロしている渓流だと隙間から逃げてしまうため、このような方法をとるらしい。鮎は流線型でヌルっとしているため、網に絡まりにくいこともあるのだろう。
ちなみに羽茂川の投網漁は漁業権が設定されているので、遊漁料を払った者のみ網を投げることが許されている。兵九郎さんは日券ではなく年券を持っており、その鑑札が『羽茂川』と書かれた帽子だ。
もともとは蛍光イエローだったが、漁期中は毎日のように川へきているため、すっかり色あせてヴィンテージの風合いを醸し出している。
広い場所でやる投網はどれだけ丸く大きく広げられるかが勝負だが、狭くて障害物の多い渓流での投網は、狙った場所の形に合わせて網を投げる必要がある。
さすがは羽茂川の鮎捕り名人と呼ばれるだけあって、横長、縦長、あるいはひょうたん型に網を投げ入れ、見事に石や流木のギリギリを攻めてくる。節分で豆を撒くような独特のフォームがかっこいい。
網が広がると、すぐにヤスを手に持ってパチンパチンと水面を二回叩く。そしてカガミで水中を覗きながら網の上を歩き、鮎がいたらヤスで刺し、その状態で網の外側から手を伸ばして掴めば一丁上がりだ。
網の真ん中にアユがいると回収するのが大変なので、パチンパチンで鮎をびっくりさせて網の外周に突っ込ませたのだろう。
これが羽茂川の伝統鮎漁なのだが、投網を打てない我々にも大切な仕事があった。投網が打たれた周囲をカガミで覗き込み、怯えて隠れている鮎を見つけてヤスで突くのだ。
なるほど、そういう役割もあるのかと鵜飼の鵜になった気分で鮎を探すと、確かに大きな石の裏などに潜んでいる姿が見えることもある。
だが相手は動きの速い鮎である。ヤスを構えた頃には逃げていたり、どうにかヤスを放てても一向に刺さってくれない。
全然無理。覗いて探してヤスで突くという一連の動きをよどみなくできる訳がない。考えるよりも体が先に反応しないと一匹も捕れないのだろう。私が子供の頃に網で戦ってきたフナやザリガニとはスピードが違う。 鮎、すげえ。
気持ちはすっかり小学校五年生の夏休み。もう完全に童心に帰った。想像よりもずっと難しい挑戦が、現実の世界からすっかり引き離してくれた。
昔は大人が網を投げるのに子供がついてきて、数人で漁をすることがよくあったそうだ。今日はついてきたのが中年だが、このフォーメーションこそが羽茂川の伝統鮎漁の姿なのだろう。
今でこそ投網を投げる人は減ったし、それについてくる子供もいなくなったが(ハロー!ブックスのイベントは廃校で行われている)、昔は鮎漁がとても盛んだったので、八月八日の解禁日になると(現在は八月一日)、良い場所には夜明け前から場所取りの人が待ち構えていたそうだ。
兵九郎さんは年長者が投げる網についていく役を長くやっていたので、本当は網を投げるよりもヤスの方が得意なんだと笑っている。このセリフを20年後に私も言ってみたい。
※羽茂川内水面漁協に確認したところ、投網漁をサポートするヤス部隊も遊漁料が必要とのこと。今回はイベントとして行われる伝統鮎漁の見学、取材の延長として特別に参加させていただいた。
我々素人には自力で鮎をつくのが無理そうだと判断した名人は、網の中にいるアユを突かせてくれた。
普通の靴だと網の上を歩くと傷つけてしまうのでダメだが、こんなこともあろうかと、兵九郎さんと同じく底がフェルトの靴を持参して履いている。
ここにいるぞと教えてもらった場所をカガミで覗き込むと、確かに網の下にアユがいた。かっこいい。
この状態なら簡単に突けるだろうと思いきや、鮎は網に絡んでいるわけではないので、ヤスを構えた途端に体を反転させて隠れてしまった。写真とか撮っている場合じゃなかった。
どこへいったと二人で探すと、運よくまだ網の中にいて、別の岩の裏に隠れていた。
今度こそはとヤスを鉛筆持ちして、フォーク部分が鮎の向きと垂直になるよう構える。そして黙って右手を下ろすと、狙った首の後ろに見事刺さり、鮎が暴れる振動が伝わってきた。
釣りのように見えない魚とやり取りとも違う喜び。もっとダイレクトに、命をいただくという重さが伝わってくるようでもある。
ヤスにはカエシがないので、右手でヤスを抑えたまま左手を伸ばして網の外側から手を入れて、ぎゅっと鮎を握りしめる。この状態で逃げられてしまうことが一番いけないので、すごくすごく緊張する。
捕ったというよりは完全に捕らせてもらったという感じだが、とにかく自分の手の中に羽茂川の鮎を収めることができた。さっきからずっと心臓がバクバクいっている。
羽茂川の伝統鮎漁を体験させていただき、すっかり満足してしまったのだが、そういえば鮎の石焼の作り方を教えてもらわないといけないのだった。
着替えをして会場に戻ると、兵九郎さんは大量の鮎を解凍し、石焼の手順をすべて見せてくれた。
鮎の石焼は、兵九郎さんが子供の頃から食べられている羽茂地方の郷土料理。羽茂川で鮎漁をする人が減るのに比例して、作る人も減ってしまった幻の味であり、『くいしん坊!万才』のロケで松岡修造が佐渡に来た時も、兵九郎さんが振舞ったとか(こちら)。すごくいい人だったらしい。
本来は川原で火をおこし、油石と呼ばれる平らで艶のある石を拾って焼くそうだが、今日はイベントの一環なので、移動式のかまどと使い込まれた専用の石を使用する。
そんなショーを挟みつつ、ようやく鮎の石焼が完成した。
すっかり煮詰まって、午前中に見た味噌ダレ状態に仕上がっている。やっぱり鮎の石焼は、こういう食べ物なのである。きっと酒にも合うだろう。
これまで鮎の食べ方といえば、素材をあまりいじらない塩焼きか天婦羅がベストだと信じていたが、いじりまくって鮎の味を濃縮させる料理法があったとは。ただ好き嫌いが分かれるとは思う。そして東京とかで知らずに食べても、なかなかピンとこない味かもしれない。
この独特の調理法は、鮎の数は多いがサイズは小さめ、近くに味噌蔵がある、夏野菜のナスはたくさんある、酒や米と合うものは正義、焼くのに適した石が転がっている、そういった羽茂地域の条件や季節的な要素が重なって生まれ、今も食べ続けられているのかな。
試食会のあと、もう一回行くかと兵九郎さんに誘われて、今度は二人きりでまた川へと行った。すっかり仲良し。やはり昼間よりも早朝や夕方の方がよく捕れるそうだ。
そしてどうにか一匹、網の外にいた鮎を突くことができた。この夏、一番の思い出である。
動画もどうぞ。
別れ際、兵九郎さんは缶コーヒーを渡してくれた。川遊びで疲れた体に、微糖といいつつ甘いコーヒーはすごく染みた。
あとで佐渡在住の友人に聞いたところ、兵九郎さんはコーヒーを出すと砂糖を3杯くらい入れる超甘党だそうだ。
さすが佐渡の三大珍味、鮎の石焼はすごかった。羽茂川の鮎捕り名人と一緒に捕まえる体験ができたのも最高に幸運だった。
やはり佐渡島はおもしろい。今後も残り二つの珍味を求めて、さらなる探求をしていきたいと思う。
ただ佐渡は意外と広く、文化も奥深いため、三大珍味は地域や人によってまったく違うらしい。でも大丈夫、いくつあってもどんとこいだ。
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