「おまえはどこのわかめじゃ?」とは何なのか
問題を整理しておこう。
1984年にはじまったエースコック社のわかめラーメンのCM内で俳優の石立鉄男がわかめラーメンを食べて一言言う。
「おまえはどこのわかめじゃ」である。
食べ物に出自をたずねるのだ。なかなかのインパクトがある。そもそもあれはなぜわかめに出自を訊いてるのだろうか。
これがエースコックのわかめラーメン。発売は1982年。カップ麺が高価格路線にいくなか、健康路線を打ち出したらしい。
健康路線だというがひさしぶりにたべてみると妙にハマった。これがロングセラーの強さだ。うまいなあ
深煎りごまのコク! じゃなくてわかめの情報をおくれ!
広告作ってる人にきいてみよう
広告代理店に勤めて広告を作ってる知り合いに「おまえはどこのわかめじゃってあれなに?」と訊いてみた。
すると「なんでしょう? 不良が『われ、どこのもんじゃい』というような感覚でしょうか?」という答えが返ってきた。
それくらい真摯にむきあった対話をわかめとしているということなのだろうか。私もそんなニュアンスで受け取っていたように思う。だが海藻とタイマンを張ってる場合ではない。
どこのわかめなんだ。わかめの産地、それが知りたいんだ。
おまえは…一体本当にどこのわかめなんだ!!
メーカーに相談したら教えてくれるのか?
答えを知るにはメーカーに訊いてみるのが一番早いのではないだろうか。エースコック社のお客様相談室に問い合わせたところ…
――あのー、おまえはどこのわかめじゃ?ってCMでありますよね。あれって……本当はどこのわかめなんですか?
「中国産であったり韓国産であったりそのときどきによってちがうんですよ。なのでお客様が今召し上がられてるのがどこのわかめかは…」
どこのわかめかは決まっていないようだ。とすると「どこのわかめじゃ?」と訊くのは状況としておかしくないのかもしれない。
――そもそも「おまえはどこのわかめじゃ?」というのはどういう意味なんですか?
「わかりにくかったでしょうか。大変申し訳ございません…!!」
いや、いやいや、そういうことじゃないんです、クレームじゃなくて知りたいんですよ! 大変に恐縮させてしまった。
メーカーに聞いてみた「中国だったり韓国だったり、決まっておりません」
わかめのことはわかめ屋に聞けばいいのでは?
メーカーに訊いても答えはわからなかった。
おまえはどこのわかめじゃ? いや、真顔で言わせていただきたい。本当におまえはどこのわかめなのか。
その答えをさがして築地に行った。わかめのプロにどこのわかめかあててもらうのだ。
築地場外市場にわかめラーメンのわかめがどこのわかめか聞きに行った
「産地は書いてないんだね」国産ならそれをうたうのではということか
国産と書いてないからおそらく中国産だろう
お邪魔したのは築地場外市場にある深谷水産さん。お店の人にわかめラーメンとお湯でもどしたわかめを見てもらった。
「どこのわかめかはパッケージに書いてないんだね。でも国産は使ってないと思うよ。国産は高すぎるもんね、となると中国か韓国だろね。
値段はぜんぜんちがいますよ。5倍ちがいます。中国が塩蔵ので1kg600円。日本の三陸産になると1kg3000円。高いところはもっと。
でもこれ中国かむこう(海外)のだろうけどしっかりはしてますよ。ダメなのってのは溶けちゃう感じの。ぐにゃーっとしてたりするのがあるんですよ。まあ、いいんじゃないですか、これ」
――中国のどこですか?
「場所まではわからないね。社長!」
お湯でもどしたわかめ「悪くないですよ、しっかりしてる」
深谷水産の社長登場。三陸のわかめで100g1190円。わかめラーメンが8個くらい買える高級品である。
中国のどこかはわからない
話を聞いていてわかったのがわかめには産地がそもそもそんなにない。国産(鳴門、三陸)、中国産、韓国産である。そして価格は中国<韓国<国産で国産は5倍する。
ここから先は社長の深谷さんに聞いてみた。
深谷「わかめは乾物の実物を見てもどこのものかまではまずわからない。国産か中国産かはわかるよ。
戻してみたり食べてみたりするとわかりやすい。これは中国産だろうね。三陸はもうちょっと厚めだよな。国産でもどこの浜でいくらくらいかとかまではわからないね」
――韓国ではないですか?
「韓国はね、やってるところは少ないよね。ないことはないけど。それと韓国は中国より高い。かなり高いよ。でも中国のものも今高くなってるからね。この新聞記事ほら、2倍にも高騰って。
中国っていっても取れる地域ってそんなに広くないから。南の方じゃ取れない。大体北のほうでね。大連が多いんだ(※東北部湾岸。韓国に近い場所)。でも絶対大連とは限らない。多少他のとこにもあるからね。
多分大連あたりだろうと思うけど中国の大連のどこかはわからない。これはそんな悪いものじゃないと思いますよ見た感じはね。」
お店にあった中国産塩蔵わかめがこれ。戻しても見た目ではさっぱりわかりません…
わかめは「どこのわかめなのか」が問題になりやすい
――そもそも国産のわかめってあんまり使われてないんですか?
「うーん、普通のラーメン屋だって三陸使ってるところあるからね。
でもスーパーに行ったってね、三陸産て書いててもひでえのあるからね、いっぱい。スーパーで売ってるんだから産地偽装までしてないと思うけど俺もほらこういう業界だからたまには買ってみるかと思って家にいくらでもあるのにさぁこの間食ったやつ一瞬で捨てたもんな。ほんと冗談抜きにそれくらいひどいの多い」
そもそもわかめはどこのものかは本当にわかりにくい。そのわりには価格差が大きい。
わかめって「どこのわかめなのか」が重要な食べ物であったのだ。
頓挫しかけている。本当におまえは一体どこのわかめなんだ……
わかめの産地を分析する研究所があった
さてどうしたものか。知り合いの水産系の大学院生に相談してみたところ、色々な産地のわかめを買ってきてわかめラーメンとDNAで比較するのはどうかと教えてくれた。
問題はDNAを調べるのに「めっちゃお金がかかりますね」ということだった。LINEなどの台頭によりコミュニケーションは速くなった。一瞬での頓挫だった。
似たようなものはないのだろうかと検索をしたら「わかめ産地判別検査技術-同位体研究所」というページが見つかった。
わかめを産地分析。「おまえはどこのわかめじゃ?」のプロじゃないか。なんて奇跡的な需要と供給のマッチングだろうか。
本当におまえはどこのわかめなのかを調べるために同位体を分析してもらいにいった。
横浜市産学共同研究センターという場所に来た。おまえはどこのわかめなのか、横浜市の産業と学問が共同で研究してる力で調べる
同位体で分析する
対応してくれたのは株式会社同位体研究所の渡邉さん。「同位体というものを調べるとどこで育ったわかめか分かる」という話をうかがったが、理屈に興味ない方はここ飛ばしてください。
渡邉さんの話をかみくだくとこうだ。
いろんなものは元素でできている。水だったらH2Oで元素HやOが組み合わさってできている。わかめだって水素やら窒素やらいろんな元素が集まってできている。
この元素には重さがある。人間だって体重の違うものがいるように、同じ元素でも重さがちがうものがある。ふとっちょでもガリガリでも同じ人間。これを同位体と呼ぶ。
たとえばわかめ。わかめには水が含まれている。この水は生育環境によってちがうらしい。
とある湖があったとする。水はどんどん蒸発していく。ここで水は水の中でも軽い水から蒸発していくらしいのだ。となるとその湖には重たい水ばっかり残る。
たとえばそこで育ったわかめを同位体分析にかけると「この水の重さ(同位体比)は……あの湖の水と同じ! あの湖で育ったわかめだ!」とわかるそうだ。
ものすごく端折っていうとそういう話を丁寧にしていただいた。
「おまえはどこのわかめじゃ?」のプロ、同位体研究所の渡邉さん
なぜわかめを分析してるのか?
――なぜここではわかめを分析してるんですか?
「わかめは産地偽装が多いというのが一つありますね。
また設立当初からわかめを分析してたので強みがある。特許をとっていますし、分析に必要な豊富なデータベースもあります。
わかめは代表的なもので鳴門産と三陸産があるんですが、この鳴門産の窒素は特徴的なんです。
瀬戸内海は閉鎖海域なんで陸上から有機物が流入してくるんです。開けた海域だと流されていくんですが、閉鎖海域だとどんどん濃縮されていって窒素の同位体比は高い値を示すんですね」
わかめの産地である瀬戸内海は閉鎖海域で産地分析の研究に適していたのである。「おまえはどこのわかめじゃ?」と言われるのはわかめの方にも隙があったと言わざるをえない。
――わかめラーメン調べてくれっていう依頼けっこうありますか?
「ラーメンに使われたりとかスープに使われたりとかこういった食品の中に使われてるものを分析するのも多いですね。
乾燥わかめっていう一つの商品のなかでも複数の産地をまぜたりすることもあるので。見た目によってぜんぜんわからないんですね。
わかめであれば国内で流通してるのはほぼ外国産なんですよね。依頼があるのはブランドを保護したりですとか、国産なのに異常に安い商品の産地を調べたりですとか、あとは地方自治体のモニタリングというようなところも。
外国産だとわかるとほぼ100%中国か韓国ですね。中国だと大連の地域ですよね、韓国とつづいてるような。黄海があって有機物の流入が少ないんですよね。窒素の同位体比が国産とぜんぜんちがう値を示すんですね。
これはパッケージに国産と書いてないですね。安いから外国産なのかなと思いますけどね」
――渡邉さんの日々の業務で「おまえはどこのわかめじゃ?」って思うことありますか?
「由来がまったくわからないわかめっていうのもあるんですよね。たしかに依頼を受けたなかで『どこのわかめなんだろうな』と思ったりはしますね。ラーメンを意識することはないですね」
「国産だったらパッケージに書くと思うんですよね」
おまえはどこのわかめなのか三万五千円使って調べる
――DNAで分析すれば?という意見もあったんですが…
渡邉「わかめであれば日本の種苗を中国で育てる場合がある。そうすると中国産なんですけど日本のわかめの塩基配列(DNA)なので、産地判別という点では難しいですね」
よし、やるぞ。わかめの産地を調べるのにもっともふさわしい場所に今日はやってきたのだ。
――じゃあ分析やってください、お願いします。
「わかりました、請求書はどちらにお送りすればいいですか?」
そうだった。実際に分析するとやはりきっちりお金が発生するのである。取材にかこつけてなんとなくやってくれたりはしなかった。金額は35,000円。
わかめの産地分析は国産わかめに別のが紛れてないかブランド保護のために依頼するケースが多いらしい。だれも興味本位でやってはいない。
ここで状況を整理しよう。
わかめは値段を考えて外国産、そして韓国産わかめはそもそも高いので恐らく中国だと問屋で聞いた。
「このわかめは状況から考えて中国産で間違いない」これが確定している。35000円払って進めるのはここから先であろう。「はたして本当に中国か?」「中国のどこか?」の二点だ。その対価はわかめラーメンが200個以上である。
もう、おなかいっぱいである。
そっかー、恐らく中国だったのかー(エンディングに行きたいところですが続きます!)
編集部に泣きついてみよう
さてどうしたものかとデイリーポータルZの編集部に相談したところ、「ここまできたんだから払います」ということだった。
払うのか。この記事が産地がわかったことによって多くの方に読んでいただくことになってもお金はなんにもふえないだろう。
知るということはそれなりの対価を払わないといけないし、それでもやっぱり知らないといけないのだろう。
ありがとう、知の巨人デイリーポータルZ。35,000円はさすがに自腹切れませんでした。
後日、渡邉さんから分析をかけてる途中の写真が送られてきた。
そしてわかめラーメンが分析されている!!
見よ、これが「おまえはどこのわかめじゃ?」を知る過程だ!
軽々しい思いつきが35,000円かけられて今分析機に!!
そして結果が送られてきた
はたして中国産と確定するのか、そして中国のどこのかわかるのか!
分析した同位体比から導き出された結果は…
「中国産である可能性が高い(87.7%)」そして中国のどこかをわかる手立てはなし!
知ってたよ……
話にはつづきがある
おまえはどこのわかめかは「87.7%の確率で中国産(中国のどこかはわからない)」という答えが出た。
記事を書くにあたってもうひとり知り合いのコピーライターの森田哲生さんに「おまえはどこのわかめじゃ?ってどういうことなの」と広告視点できいてみた。
森田「いや、まあ、ぼくもわかりませんよ(笑)コピーといえばコピーなんですけどね。アレが『他は中国産だけどウチは国産使ってるぜ』という差別化訴求だったりするなら理解できますが」
――ですよねえ、でも国産うたってないんですよね
森田「『どこの』のアンサーは『産地』か、『エースコック』か……」
――あ、そうか、産地じゃなくてメーカーをきいてるって可能性ありますよね!!
森田「はげしくどうでもいい盛り上がり!(※森田さんはこの苦労を知らない) 『わかめすきすき』→『おまえはどこのわかめじゃ』→『メーカー+商品名』という構成なら文脈は整いますね」
――今、CM見返してみました。そのタイミングです。どこのわかめじゃ?のアンサーとして「エースコックのわかめラーメン♪」と言ってるように聞こえます!!
なんということだ。
「おまえはどこのわかめじゃ?」あれは海藻に出自を訊いてるのではなかったのだ。所属を訊いていたのである。答えは「87.7%で中国」でなかった。「エースコック」が正解だったのだ。
おお……わかめにタイマン張ってたんじゃなかったんだ。どちらかというと職務質問に近かったのか。
なんだったんだこれまでの苦労は。深谷水産のみなさん、同位体研究所のみなさん、そして35000円……
知るということ。それ事態は尊く重大で適切な対価を払ってしかるべきものである。しかしそれ以上に、何を知りたいのかということは重要である。
こうしてまたこのサイトにむだな知識がストックされることになった。