煮つめていたい
もちろん水を煮詰めるなら家でもできる。しかしせっかくの週末に家で水を煮るというのはどうなんだろう。
煮詰めるなら川原がいいのではないだろうかと思い当たった。日がな一日のんびり水を煮つめていたい。
ところで川原で火を使ってそれを飲むわけだが、それってバーベキューにあたるんだろうか? あたらないだろう。でも火だぞ。もうよくわからなくなってしまって多摩川のバーベキュー場にきた。
渋谷の交差点をうすめたような場所、それが二子新地のバーベキュー場ではないだろうか
渋谷の交差点をうすめたような空気
二子新地のバーベキュー場は大学生くらいの若いグループが多い。いたるところで「イェーイ」「ウェーイ」という声があがっている。アメリカのゴールドラッシュってこんな感じだったんだろうか。
それにしてもこのイェーの密度はサッカー日本代表戦後の渋谷交差点を見に行った以来だ。どうしてこんな場所でやることになってしまったのだ。
涙をそっとぬぐって、隅の方で煮詰める準備をする。
カセットコンロは十分注意してやってくれと。コンロの温度をたしかめながらやりました。
7種類の水を用意、3つに分類はできたが…
用意した水は「1.水道水、2.いろはす、3.北アルプス採取のミネラルウォーター、4.南アルプスの天然水、5.ボルビック、6.ファミマの津南の天然水、7.海洋深層水miu」の7本。
味見をしたところ3種類にわかれたがそこから先は区別がつきにくかった。
水道水…いつもの
いろはすとボルビックと海洋深層水…中間
北アルプス他名水系…甘く、くせも少ない
ここから各300mlを10分の1にまで煮つめて味をくらべる。さあ味にちがいは出るのか?
果たしてこれが望んでいたようなのんびりだったのだろうか
煮詰つまりは意外とエンターテイメント
フライパンで煮始めると、ほどなく沸騰して小さな泡がつぎつぎと浮かぶ。意外と見入ってしまう。洗濯機がぐるぐる回るのを見つめるような感覚だ。
これはいい。無心になれる。ポリスが「見つめていたい」と歌っていたのも沸騰のことなんじゃないだろうか。
煮詰まり最大のエンタメ、泡を見ること
100人座禅大会というのに行ったら、写真撮影のタイミングで同行していた森翔太が一人だけカメラ目線だった
小鳥が歌うように無心に
ホドロフスキーが言っていた、小鳥が歌うように心を無にすること。もしかしたらこれがそうなんじゃないだろうか。
「おかえりー♪ おかえりー♪」
なんだっけこのメロディー。聖者の行進か。聖者か、ヨガにも聖者がいるな。心を無にすることはアーユルヴェーダ的にもいいんじゃなかったっけ。無心だ、無心。
「最高の合コンってなんだろうね。たとえばさ、A、B、Cがあるとして…」
バーベキュー会場で無心でいることのむずかしさ
無心ではいられないバーベキュー会場
「合コンしましょうよ!」と声がきこえてくる。合コンじゃなかったのかそれは。元カノがAV女優とか先輩は指輪を外して合コンとかきこえてくる。当然だ、ここは寺ではなくバーベキュー会場だからだ。こんなに世俗的な場所、ほかにない。
「写真撮ろうよ!」
「どんなポーズで?」
「じゃあ大学生って感じで!」
まぶしい。自分の立場を肯定するまぶしさ。大学生は思ったよりも大学生でいることが好きなのだ。そりゃそうだ、社会に出たら週末に水を煮つめたりすることになるからだ。
300mlを1/10くらいに煮詰めた。日本酒みたいな色だ
ずっと君を見つめていた
午後5時、バーベキュー場から片付けをはじめろと声がかかる。用意した水はすべて煮つめ終わった。100円ショップで買ったイスはこわれた。
ああ、ずっと水を煮つめていた。「ずっと君を見つめていた」と三文字しかちがわないのに、実態はこうもちがう。
こうして一本約30分、3時間半かけて7本の煮詰まり水ができた。ペットボトルにちょろっと入ってるのがそれ。
味見をしていく
煮つめ終わった水はなぜか黄みがかっていて蔵元直送の日本酒のようだった。
さあこれからこの水を飲んでいく。それにしてもこれのどこがバーベキューだというのか。何かを大きくまちがえた。
さあ、水道水の煮詰まり
ぶぶへっ
煮詰まった水道水はまずい
ガツンとくる水道水。そんな名前で売り出せるのではないか。くさみ、苦味、すべて濃い。水道水は煮詰めると味が濃くなった。成功だ。
香りに注意すると水道くささに飴っぽさも足されている。飴っていうのはつまり煮詰まりの風味なんじゃないだろうか。
東京の水道水はけっこううまい。白湯はもっとうまい。しかし煮詰めるとまずい。ふしぎだ。
後にこのまずさを調べていると「そもそも湯冷ましはまずい」という話にあたった。それか。
白湯はうまいが湯冷ましはまずい理由とは
湯冷ましもまずい。ガスが抜けるから
後に湯冷ましも試した。5分沸騰させたものを飲む。たしかにまずい。なぜか薬品っぽい風味になる。感覚としては歯医者でゆすぐ水の味である。
飲み比べてみるとふつうの水が甘いのに対し、湯冷ましは舌の横と裏がちょっとしびれるというか水分を持っていかれるような感覚(水なのに何言ってるんだとお思いだろうがそんな感じだ)がある。
そんな湯冷ましがまずい理由とは水の中に含まれる酸素や二酸化炭素などのガスが沸騰ですべて飛んでしまうからだそうだ。
煮詰まり水はすべてこの延長線上の味であった。湯冷ましの親玉、キングスライムみたいなものだと思ってもらえたらいい。
いろはすいってみようか。通常時は水道水と各地の名水の中間くらいだったが…
なるほどまずい!
ミネラルウォーターが苦くなる
煮つまりに戻ろう。次はいろはすを飲む。おお、なかなかのまずさ。
一瞬、通常のいろはすと同じ甘みがするかなとおもいきや、舌の横から奥に差し込むような苦みに舌がクキッとなる。エビアンなどの硬水を飲んだときに「硬いなあ」と思うあの感覚に近い。
ミネラルウォーターのミネラルを検索すると「カルシウム、ナトリウム、カリウムなど」だそうだ。ああ、わかるわかる。なんかカタカナの味だこれは。
北アルプス、南アルプス
ちがいがわからない。まあ飲める。
北アルプスと南アルプスのちがいがわからず
北アルプスと南アルプスの水を飲み比べる。他のものよりもだいぶましだが、これもやはり飲みにくい。ミネラルウォーターは煮詰めるとまずくなる。
味は濃くなったのだが、北や南やのちにためす津南など採取地の味の差はまだわからない。よし、おれはもうミネラルウォーターの採取地にこだわらない。名水っぽくしてればなんでもいい。
ふだんよく飲むボルビックもかわいそうなことに
ボルビックといろはすの違いが明確になる
ここでいろはす、ボルビックに味の差があらわれた。水道水>いろはす>ボルビック>名水系の順に硬さ(苦味などの舌がクキッとする感覚)がある。
ファミマの津南の水。やはりアルプス系とちがいがさっぱりわからない。この名水系が一番飲みやすい。
そして最後になった海洋深層水。これも通常はおいしいのだが、煮つめてみるとおどろくほど個性的な味。なんの匂いだこれは、どっからきたのか。
それは海の深い深いところから、なるほど。はるばるやってきた感じがすごい。
海洋深層水も通常はうまいが
煮詰めるとわざわざそんなところから持ってこんでも…という味になる
煮詰まりファンにとってはいろはすくらいまでが許容範囲じゃないだろうか
充実のまずさ
夏の日差しの下、延々煮つめていてできあがったものがまずい。しかしそれは実験が成功したまずさで大変充実感のあるまずみだった。
水を煮詰めると水の味が濃くなるのか? それはたしかになった。やっぱりミネラル持ってんじゃね~かよ~!とひやかしてやりたいくらいの濃さが出てきた。
もちろんそのまずさは「湯冷まし=含有ガスがなくなったまずさ」によるところが大きいのかもしれない。
しかし同じ条件の下、水道水から名水までちがいが出たのだ。匂いや含有成分のちがいが煮詰まったことで浮き彫りになったのではないだろうか。
煮つめると水はまずくなる。一日煮つめて持ち帰った答えがそれである。