女性議員や子どもが増える街。改革の一歩は「政治は男社会」の先入観をなくすこと——武蔵野市長 松下玲子×サイボウズ 青野慶久
ジェンダーギャップ解消が大きな課題だと認識されながら、日本企業の多くはまだまだ、理想と現実がほど遠い状態にあるのではないでしょうか。管理職が男性ばかりだったり、給与の男女差があったり。サイボウズも例外ではありません。
一方で政治の世界には新しい動きも。2023年4月に行われた統一地方選挙の結果、武蔵野市議会(東京都)では定数の半数が女性議員となったのです。他自治体でも女性が半数以上を占める議会が増えつつあります。
議員の女性比率を高めた武蔵野市では何が起きているのか。企業が政治から学べるアクションはあるのか。武蔵野市長・松下玲子さんを迎え、サイボウズ代表の青野慶久と対談しました。
謎の「おむつ持ち帰りルール」がなくならない理由
たとえば、保護者に要請される「保育園からの使用済みおむつの持ち帰り」を廃止したのもその一つです。
なぜこんなルールがあるんだろうと思って担当部署に確認したら、理由は「日々の子どもの健康状態を確認してほしいから」だと。
だから保育園で回収することにしたんです。公立だけでなく民間の保育園も対象として、年間予算2000万円ほどで実現しました。
私は男女を区別するのは好きではありません。だけど、子育て実務経験の乏しい男性ばかりで政治を進めていたら、なかなかこの問題を認識できないのでは、と思います。
これらが解消されないのは、問題に気づいていないからではなく、気づいている人が意思決定の場にいないからなんですね。
選挙カーを一切使わなくても選挙に勝てる
その状況をなんとか変えたくて、社内に「アファーマティブ・アクション(※)をやろう」と提案したことがあるんです。
そんなときに武蔵野市議会が女性半数を達成したと聞いて驚きました。民意の結果である選挙で、これが実現するのはすごいと。
24時間選挙のことだけを考え、地元を回り、駅前や選挙カーで声を張り上げ続ける。
家事や子育てをすべて妻に放り投げられる男性でなければ、こんな戦い方はできなかったでしょう。
たとえば今年の武蔵野市議会選挙では、候補者全体の約半数が選挙カーを一切使いませんでした。
駅前や住宅地を回ってマイクで声を張り上げなくても、必死に個別電話をかけなくても、ネットやSNSでしっかり政策を伝えられるようになりました。
子育てや介護などの経験がある当事者として市民の課題を語り、解決策を示すことで、多くの女性候補者が市民の支持を集めるようになったんです。
多様な人々の課題に応えることで街を発展させる
新しい体制になった議会で、これから本格的に新しい議論が始まるのではないかと期待しています。
街の雰囲気も変わりつつあるのでしょうか?
武蔵野市は吉祥寺など人気の街を擁し、交通の便が良いという強みもあり周辺自治体と比べて家賃相場も土地も高い。それでも「子どもが大きくなるまでは武蔵野市に住みたい」と考える人が増えているんです。
多様な人々の課題に多様な意思決定で応えていければ、これからもどんどん街を発展させていけるはずです。
社内で解決しきれない問題を知り、社会を変える側に回った
そもそも松下さん自身は、なぜ政治の世界へ入ったのですか?
とても真面目に勤務していたパートスタッフの女性が、改ざんした領収証を提出し経費を不正に申告していました。
不正はもちろん許されません。ただ私は同時に、「しっかり働く意欲と能力のある人が不正を働いてしまう世の中って何なのだろう?」と疑問を持つようにもなりました。
この不正の原因を社内でただすには限界があります。それなら私は、社会の制度を変えるために主体的に動ける側へ回ろうと思ったんです。
武蔵野市に住んで18年、市長になって、ようやくよそ者とは言われなくなりました(笑)。
私はこれでいいと思うんです。「この街が好き」という気持ちが地元の人と変わらないのなら、外から入ってきた人たちも街をどんどん良くしてくれるはずですから。
よそ者を受け入れて多様性を高め、さまざまな課題を解決していく。松下さんはその象徴なのかもしれませんね。
はじめから無理だと思い込まないために多様性が必要
私もたまに「先進的な働き方はサイボウズだからできるんでしょ」と言われることがあるんです。
それはイエスの部分もあります。柔軟に動けるIT企業だし、私が社長として意思決定している要因も大きいかもしれない。だけど、どんな企業でも真似できる部分があるはずだと思っています。
でも私が言っていることは基本的には意思決定の話だし、税金の使い道の話なんですよね。
そう、その通りですね。「自分たちには無理だ」という先入観を持っていたら、どんなことも不可能になってしまう。
「そんな世界もあるんだ」と知ることで、これまでは見えていなかった社会の問題も理解できるようになるはずです。
だけど私だって市長であると同時に市民であり、母であり、主婦なので、「今日は大根が高いな……」と売場でしかめ面をしている日もありますよ。
そんな姿を見て「政治家といっても特別な存在じゃないんだな」と感じてもらえるなら、私も誰かの先入観を壊すことに貢献できているのかもしれませんね。
企画:Alex Steullet・高橋団 執筆:多田慎介 撮影・編集:高橋団
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執筆
多田 慎介
1983年、石川県金沢市生まれ。求人広告代理店、編集プロダクションを経て2015年よりフリーランス。個人の働き方やキャリア形成、教育、企業の採用コンテンツなど、いろいろなテーマで執筆中。
撮影・イラスト
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。
編集
高橋団
2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。