サイボウズ式 https://cybozushiki.cybozu.co.jp/ 「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイト ja Copyright 2024 Thu, 26 Dec 2024 08:00:32 +0900 http://www.sixapart.com/movabletype/ http://www.rssboard.org/rss-specification 日本型組織は、人材・資源・体制を技術研究に活かせば、余裕で米国・中国 企業を超えるデジタル技術を生み出せる──IPA 登 大遊 <![CDATA[

日本の伝統的な大企業は、社会的信用度が高く、安定感があります。しかし、組織が大きいがゆえに「変化が遅い」「風通しが悪く意見が通りにくい」「やりたいことが自由にできない」など、ネガティブな声も少なくありません。

他方で、大きな組織だからこそ、長期間にわたり全世界で安心して利用され、日本に大きな国益を生み出すIT基盤技術を豊富に作り出すことができる可能性があります。

情報処理推進機構(IPA)産業サイバーセキュリティセンター サイバー技術研究室室長で、コロナ禍にはNTT東日本や筑波大学など複数組織と連携し、無償で利用できるシンクライアント型VPN「シン・テレワークシステム」をわずか2週間で開発した登 大遊さんは「工学系(技術系)人材と人文社会系(文系)人材が密接に連携すれば、日本の大企業は価値ある仕事ができる」と言います。

大きな組織でやりたいことを実現し、熱量高く働くためには、どうすればよいのでしょうか?

工学系と人文社会系では「思考ロジック」は表面的に異なるように見えて実質は同じ

竹内 義晴
竹内 義晴
大きな組織の場合、何かしらやりたいことがあっても、上司からあれこれ指摘されると「うちの管理職は頭が固いから」「何を言っても、どうせ無駄だよ」と、あきらめてしまうケースが多いように感じます。

説得するのが大変……といいますか。
登 大遊
登 大遊
われわれ工学系は、一般的には、コンピューター技術のような技術的なことばかりに注目して話してしまう傾向があります。

登 大遊(のぼり・だいゆう) 1984年、兵庫県尼崎市出身。情報処理推進機構(IPA)産業サイバーセキュリティセンター サイバー技術研究室室長。そのほか、ソフトイーサ株式会社、NTT東日本 特殊局員、筑波大学 客員教授

登 大遊
登 大遊
しかしながら、日本型組織では、意思決定にかかわる重要な部分の多くを、たとえば法学部や経済学部のような人文社会系の人材が担っていることが多い場合があります。

そうすると、工学系の者が文系管理職に技術的なことばかり話しても、相互の意思疎通が困難なまま、物事が進まない現象が発生します。

このように、おたがいが分かり合えないように見える工学系と人文社会系ですが、実は「思考ロジック」が異なるように見えて実質はかなり類似しているようです
竹内 義晴
竹内 義晴
え? そうなんですか?
登 大遊
登 大遊
人文社会系の学問の中身をみると、一見すると、コンピューターの技術とはまったく異なるように見えるかもしれません。しかしながらよく研究すると、人文社会系の学問で取り扱われる内容と、コンピューターのソフトウェアや通信、セキュリティなどのアーキテクチャと、本質的内容はよく似ています。

われわれがコンピューターの分野で技術的な仕事をする場合、「この部分は実装上どのように実現するか ?」といった個別具体的な事柄と、「この部分は一般抽象的にみてどのような役割・性質を有するか?」「この機能はどのような性質の機能を包含し得るか、どのような形に発展し得、あるいはどのような性質のほかの部分と相互関連性を有するか?」といった抽象的な事柄の間を行き来して思考します。

そして、ほかの目的をはたす部分との相互関係性等を吟味し、程良く抽象度を残したまま、具体的に動作するソフトウェアを実装します。

実のところ、人文社会系の思考過程も、工学系とほとんど同じような頭脳のはたらきによって物事を処理するのではないかと思います。つまり、思考基盤の基本的部分・構造はおたがい大差ありません

しかし、表面で扱う対象物の構造や表現方法がかなり異なり、人文社会系と工学系の間でのその変換はなかなか難しい。普段はそれぞれが、相手方の領域をあまり見に行くことがないので、「考え方がまったく異なる」と誤解しているのではないかと思います。
竹内 義晴
竹内 義晴
本来、考えていることは同じなのに、表現方法が異なるわけですね。
登 大遊
登 大遊
この差分を何らかの方法で吸収する必要があります。

どちらが、どちらに合わせるか?

登 大遊
登 大遊
そこで、技術を扱う工学系の者と、組織経営等を扱う人文社会系の者とが共同するとき、取り扱う対象物や表現の方法などについて、どちらかに合わせて議論することが必要になります。

すると、「どちらが、どちらに合わせるのが現実的であるか?」という点が問題になりますが、これについていくつか実験をしてみたことがあります。
竹内 義晴
竹内 義晴
どんなことを試されたんですか?
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登 大遊
登 大遊
わたしはコンピューター技術を扱う工学系の者ですが、以前、大学の法学部で学ぶような基本的・基礎的な事柄が書かれていて、内容はそれなりに高度な「基本書」と呼ばれる一群を一式読んだことがあります。すると、全体的に、初心者でもわかる平易な言葉で書かれておりました。
竹内 義晴
竹内 義晴
人文社会系の書籍や文献は、前提知識がなくてもある程度読めるわけですね。
登 大遊
登 大遊
次に、ちょっと試しに、数名の法学の専門家に、逆のことをしてやろうと思いまして、われわれが読んでいるコンピューターやオペレーティングシステム、ネットワークの分野で定評がある基本書を読んでもらいました。

すると、最初の前書きのあたりは平易な日本語なので読めるのですが、少し進んで実際の内容に入ると、すぐに気持ちの悪いプロセスのメモリマップ図や2進数の話、AND/OR/NOTなどの論理回路の話などが出てきて、「こんなん、わかるわけないやろ」と言われます。
竹内 義晴
竹内 義晴
でしょうね(笑)
登 大遊
登 大遊
コンピューターに関する基本書は、すでに人材育成された人間には意味がわかり面白いと思って読めるのかも知れませんが、前提知識がない初心者が基本的・基礎的な部分のリテラシを修得することができる程度に理解できる書籍は、極めて稀です。

書籍以外の文献、たとえばWebサイトの解説記事などでも情報収集はできなくはありませんが、単発的・散乱的であり、体系立てて知識を修得することが困難です。

そうなると、現状では工学系の中でも、特にコンピューターシステムの分野が扱っているような技術的に重要な事柄を、人文社会系の人が理解するのは大変に困難に思えます。

このことは、コンピューター技術の道に挑戦しようと決意した人材の多くが基本的・基礎的なリテラシの修得自然の段階ですら挫折してしまい、単なる既存フレームワークの手のひらの上のユーザーの地位で安住してしまっている現状がある程です。
竹内 義晴
竹内 義晴
工学系を目指す人でも、挫折してしまうほどの難しさなのですね。
登 大遊
登 大遊
このように、コンピューターを真剣に勉強しようとした工学系の者でも大半が基本部分を理解することができず、いわゆるIT人材不足が発生している程度ですから、仮に人文社会系がコンピューターに係る基本部分を正しく理解しようと思うと極めて困難であることは想像に難くありません。

そして、管理職は人文社会系である場合が少なくありません。すでにお話したとおり、そのような人文社会系の管理職のほうがコンピューターに関する事柄を自ら学ぶことは、手段がなく極めて酷です。

他方で、すでにコンピューターの基本部分を理解している工学系の者が、人文社会系の思考の枠組みを理解するには、書籍等の利用可能な手段があります。

そこで、工学系のほうから、人文社会系のほうの思考基盤に合わせていく方法が、唯一の現実的解法なのではないかと思われます。そうすれば、十分に協働関係が成り立つと思います。

このようにすれば、工学系の技術者、特に若手人材が、日本型組織において実現すべきことを実現するためには、管理者との間で、うまいこと、相互協力することができるようになると思われます。

感情とどう付き合うか?

竹内 義晴
竹内 義晴
確かに、技術者や若い人が管理職に合わせていくほうが効率的かもしれません。一方で、どんなに思考や会話のロジックを合わせても、分かり合えないこともあるな、と。

分かり合えない理由のひとつに、おたがいの感情が邪魔をすることも多いと思うのですが、感情について、登さんはどんな扱いをされますか?
登 大遊
登 大遊
感情という言葉にはいろんな意味がありますが、一般的に、「自分の価値を高めたい」「何かを成し遂げたい」という、個人の自己実現の欲求と密接に関連しているのではないかと思います。
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登 大遊
登 大遊
感情の肯定的側面を観察しますと、自己の追求している目的と同一、または近い目的を共同で実現しようとしている人に対して積極的に支援をする、あるいは連携をしようとする作用として現われる機能であると思います。

他方で、感情の否定的側面を観察すると、これは、前述した目的を妨害しようとする人に対して、それらを排除しようとする作用として現われる機能であると思います。
竹内 義晴
竹内 義晴
相手との関係構築において、感情を生かす方法はあるのでしょうか?
登 大遊
登 大遊
感情の前述した2つの側面のうち、肯定的側面を活用するのが有益であると思います。具体的には、相手が想定している目的と同じ、または類似しているものを実現しようとする意思が自らにあることを表示することです。
竹内 義晴
竹内 義晴
それは相手の感情に合わせていくってことですか?

関係構築に感情を生かす2つの方法

登 大遊
登 大遊
関係構築に感情を生かす方法は、2つに大別できます。1つ目は個人利益追求型の方法、2つ目は全員利益共有型の方法です。
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登 大遊
登 大遊
1つ目の個人利益追求型は楽な方法です。連携したい相手との間で共同の個人的利益と考える目的、または類似したものを共同で実現する意欲を表示し、それらの少数の個人間で同盟を形成します。

しかし、この方法には副作用があります。特に、出世や昇給、評価のような個別具体的な、個人固有の利益を達成目的に設定してしまう場合は注意が必要です。
竹内 義晴
竹内 義晴
「部長のためなら、何でもやります!」みたいな感じですね。
登 大遊
登 大遊
出世など個人利益の追求を第一目的にしてしまうと、本来時間のかかる組織的な共同利益を無視して、あるいは組織的利益に相反して、個人の利益を最大化するような、短期的な行動をとってしまう恐れがあります。

ところが、短期間にみると組織の分配可能な資源の量は変わらない、いわゆるゼロサムゲームの系なので、資源の取り合いになってしまいます。その結果、ある者が出世すると、別の者の出世は遅れてしまいます。そのため、連携関係は少人数に留まり、個人あるいはグループ間の競争が発生してしまいます。

競争で勝つことができるかどうかは、過度な努力と運次第で決まるため、競争のプレッシャーは過酷で、一定の水準を超えると生産性に対して心労等の有害な影響を生じさせます。

その結果、感情の否定的側面が生まれ、競合者を排除しようとする作用や妨害しようとする争いを発生させます。その結果として、全員の利益を減少させます。特に大規模な組織では、大きな弊害が発生するリスクがあります。
竹内 義晴
竹内 義晴
確かに、勝者が少数だけだと競争になりますよね。
登 大遊
登 大遊
2つ目の全員利益共有型の方法は、より大きな利益をより多くの人数で得る方法です。これは、時間はかかりますが、複数の人たちが同じ目的を叶えるために協力し合います。感情における攻撃的な作用は減って、建設的な作用が増えるため生産性も高いです。

これは、目標設定において、各個人の出世や評価、報酬等の短絡的利益ではなく、おたがいが協力することによって組織的な長期的成果や利益が得られる方法を考え、実行することです。
竹内 義晴
竹内 義晴
ひとつの目的に対して、みんなで協力して実現するわけですね。
登 大遊
登 大遊
共同での利益を得るには時間はかかりますが、増大すれば、組織そのものが社会から評価され、全員がその利益を享受することができます。

また、連携関係は多人数で可能です。同じ事業目的を掲げる組織では、最大、組織全体まで拡大できます。

この方式では、さらにその先を考えることができます。会社のような組織は、社会全体からみて入れ子構造になっています。すなわち、先に述べた個人と組織の間の構造をそのまま相似的に拡大できます。類似した目的を掲げるほかの組織に対しても利益関係を拡大できる可能性があります。

ひとまずは、たとえば、国全体までに拡大することができます。この場合、協働関係はあるものの、無駄な労力を消費する過度な競争関係を回避可能です。
竹内 義晴
竹内 義晴
少し話はずれますが、サイボウズのパートナー企業は、弊社の製品をベースにプラグインをつくったり、販売したりしています。協働で事業を進めるエコシステムは、全員利益共有型と似ていると思いました。

価値があるのは「新たな生産手段をつくる」こと

登 大遊
登 大遊
全員利益共有型による仕事の進め方は、資本主義において大切な、新しい生産手段を発見するプロセスでもあります。かつての日本はそうして成長してきたのではないかと思います。
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登 大遊
登 大遊
たとえば半導体についてみてみます。アメリカが半導体を実用化したのは1950年代です。1950年代にトランジスタ、1960年代にはIC、1970年代からLSI。これらは主にシリコンバレーで作られました。

それから10年~20年ぐらい遅れましたが、日本人の技術者たちは「アメリカはけしからんので、もっといいものを作ろうではないか」と、ある程度組織を越えて連携をしました。

半導体各社は、表面的には競合関係であるように見えます。しかし、技術者はみんな仲が良かったと伝えられています。いろんな意見交換をしながら共同で成長していったのが、20世紀の日本の半導体産業です。
竹内 義晴
竹内 義晴
日本の半導体は、技術者同士の創意工夫で生まれたわけですね。
登 大遊
登 大遊
日本人がこのように頑張った結果、米国のシリコンバレーでトランジスタやIC、LSIをつくっていた企業はかなり縮小あるいは倒産しまして、1980年~1990年代では日本の半導体が全世界で1番になったものと思います。

日本の企業は当初、アメリカのやり方を真似しました。しかしその後、技術者たちが組織を越えて連携し、米国以上に優れた「よりよい新たな作り方」を身につけました。これは、当時の技術者と管理経営者の非常に密接な連携によって行われました。

「デジタル立国、日本」を実現するために

登 大遊
登 大遊
こうした取り組みは、現在の日本でも国が盛んに行っています。われわれ日本人はいま、デジタル立国を目指しています。

ところが実際は、日本の多くのIT企業は米国のクラウド企業の事実上の代理店という低い地位から脱却できていません。日本企業は限られた顧客を奪い合い、米国のクラウド企業に対して奪い合った顧客を提供する構図で苦しんでいます。多数の人材がプラットフォーマー的技術を生み出している隣国である中国にも負けています。
竹内 義晴
竹内 義晴
確かに。
登 大遊
登 大遊
他方、日本企業に顧客獲得を競争させた外国のクラウド事業者のみが安定した利益を得ています。これが、日本における最近のシステムインテグレーションの実態です。
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登 大遊
登 大遊
ITにおいて価値を創出するためには、まず、コンピューターやネットワークに関連した基本的・基礎的なリテラシを有する人材を育成する。そして、醸成した技術を基礎として、新たな生産手段(※)を確立する必要があります

※編集部注:自分たちで開発した、利益を生む新たな製品やサービス

竹内 義晴
竹内 義晴
新たな生産手段を確立するためにはどうすればいいのでしょうか?
登 大遊
登 大遊
現在の市販のパブリッククラウドという生産手段を作ったのは、主に、米国のIT系大企業のエンジニアたちです。彼らは、これまでバラバラに構築してきた多くのサーバーを仮想化して整理・集約する仕組みを、多数のオープンソース部品をうまく組み合わせて内製で試作しました。

さらに、ストレージやネットワークを仮想化し、それを体系的に一元管理するシステムプログラムを書き、それがうまく動作したので、市販化しました。

そして、顧客ごとにテナントを区切って、見かけ上分離することで、各顧客がさまざまな目的で利用できる基盤ソフトウェアを作ることに成功しました。
竹内 義晴
竹内 義晴
つまり、パブリッククラウド事業者は、多くのエンジニアが協力して儲かる仕組みをつくったわけですね。
登 大遊
登 大遊
そういった良い基盤ソフトウェアを米国の方々が作ることができたのは、米国のIT系の大企業の経営者たちが、社員たちがコンピューターやネットワークの基本的・基礎的な技術に関して試行錯誤を行なうことを推奨したからです。

そのころ、日本の企業では、社員たちがコンピューターやネットワークの基本的・基礎的なリテラシを有する人材育成と技術醸成に取り組んできませんでした。

IT企業でさえも、それを行なわないどころか、企業内において、社員たちがコンピューターやネットワークの基本的・基礎的な部分の修得と試行錯誤を行なうことを妨げてきたのです。同様の結果をお金で買ってくることができるのではないかと誤解したことが原因です。

その結果、名高い日本の企業は、IT企業を含めて、単に米国IT企業が開発した基盤ソフトウェアを使うだけの立場に追いやらました。日本のITは、利益率が低く、競争過多のシステムインテグレーション事業に勤しみ、ブラック産業的になりました。

いまある資源を活かせば技術は自然に成長する

竹内 義晴
竹内 義晴
この状況から、日本は回復できるのでしょうか?
登 大遊
登 大遊
いまから十分に回復すると思われます。新たな生産手段を創るために必要なクラウド基盤等のコンピューターや、基本的・基礎的なネットワーク技術をつくる潜在的能力と意欲がある人材は、すでに日本の各企業や大学に点在しています。

多くは、企業や大学の中でではなく、個人の自宅サーバーや小規模グループ等の環境で、個人の小遣いなどを用いて、効率は低いものの、試行錯誤して能力を修得し、技術力を高めた方々です。

日本型組織は、そういった点在する人材が技術研鑽を重ね、価値がある技術が生まれるような仕組みを、会社の既存の資源・スペース・体制などの環境を用いてうまいこと整えれば、技術は自然かつ高速に成長するはずです。
竹内 義晴
竹内 義晴
いまある資源を活かせばいいだけなのですね。
登 大遊
登 大遊
そのためには、実際に手を動かして物理的なコンピューターを触り、サーバーを組み、ネットワークを作り、ストレージを考え、これらを仮想化したり統制してみたりする経験を積む必要があります

自宅サーバー等にはスペースや電力、機材、ネットワーク、苦情等による限界がありますから、さらに進化するには、組織の環境で行なう必要があります。

また、人数を組織的に増加させるためには、すでに技術を修得して勉強方法を分かっている人が、周囲のほかの人にその醍醐味を伝授する必要もあります。それは組織のスペースで集まって行なうと良いのです。

先に述べたとおり、このようなコンピューターの基本的な事柄ですら、書籍・文献はかなり少ないので、人材育成のためには、代わりに、さまざまなことを、実際に手を動かして、物理的なコンピューターを触り、サーバーを組み、ネットワークを作り、ストレージを考え、これらを仮想化したり統制してみたりする、いわゆるAWSもどきのようなものを自作する経験を積む必要があります

文献の代わりに、優れたオープンソースソフトウェア等が多数存在します。完全に一から書くことなく、それらを拡張発展して技術を作ることも可能です。いわゆるGAFA等もそれを行なって強力な独自のプラットフォームを構築しました。

企業経営者や政治家、官僚等は、これらの自然的技術形成方法という伝統的な流れの発生を決して妨げることをせず、ある程度積極的に支援すれば足ります。

そうすれば、それほど長くない時間で、汎用的な安価なハードウェアを価値のあるクラウド基盤やAI基盤に変形させることができる基本的なソフトウェア群を多数の日本企業が自ら生み出し、全世界に提供できるようになると思います。20世紀に多数の日本企業が船舶や半導体や家電や自動車を生み出せたことと同じです。
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竹内 義晴
竹内 義晴
本当にそうなればいいのですが……。
登 大遊
登 大遊
日本は米国の技術発展から10~20年遅れて、米国を越える技術を作ることが得意です。過去には多くの日本企業が、欧米の各種製品を悠々と越える品質やコストの製品を作り、全世界に貢献してきました。

同様に、いまから10~20年後の2030~2040年頃に、日本はふたたび全世界にすすんで受け入れられるIT基盤技術を作り、国際競争力の回復と国民福祉の実現がなされると思われます。

これから必要な人材育成

竹内 義晴
竹内 義晴
これを実現するためには、いままでとは違った人材育成が必要そうですね。
登 大遊
登 大遊
「デジタル立国」を実現するには、デジタル技術によって作られた新たな生産手段を確立する必要があります。そのためには「デジタル人材」の育成が必要ですが、「デジタル技術を買ってきて使う人」を増やすのではありません。「デジタル技術を作ることができる人」の育成です。

たとえば、20世紀に日本は「自動車立国」を実現しました。単に自動車を輸入するだけのままで、いくら国民に運転免許を取得させたり、タクシー運転手を多数育成したとしても、自動車立国をしたことにはなりません。

われわれは、自動車の作り方技術を学び、新たな自動車技術を技術研究して実現し、それを生産する体制を作り、世界中に販路を開拓し、膨大な価値を入手し、国富を増大させてきました。

デジタル立国も同様です。クラウドやAIの技術を輸入し、資格の取得を推奨して舶来技術を運転するだけのエンジニアを増やすことがデジタル人材の育成ではありません

「デジタル技術の作り方」を学び、新たなデジタル技術によって新たな産業を作り、世界中に販路を開拓し、膨大な価値を入手し、国富を増大させるという目的に即した行為が必要です。

そのためにも、複数の日本型企業が競合して米国企業の代理店になることに時間を使うのではなく、現在の米国や中国のデジタル技術を超える新しい基盤や人材を共同で作ることに時間を使うのが、非常に合理的です。
竹内 義晴
竹内 義晴
競争ではなく、共創が大切だ、と。
登 大遊
登 大遊
これを実現する方法は、ベンチャーのようにゼロからつくるだけでなく、すでに形成されている多数の日本型組織を活用する方法のほうが合理的である場合も多いと思います。

この場合の意思決定は、必ずしも技術者のみではなく、人文社会系の人材との密接な連携が必要です。

そのためにも、先に述べたような技術者と人文社会系の人材との間で共通的な思考基盤を共有する必要があります。共有するために、技術者の側が人文科学系に対して表現などを合わせていくことが、逆方向よりも容易です。

日本の企業群が、多様で豊富な、競争力のある新たなデジタル技術を、国内のみでなく全世界に対して普及する。すべての産業製品はデジタル技術の上で動きますが、同朋が基礎部分を押えることはほかの全ての産業にとって極めて有利です。

これにより日本は20世紀における成功以上に大きな国富を獲得することができ、日本人すべての利益になります。
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竹内 義晴
竹内 義晴
日本全体のことを考えると、企業間の協力関係も必要そうですね。
登 大遊
登 大遊
すでにお話したように、日本は以前から海外の技術を数十年遅れて発展させ、よい製品を作り、経済的にも大いに成功してきました。デジタル分野でのみ、これがうまくいかない理由は存在しません。そして、日本に不足している財源を確保し、国民福祉と将来の安定を実現する鍵もそこにあります。

そのためには、全員利益共有型の方法を、組織内においても、また、日本の組織間においても、採り入れることが有益であると思います。
竹内 義晴
竹内 義晴
みんなが「これはいい!」と思える共通の理想をかかげて、それに向かって取り組む。そうすれば喧嘩する必要がないし、みんなが利益を得ることができる、と。
登 大遊
登 大遊
そうです。こうすることで日本が豊かになる。日本国内で争って、優位な外国人にいくらお金を払っても豊かにはなりません。

外国人からいかにお金を得るかが重要でありまして、優れたデジタル技術の生産・供給を日本人が豊富に行なうことが、これからの日本のやるべきことであります。
竹内 義晴
竹内 義晴
日本の技術者が新たなサービスをつくる。そう考えるとワクワクしますね。
登 大遊
登 大遊
サイボウズさんは日本資本の企業です。日本人のエンジニアによって内製化されたクラウド基盤やアプリケーションプログラムを全部持っているわけでありますね。

サイボウズさんは、みなが模範にするべき企業のひとつです。日本の国益のために動いている。サイボウズさんのような会社が、違う分野でもたくさん増えることが大事です。

こういった取り組みは、本当は、よりスケールの大きい大企業のような会社や官公庁でもやるべきだと思います。

企画・執筆:竹内義晴(サイボウズ)/撮影:尾木 司

対立する意見を糧に、デジタル技術で世界の分断をつむぎなおす。新概念「Plurality」を解く──オードリー・タン×グレン・ワイル×Code for Japan関治之
【AIエンジニア安野貴博×サイボウズ青野慶久】テクノロジーとわたしたちの「距離感」が変われば、誰も取り残されない社会がつくれるかもしれない
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006223.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006223.html 働き方・生き方 やりたいこと コミュニケーション マネジメント 大企業 Thu, 26 Dec 2024 08:00:00 +0900
このままだと「普通の大企業」になっていく? エフェクチュエーションで読み解く、サイボウズの現在地──神戸大学・吉田満梨×サイボウズ・中村龍太 <![CDATA[

サイボウズはもともとエフェクチュエーション的な経営のスタイルだったが、現在はコーゼーション的に振れてきているように見える──。

書籍『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』の共著者の一人で、サイボウズ執行役員の中村龍太はそう考えています。

エフェクチュエーションとは、高い不確実性に対して、予測ではなくコントロールによって対処する思考様式のこと。これまでにない新たな市場を創造する方法として注目を集めています。

一方、コーゼーションとは、設定した目標から逆算して必要な手段を検討する思考様式のことで、これまでのビジネスシーンでよく使われてきた方法です。

社員数1000人を超え、成長を続けるサイボウズの経営は、今後どうなっていくのか。エフェクチュエーションの第一人者で、書籍の共著者でもある神戸大学大学院 経営学研究科 准教授の吉田満梨さんと中村が、サイボウズの現在地をひも解きます。

成長を加速させた先に見えてきた課題

吉田満梨
吉田満梨
ありがとうございます。本当に思いがけないことで驚きました。
竹内義晴
竹内義晴
改めてにはなりますが、本のタイトルにもなっている「エフェクチュエーション」とは、どういうものなんですか?
吉田満梨
吉田満梨
一言でいえば、不確実性に対して予測ではなくコントロールで対処する思考様式のことです。

不確実性のある取り組みとは、たとえば、既存のニーズが存在しない新規事業の推進や、最適なアプローチが定義できない課題解決のこと。

エフェクチュエーションでは、こういった取り組みに対して「手持ちの手段」を活かしながら、望ましい成果を目指していきます。

エフェクチュエーションは2008年、バージニア大学ビジネススクールのサラス・サラスバシー教授によって提唱された。このプロセスでは、未来の結果を予測する必要がまったくない

エフェクチュエーションでは、不確実性に対処する意思決定の論理として5つの思考様式が定義されている

吉田満梨
吉田満梨
一方、エフェクチュエーションと対をなすのが「コーゼーション」です。

コーゼーションとは、目的に対して予測をし、最適な手段を追求する思考様式のこと。

予測に基づいて市場などの機会を特定するため、成功が期待できるプロジェクトに効率よく経営資源を配分できるという合理性があります。

コーゼーションのプロセスでは、スタート時点で具体的な目的、つまり狙うべき市場のチャンスがはっきりしている必要がある

竹内義晴
竹内義晴
エフェクチュエーションとコーゼーションはどちらも「合理的な考え方」ではあるけれども、アプローチの仕方が違うんですね。

以前、龍太さんが「サイボウズはもともとエフェクチュエーションを取り入れた経営スタイルだった」と言っていたのが印象に残っていて。どっちがよい・悪いではないと思いますが、エフェクチュエーション的な事業の進め方が「いい方向にはたらいていた」というか。
中村龍太
中村龍太
そうなんですよね。サイボウズは極めて高い不確実性の中で、世の中に前例のないプロダクトを広めてきた会社だと思っています。

その一例がkintoneです。kintoneが登場したころ、僕はまだマイクロソフトにいて、「プログラミングの知識がなくても、業務に必要なアプリを自分たちでつくることができるこの製品、めちゃくちゃユニークじゃないか」と思って。

ほかの製品を参考にしつつも、本質的にはサイボウズ独自の製品だったので。高い不確実性の中では、状況に合わせて開発・マーケティング・営業の業務を変えていかないといけないから。
吉田満梨
吉田満梨
うんうん。
中村龍太
中村龍太
ただ、そもそも市場がない。だから、どうやって世の中に広げていくかもわからない。そんなエフェクチュエーション的な製品でした。

でも、kintoneが成長してユーザーからの反応が集まるうちに、極めて高い不確実性が変化していきました。

そこからは「こうすればもっと売れる」と予測できるようになり、コーゼーション的なアプローチのほうが合理的になったんです。

中村龍太(なかむら・りゅうた)。複業家、サイボウズ 執行役員、コラボワークス代表。1964年、広島県生まれ。日本大学卒業後、1986年に日本電気入社。1997年マイクロソフトに転職し、Office365などいくつもの新規事業の立ち上げに従事。2013年、サイボウズと中小IT企業に同時に転職、複業を開始。2016年「働き方改革に関する総理と現場との意見交換会」で副業の実態を説明した複業のエバンジェリストとして活躍中。著書に、『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』(共著、ダイヤモンド社)、『出世しなくても、幸せに働けます』(PHP研究所)、『多様な自分を生きる働き方』(エッセンシャル出版)など。

竹内義晴
竹内義晴
社員数が1000人を超えたいま、エフェクチュエーション的な経営スタイルも合わなくなってきているのでしょうか。

たとえば、サイボウズではこれまで、独自の人事制度として「100人100通りの働き方」を掲げてきました。しかし、近年ではこの言葉が独り歩きしてしまい、新しく入社したメンバーや採用候補者から「どんな働き方でも自由に選べる」と極端に解釈されるようになってしまって。

そこで、サイボウズの代名詞だった「100人100通りの働き方」はやめて、「100人100通りのマッチング」という表現に変えたばかりなんです。
吉田満梨
吉田満梨
なるほど。
竹内義晴
竹内義晴
製品も経営スタイルもエフェクチュエーション的だったサイボウズは、組織が成長するなかで新しい方向に進もうとしている、と言えそうです。
サイボウズは「100人100通りの働き方」をやめます。社員数1000人を超えても、成長と幸福を両立させるための挑戦

2人を引き合わせたのは、不確実性が高い中で事業計画書を書く違和感

竹内義晴
竹内義晴
龍太さんは、いつごろエフェクチュエーションについて興味を持ったんですか。
中村龍太
中村龍太
2018年ごろに、サイボウズ社長の青野さんからエフェクチュエーションについて聞いたのがきっかけでした。興味を持った理由は、新規事業開発におけるコーゼ―ション的なアプローチに違和感を感じていたからです。

サイボウズに入社する前から新規事業開発に携わっていて、事業計画書はよく書いていました。

ただ、まだ市場にはない製品をつくり出し事業を拡大していくとき、その市場を正確に定義したり、数値を詳しくシミュレーションしたりすることが難しくて……。

たとえば、“インターネット電話”という概念すらなかった時代に、「その市場を予測しろ」と言われてもわからないですよね。
竹内義晴
竹内義晴
たしかに、そうですね。
中村龍太
中村龍太
とはいえ「いや、みんなが書いているから」という理由でとりあえず事業計画書を書いてみるんだけど、あまり役立たないことも多かったんです。それでもプロジェクトが進んでいき、売れるようになる経験を何度もしていました。

だからこそ「新しい市場をつくりだすとき、この手法ってなんか違うよな」という違和感があって。
竹内義晴
竹内義晴
なるほど。
中村龍太
中村龍太
その違和感を抱えたままサイボウズで働いていたら、青野さんから「事業計画書を書かなくてもいい方法論があるよ」と教えていただいたのがエフェクチュエーションでした。
吉田満梨
吉田満梨
実は、わたしも中村さんと同じ違和感を持っていたんです。

当時のマーケティング研究は既存の市場ありきで、それに対してどう適応的なアプローチをするかがほとんどでした。

未来を予測して目標を設定し、計画を立てて事業を進めるコーゼーション的アプローチでは、まだ存在しない市場をつくり出す過程をうまく説明できないと感じていたんです。

吉田満梨(よしだ・まり)。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了(商学博士)、首都大学東京(現東京都立大学)都市教養学部経営学系助教、立命館大学経営学部准教授を経て、2021年より現職。2023年より、京都大学経営管理大学院「哲学的企業家研究寄附講座」客員准教授を兼任。主要著書に、『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』(共著、ダイヤモンド社)、『ビジネス三國志』(共著、プレジデント社)、『マーケティング・リフレーミング』(共著、有斐閣)など、共訳書に『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)など。

吉田満梨
吉田満梨
以前から、新しい市場がどのようにつくられるかの分析には興味があり、2009年には「缶入りの緑茶飲料」を最初に開発した伊藤園の事例も分析しています。

それを論文としてまとめる際、この事例に当てはまる理論を探していたときに出会ったのが、エフェクチュエーションの研究です。
中村龍太
中村龍太
そのタイミングで出会ったんですね。
吉田満梨
吉田満梨
はい。新しい市場がどう生まれるのかを研究したものがほとんどなかったからこそ、「すごい論文を見つけた!」と夢中になって読みましたね。
竹内義晴
竹内義晴
そこから、エフェクチュエーションにのめり込んでいったんですね。
吉田満梨
吉田満梨
そうです。そのあと、関西学院大学や京都大学でエフェクチュエーションの理論と実践について教える機会がありました。

「実践している方のお話を聞きたい」と思っていたとき、自著でエフェクチュエーションに触れていた中村さんを共通の知人から紹介していただきました。
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中村龍太
中村龍太
僕にとってのエフェクチュエーションは、事業の立ち上げだけでなく、キャリアや人脈などを築くために活かせるものでもあります。

それを自著で書いたことで、吉田さんとのご縁が生まれたわけですね。

「自分がやりたいこと」と「会社のパーパス」を結びつける

竹内義晴
竹内義晴
先ほど、龍太さんは「事業計画書を書かなくていい」ということで興味を持ったと。

そもそも、サイボウズにおけるエフェクチュエーションって、どんなものだと考えていますか?
中村龍太
中村龍太
「手中の鳥」というWill(自分がやりたいこと)をちゃんと表現することかなと思います。

たとえば、サイボウズの経営会議では、「このプロジェクトのコンセプトって何ですか?」という議論がよく行われます。

「誰に、何と言ってほしいか(バリュー)」というコンセプトが、まさにエフェクチュエーションで、事業計画書の代わりなんじゃないかと。
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竹内義晴
竹内義晴
事業計画書を書かなくても、コンセプトがあればいいんですね。
中村龍太
中村龍太
そうなんです。それで、そのコンセプトで企画書をつくると、「で、どんなことが起きるの?」と必ず指摘が入ります。
竹内義晴
竹内義晴
そのとき、会社から必要なリソースを得るには、どうしたらいいのでしょうか?
中村龍太
中村龍太
「チームワークあふれる社会を創る」というサイボウズの存在意義(パーパス)とコンセプトを結びつける必要があります。

そうすれば、不確実な状況でも取り組むことの重要性や、やらないことでチャンスを逃すリスクを会社に理解してもらいやすくなるはずです。

まず一本筋が通っていることが重要です。その上で「許容可能な損失」を考えていけばいいわけで。
竹内義晴
竹内義晴
なるほど。一本筋を通しつつ、失敗を重ねながらも実践することが、エフェクチュエーション的であった、と。
中村龍太
中村龍太
そうです。じゃあ、サイボウズからエフェクチュエーションがなくなったのかというとそうではない。相当残っているのが、またおもしろいところで。

サイボウズには、結果をある程度予測できるプロジェクトがあっても、もっとよいアイデアやチャンスが見つかれば、すぐに計画や予測を調整する柔軟さがあります。
吉田満梨
吉田満梨
そういう傾向もあるんですね。
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中村龍太
中村龍太
以前、「サイボウズは小楽団のようだ」と青野さんに話したことがあります。

サイボウズでは指揮者の青野さんが楽譜をつくり、メンバーがその演奏をします。演奏中にフルートがうまく鳴らないなら、楽譜を変えてフルートなしで進めるなど、柔軟に対応する。

また、演奏形態を変える必要があれば、それに合わせて指揮者も変えることもあります。
竹内義晴
竹内義晴
たしかに、サイボウズにはそういうところがありますよね。
中村龍太
中村龍太
いまでも、そのエフェクチュエーション的な経営スタイルは残っているんです。

ミクロにもマクロにも、エフェクチュエーションのプロセスを回し続けながら、会社をどんどんよくしていこうとしています。

仕組みとツールの活用で、エフェクチュエーションの経験値を積んでいく

吉田満梨
吉田満梨
いまのサイボウズにはエフェクチュエーションを実践できる方が多いからこそ、新しい取り組みが次々と生まれていることがよくわかりました。

ただ、エフェクチュエーション的な経営スタイルを続けてきた企業でも、それができなくなるフェーズが来るんです。
竹内義晴
竹内義晴
どういうことですか?
吉田満梨
吉田満梨
エフェクチュエーションを構成する5つの原則のひとつに、「飛行機のパイロットの原則」というものがあります。

これは、「コントロール可能な活動に集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい結果に帰結させる」行動様式のことです。

ここでのパイロットとは、プロセス全体を推進する人(起業家)のこと。逆に、パイロットが不在でも運用できるようになれば、コーゼ―ション的になっていくんです。

個々人に依存せず、制度や決まりごとによって成立するものこそが「組織」といえます。だから組織が拡大していく以上、エフェクチュエーションからコーゼーションへ変化するのは自然なことです。

そのことに強い危機感があるからこそ、青野さんがいま、手を打とうとされているのかなと感じます。
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竹内義晴
竹内義晴
そうだと思います。人数が増えるとルールや制度でコントロールする必要が出てくる。そんな中でもエフェクチュエーションを実践していくには、何が必要なのでしょうか?
吉田満梨
吉田満梨
一人ひとりがWill(自分がやりたいこと)を表現する起業家的な行動をどんどんしてみることです。経験を積めば、エフェクチュエーションは誰でも使えます。
竹内義晴
竹内義晴
そうすれば、組織も自然とエフェクチュエーション的になっていくと。
吉田満梨
吉田満梨
そうですね。それに、個々人のエフェクチュエーション的なアプローチを阻害しない制度や支援する仕組みも必要です。
竹内義晴
竹内義晴
そのために企業は、新たなプロジェクトをやり続けていくのが大切ですね。
吉田満梨
吉田満梨
そうやってエフェクチュエーション的なプロセスを実践していけば、新規事業の開発だけでなく、キャリアの構築やよりよい人間関係の構築につながることもあります。
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中村龍太
中村龍太
実はkintoneって、「エフェクチュエーション的なプロセスを経験したいときに役立つんじゃないか」と最近よく思うんですよ。使っているうちに「コーゼーションとエフェクチュエーションを、うまく使い分けられるツールだ」と気づいたんです。
吉田満梨
吉田満梨
そのお話、詳しく聞きたいです……!
中村龍太
中村龍太
サイボウズには、「事実」と「解釈」を切り分けて議論する文化があります。

「事実」とは、数字や写真などの具体的なもの(確かな情報)で、それに対して人それぞれに意見やストーリーなどの「解釈」を行います。

そう考えたとき、コーゼーションでは事実を、エフェクチュエーションでは解釈を重視すると言えます。
吉田満梨
吉田満梨
おっしゃるとおりですね。
中村龍太
中村龍太
kintoneでつくったアプリケーションの「レコード」は、「事実」と「解釈」を切り分けながらやり取りできる仕組みです。

だから、具体的なものを使ってコーゼーション的なアプローチも可能だし、みんなで出し合った解釈からWill(自分がやりたいこと)をみつけ、実践することで、まだ市場にはない製品をつくり出すことも可能です。

kintoneの「レコード」では、データベースの右側にあるコメント欄に、自身の解釈を記入できる

サイボウズの成長には、2つのアプローチの使い分けが必要

竹内義晴
竹内義晴
最後に、未来のこともお伺いしてみたいなと。エフェクチュエーションのこれからについて、吉田さんはどんなことを感じていますか?
吉田満梨
吉田満梨
日本でのエフェクチュエーションの広がり方は、ちょっと独特だなと思っています。

海外では、主にアントレプレナーシップ(※)の分野に焦点を当てて議論されていますが、日本では医療や教育の分野など、適用範囲がめちゃくちゃ広がっていて。まさにエフェクチュエーションの正しい使い方だと思いますね。

それこそ、中村さんが実践されているようにキャリアの問題にもすごく合いますし。

※アントレプレナーシップ:ビジネスを立ち上げ、成長させるための創造的かつ戦略的な活動や姿勢のこと

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中村龍太
中村龍太
キャリアの構築も、まさにそうですよね。

あとサイボウズの未来についても、生産性が高まるのであれば、コーゼーション的アプローチを取り入れてもいいんじゃないかなと思っていて。

企業としての成長を続けるなかで、不確実性の高い環境ではエフェクチュエーションを、ターゲットとする市場が明確な環境ではコーゼーションを活用していく。

そうやって2つをバランスよく使い分けるサイボウズがあってもいいと思うし、そのほうがこれからも発展していけるはずです。
吉田満梨
吉田満梨
うんうん。
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中村龍太
中村龍太
エフェクチュエーションの「飛行中のパイロットの原則」にいちばん影響を及ぼしているのは、やっぱり青野さんです。

青野さんがいる限り、「こっちはコーゼーション、あっちはエフェクチュエーション」と、部署や製品ごとに2つを散りばめて、うまく使い分けていくことができる。そんな未来が、僕には見えていますね。

企画:竹内義晴(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:高橋団(サイボウズ)、栃久保誠 編集:モリヤワオン(ノオト)

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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006222.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006222.html カイシャ・組織 サイボウズ 中村龍太 組織 経営 Tue, 24 Dec 2024 08:00:00 +0900
「自分の仕事に注目してくれる」リーダーがいると、メンバーはうれしい——チームの肯定感が高まれば、自然と業務はすすむ <![CDATA[

もしあなたがリーダーなら、チームの仕事が滞ってしまったとき、どのような行動をとりますか?

溜まった業務をメンバーに分配したり、「足りない分は自分がカバーすればいい」とひとりで踏ん張ったり……。つい「業務をさばくこと」に目がいきがちなのではないでしょうか。

しかし、會澤高圧コンクリート株式会社の畑野奈美さん曰く、「チーム全体の肯定感が高まれば、自然と業務はすすむ」のだそう。

どうすれば、チームの仕事が自然とすすむ仕組みをつくれるのか? リーダーに求められる本当の役割とは? 畑野さんの「チームづくり」から紐解いていきます。

家庭崩壊の危機。崖っぷちで社長に頼みこんだ「在宅勤務」

深水
深水
わたしはサイボウズに入社して4年目なんですが、まだリーダーとしてチームをまとめた経験がありません。

でも周りを見ていると、メンバーへの仕事の振り分けがむずかしく、自分で抱え込んでしまうリーダーが多そうだと感じて……。

いつか自分がリーダーになったら、どうやって周りを巻き込めばいいのだろう? と思ったのが、今回の取材のきっかけです。
畑野
畑野
まさに、昔のわたしです(笑)

畑野奈美(はたの・なみ)。1982年北海道帯広市生まれ。北海道苫小牧市に本社を置くコンクリートの総合メーカー・會澤高圧コンクリート株式会社で、常務取締役、未来開発本部 本部長を務める。2012年よりkintoneを活用した業務改善に取り組み、社内の作業効率アップに寄与

深水
深水
畑野さんにも、ひとりで抱え込んでしまった時期があったんですか?
畑野
畑野
がんばりすぎて、何度かプツンと糸が切れそうになりましたね。そのひとつが、2013年に結婚したときです。

当時は、毎日夜中まで働いて、一回家に帰ってごはんを食べて、また職場に戻る日々でした。

そんなわたしを見て、主人に「仕事を辞めてほしい」って言われてしまったんです。
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深水
深水
なんと……。
畑野
畑野
最初のうちは、主人も応援してくれていました。でも、ずっとわたしの体調は悪いし、機嫌も悪い。新婚旅行にいく余裕もない。そりゃ、辞めてほしいと思いますよね。

じゃあどうする? ってなったとき、社長に「家庭崩壊の危機なので、在宅勤務させてほしいです。それが無理だったら、これ以上働けないかもしれません」と相談しました。
深水
深水
ちなみに当時、社内には在宅勤務の制度はあったんですか?
畑野
畑野
それが、なかったんですよ。
深水
深水
え!?
畑野
畑野
本当に崖っぷちだったので、だめもとで頼むしかないと腹をくくりました。

すると社長が「いいよ。パソコンがあればどこからでも働けるもんね」とまさかのOK。「え、いいの?」って拍子抜けしました。

パソコンと持てるだけの荷物を持って、その日から在宅勤務をスタートしました。
深水
深水
畑野さんが在宅勤務の先駆けになったんですね……!
畑野
畑野
自分と家族のために必死だっただけなんですけどね(笑)

そこから少しずつ、在宅勤務という選択肢が社内に広がり始めて。

子育てや親の介護など、いろんな境遇を抱えながらも、仕事を続けられるメンバーが増えたことはすごく嬉しかったです。

子育てしながら働いて、初めて感じた「職場への怒り」

畑野
畑野
いっぽうで、だんだん悔しい気持ちも芽生えて……。
深水
深水
悔しい、ですか?
畑野
畑野
子育てや親の介護をしながら働くメンバーは、少なからず「申し訳なさ」を抱えています。

「みんなに迷惑をかけて申し訳ない」という罪悪感で潰されそうになりながらも、一生懸命チームのために働いてくれます。
深水
深水
はい。
畑野
畑野
家庭の事情で在宅勤務をしているメンバーは、どうしても働いている様子が見えづらい。

そうすると、ほかのチームリーダーから「おたくのチームって、全然仕事していませんよね」って言われてしまったんです。

その状況に、ものすごく腹が立って
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深水
深水
一生懸命働いているメンバーのがんばりに気づいてもらえなかったんですね。
畑野
畑野
メンバーが悪いんじゃなくて、メンバーのがんばりに目を向けていないリーダーの責任でしょ?」って、悔しくて。

いろんな境遇を抱えながら一生懸命に働くメンバーのがんばりを、もっと周囲のチームに知ってもらいたい。

それと同時に、わたし自身もリーダーとして、メンバーの働きを正しく評価したいと思いました。

手伝ってほしい業務はあるけど、メンバーに割り振る余裕がない

畑野
畑野
ただ、いろんな境遇のメンバーが増えるにつれて、だんだん余裕がなくなってしまったんです。

お願いしたい仕事があっても、タスクを分解して振り分けると、かなり工数がかかってしまう。

「じゃあ、メンバーに自分からタスクを選んでもらおう!」ということで、「お仕事ビュッフェ」を始めました。
深水
深水
「お仕事ビュッフェ」ですか?
畑野
畑野
部署やチームとして「やるべき仕事」を一覧にして、その中からメンバーに「できる・やりたいタスク」を進めてもらう仕組みです。

自分のキャパシティや関心にあわせて仕事を選び取れるので「お仕事ビュッフェ」と名付けました。
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深水
深水
できること・やりたいことベースで進められるのは、ワクワクしますね!

「お仕事ビュッフェ」を始めて、畑野さんのチームの仕事はどうなりましたか?
畑野
畑野
みんなの協力のおかげで、業務が効率化しました。

それと同時に、メンバーの肯定感も高まったように感じます。
深水
深水
肯定感、ですか?
畑野
畑野
会社から求められる仕事と、自分のできること・やりたいことがマッチすると、メンバーは「自分はちゃんと会社の役に立っている」と実感できますよね。

チームの仕事をすすめるには、まずこの肯定感をつくることが大事だと思います。
深水
深水
メンバーの肯定感のおかげで、チームの仕事が前に進むんですね。

子育てや介護をしながら働くメンバーは「肯定感」を求めている

深水
深水
一方で、「お仕事ビュッフェ」はメンバーの主体性に委ねる面もあると思います。

「自分の仕事を増やしたくないから、タスクをとらない」という人はいましたか?
畑野
畑野
ほかに抱えているタスク量や自分のコンディションによって、「ビュッフェ」の量を調整する人はいたと思います。

でも、ほとんどの人が「自分にできることがあればやりたい」と言ってくれました。

きっと、誰もが少なからず「自分は会社に必要とされている」という実感が欲しいと思うんです。
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深水
深水
先ほどの「肯定感」ですね。
畑野
畑野
特に、子育てや介護をしながら働くメンバーは「肯定感」を求めていると思います。

わたしにも4歳の娘がいるんですが、急に「お子さんが発熱したので迎えに来てください」と、幼稚園から呼び出されたことが何度もありました。

もうね、みんなの苦しさがすごくわかるんですよ。
深水
深水
自分の努力だけではどうにもならないですよね……。
畑野
畑野
ただひたすら、周囲への申し訳なさが募っていくんです。

「自分はいないほうがいいんじゃないか」「役に立っていないんじゃないか」

そんな葛藤を抱えながら、みんな一生懸命働いてくれます。
深水
深水
うんうん。
畑野
畑野
子育てや介護に限らず、急な体調不良などで、従来の働き方やパフォーマンスが出せなくなる可能性は、誰もが持っていますよね。

「お仕事ビュッフェ」のように、チームの仕事をみんなで協力できる仕組みがあれば、自分もメンバーも安心だなって思うんです。

「評価されづらい仕事」をがんばるメンバーの存在を肯定する

深水
深水
「お仕事ビュッフェ」を始めてほかのチームからの反応はどうでしたか?
畑野
畑野
「畑野さんのチーム、みんな意識が高いですね」って言ってもらえる機会が増えました。

「そうなんですよ! うちのチーム、みんな本当にがんばってくれるんです!」って、もう嬉しくてたまりませんでした。
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深水
深水
「やっと周囲に伝わった!」っていう達成感もありそうですね。
畑野
畑野
会社って、評価されづらい仕事もあるじゃないですか。

どんなにがんばっても「それがお前の仕事だろ」って言われてしまったり、「こなしてあたりまえ」のルーティンだと思われてしまったり。

誰からも「ありがとう」って言われなくても、チームのためにがんばってくれる人たちが、会社にはたくさんいると思うんです。
深水
深水
うんうん。
畑野
畑野
家庭の事情で、100%仕事にフルコミットできない人もいますよね。

「あの人って早退ばかりで、全然仕事やらないよね」ってレッテルを貼られてしまう。でも、ちがう、そうじゃないんです。

選択肢を与えて、やるべきことと、そのやり方をちゃんと伝えれば、みんなチームのためにがんばってくれます
深水
深水
「お仕事ビュッフェ」は、単純にチームの仕事を可視化するだけじゃなく、評価されづらい仕事をがんばるメンバーの存在も肯定してくれる仕組みなんですね。

メンバーの「やりたいこと」を叶える環境づくりは、リーダーにしかできない

深水
深水
最後に、畑野さんにとって「リーダーにしかできない使命」はなんだと思いますか?
畑野
畑野
メンバーが力を発揮し、やりたいことを実現できる環境をつくること。これに尽きるなと、本当に思っています。
深水
深水
メンバーができること・やりたいことを最大限発揮できれば、いいチームになると。
畑野
畑野
自分のチームだけでできることには限界がありますよね。ほかのチームと連携すれば、できることは格段に広がります。

とはいえ、現場の人間がほかの部署・チームに協力を仰ぐのって、なかなかハードルが高いと思いませんか?
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深水
深水
もともと繋がりが少ないチームだと、とくに頼みづらいですよね。
畑野
畑野
「あの部署の◯◯チームといっしょにやりたいんだ」となったら、まず自分の上長に相談して、上長から本部長にお伺いを立てて、人選してもらって……。

現場の人間が到底できることじゃないですよね(笑)
深水
深水
たしかに。
畑野
畑野
でも、メンバーの「やりたいこと」を叶える環境づくりは、リーダーにしかできない。だから、そういう「繋ぎ」の役目は、リーダーが引き受ける

メンバーには「やりたい」をあきらめてほしくないので、そこの1点はがんばろうかなって思うんです。
深水
深水
「メンバーがやりたいことを実現するために、わたしは環境を整えるから!」ってリーダーが言ってくれると、メンバーとしてはすごく救われます。
畑野
畑野
わたしはそんなリーダーを目指していますが、なかには「24時間365日働けます」っていうリーダーもいます。

そういう人も、会社としては尊い存在で、否定されるものではありません。
深水
深水
リーダーのあり方に唯一の正解はないんですね。
畑野
畑野
「売り上げをあげている営業が一番偉い」という声も聞きますが、わたしはそうじゃないと思います。

売り上げを支えるために、図面を書いてくれる人や、泥まみれになって製品を作ってくれる工場の人がいる。

その仕事一つひとつが会社というチームを支えているからこそ、メンバーそれぞれが肯定感をもって働くことはすごく大事だと思うんです。

だからわたしも、自分ができることをやろうと思います。
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執筆:深水麻初(サイボウズ)/撮影:田口裕貴

気負わずに、チャンスがあれば管理職を目指してほしい。 ──現役女性マネージャーが語る、「管理職を経験してわかったこと」
身につけたスキルは、時と場所で評価が変わるから──新しいことを学ぶときは「できる」よりも「やりたい」で選んでみる
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006221.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006221.html 働き方・生き方 マネジメント リーダーシップ ワーキングマザー 管理職 Tue, 17 Dec 2024 08:00:00 +0900
小さな変化を積み重ねた先に、大きな変革が生まれる。 社内が「腹落ち」する意思決定のあり方 ──アルペン 二十軒翔×サイボウズ 栗山圭太 <![CDATA[

大規模な組織では、現場の納得感を得ながら変革を進める難しさに直面することがあります。

社員数1000人を超えるサイボウズも例外ではなく、経営層の考え方と現場のニーズとのギャップに悩んでいます。

そこで、サイボウズのマーケティング本部長である栗山圭太は、スポーツ用品専門店を全国に約400店舗展開する株式会社アルペンに注目。

意思決定の過程や現場から納得感を得るための工夫について、同社専務執行役員COO の二十軒 翔さんに迫りました。

EC全盛時代に、リアル店舗の旗艦店『Alpen TOKYO』を出店したワケ

栗山
栗山
いま、小売業界はECが主流ですよね。実店舗から撤退する企業も多いのに、アルペンは大都市圏にも店舗をどんどん展開しているのがすごいなと思っていて。

新宿の『Alpen TOKYO』は、誰が最初に出店を提案したんですか?
二十軒
二十軒
完全に、わたしです。実は、アルペンに入社したときからずっと、「都内に大きな店舗をつくりたい」という夢を持っていたんです。

前職のときは東京に住んでいて、そのころのアルペンのイメージといえば、やっぱりスキーとかウィンター系だったんですよね。

でも、実際のアルペンって、それ以外でもおもしろい取り組みを行っています。そのことをもっと多くの人に知ってもらいたいという想いを形にしたのが『Alpen TOKYO』です。

二十軒 翔(にじっけん・しょう)。東京大学法学部を卒業後、外資系戦略コンサルティング大手ベイン・アンド・カンパニーに入社。コンサルタントとしてキャリアを積む。2014年、より明確な方向性を求めてアルペンに転職。事業部長からスタートし、2年後には、経営戦略を担当する役員に就任。その後、人事制度の改革、物流やシステムの見直し、店舗開発、EC立ち上げなどの取り組みを通じて、企業の成長に寄与

栗山
栗山
そういう想いがあったんですね。出店は、いつごろから検討し始めたんですか?
二十軒
二十軒
約6年前、わたしが店舗開発の担当役員を務めていた時期ですね。

「出店するなら、多くの人が集まる新宿駅周辺がいいだろう」と考えて、新宿の街を1人で歩き回ったり、店舗開発チームといっしょに情報収集をスタートしたりしたのが始まりです。
栗山
栗山
プロジェクトが進むと関係者も増えていきますよね。社内で反対意見とかはなかったんですか?
二十軒
二十軒
実は、あまり大きな反対意見はなくて。前々から「既存店舗の発展のためには何が必要か」というのは考えていて、もちろんECを強化するという要素もありました。

ただ、それだけでは目指すべき姿にはなれません。もっと違う取り組みもしなければいけないと考えた結果、関東圏でシェアを拡大することにしたんです。
栗山
栗山
なるほど、それで関東圏に。
二十軒
二十軒
「関東圏」と聞くと、狭い範囲に聞こえるかもしれませんが、マーケットとしてはすごく大きいんです。でも、我々はそのシェアを十分に取れていない状況で。

われわれの取引先には海外の取引先もありますが、彼らが見ている日本市場というのは東京の市場が中心です。そこでのプレゼンスが全然足りていないと感じていました。
栗山
栗山
そんな課題感をお持ちだったんですか。
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二十軒
二十軒
だから、「これから、関東でどうシェアを上げていくか」という話から『Alpen TOKYO』の話が立ち上がっています。

いきなり出店の話から始まったわけじゃなくて、大きなビジョンから出店の話がスタートしているので、みんなのなかで腹落ちしていたのかなと。
栗山
栗山
そういうことなら、反対意見がほぼなかったのも納得です。

栗山 圭太(くりやま・けいた)。執行役員事業戦略室長 兼 マーケティング本部長。2003年、新卒で入った証券会社を辞め、第二新卒としてサイボウズに入社。公共営業、大阪営業所の立ち上げなどを経て、「サイボウズ Office」「kintone」のプロダクトマネージャーを経験。その後自身の強い希望で営業に戻り、ここ数年はアジアの拡販にも注力。アジア10カ国を訪問し、パートナー企業とのリレーションシップを図っている

「議論の末、たどり着いた」という納得感が「現場の腹落ち」につながる

二十軒
二十軒
『Alpen TOKYO』の具体的な検討にいたるまでに、個々のメンバーのなかにはいろいろな意見や思いがあったと思うんですけど、構想が熟成されてきたことで、社内でもスムーズに理解してもらえたのではないかと思います。
栗山
栗山
経営の基本に忠実ですね……。おっしゃるとおり、施策を進めるためには、ビジョンの共有や目線合わせが基本ですよね。

ただ、基本から外れちゃうときもあるじゃないですか。わたしもサイボウズの経営に携わる立場なので、その難しさも感じているところで……。

アルペンでは、どんな工夫をされているんですか?
二十軒
二十軒
年一回、本社に全役員と部長のみなさんを集めて、1日かけて行う「合宿」ですかね。
栗山
栗山
なるほど、合宿……!
二十軒
二十軒
この合宿は2017年から始めました。みんなで現場を離れて、大きなテーマについてディスカッションだけする時間です。
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二十軒
二十軒
初回は「世界の成長企業について考える」というテーマを出したんですよ。
栗山
栗山
普段は意識しないテーマと向き合うんですね。合宿って、業績とか数字の話をついついしちゃいますもんね。
二十軒
二十軒
そうなんです。

「世界にはどんな会社があって、どう活躍しているんだろう?」「なぜ、成長が実現できているのだろう?」こういうことを考えることで、自社とのギャップや新たな視点に気づけます。

おかげで、「アルペンが大きく変わるためには、国内の競合店だけを見るんじゃなくて、もっと広い視点が必要だ」ということの理解が深まったようです。
栗山
栗山
よいテーマですね。
二十軒
二十軒
いつもとは違う視点で議論を重ねたからこそ、「みんなで考えて、このビジョンにたどり着いた」という納得感を生むことができたんじゃないかと思っています。
栗山
栗山
まさに「理想への共感」ですね。
二十軒
二十軒
何か新しいことをやろうと思うときに、普段の仕事と関係のないことを考えるのは、絶対必要ですよね。
栗山
栗山
思考をストレッチするためのテーマ、いいですね。サイボウズでも、さっそく取り入れてみたくなりました。
二十軒
二十軒
はじめは1日のみの実施でしたが、いまでは事前課題の準備期間も含めて、チームごとに約1か月かけて取り組んでもらっています。

「毎年大変なんだよ(笑)」と言いながらも、楽しみにしてくれているメンバーがすごく多いんです。

合宿でいっしょにビジョンをつくり上げて、『Alpen TOKYO』の出店にも納得感を得られたことは、スムーズな開店準備にもつながって。

出店決定からオープンまで半年間しかなく、負荷のかかる業務でしたが、多くの社員が積極的に動いてくれました。
栗山
栗山
『Alpen TOKYO』のような大規模店舗にかかわれる機会は、人生で1回あるかどうかですよね。かと思ったら、名古屋や福岡でも出店が続き、社員のみなさんも「まだ続くの?」と驚いたかもしれませんね。
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二十軒
二十軒
まさにみんな、驚いていたみたいで(笑)。ポジティブな反応も多いんです。

「次は何をやるんですか?」「おもしろい企画を持っているんじゃないですか?」とわたしに聞くメンバーも増えてきました。

変化への抵抗感じゃなくて、「次はどんな変化があるんだろう?」とワクワクしてもらえる環境になってきたなあと実感しています。
栗山
栗山
そのほうが会社の成長スピードは確実に上がっていきますよね。

小さく変化し続けることが、大きな変化を生み出す

栗山
栗山
わたしの悩み、ちょっと言っていいですか。

いまのサイボウズは売り上げが順調に伸びて安定した収益を得られているおかげか、社内には落ち着いた雰囲気が漂っているんですよね。

この雰囲気のなかで、社内に変化を促そうとしても、「うまくいっているから、このままでいいじゃないか」という意見もあるんです。

社員の意識や組織のベクトルを変えていくコツがあれば、ぜひ教えていただきたいなと。
二十軒
二十軒
そんな偉そうに何かを教えられる立場ではないんですよ。おなじく、アルペンも日々模索しながらやっていますし。

ただ、わたしの仕事は変化の種を見つけて、促すことだと思うんです。

われわれのビジネスは多領域に広がっていて、部署も多いので、「どこだったら変えられそうか?」を日々探しています。
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栗山
栗山
具体的には、どうしているんですか?
二十軒
二十軒
市場の動きと社内の状況をうまく組み合わせて、「ここなら面白くできそうだな」と感じるチャンスを探しにいく感じです。

組織全体を見渡してみると、大きく伸びそうな部分もあれば、ちょっと我慢しなきゃいけない部分もあって。でも、伸びると思う部分にアクセルを踏まないと、結局ちょっとの成長で終わっちゃうんですよね。
栗山
栗山
そうそう、そうなんです。
二十軒
二十軒
だからこそ、アクセルを踏むためには人事異動もいとわないですし、組織の形自体を変えていくこともありだと思います。
栗山
栗山
うんうん。
二十軒
二十軒
それに、成長しそうな領域にかかわっていて、「新しいことができそうだな」とか「役割を変えてあげたいな」と思う部署には、新しい役割をどんどん与えて変化を促すこともあります。

それを繰り返していくと、「社内のどこかは常に変化している」という状態がつくられてくるんですよね。
栗山
栗山
なるほど。
二十軒
二十軒
アルペンでは、この状態を数年間つくり続けています。すると、社員は周りの変化を常に目にすることになるので、「いま、自分たちは安定しているけど、どこかで変わる必要があるのかもしれない」という意識が芽生えてくるんだと思います

われわれとしても、すべてを一気に変えることは難しいので、少しずつ変えていけたほうがいいですよね。それが成功の確率を上げているのかなと思っています。
栗山
栗山
たしかに毎年どこかが変化することで、全社的に「変化が当たり前」という雰囲気が醸成されますよね。
二十軒
二十軒
ええ。毎年、いくつか変革できそうなネタを仕込んで、少しずつ実行しているところです。

もちろん、すべての変革が成功するわけではないんですけど、成功事例を全社に共有していくことで、ほかの部署やプロジェクトにいい影響を与えることもあります。そうやって小さな変革を積み重ねた結果、数年後には大きな変化を遂げられると考えているんです。

変化を引き起こすには「納得感のある評価基準」も必要

二十軒
二十軒
あと、もうひとつ大事なのは、やっぱり人の評価の話なんじゃないかなと思うんですね。社員に「なんでこんな評価なんだ」って思われちゃったら、変わろうっていうムードは盛り上がらないはずです。

組織のいろいろな場所で、変化した人たちや、変化をリードした人たちを評価していく。その人たちが昇進していく。その様子を、みんなやっぱり見ているんですよね。
栗山
栗山
評価に納得できると、やる気も出ますよね。
二十軒
二十軒
そのためにも、「会社は社員のみんなをちゃんと見て、正しい評価をしているんだ」と納得してもらえる評価制度を取り入れることが大切です。

そういった評価と、周りが変化し続ける環境の組み合わせで、「あ、自分も変わっていったらこうなれるのかな」っていう人たちが出てくると、会社が変化してくんじゃないかなと。
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栗山
栗山
評価制度の設計は難しいですよね。サイボウズでは「100人100通り」の評価制度は実現できたんですけど、規模が拡大するにつれて、これまでの評価制度や人事制度を見直さなきゃいけないと感じているところです。
サイボウズは「100人100通りの働き方」をやめます。社員数1000人を超えても、成長と幸福を両立させるための挑戦
二十軒
二十軒
約7年前に、アルペンも人事制度と評価制度を見直して、いわゆる年功序列的な要素をなくしました。評価制度をなるべくシンプルにして、どの部署の、どの役割の、どの役職の人でも同じような評価基準で評価を統一しています。

その基準には「どれだけ新しいことに挑戦し、変化をもたらしたか」「変化に対してリーダーシップをどれだけ発揮したか」といった挑戦的な要素も加味して、アルペンのビジョンと評価基準を一致させたんです。
栗山
栗山
そういう仕組みにしたんですね。
二十軒
二十軒
ただ、評価は仕組みよりも、その運用方法のほうが大事だと思っていて。人によって評価基準がバラバラだと、上司によって評価が大きく異なることもありますよね。

そこで、評価基準を統一する場を設けました。社員の評価を決めるとき、上司同士が集まって自分の部下の評価を持ち寄って、ほかの社員と評価について意見交換をしています。
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栗山
栗山
それを、どれくらいのペースでやっているんですか?
二十軒
二十軒
半年に1回ですね。次第に評価基準がそろってきて、誰が評価しても似たような結果になってきました。評価の公平性を高めることで、評価される側の納得感も得られるようになってきています。

評価に対する期待が生まれて、個人の変化が促されることで、会社自体も変わっていくことができるのだと思います。

「アルペンのDNA」を守りながら、3000人のマネージメントに挑む

栗山
栗山
人材登用についても、おうかがいしたいと思います。現在、アルペンの従業員数は約3000人とのことですが、この規模をお一人でマネジメントするのは難しいと思うんです。

そこで、約3000人を管理するためのマネジメントチームをお持ちだと思うんですけれども、これはどうやって構築されているのでしょうか?
二十軒
二十軒
現在は各部門ごとに担当役員がいて、それぞれの部署を管理しています。役員の下には部長、さらにその下には課長クラスのマネージャーがいるという階層構造です。

ここ10年間で、組織の体制を少しずつ整理し、いまの形になりました。
栗山
栗山
どうして少しずつ整理したんですか?
二十軒
二十軒
組織を構築するだけでは意味がなくて、その役割を果たす能力のある人がいなければ機能しないからです。

とはいえ、最初は「誰に任せたらいいのか」を考えるのは、正直すごく難しくて……。

適任者が社内にみつからなければ、社外に目を向けて人を探してくる必要もあります。ずっと、誰がいいんだろう? というのを考え続けています。
栗山
栗山
トップマネジメントクラスの人材を、社外から見つけてくるのはかなり難しい話ですよね。
二十軒
二十軒
そうなんです。だから、社内外でさまざまな人と会って話していくなかで、「こんな人がいるんだ」とか「この人に、この役職をお願いしたらおもしろいかもしれない」と探して、少しずつ組織に当てはめていきました。

ただ、その人がアルペンで即座に能力を発揮できるとは限りません。だからといって、簡単に外してしまうわけにもいかないのが、組織の難しいところです。
栗山
栗山
おっしゃるとおりです。
二十軒
二十軒
だから、実務でおたがいの意見をぶつけたり、意識を合わせたりする時間を確保して、一人ひとりに適切な役割を割り当てていきました。

結果として、現在の役員や部長は10年前とは大きく入れ替わっています。変化を受け入れ、新しい挑戦を推進できる人を高い役職に配置できているので、わたしが指示しなくても自発的に行動する組織に成長してきたかなと思います。
栗山
栗山
わたしが知っている方もアルペンの役員をしているのですが、組織にフィットして楽しく働いているようです。
二十軒
二十軒
彼はこれまでのアルペンには存在しなかったタイプで、わたしとも違う考えを持っています(笑)。

でも、そういう自分とは異なる考え方や強みを持った人を増やしていきたいです。そうした人たちを組織に迎え入れることで、会社の成長につながると信じています。
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二十軒
二十軒
ときには、「これ、違うんじゃないか?」と思うこともありますけど、そこは任せてみるようにしています。結果がうまくいかなかったら修正しないといけませんが、頭ごなしに否定するのはよくないと思っていて。
栗山
栗山
いわゆる、多様性ですね。
二十軒
二十軒
ええ。こんなふうに冒険しながら人を選ぶことができたのは、創業者である会長や社長が、創業当初からずっと関わってきたことで、アルペンのDNAがしっかり受け継がれてきたからだと思いますね。
栗山
栗山
ちょうど、そこもお聞きしたいところだったんです。

「変化に強いメンバー」が理想ではありますけど、やっぱり組織として変えてはいけない価値観もありますよね。そのバランスをどう考えていらっしゃるのでしょうか?
二十軒
二十軒
そういう意味では、絶対にひとりでは決めないようにしています。「わたし個人が気に入った」という理由だけで人事や物事を決めてしまうのは、組織として極めて不健全です。

とくに人事については、社員の士気や組織文化に大きく影響するので、慎重な判断が必要です。周りの意見を必ず聞いて、「候補者が企業の文化や価値観と合致しているか」「チームに溶け込めそうか」などを確認した上で、人を採用しています
栗山
栗山
なるほど。知りたいことをいろいろとおうかがいできました。

最後に、「意思決定と組織の納得感」でいちばん大事にしていることを、改めて教えていただけますか。
二十軒
二十軒
変化し続けるために、やり続けること、もがき続けることが大切だと思います。

組織を変えるにしても、納得してもらうにしても、一度やったからといって、うまくいくわけではありません。だからこそ、あきらめずにやり続けることが、いちばん大事なのだと考えています。

企画:神保麻希 執筆:流石香織 編集:モリヤワオン(ノオト)

サイボウズ式YouTubeで、対談動画を公開中!

「経営者目線を持て」と言われて、腹が立った話──この厄介な言葉と、どう向き合うべきか
「社員の幸せ」と「お客様の幸せ」を両立し、事業の成長を目指す──ほけんの窓口 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006220.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006220.html カイシャ・組織 100人100通りの働き方 チーム トップマネジメント マネージャー 人事制度 意思決定 成長 組織 経営者 Thu, 12 Dec 2024 08:00:00 +0900
気負わずに、チャンスがあれば管理職を目指してほしい。 ──現役女性マネージャーが語る、「管理職を経験してわかったこと」 <![CDATA[

「働くママ」が抱える課題について、みんなで考えるきっかけをつくりたい──2014年、サイボウズが制作したワークスタイルムービー「大丈夫」は、子育てをしながら働くママをリアルに描き、150万回再生される話題作になりました。

あれから10年となる2024年、「大丈夫」の続編となる「大丈夫2」を公開。女性管理職となった主人公の葛藤や気付きを描きます。

動画公開を記念して、「Cybozu Days 2024」では、女性管理職をテーマにしたトークセッションを実施。會澤高圧コンクリート常務取締役の畑野奈美さんとサイボウズ マーケティング本部ブランディング部長の和泉純子が、管理職になるまでの道のりと気づきを語りあいました。

「こういう管理職なら、目指してみたい」と肩の力を抜いてほしい

大谷
大谷
今回は「『女性の管理職はつらい』って本当?―現役女性マネージャーが話す管理職のリアル―」をテーマに、パネルディスカッションをさせていただきます。モデレーターの大谷です。よろしくお願いいたします。
大谷イビサ

大谷イビサ(おおたに・いびざ)。オンラインメディア「ASCII.jp」編集長。IT・ビジネス担当する記者・編集者。2017年からは新メディア「ASCII Team Leaders」を立ち上げ、働き方とテクノロジーの理想像を追い続けている。かつては子育てを妻に任せっぱなしで仕事に専念していたが、妻の復職に伴い、現在はフルリモート勤務の大谷さんが夕食つくりなどの家事を担当。今回は、「夫と主婦の気持ちがわかる枠」としてモデレーターを務める

大谷
大谷
まずはお二人から自己紹介をお願いできますか。
畑野
畑野
會澤高圧コンクリート株式会社の畑野奈美と申します。2009年に工業系の大学を卒業した後に入社して、今年で16年目です。昨年新設された未来開発本部の本部長を務めています。

北海道帯広市の出身で、現在は札幌市で在宅勤務をしています。4歳になる娘がいるのですが、今日はちょうど夫の都合がつかず面倒をみられないので、今回の出張にいっしょに来ています。今日はどうぞよろしくお願いします。
畑野奈美

畑野奈美(はたの・なみ)1982年北海道帯広市生まれ。北海道苫小牧市に本社を置く総合コンクリートメーカー・會澤高圧コンクリート株式会社で、常務取締役、未来開発本部 本部長を務める。2012年よりkintoneを活用した業務改善に取り組み、全社の作業効率アップに寄与

和泉
和泉
サイボウズの和泉純子と申します。子どもが2人いまして、長女が高校1年生、長男が小学校6年生。夫は同級生です。

一緒に働くメンバーからは「好奇心モンスター」「きれいごとを言わない現実主義」と評価をいただいています(笑)。本日はよろしくお願いいたします。
和泉純子

和泉純子(いずみ・じゅんこ)サイボウズ マーケティング本部 ブランディング部長、Webクリエイティブ部 部長を兼務。2003年に派遣社員としてサイボウズへ。2005年から無期雇用社員として働いていている

大谷
大谷
このセッションの冒頭で公開された「大丈夫2」ですが、畑野さん、ご覧になりながら泣いていましたね。どうでしたか。
畑野
畑野
10年前に公開された「大丈夫」を先に拝見していたのですが、自分の娘が4歳で主人公と重なる部分もあって、そちらをまずみて号泣していて(笑)。

「大丈夫2」は、仕事の現場がリアルすぎて、刺さりすぎて、泣いてしまいましたね。
大谷
大谷
「大丈夫2」は、どのような背景で制作されたんですか?
和泉
和泉
2014年に公開した「大丈夫」は、主人公が3歳のお子さんを抱えながら、ワーキングマザーとして働く日常、つまりわたし達にとっての普通な毎日を描いた作品でした。

あれからちょうど今10年経って、周りをみると女性管理職も増えてきている。じゃあ、彼女の10年後、管理職の姿を描いてみようということで「大丈夫2」を企画しました。
大谷
大谷
なるほど。
和泉
和泉
伝えたいのは、管理職は大変ということではなくて。こんな管理職ならイメージできるなとか、こういう感じだったらわたしも選択肢に入れられそうだなとか、ちょっと肩の力を抜いてもらえればいいな、と思っています。
大谷
大谷
主人公は強い女性でも、バリバリできる女性でもなく、生活も仕事も、悩みを抱えながら前に進む姿が印象的ですよね。

業務効率を上げる仕組みづくり、会社初のテレワーク……畑野さんの試行錯誤

大谷
大谷
お二人は女性管理職として活躍されていますが、どういう道のりでキャリアを歩んできたのでしょうか。そこで、人生をマインドグラフにしていただきました。まずは、畑野さんのグラフからみていきましょう。
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畑野
畑野
新卒時代は札幌勤務予定が東京支社配属に変更になり、不安だらけの社会人生活が始まりました。ただ、同期もいっぱいいましたし、それぞれのポジションで頑張ろうということで、ちょっとモチベーションが上がっています。

でも、少しずつ仕事ができるようになった2011年に東日本大震災が発生し、携わっていたプロジェクトがストップ。このタイミングで、自分が何をすればいいかわからない状態になってしまいました。
大谷
大谷
グラフが下に突き抜けているところですね。
畑野
畑野
そうですね。その後、土木製品の設計部署への異動で札幌勤務になり、元々従事していた住宅基礎のプロジェクトも並行して担当していました。ちょうどそのころにkintoneを使って、離れたところにいる他部署のメンバーと業務を分散して、一緒に仕事ができる仕組みを作りました。

業務がスムーズになり、徐々に新たな仲間も増えて、やりがいも感じられるようになっていったんです。
参考:kintoneで脱残業地獄 すき間時間を活用する「お仕事ビュッフェ」で脱1人運用
大谷
大谷
うんうん。kintoneによって仲間とつながることができた実感があり、モチベーションが上がっていったという感じですね。
畑野
畑野
そうです。順調に楽しくやっていたところ、新しいプロジェクトに招集されて。今度は時間外の打ち合わせや作業が多くなってしまい、深夜残業の日々が続きました。
大谷
大谷
結婚のすぐ後に「第一次離婚危機」があるのも気になります。
畑野
畑野
残業が多い仕事であることは、夫も納得した上で結婚して。最初の頃は夫が差し入れをしてくれたり、ご飯をつくってくれたりもしました。でも、「段々、何のために結婚したのかわからなくなってきた」と言われるようになりまして……。
大谷
大谷
それでモチベーションがだだ下がりになってしまったんですね。その後、プロジェクトが終わった、と。
畑野
畑野
はい。しかし、間髪入れずにまた違うプロジェクトに招集されて、再び同じように深夜までの残業が続いてしまい、「第二次離婚危機」が訪れます。
大谷
大谷
さすがにもうやってらんない、って感じですかね。
畑野
畑野
はい。それで、仕事をやめる覚悟を持って社長に「もう無理です。家庭が壊れます。在宅勤務をさせてください」と直談判しました。

そのときは前例がなかったので在宅勤務は難しいと思っていたのですが「いいぞ。パソコンを持っていればどこでも働けるだろう」と拍子抜けする答えが返ってきたんです。
大谷
大谷
意外にも(笑)。
畑野
畑野
元々、kintoneを使って他拠点のメンバーと仕事をするという、働く場所を選ばない業務を担当していたので、在宅勤務による影響はありませんでした。その後、仕事もプライベートも安定してきた2020年に、第一子の娘が生まれて。
大谷
大谷
うんうん。
畑野
畑野
わたし達のチームは在宅勤務で、社内では「姿のみえない、何をしているのかわからない存在」だったと思います。ですが、「kintone hive(※)」への出演や「kintone AWARD」へのファイナリスト選出をきっかけに、テレワークをしながらも事業を支えていることを知ってもらえたんです。

そういうこともあって、2022年に執行役員に抜擢されたのではないかと思います。

※kintoneを活用した業務改善ノウハウをユーザー同士で共有しあう交流型イベント
大谷
大谷
その後、モチベーションが下がっているのはプレッシャーによるものですかね。
畑野
畑野
「モチベーションが下がった」というより「不安があった」といったほうが正しいかもしれないです。常務取締役になったタイミングで、新しい本部の本部長という大きなものを任されたので。それで右往左往しながら、いまに至ります。

役職が上がることで、みえる世界も変わっていく

和泉
和泉
畑野さんに比べると、わたしのグラフは平行線をたどっているかもしれません。

新卒で出版社に入り、雑誌の広告営業をしていました。営業ノルマがあったのですが、ノルマを超えすぎると次月が大変になるので、ノルマを達成したときは空の日報を書いてさぼるような日々を過ごしていました。

そんな生活を送るなかで「このままだとダメ人間になってしまう」と思い、転職を決意します。「これからはITの時代だ」と、初心者でも受け入れてもらえるIT会社に入り、情報システム部門の仕事を3〜4年やりました。
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和泉
和泉
そこでいまの夫に出会って結婚し、それをきっかけに転職を考え始めます。

そのときに自分の知っている範囲で仕事を探すよりも、自分の今の能力に合う仕事とマッチングしてもらったほうがよいと考え、派遣登録をしたんです。
それで、派遣された先がサイボウズでした。その1年半後ぐらいに無期雇用になり、そこから20年働いています。
大谷
大谷
なるほど。
和泉
和泉
わたしが社会人になった年と、サイボウズが創業した年はちょうど同じなんです。

その頃のサイボウズは、会社のフェーズがどんどん変わって、新しいことが飛び込んでくるような状態で。ワクワクしながら良いモチベーションが保たれていたように感じますね。
自身のマインドグラフを解説する、和泉さん.jpg
大谷
大谷
畑野さんに比べると、グラフが安定していますね。
和泉
和泉
ずいぶん落ちているところもありますけどね。2017年頃、プロモーションを担当していたサービスを終了させるという意思決定をしたときに、チームの士気が下がって雰囲気が悪くなったことがあって。

もちろん終了までは責任を持ってやろうと決めていましたけど、自分の精神衛生上、何か兼務しないとやっていけないかもしれないと思って、社長の青野さんに相談しました。それで、サイボウズ Officeのプロモーションを兼務して、また気持ちが戻っていったんですね。
大谷
大谷
そこから段階的にモチベーションが上がっていったんですね。
和泉
和泉
新しいことがあると、モチベーションが上がっていくタイプなんですよね。

特に、管理職になるまでは、上司や部下など縦のラインでしか相談したことがなかったのですが、副部長、部長と役職が上がっていくにつれ、チームを超えていろいろな人と相談ができるようになり「こんな世界があったんだな」と同志が増えてうれしい気持ちでした。

「会社の方針」と「メンバーのやりたいこと」の交差点をつくる面白さ

大谷
大谷
元々2人は女性管理職に対してどのようなイメージを抱いていましたか?
和泉
和泉
子育てもしながら仕事もバリバリしていて、本当にパワーがある人しかなれないと思っていました。もしくは親の助けがあるとか、余裕のある人じゃないとできないイメージがありました。
畑野
畑野
わたしも同じです。入社した頃、女性の大先輩がいて、何年か一緒に働いたのですが、能力も考え方も、自分とはまったく違っていて。会社が望む管理職がこういう方なんだったら、わたしにはできないし、管理職とは無縁だと思っていました。
大谷
大谷
性別が同じだからといって、同じような働き方ができるわけではないですよね。

実際に管理職になってみて、やりがいってどういうところに感じますか?
和泉
和泉
「会社の方針」と「メンバーがやりたいと思っていること」の交差点をみつけて、チームの目標をつくれたときにやりがいを感じますね。そういうときってプロジェクトが加速するのがわかるんです。これはとってもうれしいな、と。
大谷
大谷
なるほど。畑野さんは、大変だと感じたことや、やりがいはありますか。
管理職のやりがい、大変さを語る畑野さん.jpg
畑野
畑野
弊社は元々女性の社員自体が少なくて、時代の流れ的に「女性を役員に登用しなくてはいけない」という会社の空気から、わたしが選ばれたのではないかと勘繰ってしまうところもありました。

それでも1年がんばって、でも、できないこともあって。それを周りがフォローしてくれるときに、ありがたさと不甲斐なさを感じていましたね。
大谷
大谷
うんうん。
畑野
畑野
一方で、管理職になると、コミュニケーションを取れる人が増えて役員レベルで話が動くようになるので、物事のスピードがすごく速くなるのはよかったですね。

以前、採用について「いま、会社全体でどういう能力を持っている人たちがどのぐらいいるか」を、本部間で話すことがあったんです。
その際に「じゃあ、この人の話も聞かなきゃいけないね」とトントン拍子で話が進んだことを覚えています。
大谷
大谷
管理職って孤独な立場にみえがちじゃないですか。でも、お二人のお話を聞いていると、相談相手が増えて、人脈も広がっていますよね。

意外と、管理職って孤独ではないんですかね?
和泉
和泉
横を向けば、同志がいる感覚です。わたしは、畑野さんも同志だと思っています!
畑野
畑野
そうですね! 会社を超えて同志と思える存在に出会えるのは、とてもうれしいです。

ライフステージによって、目指したいキャリアは変わっていくもの

大谷
大谷
これは質問に入れるかどうか迷ったんですけれど、「女性ならでは」な管理職の価値って、ありますかね?
和泉
和泉
正直、女性ならではというのはないと思います。

いまは管理職を務めてはいますけど、これまでの16年間はずっと現場です。「女性ならでは」ではなく、時短勤務や長く現場を担当していた経験による価値はあるのかなと思います。
大谷
大谷
大切な視点ですね。
和泉
和泉
管理職は役割の一つだと思っているので、柔軟に考えていきたいんです。

自分のライフステージに変化が起きたときや、管理職の適性がある人がほかに現れたら、ポジションを譲ってまた現場に戻ってもいいかなと思っています。
畑野
畑野
同感です。本当に能力がある人は男女ともにたくさんいて、考え方も人それぞれです。偶然わたしが時代にマッチしたというか、会社が必要としている部分にマッチしただけだと思うので、優秀な人がいたら譲りたいという気持ちもあります。
大谷
大谷
なるほど。では、これから社員を管理職に抜擢する立場の方に伝えておきたいメッセージはありますか。
未来の管理職を抜擢する経営層へのメッセージ.jpg
和泉
和泉
部下に「自分は管理職になる気はない」と一度言われたからといって、鵜呑みにしないでほしいです。

男女問わず、子どもの年齢や親の介護など、人生のフェーズによって仕事のアクセルを踏めたり踏めなかったりします。だからこそ、もっとこまめにキャリアプランや望むライフスタイルを聞いてほしいですね。
大谷
大谷
ありがとうございます。最後に、管理職を視野に入れている方々に、メッセージをいただければ。
和泉
和泉
わたしも管理職になってから「これでいいのかな?」と不安になることもありますが、それでも「これで大丈夫」と言い聞かせながら、一歩一歩進んでいます。みなさんもあまり気負わずに、チャンスがあれば管理職に就いてみてほしいと思います。
畑野
畑野
管理職を任されたときに「管理職とはこういうものだ」など、気負ってしまうこともあると思います。もし悩んでしまったときは、自分の強みや自分の目指すべきものを思い出して、できることを一つずつ取り組めば大丈夫とお伝えしたいです。

サイボウズ ワークスタイルムービー『大丈夫2』

サイボウズは、2014年に仕事と育児の両立に悩む女性をテーマにした動画『大丈夫』を公開し、当時150万回再生の反響がありました。

10年後の2024年、出産・育児による離職は減りつつあるほか、男性の育児休業取得推進の機運が高まるなど、キャリアと家庭を両立する環境は少しずつ変化しています。一方で、昨今では女性の管理職比率向上が求められ、キャリアアップと家庭の両立は、これからさらに課題となり得ます。

今回新たに公開する動画『大丈夫2』は、『大丈夫』の続編として制作。『大丈夫』では幼い子どもの育児と仕事の両立に奮闘していた主人公が、『大丈夫2』では管理職となり、マネジメントの難しさに向き合いながら、家庭との両立に励む姿を描きます。

10年の時をつないで、西田尚美さん演じる主人公の葛藤や気づきを描く『大丈夫』と『大丈夫2』 を、特設サイトからご覧ください。

企画:神保麻希(サイボウズ) 執筆:中森りほ 編集:モリヤワオン(ノオト)

「経営者目線を持て」と言われて、腹が立った話──この厄介な言葉と、どう向き合うべきか
仕事も家庭もがんばるって、私にできるのかな?──「バリ」でも「ゆる」でもないフルキャリ体験談
管理職のきみと、いつか管理職になるきみと、管理職が苦手なきみへ
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006218.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006218.html 働き方・生き方 やりがい キャリアプラン サイボウズ チーム ワーキングマザー ワークスタイル 自分らしさ Tue, 03 Dec 2024 09:00:00 +0900
「これはできる?」って聞いてもいい。遠慮していた不安を障害者にオープンにすれば、「いっしょに働くためにできること」が見えてくる <![CDATA[

「チームワークあふれる社会を創る」。サイボウズでは障害の有無にかかわらず、この理想に共感するメンバーが活躍できる会社づくりを、試行錯誤しながら進めています。

その一環として、障害がある方との相互理解を深める場をつくろうと、2024年9月に「障害者インクルードインターンシップ」を5日間にわたって実施。マーケティング本部では、弱視という視覚障害がある工藤蒼さん(筑波技術大学保健科学部情報システム学科)の受け入れが決まりました。

受け入れ担当者であるブランディング部の高部哲男と、エンタープライズ プロモーション部の河村大輔は「準備段階では、インターンの進め方について不安があった」といいます。

そんな不安をどのように乗り越えたのか? 一方、インターン生の工藤さんはサイボウズで過ごした日々をどのように感じたのか? インターン期間を過ごすなかで見えてきた気づきを語ってもらいました。

イメージだけでの「合理的配慮」は難しい

編集部
編集部
今回のインターンシップは、これまでとは異なる準備が必要だったと思います。おふたりは障害者といっしょに働くことに、不安はありましたか?
高部
高部
合理的配慮(※)については事前に確認をしていましたが、「移動はどうサポートしたらよいか」「資料はどうつくるのがよいか」など、対応についての一般的な知識は持ちつつ、より具体的な部分は実際にご本人とお会いするまで不安なままでした。

視覚障害を持った方と働くのが初めてだったので、わからないことがたくさんあって。

事前に聞くこともできたのですが、人によってはセンシティブなことでもあるので、どこまで踏み込んだことを聞いていいのだろうかと、躊躇もありました。

※合理的配慮:障がいのある人から、社会の中にあるバリアを取り除くために何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられたときに負担が重すぎない範囲で対応すること(事業者においては、対応に努めること)(総務省『「合理的配慮」を知っていますか?』より)

高部哲男(たかべ・てつお)。サイボウズ式ブックス編集長。1児の父。ブランディング部サイボウズ式ブックス所属。編集プロダクション、写真事務所、出版社などを経て、サイボウズ入社。「はたらくを、あたらしく」を合言葉に、多様な働き方、生き方、組織のあり方などをテーマにした書籍制作に日々奮闘中。インクルーシブを実践、体感したいと思いインターンに参加

編集部
編集部
たしかに、相手のことを理解したいからこそ、聞きたくなりますよね。
高部
高部
そうなんです。たとえば、インターンの初日、工藤さんが最寄駅からサイボウズのオフィスに向かう途中、道に迷うことがあったんです。

翌日以降も出社することを考えると、解決のために「普段はどうやって移動しているの?」「どんなふうに見えているの?」と率直に聞く必要がありましたが、それを聞いていいのか悩みましたね。
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高部
高部
このとき、僕の背中を押してくれたのが、サイボウズで働いている全盲のメンバーの言葉でした。

彼には僕たちが工藤さんを受け入れることが決まった時に話を聞いていたのですが、そのなかで、「わからないことがあれば、とにかく本人に聞くのがいちばんだ」と話してくれました。

そのおかげで「もしかしたら失礼なことを聞くかもしれませんが」と前置きはしつつ、遠慮せずに質問することができたんです。

実際に工藤さんと話しながら、駅からの経路を歩いてみると、点字案内板が気づきにくい場所に設置されているなど、一見障害を持った人に配慮されているよう建物でも、十分なものになっていないことを知りました。
編集部
編集部
直接本人に尋ねたことで、見えてきたことがあったんですね。河村さんは不安に思ったことって、ありましたか?
河村
河村
学生のインターンの受け入れ自体が初めてだったことと、研修を実施するにあたりどの程度合理的配慮への対応が必要か不安はありました。

河村大輔(かわむら・だいすけ)。大手メーカーで事業企画などを経験し、2022年サイボウズ入社。エンタープライズ プロモーション部にてアナリストリレーションズを担当。2023年に社内の障害者インクルードチームに協力し障害者雇用について調査した経緯から、インターンに参加。精神保健福祉士の資格取得のための勉強や難民支援団体WELgeeでのプロボノ活動にも取り組む

編集部
編集部
たとえば、どのような不安がありましたか?
河村
河村
事前のオンライン面談で確認した際、工藤さんから「画面全体を把握するためのモニターと、画面の一部を拡大して映すためのモニターの2つがあれば、資料は大体読める」と教えていただきました。

それで、研修資料は文字サイズをいつもより大きくした程度で、大きな変更を加えなかったんですね。ただ、実際にそれで十分かどうかわからなくて。

なので、インターンを進めながらご本人とお話ししながら対応しようと心構えはしておきました。

多様性のある会社には、人それぞれが快適に働くためのツールと環境が必要

編集部
編集部
工藤さんが体験した5日間のインターンの内容を教えてください。
高部
高部
1日目はオリエンテーションで、翌日から業務体験がスタートしました。業務体験の前半2日間は河村さんとサイボウズ製品を取り巻く市場についての講義とディスカッションを、後半2日間は僕と「多様性」をテーマにしたブランディング施策の企画を、それぞれ1対1で体験してもらいました。

家具の配置などはぼんやりと見えているという工藤さん。インターンでは、工藤さんのいつも作業環境に合わせて2画面のパソコンを用意。モニターの背景は黒にして文字をハイライトに。工藤さんが右画面でポイントした場所が、左側の画面で拡大される仕組み

河村
河村
初日、工藤さんが作業している姿を初めて見たとき、「拡大した文字を一つひとつ目で追いながら取り組む研修は、想像以上に負担がかかるのでは」と感じたんです。事前のヒアリングだけでは全然わかっていなかったなと。
編集部
編集部
実際の障害の度合いが想像とは違うことって、よくありそうです。
河村
河村
そこで、資料は補足的に使う形に切り替えました。研修中は二人で横並びになって、資料に書いてある内容を口頭で説明し、質疑応答を中心に、二人で喋り倒すような感じで進めたんです。
編集部
編集部
うんうん。
河村さんの写真
河村
河村
工藤さんと過ごすなかで、当社製品をはじめ、仕事で使うITツールが視覚にとても依存していることも実感させられました。ボタンなどが配置されていますが、視野が狭い方にとってはすごく見つけにくかったりします。
編集部
編集部
テキストコミュニケーションも多いですね。当たり前だと思っている環境も、不便だと感じる方々もいる。たしかに、今回のインターンがなかったら、なかなか気づけないことです。
河村
河村
視覚障害の方がわかりやすいように、通知音が鳴ればよいのかというと、音が多くて困るというお話も他の方に伺いました。ツールが助けてくれる部分もあるし、難しくしてしまう部分もある。
高部さんの写真
高部
高部
サイボウズでもすでにアクセシビリティへの取り組みが始まっていますが、同じITツールでも、ひとつの型に無理やり当てはめようとするのではなく、その人が使いやすいようにカスタマイズしたり、アップデートしたりできるといいなと感じました。

個々に合わせたやり方を整えつづける

河村
河村
今回受け入れで少しわかったことがあります。

一つは、受け入れ側の素の部分もさらけだすと、お互いに話しやすくなるということ。初日に工藤さんと受け入れメンバーで「共通点探しゲーム」というアイスブレイクをしました。好きな映画を言いあったり、くだらない冗談を言ったりと、フラットなコミュニケーションをとったことで、その後も会話しやすい関係性がつくれたのかなと思います。

もう一つは、お互いに言葉を交わしながら、働きやすい環境を少しずつつくりあげていくのが大切だということ。合理的配慮に対応した環境を整えて「用意しましたんで、どうぞ来てください」というのではなく、その都度、個々に「こういうのはどう?」と相談を重ねていくのが重要なんだと気づきました。
編集部
編集部
障害を一括りにして対応しない、ということですね。
高部
高部
インターン以前は「こういう障害だから、これが苦手だろう」という固定観念を持っていたと思うんです。だけど、工藤さんと直接会って話すことで、「障害も多様なんだ」と障害に対する解像度が上がって、個々に合わせた対応の大切さを実感しました。
高部さんの手元アップ
河村
河村
その上で、基本的には「自分でやりたい、できる」と言うことは本人に任せて、それをサポートするのがいいと思います。

とはいえ、ご本人が「できる」と思っていても、実際は負担が大きいこともあるわけで。そのとき、ご本人の気持ちを尊重して、丁寧に話し合うことが大切なのでしょうね。
編集部
編集部
なるほど。
河村
河村
たとえば、工藤さんは最初に「宿泊先のホテルからオフィスまで、自分一人で行けます」と言ってくれました。

でも後日、想定通りにはいかなかったので「じゃあ、明日は駅からいっしょに行こうか」と対応案を話して。最終的にはどうしたいのか、工藤さんに決めてもらいました。

逆に、最終日に行った研修発表のプレゼンでは、他の方が資料を見ながら発表するのに、工藤さんは全部記憶して発表されていたんです。事前準備も含めてすごいなと。
河村さんの写真
高部
高部
大前提として、障害のあるなしにかかわらず、インターン生という立場で「これはできますか」と聞かれて「できません」って言うのって、なかなか難しいと思うんです。遠慮の気持ちがありますから。

だれだって、そういう遠慮があるのは当然だと考えると、僕らが工藤さんと遠慮せずに話せる関係性を築けていたかは気になるところです。

障害は多様だから、してほしいことは本人に聞いてみる

モニター画面に映った工藤さんと話す、河村さんと高部さん
編集部
編集部
ここからは、工藤さんを交えてインターンを振り返っていただきます。
高部
高部
工藤さん、お久しぶりです。
河村
河村
河村もいます。よろしくお願いします。
工藤
工藤
お久しぶりです。こちらこそ、お願いします。
高部
高部
ぜひ、インターンでの本音を聞かせてください。早速なんですが、実はインターンが始まる前、障害について踏み込んだ話を聞くのは失礼なんじゃないかと不安でした。ご自身の障害について聞かれて何か気に障ったことってありましたか?
工藤
工藤
うーん、思い浮かばないです。明らかに馬鹿にするとかでなければ、「これは見える?」とか「これは大丈夫?」という気遣いは全然問題ないと思うので、腫れ物に触るかのように気をつける必要はないのかなと。

むしろ、障害についてわからないことを聞いてくださると助かる場面のほうが多いです。

工藤蒼(くどう・あお)。筑波技術大学保健科学部情報システム学科所属の大学4年生。「マーケティングへの理解を深めたい」という想いから、サイボウズの障害者インクルードインターンシップ・マーケティング業務体験コースに参加

河村
河村
なるほど。インターン中、実は困っていたことってありましたか?
工藤
工藤
初日はツールの使い方がわからなかったり、オフィスに行くのも迷ったりと一挙手一投足で困っていました。でも、そういうことを全部助けてもらえました。
高部
高部
助けてもらうことって、やっぱり遠慮があったりしますか。
工藤
工藤
いや、遠慮していたら作業が進まないので、遠慮しているほどの余裕がなくて(笑)。僕としては、みなさんにたくさん助けを求めて、それに応えてもらったという感覚が強いです。業務中も自由に発言できたし、意見を聞いてもらえるなと感じました。
モニターに映る工藤さんと、河村さん高部さんの後ろ姿
高部
高部
それはよかった。一方で、気にかけられることが煩わしいと感じる人もいると思うんです。
工藤
工藤
僕は気にかけてもらうことや助けてもらうことに、あまりためらいがなくて。「どうしても必要なら、頼るしかないよね」と考えています。

ただ、人によっては気にかけられるのが好きじゃない方もいますし、視覚障害の度合いによって頼りたい部分も変わってくる。僕だって、度合いが違う視覚障害の方がしてほしいことはわかりません。

個人差があることなので、その人がどう思うかを実際に聞いてみて判断するしかないと思っています。

わからないからこそ、遠慮せずにアプローチしてみる

工藤
工藤
今回のインターンで、「これは大丈夫?」とたくさん気にかけてもらったことで、受け入れ側のみなさんは僕の障害のことがわからないんだろうな、ということに気づいて。

だからこそ、もしかしたら僕よりも健常者のみなさんほうが不安なのかなと感じました。
河村
河村
われわれの不安が伝わっていたか。
高部
高部
みたいですね(笑)。
モニターの工藤さんと話している河村さんと高部さん
工藤
工藤
インターンが始まるまでは、会社側から「これくらいまで頼っていいですよ」というラインが示されて、それに従うのかなと想像していました。

でも、実際はそうじゃなくて、みなさんが「障害のことがわからないんだけど、どうしてほしい?」と聞いてくださった。だからこそ、僕も「じゃあ、このくらい頼っていいですか」「これくらい助けてください」と意思表示できました。
高部
高部
その意思表示に対して、僕らも「それはできません」とか「でもこういう形ならできます」とやり取りすることが必要なのかもしれないですね。

インターンの様子

工藤
工藤
はい。おたがいに遠慮するよりも、とりあえず言ってみることが大事なのかなと。相手のことがわからないからこそ、それぞれが思うようにやってみて、ちょうどいいラインをいっしょに探していくしかないと思います。

相手に失礼だと思われて傷つけてしまうリスクがあったとしても、リスクを恐れて立ち止まってしまえば、相手が損をするかもしれません。そうならないように本音で話して、必要な配慮をいっしょに探っていけたらいいなと思いました。
河村
河村
うん、すごく共感します。仮にもっと長く一緒に働くとしたら、仕事でアウトプットを出す前提で、整備すべき環境とか必要なツールとかを突っ込んで議論して一緒に環境をつくっていくのがいいのかな、と改めて思いました。
高部
高部
そうですよね。インターンって会社が働く場所を用意して、学生に一方的に学んでもらうシチュエーションが多いと思うんです。

でも、今回は自分のことをオープンに話してくれる工藤さんのおかげで、僕らも気兼ねなく質問できて、たくさん学ばせてもらいました。参加してくださって本当にありがとうございました。
モニターの工藤さんと話している河村さんと高部さん

「障害」が漢字表記になっている理由について: サイボウズでは障害を、個人の問題ではなく社会の問題だとする「障害の社会モデル」のスタンスを取っています。すなわち、障害の「害」の字は、障害者個人に対してではなく、障害を生み出している社会の問題に対して用いています。障害者差別解消法もこの考え方にもとづいており、法令文書などでも使用されている表記にならい、漢字で記載しています。

※インクルードインターンシップの詳細はこちら

企画:深水麻初(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:高橋団(サイボウズ)、栃久保誠 編集:モリヤワオン(ノオト)

多様性に配慮しすぎて、なにも言えない。「関わらない」が安全策なのだろうか?
多様性をアピールするほど、冷める社員。「エイジダイバーシティ」が当事者意識を育むカギ
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006219.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006219.html 働き方・生き方 インクルージョン コミュニケーション サイボウズ ダイバーシティ ワークスタイル 多様性 Thu, 28 Nov 2024 08:00:00 +0900
「半身で働く」「本を読み、他者の文脈に触れる」──朱野帰子・三宅香帆の仕事観 <![CDATA[

9月7日、東京・下北沢のBONUS TRACKにて散歩社とサイボウズ式ブックスが合同で開催した「BOOK LOVER'S HOLIDAY ーはたらくの現在地ー」。はたらく価値観が多様化する今の社会において、本を通してあらためて自分の仕事について見つめ直す機会をつくりたいという思いで開催した本イベント。

イベントの中では、これからの「はたらく」を考えるための3本のトークをご用意しました。

その中のひとつが、2019年にTVドラマ化もされた人気小説『わたし、定時で帰ります。』の作者である朱野帰子さんと、新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』がヒット中の三宅香帆さんとの対談です。

会社員、兼業作家、自営業としての作家──。これまでさまざまな立場で働かれてきたおふたりに、仕事観について対談していただきました。

本がヒットしたあとの仕事事情

朱野
朱野
今日はよろしくお願いします。三宅さんの新刊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、大ヒットしていますね!

朱野帰子(あけの・かえるこ)。1979年東京都生まれ。8年の会社員生活を経て、2009年に第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞してデビュー。『わたし、定時で帰ります。』シリーズはドラマ化もされて話題に。他の著書に『海に降る』、『科学オタがマイナスイオンの部署に異動しました』、『対岸の家事』など。『急な売れに備える作家のためのサバイバル読本』、『キーボードなんて何でもいいと思ってた』など作家の労働に関する技術同人誌も刊行している。

三宅
三宅
ありがとうございます。おかげさまでたくさんの方に読んでいただいていて。
朱野
朱野
いきなりお仕事が増えたと思いますが、大変ではないですか?
三宅
三宅
朱野さんが前に出された『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』という同人誌があるじゃないですか。私は発売後すぐ読んだのですが、あの本に書かれてあることがすごく役に立っています(笑)。

三宅香帆(みやけ・かほ)。文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。小説や古典文学やエンタメなどの幅広い分野で、批評や解説を手がける。著書『人生を狂わす名著50』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』等多数。

朱野
朱野
読んでくださってありがとうございます。『わたし、定時で帰ります。』がドラマ化されてヒットをした際に、急に仕事が増えて頑張りすぎて、私がバーンアウトしてしまい、まったく仕事ができなくなったことがあったんですね。

『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』は、その時の体験を同人誌にまとめた本なんです。私が滑って転んでしまった分、あとに続く人たちには、同じところだけは転ばないようにしてもらいたいなという思いがあったので。お役に立てたならよかったです。
三宅
三宅
本当に書いてくださって感謝しています。今日は朱野さんと、仕事にまつわるいろんな話ができればと思っています。よろしくお願いします!
急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本の書影

朱野さん、なぜそんなに働くことが好きなんですか?

三宅
三宅
いきなりですが、ずっと聞きたいことがあって。朱野さんは、なぜそんなに働くことがお好きなのでしょうか?
会場
会場
(笑)。
三宅
三宅
朱野さんは『わたし、定時で帰ります。』という本を出されているので、会場のみなさんは、朱野さん自身が「定時で帰りたい派」だと思われるかもしれないんですけど、違うんですよ。

お会いすればするほど、朱野さんはどう考えても、定時で帰りたい主人公の真逆の方なんです(笑)。
わたし定時で帰ります。の書影
朱野
朱野
あはは(笑)。
三宅
三宅
私も働くことは好きなほうですが、朱野さんほどじゃないのかも……とよく思います。今日はそのあたりをぜひ聞いてみたいなと思って。
朱野
朱野
私ね、体が頑丈なんですよ。親族全員が、健康で頑丈なんです。仕事が好きなのには絶対にそのことが関係していて。基本的にエネルギーがあり余っていて、その放出先が仕事に向いているのだと思います。

私の祖母も、70歳過ぎまで家族全員に止められても働いていましたし、父も、定年退職してから会社を作るなんて言い出して。多分、動いてないと苦しい一族なんだと思います。
三宅
三宅
晃太郎(※)じゃないですか(笑)。

※晃太郎:『わたし、定時で帰ります。』の中に登場する、仕事大好きなキャラクター。ワーカホリックで、日曜にも出勤して仕事をするくらい仕事が好き。

笑いながら話す三宅さん
朱野
朱野
そうそう(笑)。凡人なんだけど、体力だけはある。だからこれまで量をこなしてきたんですよね。

でも、40代を過ぎてから突然それが通じなくなってきました。今まで100の力でできたことが80になり、60になり……。どんどん力が減っていくことを考えたときに、エネルギーがもともと少ない人たちのことや、自分のこれからのことも考えるようになったんです。

たくさん働きたい気持ちと、とは言え無理じゃないか?という気持ちの両方を抱くようになって書いたのが、『わたし、定時で帰ります。』です。
三宅
三宅
なるほど、そういう流れで書かれた物語だったんですね……!
向き合って話す朱野さんと三宅さん

「半身で働く」とは、仕事を半分に減らすわけではない

朱野
朱野
私も三宅さんに聞きたいことがあって。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、三宅さんは「半身(はんみ)で働こう」という提案をされているじゃないですか。
三宅
三宅
そうですね。全身全霊で働くことがスタンダードとされる社会を「全身社会」とすると、たとえば「仕事以外の趣味や家庭の場を持つことができる」、仕事以外のさまざまな文脈に触れる働き方ができる社会が「半身社会」。後者のほうが、人生が豊かになるのでは? と考えています。
朱野
朱野
共感した一方で、仕事を人生の中心に据えてきた私からすると、「半身」と言われると少し抵抗があったりもするんです。

三宅さんご自身は、現段階のライフヒストリーを振り返ったときに、「全身で働くこと」と「半身で働くこと」についてどのように切り替えてこられたのでしょうか。
三宅
三宅
けっこう誤解されがちなんですが、この「半身」という言葉は、「仕事量を半分にしよう」という意味ではないんですよ。

「8時間でやっていた100の仕事を、4時間で50の仕事をしよう」という意味ではなくて、極端なことを言えば、「4時間で100の仕事をできるように頑張って、あとの4時間は他のことに使おう」というイメージです。
身振り手振りを交えて話す三宅さん
朱野
朱野
なるほど!
三宅
三宅
だから個人的には、同じ量の仕事を効率的に半分の時間でやれるようにならなくてはいけないので、半身の方が頑張らないといけないと思っているんですよね。

「全身」は、「仕事は人生において最優先されるべきである」という前提をもって、たくさんの仕事を、たくさんの時間を使ってこなすイメージです。だけどそれがスタンダードの社会では、やっぱりほとんどの人は疲れてきてしまう。そうではなく、もっと仕事以外の場の優先順位も上げられるように、みんなで時間の使い方を考えていきましょうと。

たとえば私自身の経験で「全身」で働いていたなと思うのが、新卒1年目の時です。フルタイムで残業もある会社員として働いて、かつ1年に本を3冊出していたんですよ。そうすると本当に寝れなくて、睡眠時間を削って仕事していた。じゃあその時って仕事の効率が良かったのか? と聞かれると、微妙だったんです。疲れてぼーっとしていた時間も結構あった。

フリーランスになってからのほうが、遊びの予定を入れたり、寝る時間を確保したりできるので、時間をコントロールしながら働けています。リフレッシュできるからその分仕事に精も出て、結果的に効率もいい。だからフリーランスになった今、やっと「半身」になることができたなという感じです。
なぜ働いていると本が読めなくなるのかの書影

半身社会は、リーダーが作っていかなければいけない

朱野
朱野
フリーランスって、裁量が決められるから自分自身で「半身」にすることができるじゃないですか。でも会社員だったり、フリーランスでもチームを組んで仕事したりする時は、個人の融通を聞かせようと思うとおたがいに振り回す感じになってしまいますよね。そのバランスがむずかしいなといつも思います。
チームで働く難しさについて語る朱野さん
三宅
三宅
むずかしいですよね。なので私が本で書いている「半身で働こう」という提案は、部長や上司など、組織の上のレイヤーの方々に向けて言っているつもりなんです。組織の上のレイヤーの人は全身で働いてきた方がほとんどなので、社員全員に全身の働き方を求めてしまいがちですよね。でも、今後その社会は正社員になれる人が減るばかりではないかと。

個人が努力する必要はもちろんあると思いつつ、いち会社員だと変えられる部分と変えられない部分は確かにあるので、仕組みを作っている人が気づいてくれないと半身社会は実現しません。

現状の会社でそれが難しいのは重々承知ですが、今後労働人口も減るなかで、必要ない仕事を減らしたり、会議の優先順位をつけたりする必要があるのではと。
朱野
朱野
それは本当にそうですよね。
三宅
三宅
「半身」という言葉は比喩的でもあるので、本当に50%にするかどうかはさておき、働き方の音頭を取る人が、人生における時間の使い方や仕事の仕方について考え、全身全霊で働くことだけをよしとしない「半身社会」に向かおうとすることが大事だと思っています。

30代後半で、働き方への「マインドチェンジ」が起きた

三宅
三宅
最後に、私からもう一つ聞いてもいいですか?  朱野さんは、自分よりも下の世代の働き方を見ていてどう思いますか。
朱野
朱野
そうですね。Z世代は少し遠すぎるので、もう少し近い年齢の方々について思うことをお話すると、まず三宅さんくらいのアラサーの人たちには、「いけいけ! もっとがんばれ!」と全力で後押しをしたいです。
三宅
三宅
あはは(笑)。
朱野
朱野
でも、30代後半の人に思うことはまた違っていて。私は30代後半のときに、少し遅いのですが、「若者から大人へのマインドチェンジ」みたいな現象が起きたんですよ。
三宅
三宅
マインドチェンジ、ですか。
朱野
朱野
それまでは、自分のキャリアを築き上げるために「自分が自分が」という感じで生きていました。でも30代後半になり、部下や後輩、これから働きはじめる人たち、自分が影響を及ぼすかもしれない人たちなど、「見えない人たち」に対しての責任も持たなくてはいけないな、と思うようになって。
身振り手振りを交えて話す朱野さん
三宅
三宅
それは、何かきっかけがあったんですか?
朱野
朱野
『わたし、定時で帰ります。』がヒットしたことは大きかったなと思います。今までは自分が挑戦する側だったのが、どんどん周囲の見方が変わっていき、「すごい作家さんだ!」などと思われる機会が増えていきました。

影響力が増えていくと、やはり「自分だけ」では生きていけなくなる。でも、自分自身の意識ってそう自然と変わるものではないんですよね。毎朝鏡に向かって「もう若者ではない!」と自分に言い聞かせ、「次の世代のことを考えよう」と頑張ってマインドを変えていきました。
三宅
三宅
そうだったんですね……!
朱野
朱野
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、三宅さんは「他者の文脈を読むことが読書のメリットである」というようなことを書かれていましたよね。その言葉にすごく共感して。

周囲からの見られ方も立場も変わってくる30代後半の方々に対しては、できるだけいろんな本を読み、他者の文脈に触れてほしいと思います。

昔は、自分と近い趣味や、近いキャリア、近い価値観を持つ人たちの本ばかり読んでいたんです。でも、まったく違う生き方の人たちがいるということを頭に入れておく。それだけで、仕事に対する意識が変わっていくと思います。
三宅
三宅
自分と違う立場の人の考えに、気軽に触れられる。想像力が生まれる。それが本の良さですよね。
朱野
朱野
そうですね。実際に配慮するとか行動に起こす前に、まずは「知る」だけでもいいと思うんです。この世の中には、いろんな人がいるという感覚を身につける。ぜひそのために本をたくさん読んでほしいですね。
僕の仕事は「大したこと」ではない。バズらず、真面目に、ひとりのために本を作る──夏葉社・島田潤一郎の仕事観
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006217.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006217.html 働き方・生き方 Tue, 19 Nov 2024 08:00:00 +0900
サイボウズは「100人100通りの働き方」をやめます。社員数1000人を超えても、成長と幸福を両立させるための挑戦 <![CDATA[

社員数が1000人を超えてから、組織的にはいろいろと「よろしくない面」が出てきました──。サイボウズ代表の青野慶久はそう打ち明けます。

かつてのサイボウズでは考えられなかった出来事が起きたり、社歴の差による考え方の違いが出てきたり。2024年には、これまで胸を張って掲げてきた、働き方に関する表現を見直す決断もしました。

このままサイボウズは、よくある大企業の1社になってしまうのか。サイボウズが変えるべきもの、守り続けるべきものとは。

他社でも同じような悩みを抱えるケースは少なくないはずです。組織が拡大するなかで、企業としての成長と、社員一人ひとりの幸福を両立し続けていくためには何が必要なのでしょうか。

サイボウズの社内大学「CAAL(カール)」卒業生の2人が青野を囲み、本音を語り合いました。

「100人100通りの“働き方”をやめる」と決めた背景

荻野
荻野
社員数が1000人を超えたいま、青野さんが組織運営において課題視していることはなんですか?
青野
青野
人数が増え続けるなかで、組織的には「よろしくない面」も出てきたと感じています。

青野慶久 (あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年現職に就任。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など

青野
青野
たとえば今年、人事メンバーから「これまで使ってきた『100人100通りの働き方』という表現をやめたい」という相談がありました。これに対しては会社として意志決定し、「100人100通りの働き方という表現は今後使わない」正式にアナウンスしています。
荻野
荻野
サイボウズの代名詞のように使われていた表現を廃止しましたね。
青野
青野
背景には、新しく入社したメンバーや採用候補者から「サイボウズなら働き方を何でも自由に選べる」と、極端な解釈をされるようになってきたことがあります。

社内でも、個人的な希望を実現できることが前提のようにとらえられ、マネジャーがメンバーとのコミュニケーションに苦慮する場面が出てきました。

「わたしはこの時間、この場所で働きたい」と強く主張されても、業務内容やタイミングによってはかなえられないことがありますからね。

そこで「100人100通りのマッチング」という表現に変えたんです。

個々人に「どんな働き方をしたいのか」「それによってどんなアウトプットを出せるのか」を考えてもらい、チームから求められる役割と合致した場合にマッチングが成立します。
荻野
荻野
「マッチング」であれば、必ずしも希望がかなうわけではないという前提になると。
青野
青野
はい。いままでもすべての希望を受け入れてきたわけではなく、本質的には何も変わっていないのですが、極端な解釈を生まない表現にするべきだと考えました。

サイボウズは普通の大企業になってしまった?

青野
青野
最近では、「なんだか普通の大企業っぽくなってしまったなぁ」と感じる出来事も起きています。
荻野
荻野
普通の大企業……。そう感じる事例があったんですか?

荻野 亜由子(おぎの・あゆこ)サイボウズ株式会社 組織戦略室・全社戦略室 所属(兼務)。法務、人事、チームワーク総研を経て現職。サイボウズの社内大学「CAAL」の事務局として、立ち上げに奔走。卒業生が次世代リーダーとして社内を横断しながら活躍できるよう、仕組みづくりを画策中。サイボウズは不動産会社、コーチングファームを経て3社目。2児の母

青野
青野
サイボウズではいろいろな社内イベントが動いていて、チームが一体となり、より良く機能するための取り組みであれば、会社から費用を支援しています。

ところが、「前泊を伴う」「飲食代がやたら高額」など、目的に対してお金をかけすぎてしまう例も出てきました。

そんな情報も社内グループウェアで全員に共有されるため、「無駄づかいではないか」と憤りを感じている人もいます。
荻野
荻野
なぜ、そうした認識の齟齬(そご)が生まれるのでしょうか?
青野
青野
社歴の違いによるものかもしれません。

昔からサイボウズに在籍している人は、社内制度や働き方に関する合意事項がつくられてきた交渉プロセスを見ています。だから「会社の理想を実現するため、チームの生産性に貢献するためのワガママなら通る」と体感的に理解しています。

でも、近年サイボウズに入社した人は、そうした体感を得る機会がありませんでした。
荻野
荻野
たしかにそうかもしれません。わたしは2015年入社で、当時のサイボウズ社内では、理想への共感やチームワークのあり方について盛んに議論されていました。

だけど最近はそうした機会が減りましたよね。
青野
青野
パーパスやカルチャーが生まれていく過程を見ていた人と、それらがすでに額縁に掲げられた状態で見ている人の認識の差は大きいと思います。

額縁に飾られた言葉を見て、なんとなく受け入れている人が多い。これも普通の大企業っぽいなぁと感じます。

僕からあえて「この言葉を変えなくてもいいんですか?」とみんなに問いかけ、揺さぶりをかける必要があるのかもしれません。

企業理念さえも、必要であれば変えるべき

藤村
藤村
サイボウズは、これから変わるべきだと思いますか?
青野
青野
僕はむしろ「“変えなくてもいいこと”はない」と考えています。社内ではよく「企業理念を石碑に刻むな」と話しています。

究極を言えば、「チームワークあふれる社会を創る」という、僕たちがずっと大切にしてきたパーパスさえも、必要であれば変えるべき。聖域はありません。
藤村
藤村
そういえば、過去のサイボウズの株主総会では、企業理念に「2020〜」といった形で年数をつけて発表していましたよね。

社員だけでなくステークホルダーに向けても、企業理念は変わるものという前提で伝えているんだと感じました。

社内のボトムアップで「変える」ことを提案するためには、何が必要なんでしょうか?

藤村 能光(ふじむら・よしみつ)。マーケティング本部 人材・組織支援部 部長。サイボウズの社内大学「CAAL」に1期生として参加し、課題やイシューワークにひーひー言いながらも、無事CAALを卒業した。その時のご縁で、全社戦略室のプロジェクトも兼務中。実はサイボウズ式の前編集長であり、サイボウズ式に出られる日が来たと思うと、感慨深い

青野
青野
マネジメントの観点では、現場にどんどん権限を委譲していく必要がありますよね。

そのため機能ごとに「本部」を設け、本部長にさまざまな権限を委譲してきました。経営会議に僕がいない状態でも、会社としての意志決定ができるようにしたいんです。

役員や管理職のラインだけではありません。現場で一人ひとりが意思決定できる状態が理想だと思っています。
藤村
藤村
一般的には、社員数が増えると「個別のニーズを聞いていると大変だから、ルールを定めて画一的にマネジメントしよう」と考える企業が多いと思います。

サイボウズも状況としては近いですが、青野さんが画一的なマネジメントを選ばないのはなぜですか?
青野
青野
「チームワークあふれる社会を創る」というパーパスに近づけるなら、僕も画一的なマネジメントを選びますよ。だけど、それでは一人ひとりが意思決定できるようになる気がしないんです。
藤村
藤村
画一的なマネジメントではチームワークが広がらないと。
青野
青野
はい。

僕たちが競争している相手は、Microsoft社をはじめとした、世界時価総額ランキングでトップを狙う位置にいる企業です。売上規模でいえばサイボウズの1000倍以上にもなる企業群に、世界中から超優秀な人たちが集まって、必死にビジネスを動かしています。

そんな相手に勝つにはどうすればいいのか。ほかの会社がやっていることを踏襲して、うまくいくはずがありません。

サイボウズが「その他大勢のなかの1社」になってしまったら、超優秀な人材からは一生選ばれない
でしょう。

パーパス実現への熱量を感じる、サイボウズの新たな取り組み

藤村
藤村
青野さんはこれから、サイボウズをどんな企業にしていきたいですか?
青野
青野
聖域のない変化を求める上ではどこかのタイミングで見直すかもしれませんが、チームワークあふれる社会を創るという根本的なパーパスは、やっぱり大切にしたいですね。

チームでオープンに情報共有され、活発に議論して物事を決める。そこに貢献するツールを僕たちは提供する。世界中に普及させ、みんながチームワークを高められれば、世界そのものがよくなる。

僕自身は、この理想をこれからも追いかけたいです。
s-cybz_240317.jpg
荻野
荻野
普通の大企業なら、そうしたパーパスへの思いが額縁に入れられ、ただの飾りになってしまうのかもしれません。

でも、いまのサイボウズは、人が増え、組織が大きくなってきたからこそ、「チームワークあふれる社会を創る」ことへの熱量がますます高まっているように思うんです。

わたしや藤村さんもサイボウズの社内大学「CAAL(カール)(※)」をはじめ、みんなの熱量を経営へ反映させていくための取り組みに参加しています。

※CAAL:Cybozu Academy for Ambitious Leadershipの略。サイボウズの社内大学。

荻野
荻野
CAALに参加したメンバーが、その学びをきっかけにリーダーシップを発揮するなど、課題を自分ごととしてとらえ、自発的に行動する動きが実際に生まれています。
藤村
藤村
青野さんと本部長の間だけでなく、青野さんと現場メンバーとの接点も増えていますよね。
青野
青野
はい。
藤村
藤村
僕も、こうした場に関わるなかで、パーパスの実現に向けた熱量の高まりを強く感じています。

パーパスは上から与えられるものではなく、自分自身で実現していくもの。そんな熱量を持つ人が増えていけば、サイボウズはこれから先も少しずつ変わっていくはずです。

だから、「いまのサイボウズ」に入社した人もぜひ、こうした場を活用してほしいですね。
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3000人規模になっても、会社の成長とみんなの幸福を両立できる

藤村
藤村
多様な個性を生かしていくサイボウズの姿勢は、今後も変わらないのだとわかりました。

組織規模が大きくなっても、「企業の成長」と「社員の幸福」を両立することはできるんでしょうか?
青野
青野
理想を掲げ、多様な人たちがその実現に向けて関わり、オープンに情報共有しながら自主的に動く。こうしたカルチャーがなければ厳しいと思います。
荻野
荻野
わたしはCAALに参加して、大きなヒントをもらったように感じています。

CAALでは「強い主体性と高い視点を持つ人材を育成し、自律分散的に組織が発展していくこと」を目指しています。

そんな組織のリーダーに求められるのは、自身が「野心」を持ってメンバーに働きかける「アンビシャス・リーダーシップ」。理想への共感を生むためには、わたし自身の野心が必要なのだと学びました。
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藤村
藤村
僕もCAALに参加して、最初の講座では「あなたの野心は何か」「その野心を強く持ち続けるにはどうすべきか」を問われました。これまで自分自身の野心なんて考えたこともなく、なかなか答えが出てきませんでした。

でも「野心は自分1人ではなくチームで掲げてもいい」、もっと言えば「自分以外の誰かの野心に共感してもいい」のだと学び、よい意味で肩の力が抜けたのを覚えています。

リーダーシップって、特定の「強い誰か」だけのものではないんですよね。そう理解してからは、メンバーの野心も知りたいと思うようになりました。
青野
青野
リーダーがメンバーの野心に興味を持ち、それを引き出したり、共感したりできるようになれば、みんなの幸福度が高まっていくはず。そして会社の成長にもつながるはずです。

サイボウズにはまだまだ課題がたくさんあるものの、僕は変化の手応えも感じていますよ。少なくとも3000人くらいの規模までは、会社の成長とみんなの幸福を両立できるイメージが湧いています。

過去には、ある大企業トップから「サイボウズのカルチャーや働き方は数百人規模だから成り立つのでは?」と言われ、カチンときたこともあるんです(笑)。

そのときに抱いた反骨心は忘れていません。もっともっと規模が大きくなっても、このカルチャーと働き方を実現できるのだと証明したい。3000人になっても時代に合わせて変化し、結果を出し続けるサイボウズは、日本に前例のない大企業となっているはずです。
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企画・編集:深水麻初、竹内義晴/執筆:多田慎介/撮影:加藤甫

変更履歴:特定の社内イベントを指し示す表現のように見えてしまい、誤解を生む可能性があったので修正しました。(2024/11/13 09:55)

変更前:サイボウズではいろいろな社内イベントが動いていて、チームビルディングにつながるものであれば、会社から費用を支援しています。ところが、「前泊を伴う」「飲食代がやたら高額」など、チームビルディング目的にしてはお金をかけすぎてしまう例も出てきました。

変更後:サイボウズではいろいろな社内イベントが動いていて、チームが一体となり、より良く機能するための取り組みであれば、会社から費用を支援しています。ところが、「前泊を伴う」「飲食代がやたら高額」など、目的に対してお金をかけすぎてしまう例も出てきました。

「経営者目線を持て」と言われて、腹が立った話──この厄介な言葉と、どう向き合うべきか
「社員の幸せ」と「お客様の幸せ」を両立し、事業の成長を目指す──ほけんの窓口 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006216.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006216.html サイボウズ 100人100通り サイボウズ マネジメント 働き方 大企業 青野慶久 Tue, 29 Oct 2024 08:00:00 +0900
僕の仕事は「大したこと」ではない。バズらず、真面目に、ひとりのために本を作る──夏葉社・島田潤一郎の仕事観 <![CDATA[

9月7日、東京・下北沢のBONUS TRACKにて散歩社とサイボウズ式ブックスが合同で開催した「BOOK LOVER'S HOLIDAY ーはたらくの現在地ー」。はたらく価値観が多様化する今の社会において、本を通してあらためて自分の仕事について見つめ直す機会をつくりたいという思いで開催した本イベント。

イベントの中では、これからの「はたらく」を考えるための3本のトークイベントをご用意しました。

その中のひとつが、夏葉社(なつはしゃ)代表・島田潤一郎さんによる講演会。20代後半まで作家を目指していたという島田さんは、夢に破れ、社会的にも認められず一度は「絶望的」な状況を味わったと言います。ただそこから出版社である夏葉社を2009年に立ち上げ、今では15年間、ぶれることなく美しい本を作りながら、健やかに仕事をして生きられています。

今の島田さんの仕事の仕方に至るまでには、どのような紆余曲折があったのでしょうか? 島田さんの仕事観をたっぷりとお話いただきました。

小説家を目指すも鳴かず飛ばず。絶望的だった20代

はじめまして。島田潤一郎です。

私は夏葉社という出版社を経営しています。2009年に始めた出版社で、今年の9月1日で15周年を迎えました。1年間アルバイトの方が手伝ってくれたこともあったのですが、基本的にずっとひとりでやっています。

「ひとりで出版社ができるものなの?」と思われる方もいるかと思いますが、それが、できているんですよ。家族4人で、ちゃんと生活できています。なんと今年は夏休みを3週間も取ることができました。こんな夢のような話はないと思いませんか?(笑)

島田潤一郎(しまだ・じゅんいちろう)。1976(昭和51)年高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。大学卒業後、アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指していたが挫折。2009(平成21)年9月に33歳で夏葉社を起業。ひとり出版社のさきがけとなり、今年に15周年を迎える。著書に『あしたから出版社』『古くてあたらしい仕事』『長い読書』などがある

でも、もともと僕は編集という仕事をやったことがありませんでした。当時は本を作ったこともありません。ただただ、本が好きなだけで出版社を始めたんです。

「なぜ出版社を始めたのか?」という問いに答えるには、2つのきっかけがあります。ひとつは、僕はもともとプロ作家志望で、22歳から27歳まで仕事をせずにずっと本を読み、小説を書いていたんですね。いろんな賞にも応募したのですが、まったく鳴かず飛ばず。新人賞はおろか最終候補にも残らないし、なんなら一次にすら通らない。全然芽が出ずに、5年間で諦めました。

そうすると、あまり有名ではない大学を卒業して、作家志望で5年間仕事をしてこなかった人間に対して、この社会はあまり優しくないことに気がつきました。履歴書の特技欄に「プルーストの『失われた時を求めて』を読破」って書いているような若者はどの会社にも入れないんです(笑)。

すると、朝から午前0時まで働かなければいけないような会社にしか入れなくて。しばらく会社勤めをしたけれど、うまくいきませんでした。32歳、ちょうどリーマンショックの時に2社目をやめて、働かなきゃいけないから仕事を探したんですけど、50社受けてもどこにも受かりませんでした。平たく言うと絶望的なわけです。まずはそういった、自分自身の状況がありました。

もうひとつは、同じくらいの時期に、子どもの頃からずっと仲が良かったいとこが亡くなったんですね。彼は僕にとっての一番の親友でした。まったく予想もしなかった親友の突然の死に、当たり前ですけど非常にショックを受けました。

自分の仕事の状況と、親友の死。それが重なったのが、2008年のことでした。

一番つらい時期を乗り越えるために、本を読んできた

そしてちょうど2008年ごろは、ミシマ社さんをはじめとして「小さな出版社」がたくさん出てきていた時代でした。

今のXやInstagramのようなスマートフォンをベースにしたSNSは当時なかったのですが、mixiなどはあって、そういったブログを通して、作家ではない編集者が自分たちの声を読者に対して届けるようになっていたんですね。「自分たちはこういう思いで本を作った」というようなことを、僕と同じくらいの年齢の人たちが発信し始めた。

そういう彼らの文章を見て、「ああ、僕も出版社をやってみたい」と思ったんです。

壇上で話す島田さん

僕は人より優れた能力があるわけではありませんでした。性格は真面目ですけれども、チームを組んで何かをやるとか、マネジメントがうまいとかそういうのもないし、ExcelもWordもパソコン作業全般は今も苦手です。社会から見て僕は能力がないようなものだったけれど、じゃあ僕が20代を無駄に過ごしたのか? というとそうではなくて、文章を書いて、小説をたくさん読んできた。

そして親友が亡くなった時、思ったんです。人生で一番ハードでつらい時間を乗り越えるために、僕は本を読んできたし、文章を書いてきたのではないか? と。そう考えると、すごく自分の中にみなぎるものがあった。自分のやってきたことは無駄ではない。今までの経験を使って、本を作ろう。そうすれば何とかなるような気がしました。

だから、出版社を作ったんです。

「息子を亡くした叔父と叔母のために、本を作ろう」

出版社をやろうと決めて、僕はまず亡くなったいとこのことを思い、「叔父と叔母を慰めるような本を作ろう」、2人の力になるようなものを作ろうと思いました。

そして、最愛の息子を失った叔父と叔母のために『さよならのあとで』という本を作りました。ヘンリー・スコット・ホランドという100年ほど前に活躍した神学者がいまして、その人が書いた、「死」にまつわる一遍の詩をぼくはたまたまある本で知ったんです。それを1冊の本にしようと。

ただ、編集の経験がないのでどうすればいいかわかりません。絵を描いていただいて、造本を考えて……結局その一編の詩の本を作るのに、2年ほどの歳月を要しました。

実際に作り終わって、印刷所から会社に届いた本を見て、よくやったなと思ったかと言われたらそうではなくて、これがいい本なのかどうか、全然わからなかったんです。

『さよならのあとで』を見せながら話す島田さん

でも、この本は現在、弊社で一番多く売れている本なんですね。刊行は2012年1月ですが、今でもずっと増刷を続けています。

それはおそらく、叔父と叔母のためだけに作った本だからなんです。

大多数の誰かのために作ったのではなく、叔父と叔母のためだけに作った。それ以上でもそれ以下でもない。その強い思いが、きっと他の多くの読者にも届いたわけです。誰かひとりのために作る。それが、ものづくりの一番のスタートではないかというふうに今でも思っています。

僕は15年間出版社を続けてきましたが、経験を積み、本づくりのことがよく分かり、効率よく作れるようになったから本が売れるようになるのかというと、そうではないと思っています。

ものを作るという意味においては、経験は決して自分を助けてくれない。それよりも、「ゼロの気持ち」と言いますか、初心者のような強い純粋な気持ちで何かと向き合って作れたものの方が、いいものができるような気がするんです。

さよならのあとでの書影

自分ではなく、他者のために

『さよならのあとで』を作っている時、もうひとつ重要な価値観の転換がありました。それは、僕がそれまでに培ってきた、本を読んだり文章を書いたりする能力を、自分のためではなく誰かのために使いたいと思うようになったこと。

一生懸命やってきたことが、もしかしたら誰かのためになるんじゃないかと思えた時、自分の中で頑張ろうという思いがさらに増したんですね。

それまでは、いかに能力を身に着けるかとか、他の同級生よりも賢くなりたいとか、社会的に認められたいとか、そういうことばかり考えていた気がします。そのために努力をしなきゃいけないと思って頑張っていましたが、そうではなく、自分の努力を誰かのために使う方が元気がみなぎってくることに気づいたんです。

泥臭い言い方ですが、自分よりも誰かのことを大切に思えるようになった時、人は大人になれるんじゃないかなと思います。僕はそれまで自分が一番大切だったけれども、ある時から、自分ではない誰かのことを同じくらい大切に思うようになってきた。

そんなことに気づいたのも、夏葉社で本を作り始めてからでした。

壇上で話す島田さん

バズらない。それでいい

僕は、自分が作った本が飛ぶように売れなくてもいいと思っています。つまり、バズらない。バズらないけれども、ちゃんとコツコツ売れていくこと。それがいいことだと思っています。

これは一般論ですけど、ものを作り、それを1ヶ月で売り切るのは非常に難しいことです。3ヶ月でも難しいと思います。何か起爆剤みたいなものがなければいけないし、それは今の時代だったら、誰か有名な人に紹介してもらうとか、それこそ「バズ」らないとそういうものの消費は生まれないわけですよね。

1ヶ月でものを売ろうとすると、挫折を多く味わう。3ヶ月で売ろうと思っても、多くの挫折を味わう。でも、それを半年、1年……もはや5年と考えたら、いけると思いませんか?

自分がいいものを作れたなという確信があって、周りの同僚や家族や友人たちもそう言ってくれたとする。1ヶ月で3,000個売りたいとなると、何か施策を打たなければいけません。でも、5年・10年かけて全部売りたいのだとしたら、途端に売る視点が変わると思います。仕事の質が変わっていく。

短く多くの人に届けるよりも、ちゃんと見てくれている読者の信頼を裏切らないこと。それが一番大切です。我々は何のために仕事をしているのかと言えば、読者のために仕事をしてるわけです。もちろん作家のために仕事してるという側面はありますが、第一義的には読者です。

だからこそ、シンプルなものづくりで、なるべく綺麗な紙をつかって、中身もちゃんとしたものを作る。それをコツコツ売っていく。誠実でいれば、商売というものはだんだんうまくいくのだと思っています。

島田さんの手元

誠実さがあれば、仕事は成立していく

もちろんこの仕事の仕方では、1年目はとてもきつかったです。2年目もしんどかった。たくさん営業に行って、全部かき集めても500冊とか600冊ぐらいの注文で、その日にたくさん売れることはありません。

でも、それでも地道に本を作っていくと、タイトル数が増えていきます。夏葉社の刊行数は、今では53冊になるかな。売り上げも、塵も積もれば方式になって、どんどんと上がっていく。

僕の場合、10年目ぐらいになってから仕事がやっと楽になりましたね。仕事のスタイルは何も変えていないし、なんならさらに好きなものを作っていますけれども、経営は楽になっていきました。それは、15年かけてコツコツといいと思える本を作ってきたからです。

ある時期から、書店に営業に行くと、書店員さんに「夏葉社の本だから買ってくれるという人がいるから、きっと大丈夫ですよ」と言っていただける機会が増えていきました。

それは今、数で言ったら2500人ぐらいかもしれない。夏葉社の本は、初版2500部ほどが、2年、3年かけて売り切れてくれることが多いです。

話す島田さん

だから僕は、2500人の読者に対して誠実であろうと思っています。あとの1億2000万人に対しては、もしかすると誠実ではないかもしれない。でも、うちの本に対していいと思ってくれる、認めてくれる2500人に対してきちんと誠実に対応していれば、何とか出版社というものは継続していけるものだと思っています。

そりゃあ、ポルシェには乗れないですよ(笑)。ポルシェには乗れないし、高級品を買うことはできないけれど、しっかり家族4人が食べて暮らしていける。3週間の夏休みが取れる。だいたい最近は、労働時間は1日5時間ほどで仕事が成立しています。

僕には、「こんな企画の立て方があって」とか「企画の煮詰まった時はこんなことやって」とか、そういうものはまったくありません。ただ、真面目にコツコツ誠実に仕事をしてきた。僕にとっての仕事とは少なくともそういうことであって、大したことではないんです。

でも、そうやって本を作って生きていけていることは、こんなに幸せなことはないんじゃないかなって今でも思うんですよ。

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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006213.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006213.html 働き方・生き方 Thu, 24 Oct 2024 08:00:00 +0900
身につけたスキルは、時と場所で評価が変わるから──新しいことを学ぶときは「できる」よりも「やりたい」で選んでみる <![CDATA[

新しいデジタル技術やITツールによる業務効率化が進み、求められるスキルも変化する今。

自分が培ってきたスキルはいつまで役に立つんだろう? このまま働き続けられるのだろうか? 

キャリアを重ねていく中で、ロールモデルが見つからないまま、不安が頭をよぎることがあります。そんなとき、64歳でITベンチャー企業へ転職し、今も現役で働く「kintoneおばちゃん」こと根崎由以子さんに出会いました。

根崎さんは、kintoneユーザーが一堂に会する「kintone hive」で新しいITスキルを身につける喜びをいきいきと語っていたのです。「新しいITツールに触れる高揚感が自分の仕事を支えてきた」と話す、根崎さんのキャリアの歩みを辿ります。

デジタルの草創期に、情報処理の現場へ

根崎さんのキャリアのスタートは1981年。時はバブル前、ワープロやFAX、コピー機などがやっとオフィスに導入され始めた、ノートパソコンもインターネットもスマホもないデジタルの草創期。

そんな時代に根崎さんは、大学卒業後、高速道路の信号機、気象衛星や銀行のシステムを動かす大型コンピュータの情報処理の現場に飛び込みます。

「大学は法学部でした。卒業後は、地元の福岡に戻る予定で就職先も決まっていたんですが、どうしてもワクワクできなくて。東京に残って大学の先生の紹介で潜り込んだんです。選んだ、というよりはそこしかなかった。

文系だったけど、触れてみたらプログラミングがおもしろくて。障害が発生すると、原因を突き詰めるまで徹夜でチームで作業をしていたんですが、原因はここだ! とわかった瞬間も、でかした!と褒められる瞬間も気持ちがいい。毎日が文化祭の前日のようでした」

1981年、大学卒業後、大型コンピューターの言語開発のプログラマーとして働く。結婚・出産後、地元IT企業に転職。子育て・介護などのため退社後、地元の美容クリニックに転職。事務長として、新店舗立ち上げに携わる。49歳でIT企業に転職、BPOを担当。定年を迎え、再雇用契約で働いていた64歳のとき退社、ジョイゾーに入社

1981年、大学卒業後、大型コンピューターの言語開発のプログラマーとして働く。結婚・出産後、地元IT企業に転職。子育て・介護などのため退社後、地元の美容クリニックに転職。事務長として、新店舗立ち上げに携わる。49歳でIT企業に転職、BPOを担当。定年を迎え、再雇用契約で働いていた64歳のとき退社、ジョイゾーに入社

プログラミングに魅せられた根崎さんは、以来20年間、システムエンジニアとしてアプリケーション開発に従事。その間に、3人の子どもを出産。子育てと仕事を両立するために転職も経験しました。

時代は終身雇用がベースで、男女雇用機会均等法が施行されたばかり。出産後、女性が働き続けることも、転職も今ほど“当たり前”ではありませんでした。

「ワクワクする毎日から離れたくなかったし、出産で仕事を辞めるという発想が私にはなかったんです。働き続けることに迷いはなく、フルタイムで保育園の送り迎えができる会社に転職しました。

当時はプログラマーが少なかったため、ITスキルの資格さえあれば、仕事は見つけやすかったんですね」

初めて転職した会社は、ガソリンスタンド向けのPOS開発をする会社でした。ここで、根崎さんの仕事との向き合い方に変化が起こります。

「取り組む課題の種類が、ガラッと変わった感じがしたんです。大型コンピューターの情報処理は、機械と数字に向き合うばかりで、利用者の顔が見えません。また、大きい規模の組織で働いていると、自分の開発が誰の役に立ってるかわからなくなってしまうんです。

でも、POS開発は売り場に直結するので、現場のユーザーさんと一緒に考えてシステムをつくり上げていく過程が楽しくて。人の顔や言葉を通して感じられる手応えがありました」

キャリアの停滞を切り拓いた、新しいデジタル技術への高揚感

働き始めて10年が経つ頃、バブルがはじけて、勤めていた会社での仕事が激減してしまったという根崎さん。ちょうど3人目の子どもを妊娠中でした。

「仕事が減っていくことへの不安と、生まれたばかりの子どもを預けて働く不安。産んだ後、一体どうなっちゃうんだろう? って途方に暮れました。

でも、友だちに『人生ジタバタしても、どうしようもないときもあるよ』って言われて。どうせなら産んだあとにジタバタしようって開き直ることができました(笑)」

そうして会社でIT雑誌を読み漁っていたときに知ったのが、日本に上陸して間もない「Windows」でした。根崎さんは沸き立つ心に従って行動します。

「大きな波が来た!と感じました。世の中も会社も、自分の働き方も変わっていくような期待感と高揚感でしょうか。いてもたってもいられず、秋葉原を徘徊し、デモンストレーションをやっているお姉さんと仲良くなって情報を聞いてまわりました。

書籍を読み漁って、必死に勉強して、Microsoft認定のトレーナー資格を取得。ふと気づいたら臨月でした。試しに登録していた派遣会社から、産後1週間で、Windowsに関する仕事のオファーの電話が鳴り止まなくて驚きました」

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出産後は、以前所属していたガソリンスタンド向けのPOS開発をする会社から声がかかり、再就職。WindowsによるPOSのオープン化を進め、あこがれの欧州にも視察に行きました。

ところが、当時新設された大学などで情報処理を専門で学んだ下の世代の技術力や、ものの捉え方を目の当たりにした根崎さんは、SEの仕事から離れることを決意。

「下克上ですよね。場当たり的に身につけたスキルでは、下の世代に太刀打ちできない。だから足を洗おうって。まったく違う場所に行かないと後ろ髪を引かれてしまうので、地元の美容クリニックに就職したんです。そこでは、ひとつだけあると聞いていたPCに風呂敷がかかっていました(笑)。」

事務職としての転職でしたが、最終的には事務長としてクリニックの運営にも携わります。そのうちに根崎さんの心境に変化が。

「クリニックで縁の下の力持ちになろうと事務職に打ち込んでいたんですが、来院者のデータ分析をやるようになって……。Excelを駆使して、売り上げの予算実績管理をしていくのが楽しくなっちゃって。加えて、インターネットの普及に伴って世の中が変化していく様子を見ていたら、IT業界に戻りたくなっちゃったんですよね」

根崎さんは沸き立つ気持ちに従って、自分がワクワクする方へ舵を切ることに。

「転職を思い立ったのが、50歳直前でした。この時初めて転職の大変さを思い知りました。私がかつて取得した資格やITスキルは時代の変化とともに使いものにならなくなっていたし、5年のブランクがありましたから。なので、ハローワークから専門学校に通って、 JavaScriptとJavaを一から勉強したんです。

そしたらもう、学生に戻ったみたいで楽しくて仕方なかった。

ですが、1か月経った頃に、九州で暮らす父が倒れて急逝してしまい……。その対応に追われているうちに出席日数が足りなくなり、退学になってしまいました」

スキルの評価は時と場所によって変わる。永久的なものはない

それでも、捨てる神がいれば拾う神あり。実家から帰った数日後、以前所属していた会社からの紹介で、連結会計システムのコンサルティングの仕事が決まりました。

採用の決め手になったのは、ガソリンスタンドのPOS後方機開発の経験と、合間にとった「簿記」の資格。思いがけず、過去と現在がつながります。

「皮肉にも、決め手はITの資格ではなかったんですね(笑)まさか、簿記の資格が役立つ日が来るなんて。ほかにも取得した資格の知識が思わぬところで生きる場面がありました。

いま振り返って思うのは、自分の資格やスキルの評価は、時と場所によっても変わるということ。ある時点では無駄だと思っていても、長期的な視点で役に立つこともあるんですね」

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キャリアを進めるうえで、ITスキルを中心に、簿記や労務、産業カウンセラーなど、その職種・職場で求められる知識とスキルを身につけてきた根崎さん。

「“新しいもの好き”なので、運良く“旬”になるちょっと前のITスキルを取得できました。もちろんお蔵入りしたものもありますが、とにかくたくさん学び続けたことで、数年ずつ仕事がつながってきました。

ただ、IT分野の資格の賞味期限はどんどん短くなっていって、永久的なものはないと思うんです。現に10〜20年前に苦労して取得したマイクロソフト認定の資格は、いまではとっくに廃止になっていますから。

だからこそ、資格に寄りかからず、目の前の仕事だけでなく、できるだけ外にアンテナを向けて、ワクワクを見逃さないでいたいんです」

学び続ける中で、その姿勢にも少しだけ変化がありました。

お金のためとかキャリアアップのためと打算的に学んだ資格より、ワクワクするから学びたい! という心に従ったほうが、身につくし、自分を助けてくれる気がします。

だから、ビビッときたら調べて、ワクワクしたら勉強して、仕事に活かしたいと思ったら資格試験に挑戦する。たくさん失敗もしたけど、自分の感覚を優先したほうが結果的にキャリアを拓いてくれると今は確信しています」

「できなかったことが、できるようになる高揚感」が、つぎの目標に導いてくれる

ITサービスのマネジメント、出向先での労務管理に従事。定年を迎え、残る再雇用期間も5年となった根崎さん。その頃に出会ったのが「kintone」でした。

「再雇用期間に入ると、会社での仕事がなくて暇で、こんな感じで再雇用期間の5年を過ごすのかあって悶々としていたんです。たまたま出会ったkintoneに、秋葉原でWindowsに触れたときと同じ衝撃が走って。

そこから業務改善の小ネタを見つけてはアプリをつくりました。kintoneに触れると、昨日できなかったことが今日できる高揚感があって。夢中になって時間を忘れます」

kintoneユーザーとして「kintone hive 2022」に登壇したことをきっかけに、64歳でジョイゾーに転職。業務内外で、各地のkintone仲間に会いに行き、大好きな長野県・白馬村や地域とkintoneをつなぐ活動をしています。

「いまは、ITをつかった業務改善や、ツールの活用法を学び合うために、全国のkintone cafeを訪ねるのが趣味です。先週は山梨、その前は関西と九州に行って、次は三重へ。同じ熱量で活用法を教え合える仲間がいるから、居心地がいいんですよ」

根崎さんは発信力、提案力と人を巻き込む力を身につけて、もっとできることを増やしていきたいと意欲を燃やしています。

「ジョイゾー副社長の琴絵さんは、そのすべてを兼ね備えていらして、嫉妬するくらいあこがれちゃいます。全国を飛び回って、その場でパソコンを広げて問題を解決する姿をみていると、かっこいいなあって。あこがれは下の世代に抱いてもいいですよね。あこがれるのも、ロールモデルにするのも、老若男女は関係ないですよね。

『やりたいけどできない』を『できないけどやりたい』に変換して、やりたい気持ちをあきらめたくない。次は喜寿でのkintone hiveの登壇を目指しています(笑)」

下の世代にかなわないと一度は自分のやりたい気持ちに蓋をした根崎さんはいま、下の世代にあこがれを抱き、「できないことが、できるようになる」高揚感に身を包みながら、新しいツールの習得に挑戦し続けています。

たとえ身につけたスキルが古くなったとしても、学び続ける姿勢と意欲を絶やさずにいれば、きっと働き続けることはできる。そんな希望を見せてくれました。

企画・取材:神保麻希/執筆:徳瑠里香/撮影:もろんのん

多様性をアピールするほど、冷める社員。「エイジダイバーシティ」が当事者意識を育むカギ
「同期の活躍にあせってしまう」君へ──目の前の仕事にていねいに向き合うことは、逃げではない
仕事も子育てもワンオペ。私を救ったのは「家族をひらく」家づくり
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006212.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006212.html 働き方・生き方 kintone kintoneおばちゃん エンジニア キャリアプラン キントーン Thu, 10 Oct 2024 08:00:00 +0900
対立する意見を糧に、デジタル技術で世界の分断をつむぎなおす。新概念「Plurality」を解く──オードリー・タン×グレン・ワイル×Code for Japan関治之 <![CDATA[

みなさんは、人類にこれからどんな未来が待っていると思いますか?

AIが仕事をすべて引き受け、人間はのんびりと過ごせる未来でしょうか? SFが描く未来はわかりやすいですが、現実は複雑で、未来を完璧に予測することはできません。

でも、この「複雑さ」を受け入れ、複数の可能性を同時に進めていけるとしたら? わたしたちはもっと便利で、安全で、幸せな未来をつくれることでしょう。

これが、台湾の初代デジタル発展相を務めたオードリー・タンさんと、経済学者でマイクロソフトの研究主任でもあるグレン・ワイルさんが提唱する「Plurality(プルラリティ)」に基づく未来の考え方です。

2人はつい先日このビジョンを紹介する書籍を出版しました。サイボウズ式ブックスでは、2人の考えをさらに広めるために、「PLURALITY」の日本語翻訳を進めています。

出版に先駆け、オードリー・タンさん、グレン・ワイルさん、シビックハッカーでCode for Japanの設立者でもある関治之さんとともに、Pluralityによって描かれる未来の社会についてディスカッションを行いました。進行役は、サイボウズ・ラボ株式会社の西尾泰和が務めます。

本記事では「Plurality」という新しい概念をより正確に理解するため、専門用語を多く使用しています。そのため、通常の記事よりも注釈を多めに入れてお届けします。
※この記事は、Kintopia掲載記事「Understanding Plurality: A Unifying Vision for a Diverse Future」の抄訳です。

Pluralityは、対立する意見を糧に組織をつくる考え方

西尾
西尾
きょうはオードリー・タンさん、グレン・ワイルさんをお招きしてPlurality(※)についてお聞きしたいと思います。

このPlurality、まだ日本には馴染みない言葉です。

より多くの人に知ってもらうためには、日本の状況に関連づけて解説することが非常に重要です。そこで、日本のシビックテック(※)の第一人者である関治之さんにもお越しいただきました。

まずは「Plurality(多元性)」とは何か? ここから始めたいです。

※Plurality:「多元性」「多様性」「複数性」を意味する言葉です。多様な視点や考え方を認め、テクノロジーと民主主義の共存を目指す考え方

※シビックテック:市民開発。市民(普通の人々)が、技術(特にIT技術)を使って、社会の問題を解決しようとする活動や取り組み

どちらも社会をよりよくしていくためのムーブメントであり、この2つは相互に関わりあい、おたがいを補完する。

オードリー
オードリー
ではまず、東アジアの文化の視点からお話しましょうか。

台湾や日本では、相手が自分と異なる意見をもっているとき、多くの人が「距離を置く」という反応をとります。争うのではなく、火種が燃え尽きるのを待ってから、自分のすべきことに取りかかります。

こうした考え方は、組織の硬直を生みますよね。だれも自分と意見が異なる人と争いたくないからです。

「Plurality」は、意見の相違を糧に、組織をつくる方法です。自分と異なる意見を持つ人がいたら、そこに橋をかけましょう。意見の不一致から憎しみを生むのではなく、革新と変革のエネルギーとして活用するんです。
グレン
グレン
PluralityはSFの話ではありませんし、現在の社会構造を壊して、ゼロから新しいものをつくり上げようとしているわけでもありません。

世界中を巡って、Pluralityの原理が発揮されている事例を集めました。今回わたしたちが出版した『PLURALITY』は、そうした事例を世界に紹介する本です。
黒いカバーにカラフルな文字でPluralityと書かれている書影

2024年5月20日出版『Plurality: The Future of Collaborative Technology and Democracy 』。サイボウズ式ブックスで日本語翻訳・出版プロジェクトが進行中

関
特に大切なのはPluralityを実践する方法はひとつではない、ということだと思います。

日本のPluralityは、アメリカや台湾のPluralityとは異なります。それぞれのコミュニティが未来を定義し、その未来を実現する手段としてPluralityを活かすチャンスがあると思います。

日本に足りないのはPluralityを受け入れるモチベーション

西尾
西尾
Pluralityの運動は、どのように始まったんですか?
オードリー
オードリー
わたしにとっては2012年に台湾で始まった「g0v(※)」(ガブ・ゼロ)コミュニティのシビックテック活動がきっかけでした。

当時、台湾では政府に対する不満がたくさんありました。そこで、わたしたちはSNSやテクノロジーを共創する力として使いました。すると、市民社会がひとつになり、政府の足りない部分を補うためのアイデアやツールを実装するようになったんです。

そうして2018年に台湾で初めて、「総統杯ハッカソン(※)」が開催され、政府関係者と市民社会が交流し、安心して新たなデジタルプロジェクトを進められる環境を持つことができました。

※g0v:台湾で設立された、情報の透明性、オープンな結果、オープンな協働を大切な価値観にしている自律分散型のシビックテックコミュニティ

※総統杯ハッカソン:台湾各地が抱える課題を国民が提議し、政府が提供するオープンデータを活用しながら、公共サービスの質を改善するための解決策を提案するイベント

3人に語りかけるオードリーさん

オードリー・タン。8歳からプログラミングの独学を開始。中学を中退し15歳でプログラマーとして仕事を始め、19歳のときシリコンバレーで起業。米アップルの顧問を経て、台湾の蔡英文政権において入閣。2016年に台湾初のデジタル発展相に就任

オードリー
オードリー
政府と市民の間に築かれた信頼関係は、コロナ渦でとても役立ちました。台湾全体が一丸となって対応に取り組んだんです。

みなさんもよくご存知なのが「マスクマップ」でしょう。Pluralityの運動を通じて、この台湾で成功した原理を世界に紹介したいと思っています。
西尾
西尾
台湾以外の地域では、どのようにPluralityの運動を広めればよいのでしょうか。
グレン
グレン
Pluralityは文化によって異なるかたちで表現されるので、広めるための課題も、地域ごとで異なります。

台湾の場合は、Pluralityの原理をもってシビックテックを推し進める能力と、モチベーションの両方を持ち合わせていたので、運動がうまく進んだのではないでしょうか。

アメリカにはモチベーションはありますが、政治の二極化や人口動態の変化により、人々の分断が進み過ぎてしまっています。これでは受け入れる能力が足りないと思います。

日本はPluralityを受け入れる能力はあると思いますが、モチベーションが足りないと感じます。
ジェスチャーを交えて話すグレンさん

グレン・ワイル。米マイクロソフトの研究主任を務める経済学者。RadicalxChangeおよびPlural Technology Collaboratory & Plurality Instituteの創設者であり、『WIRED』US版の「次の25年をかたちづくる25人」に選出された。主な研究テーマは次世代政治経済学

西尾
西尾
モチベーションというと、社会を変えようとする意思のことでしょうか。関さん、どう思いますか?
関
そうですね。そもそも日本の文化では、既存のシステムに逆らったり、階層や組織を超えて行動したりすると、強度のストレスがかかります。アクティビスト(活動家)は敬遠されてしまうことも多い。

それに、多くの日本人は台湾に比べると良くも悪くも民主主義的な環境に慣れすぎていて、危機感が薄いように感じます。

政府に不満があったとしても、官民の垣根を超えて積極的に行動して変えていこうという意欲は相対的に低いのではないでしょうか。
ジェスチャーを交えて話す関さん

関治之(せき・はるゆき)。「テクノロジーで、地域をより住みやすく」をモットーに活動する、一般社団法人コード・フォー・ジャパン(Code for Japan)の設立者。日本におけるシビックテックを推進し、オープンソースのGIS(地理情報システム)を専門とするGeorepublic Japanを代表社員CEOとして率いる

関
グレンさんが言ったように、日本にはやはりモチベーションが足りないところがあります。 まさにその通りの感覚を過去に感じました。

もともとわたしがオープンソース分野でシビックテックに関わり始めたきっかけは、2011年の東日本大震災です。
sinsai.infoのスクリーンショット。災害情報の数が地図上に赤い丸で表示される

関さんが開発に携わった sinsai.info。東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の災害情報をまとめたウェブサイトで、「被災地」「交通機関」「安否確認・消息」など19種類のカテゴリーが用意されており、地図上には公開されたレポートの数がエリアごとに数字で表示される

関
当時、災害支援のツールやソリューションが非常に求められていたので、自分のエンジニアとしてのスキルを、行政や自治体のために役立てたいと思ったんです。

でも、活動を通してエンジニアとしてただ起きている課題にテクノロジーを適用するだけでは、社会の根本的な部分の解決につながらないことに気づきました。対処療法的なことはできても、人のマインドを変えられないというか。

テクノロジーを適用するだけでは、行政や自治体の人々の社会を変えるモチベーションを上げるには不十分だと気づいたんです。
西尾
西尾
社会の変革には、エンジニア以外の力も不可欠ということでしょうか。
関
そうです。だからこそ、いまわたしを含めたメンバーが運営しているCode for Japanは、テクノロジーに対する人々の意識を変えられる、広がりのある活動をしようとしています。

Pluralityの概念を広め、より多くの人を巻き込むためには、そのメリットをもっと言語化して届けることが求められているのではと思います。

Code for Japanのビジョンは「ともに考え、ともにつくる社会」です。Pluralityやシビックテックが「エンジニアによるエンジニアのための活動ではない」とはっきり伝えることが大事です。だれもが参加できる、みんなのための活動ですから。
西尾
西尾
ありがとうございます。Pluralityもシビックテックも、エンジニアだけでなく、より多くの人の参加があって成り立つ活動です。

そのお話も、のちほど進めていきたいと思います。

AGIが人間の仕事をすべて肩代わりする未来を信じていない

西尾
西尾
そもそも「なぜ、いまの世の中でPluralityのような運動が大切なのか?」この理由について、お聞きしたいです。
グレン
グレン
テクノロジーが社会に与える影響を見ていると、悲しいことに、人々はおたがいに距離を置くようになっています。同じ考え方や価値観を持つ人たちだけで集まるようになり、政治的な意見の違いだけで、自分の家族でさえも否定する人がいます。

こうした現象が起きる理由は、社会の仕組みではなく、考え方にあります。人間の頭脳には限界があり、地球規模の複雑性を理解することはできません。そのため、人々は同じ考えを持つ人たちと団結し、それ以外の人たちを否定し、境界線を引くのです。

でも、Pluralityは違う道を示します。わたしたちは、人々が世界の複雑さを受け入れることで、実際の世界が心地よく感じられるようにサポートします

この基本的な考え方は新しいものではありません。何世紀も前からある、道教や禅宗の中心的な考えですし、西洋哲学にも見られます。これを現代風に言い換えたのがPluralityなんです。
オードリー
オードリー
Pluralityは、人類が想像する未来に対する、別のアイデアでもあります。

たとえば、わたしたちはAGI(汎用人工知能)が人間の仕事をすべて肩代わりして、ベーシックインカムで生活するような未来を信じていません。

また、Web3とインターネットが地球上のあらゆる社会を分散化して、極端な思想を持つ活動家たちののユートピアを生み出すとも考えていません。

AGIやWeb3の未来ビジョンは、論理的には実現しそうにも思えます。しかし、Pluralityはもっと保守的に「すでにうまく機能している考え方や生き方を大切にする」のです。

現代の世界はあまりにも複雑で、一人の人が未来を予測することはできません。だからこそ、未来を予測するのではなく、テクノロジーによってさまざまな考え方や多様な生き方を結びつけるフレームワークとして「Plurality」を考え出したのです。

年配の方の旗振りを自動化しても、コミュニティのためにはならない

西尾
西尾
より多くの人をPluralityの活動に巻き込むには、テクノロジーを不安視する人にも納得してもらう必要があると思います。

活動に参加してもらうには、どんな風に語りかけるのがよいでしょうか?
オードリー
オードリー
本当にメリットがあることを、目に見えるかたちで具体的に示す必要があります。

実は、新しいテクノロジーから一番遠くにいる人こそ、最も多くの恩恵を受けることができるんです。たとえば、衛星技術、太陽光発電システム、5G技術などは、地方で導入されれば、大きな意味を持ちます。

都市部で遠隔医療や遠隔手術をおこなっても、節約できる時間は数分かもしれません。でも地方の高齢患者にとっては、生死を分けるほど重要な意味を持つ技術になることがあります。
机を囲みながら議論する4人
グレン
グレン
その通りだと思います。活動に参加してもらうためには、心を動かすことも必要です。

多くの地方では、過疎化が進んで伝統や趣味を守れなくなっていますよね。若者はすでにオンラインで共通の関心を持つグループとつながっていますが、文化的なアイデンティティを守るためには、年配の人たちも巻き込む必要があります。

テクノロジーは、人々が物理的な境界を越えて集まり、新しい活気あるコミュニティをつくるチャンスを与えてくれます。
関
一方で、苦手な人を無理にデジタルの世界に引っ張ってくる必要もないと思っていて。これはとても大切な心得だと思います。

たとえば、交差点で旗振りをしている年配の方とか、地域にはいますよね。彼らは子どもたちが安全に道路を横断できるように安全指導をしているわけですが、この人にとっては子どもたちの笑顔が生きがいかもしれません。この人の仕事を自動化しても、コミュニティのためにはなりません。

わたしたちは、対話や社会参加、ケアのような手触り感のあることに人間が時間を使えるように、書類手続きのような部分の自動化に力を入れるべきなんです。

自分の生き方に目的を見出しているのなら、それを邪魔してはいけないですよね。
オードリー
オードリー
本当に、それはとても大事なポイントですよね。年配の方が精神的に衰える原因の一つは、目的意識を失ってしまうことですから。

わたしたちはPluralityを活用して社会全体の利益に貢献し、人々の役に立ちたいと思っていますが、それだけで終わりではありません。

助けられた人が、助ける側になれるようにサポートするべきなんです。ボランティア活動のような機会をつくって、コミュニティに恩返しができるようにしなければいけません。

Pluralityがあれば企業の生産性は上がり、社会的目的に紐づいた経済活動ができる

西尾
西尾
ここまで政府や市民社会におけるPluralityの可能性について話いただきました。

つづいて、企業とPluralityの関係については、どう考えていますか?
オードリー
オードリー
Pluralityは、公共と民間が交わることを目指しています。大切なのは2つを別々のカテゴリーで考えないことです。

公共のものは公共部門に、私的なものは民間部門に属すると決めつけてしまうと、ソーシャル・アントレプレナーシップ(社会起業)はうまくいきません。なぜなら、両者の間にコミュニケーションの問題が生じるからです。

すべての民間企業が、最初から強い社会的目的を持っているわけではありませんが、Pluralityがあれば、その過程で社会的目的を見つけることができます。
説明するオードーリーさん
関
その点でいうと、日本のビジネス界では、企業は公益に資する責任を負うという考えが比較的浸透しているように思います。アメリカや他の国と違い、市場独占を企業の第一目標として掲げていない経営者とよくお会いします。

特に地域に根ざした企業の経営者などは、持続可能な取り組みに投資して社会に価値をもたらす責任を自覚している方が多いと感じます。Pluralityは、そういった経営者のためのロードマップなんだと思います。
グレン
グレン
企業とPluralityの交わりのよい例として、GitHubのようなオープンソースのプラットフォームがあります。GitHubはすべての人にオープンソース環境を提供するだけでなく、企業向けにプライベートな環境を販売して利益を上げています。

このように、Pluralityの原理に沿った製品を販売して、企業が利益を生み出す方法はいくらでもあるんです。例えば、提供するサービスから何%かを差し引くといったものから、クアドラティック・ファンディング(※)のような複雑な仕組みまで、さまざまな手段があります。

Pluralityを広めるための、経済的に実行可能な方法を見つけることはできますし、それは運動の正当性を高めるためにも大切です。

※クアドラティック・ファンディング:公共財に対して、公正で包括的な資金提供を促進することを目的とした民主的なクラウドファンディングのしくみ。個々の寄付の金額だけでなく、個々のプロジェクトへの寄付者の数も考慮してマッチング資金を配分する

オードリー
オードリー
Pluralityは生産性も向上させます。もし政府がPluralityの原理を活かして生産性を向上できるなら、民間企業でも同じことができるはずです。

実際、わたしたちが政府の事例をたくさん取り上げているのも、どれだけ官僚的な企業であっても、おそらく政府ほどは官僚的ではないはずだからです。
西尾
西尾
つまり企業もPluralityの運動に参加することで、いろいろなメリットを得られそうですね。
グレン
グレン
もちろんです。Pluralityを取り入れることで、企業がよりよく協力し合い、社会の変化に対応することができます。

市民運動から利益を得て、よりよい成果を実現できるようになれば、わたしたちも企業が市民や公共とつながりを持ち続けるべき理由を説明しやすくなります。

わたしは経済学者なので、この本はビジネス書でもあります。企業向けには、ビジネス書としてアピールしたいですね。

よりよい社会を実現するために、大勢の参加が必要

西尾
西尾
最後に、みなさんが考えている今後の方向性を教えてください。
机の上に置かれたpluralityの書籍
グレン
グレン
まずは、できるだけ多くの人々にPluralityの考え方を伝えていきたいですね。

今回の書籍は、いくつかの独立した章やセクションで構成しているので、読者の関心やニーズに合わせて好きな部分から読むことができます。

ビジネス書としても、政策書としても、技術論文としても、さまざまな顔を持つ本に仕上がっています。
関
日本では、Pluralityやシビックテックの取り組みに資金を提供する、新しい仕組みを考えなくてはいけません。

昔、スタートアップの経営をしていたんですが、スタートアップの世界だと、問題とソリューションが適合さえすれば、資金調達して製品をつくるチャンスはたくさんあります。

でもシビックテックだとそれに相当する仕組みがありません。わたしがいっしょに働いている人の多くはボランティアで、プロジェクトを始める意欲はあっても、それを続けるためのリソースが不足しています。

将来的には、10年間にわたって公共の利益に貢献するシビックテックプロジェクトを支援するために、100億円相当の資金を持つ財団を設立したいと思っています。そのために投資や官民の協力を通じて資金を集めることを目指しています。
西尾
西尾
Pluralityの運動の先頭に立つのは、エンジニアなんでしょうか? エンジニア以外の人にはどんな役割がありますか?
オードリー
オードリー
これまでも、エンジニアがPluralityやシビックテック運動の先頭に立っていたわけではありません。台湾で初めて「総統杯ハッカソン」をおこなったとき、エンジニアの参加率は30%くらいでした。この数字は年々下がっています。

さまざまな人々を巻き込めるのは、テクノロジーが誰でも使えるようになったことと、kintoneのようなノーコード・ツールの普及のおかげです。最近ではシビックテックの革新に取り組むのに、プログラミング言語を理解する必要はなくなっています。必要なのは想像力だけなんです。

エンジニアリングスキルを持つ人々の課題は、できるだけ多くの人々に運動に参加してもらうことです。シビックテックが成功するためには、その影響を受ける人がいっしょにアイデアを出しあい、積極的に参加することが欠かせないんです。
グレン
グレン
結局のところ、Pluralityは文化の問題です。テクノロジーもひとつの要素ですが、チームラボボーダレスや、日本科学未来館のような展示も、「Plurality」の基本的な考え方を独自に解釈しています。

Pluralityの文化的な部分には、コミュニティごとに独自性があります。だからこそ、テクノロジーやエンジニアリングの世界だけでなく、社会全体に活動を広げていくことがとても大事なんです。
関
新しい層にアプローチするには、わたしたちの運動の具体的なメリットを示すことが重要です。

シビックテックを活かして教育制度を変革すれば、若者にリーチできますし、過疎地域を活性化する取り組みを実施すれば、高齢者にメリットを示すことができます。

また、シビックテックの哲学を企業に広めることも重要だと思います。そのためには、哲学を企業が理解しやすい活動に落とし込む必要があります。少子化や気候変動など、企業がインパクトを残せそうな具体的な領域を提案していくこともできますね。
グレン
グレン
そうですね。企業として運動全体に関わる必要はありません。それぞれの企業のミッションに基づいて、参加すればいいんです。

たとえばマイクロソフトではAI変革が最優先のミッションですが、持続可能性、DEI(多様性, 公平性, 包括性)、プライバシー、サイバーセキュリティ、レジリエンス(回復力)も同様に重要です。

Pluralityは概念的なアプローチですが、それぞれの企業でどう適用するとよいのか? この部分はまだまだ取り組むべき課題でもあります。サイボウズのような企業は、こうした取り組みをリードしていくのに最適な立ち位置にいると思います。

世界中で、シビックテック・コミュニティの枠を超えてPluralityの運動を拡大するおもしろい取り組みが展開されています。

わたしたちは本やウェブサイト、Discord、Code for Japanのような組織など、参加できる方法をたくさん用意しています。この記事を読んで、Pluralityに興味を持った方がいたら、ぜひわたしたちの活動に参加してほしいですね。
4人で「長寿と繁栄を」を意味するハンドサインで記念写真

企画・編集:神保麻希(サイボウズ)/取材・執筆:Alex Steullet/翻訳:ファーガソン麻里絵

【AIエンジニア安野貴博×サイボウズ青野慶久】テクノロジーとわたしたちの「距離感」が変われば、誰も取り残されない社会がつくれるかもしれない
仕事を奪うのはAIではなく、「人工知能の使い方を決める人間」だったんです
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006211.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006211.html カイシャ・組織 AI plurality プルラリティ 多様性 Thu, 03 Oct 2024 08:00:00 +0900
【AIエンジニア安野貴博×サイボウズ青野慶久】テクノロジーとわたしたちの「距離感」が変われば、誰も取り残されない社会がつくれるかもしれない <![CDATA[

AIの発達による自動化や効率化に代表される、とどまることのないテクノロジーの進化によって、世界は大きく変わろうとしています。

その変容を肌で感じてはいるものの「会社で新たに導入されたデジタルツールを使いこなせず、業務に活用できていない」「ITの知識に疎く、わからないことを人任せにしてしまう」という人も少なくないはずです。急速に進化し続けるテクノロジーに対して、わたしたちはどんな距離感で接すればいいのでしょうか。

そのヒントを探るべく今回お話をうかがったのは、AIエンジニア・起業家・SF作家として活躍している安野貴博さん。2024年の東京都知事選に「テクノロジーの力で誰も取り残さない東京をつくる」というビジョンを掲げて出馬した人物です。

わたしたちの未来はテクノロジーの力で、どのように変わっていくのか。また、その未来では、どんなスタンスでテクノロジーとかかわることが求められるか。わたしたちとテクノロジーの理想的な「距離感」について、サイボウズ代表の青野慶久が安野さんに聞きました。

日本のデジタル化を進めるには、テクノロジーと人間の歩み寄りが必要

青野
青野
サイボウズは「チームワークあふれる社会」を創るために、誰でもかんたんに使えるグループウェアを提供しています。ただ、ITツールへの抵抗感をもつ人も多く、社会全体にはまだリーチできていないなと感じています。
安野
安野
それでも御社のグループウェアであるkintoneは、とても広く使われているように思います。ITツールに苦手意識をもつ人からも「kintoneなら使える」という声はよく聞くので、すごいなと思っていました。
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安野貴博(あんの・たかひろ)。合同会社機械経営 代表。AIエンジニア、起業家、SF作家。東京大学工学部、松尾研究室出身。ボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。日本SF作家クラブ会員。著書に『サーキット・スイッチャー』『松岡まどか、起業します──AIスタートアップ戦記』(いずれも早川書房)

青野
青野
僕らとしてはまだまだで、kintoneが一気に伸びたのって2011年にクラウド化したタイミングなんです。

もともとはパッケージソフトでの販売で、「会社のパソコンにインストールすれば、すぐ情報共有できますよ」と敷居を相当下げたつもりでしたが、なかなか広がらなくて。
安野
安野
クラウド化は大きいですよね。インストールやバージョンアップとか、面倒な工程がなくなるわけですから。
青野
青野
そういう面倒な工程が好きな人ってほとんどいないので、誰でも気軽に使えるようにテクノロジー側がもっと人に寄り添っていく必要がありますよね。

あと、kintoneが広がったもうひとつの理由は、少子化だと思っているんですよ。
安野
安野
というと?
青野
青野
ここ数年、地方中小企業の経営者がデジタル化の話を前のめりで聞いてくれるようになったんです。

聞くと、人手不足で本当に困っているようで……。テクノロジーを導入しないと、若手の人は募集に来てくれないし、効率化して膨大な仕事量を処理していけない。「どうデジタル化を進めればいいんだ、教えてくれよ」という感じなんですね。
安野
安野
マクロで見たとき、労働人口が減っていくのは間違いないので、その穴を埋めるためにはテクノロジーを使うしかないですよね。
青野
青野
そうなんです。だから、今後テクノロジーは人間の生活がより便利で快適になるように進化を続けるでしょうし、人間側もテクノロジーを理解し、どんどん取り入れていこうとするはずです。

テクノロジーと人間がおたがいに歩み寄ることで、デジタル化が進んでいくのだと思います。

オープンな場で議論することで、より良い意思決定ができる

青野
青野
今回の都知事選で、安野さんはオープンソースでマニフェストを改善していきましたよね。

そのためにGitHub(オープンソース開発でよく使われる、ソフトウェア開発のプラットフォーム)を使っていたのが最高に痛快で。

オープンな場所で、誰でも政策の議論に参加できる仕組みを日本中に広めていきたいですよね。
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青野慶久 (あおの よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年に現職に就任し、現在はチームワーク総研所長も兼任している。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など

安野
安野
そうですね。政治領域に求められているのは、GitHubを使っているかのようなオープンさとトレーサビリティ(追跡可能性)だと思うんです。

議員だけが発言できるのではなく、市民から広く意見を集めて、より良いアイデアを取り入れていくこと。意思決定の際にも、あとからその過程を全部追えるようになっていること。

これらはソフトウェアエンジニアが日々やっていることで、GitHubという敷居の高いツールをそのまま使うべきかどうかはさておき、そうした仕組みを政治にもインストールしていきたい気持ちはあります。
青野
青野
いいですね。サイボウズでも、kintoneで議論した内容をすぐ全社に共有して、オープンに意見を集める仕組みがいろいろとあります。

それらの仕組みを活用することで、より精度の高い意思決定ができますし、そこで決まった施策についても全社員が納得感をもってかかわることができるようになります。

「デジタル民主主義」によるイノベーションは日本から始まるかもしれない

青野
青野
今回の立候補にあたり、オードリー・タンさん(台湾の元デジタル発展省大臣で、デジタル民主主義〔※〕の第一人者)にも相談されたそうですね。

※デジタル時代の新しい民主主義。分散したコミュニティが平和的に共存してコラボレーションを強化していくことが期待されている

安野
安野
はい。デジタルテクノロジーで社会システムをアップデートできそうだとはわかっていたんですけど、より具体的なアップデート像を模索したくて。

オードリーさんに相談したのは、以前からシンパシーを抱いていたからです。グレン・ワイルさん(アメリカの経済学者で、マイクロソフトのエコノミスト)と提唱されている「Plurality(※)」の概念や、台湾でのデジタル政策などを以前から調べていたんですよね。

オードリーさんからは現場での知見をたくさんいただき、都知事選でも役立てることができました。

※「多元性」「多様性」を意味する言葉。多様な視点や考え方を認め、テクノロジーと民主主義の共存を目指す概念

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青野
青野
そうやって新しい社会のつくり方が見えている人たちに連帯してほしいなと思います。グローバルな視点で見れば、解決できることってもっとあるかもしれませんし。
安野
安野
そうなんですよ。場所は違っても、「みんなでアイデアを出し合い、より良い意思決定をしていこう」という過程は同じはずで。そのための情報共有のメカニズムは横展開できると思うんです。

ちなみに、グレン・ワイルさんは「デジタル民主主義のイノベーションは日本から生まれる可能性が高い」とおっしゃっていました。

他国と比べると、日本はAIに対して親和的で、経済格差や地域間格差などの社会的分断がまだ進んでいないからです。
青野
青野
実際、地方の自治体などにも講演する機会が増えてきており、テクノロジーを活かして市民のまちづくり参加を促す仕組みを導入しようという機運が高まってきているように思います。

テクノロジーによって、マニフェストをアップデートする期間がつくれる

青野
青野
世の中には「政治家は一度出したマニフェストを変えちゃいけない」という固定観念があるように思います。

でも、安野さんはGitHubや「AIあんの」などで、たくさんの人の意見を集めて、マニフェストをアップデートしていましたよね。その取り組みを見て、ほかの候補者の方とのマインドセットの差をすごく感じました。
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テクノロジーを使って有権者の意見を聞くために、AIを活用したAI Tuber「AIあんの」をYouTube上で公開。コメント欄に質問や要望を入力すると、安野さんの公約などを学習したAIが回答してくれる。どのくらいの人がどんなトピックの意見を言っているのか、AIを介して多くの意見や情報を集約する「ブロードリスニング」の技術で可視化。質問や批判を見ながら、マニフェストをアップデートした

安野
安野
個人的にはマインドセットの差に見えつつも、実はテクノロジーの差だったんじゃないかなと思っていて。

ビラやポスターに印刷したマニフェストだと変更が効かず、一度出した主張を訂正することが難しくなります。一方、わたしの場合はGitHubで変更提案を取り込んだ瞬間、マニフェストが更新される仕組みにしたんです。

加えて、「AIあんの」にもアップデートした主張を覚えさせたりと、マニフェストが変わることを前提に情報伝達の仕方を設計していました。
青野
青野
すでに変えようのない主張を一方的に伝えていくのではなく、さまざまな意見を鑑みたうえで柔軟に変えていけるのは素晴らしいですね。
安野
安野
もちろん、いずれはマニフェストを訂正できないタイミングも来ますが、テクノロジーを使えばある程度は後ろ倒しにできるはずで。

むしろ、マニフェストをアップデートできるようにしたほうが建設的な議論ができて、選挙期間を「都民が東京の未来を考える時間」にすることもできます。
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青野
青野
おもしろいですね。とはいえ、ネットを使わない方々もいるので、この取り組みだけだと議論に参加できる層に限界があるように思います。
安野
安野
たしかにネットに苦手意識をもっている方は少なくないですね。ただ、そうした方々に対しては、電話で「AIあんの」に質問できるようにしていました。

そんなふうにさまざまなフォーマットを用意することで、“誰も取りこぼさない”ように工夫を重ねました。

「幸福にする」はできなくても、「不幸にさせない」はできるかもしれない

青野
青野
安野さんが都知事選で掲げた「テクノロジーの力で、“誰も取り残さない”東京にアップデートする」って難易度が相当高いことだと思うんです。

世の中にはいろいろな人がいますが、そんな多様な社会で「誰も取り残さない」という言葉を使うのはかなり勇気が必要だったんじゃないかな、と。
安野
安野
そうですね。でも、理想の社会を考えたとき、目指すべきはそこだなと思ったんです。

もちろん何か政策を出すたびに、「それって誰かを取り残しているんじゃないか」と指摘されて、考えざるを得えないわけですけど。

ただ、このビジョンを掲げていないと、誰かを取り残している現実から目をそらしたまま、どんどん先に進んでいっちゃうと思うんです。
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青野
青野
なるほど。気づかぬうちに誰かを取り残すことを防ぐためにも、掲げるべきビジョンであると。
安野
安野
そうです。一歩踏み込んだ話をすると、取り残される人がいることは避けるべきですが、全員が同じくらい幸せにはならなくてもいいと思っているんですよ。

大事なのは、テクノロジーが進歩することで、ボトム層にいる人たちの生活もよりよくなっていくことで。
青野
青野
「幸福にする」と「不幸にさせない」のは似て非なるものですよね。みんなが成功して幸せな社会をつくるのは難しいけれど、少なくともみんなが不幸じゃない状態まではいけるかもしれません。

オープンに議論をする仕組みを生かすため、自分の意見を言う「自立心」を醸成する

青野
青野
オープンに議論ができる仕組みをより活かせるように、「みんながもっと自立して、自分の意見を言おうぜ」という気持ちもあるんです。
安野
安野
うんうん。
青野
青野
サイボウズで大事にしているもののひとつに「質問責任」というものがあります。これはモヤモヤしたり、疑問に思ったりしたことがあれば「わからないままにせずに、質問すること」を指します。
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安野
安野
建設的な議論をするためには、みんなが正直に意見を出すことが大切ですからね。
青野
青野
ええ。実際、みんなが質問責任を果たしてくれるおかげで、サイボウズの制度は数多く改善されていきました。

ただ、発言するマインドを醸成するには、意見を出してくれた人に感謝し、その意見をテーブルに乗せて議論する姿勢も大切です。その様子を見た人たちが、「思ったことを言ってもいいんだ」と思えるようになるので。

だから、安野さんがさまざまな人の意見を受け入れて、マニフェストを変える姿勢を見せたことは素晴らしくて。それは意見を言った人にとって、ものすごい成功体験だったと思うんですよ。
安野
安野
実際に「自分の意見が本当に反映された!」と喜ぶ声もたくさんありましたね。

「自分も政治に参加できるんだ」という意識が広がれば、意見を集めるためのテクノロジーと相まって、社会に大きな変化が生まれると思います。

人間に歩み寄るテクノロジーに、次は人間のほうから歩み寄る

青野
青野
最近のAIの進歩は凄まじいですが、ここから10、20年後を想像したとき、安野さんはどんな社会になっていると思いますか?
安野
安野
「誰も取り残さないテクノロジー」がどんどん生まれていき、AIの社会実装が広がっていくと思いますね。

とくにChatGPTの最新モデル(GPT-4o)が登場し、チャットボットが人間と自然に対話できるようになったことは、とても大きな変化だと思います。というのも、ITが苦手な人でも、会話を通じてあらゆるテクノロジーを簡単に使えるようになるので。

これからのChatGPTは、人間が具体的な指示を出さずとも、「それってどういうことですか?」と会話しながら、利用者の思いを汲む形へと成長をしていくはずです。
青野
青野
なるほど。テクノロジーは人間に相当寄ってきているので、あとはみなさんがテクノロジーを使う勇気がちょっとでもあれば、世の中はもっと便利になりますね。
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安野
安野
そう思います。それに、テクノロジーに追いつけていないと不安になる必要はなくて。その感覚って、AIの研究者にもあるので。
青野
青野
AIの研究者ですら?
安野
安野
そうなんですよ。わたしも都知事選に出馬した約1か月間で、追っていたAIの分野がまったくわからなくなって驚きました(笑)。
青野
青野
AI研究者や安野さんでもそう感じるなら、もはや「みんながテクノロジーに取り残されている」時代と言えそうですね。ある意味全員が弱者だという出発点から、社会をつくったほうがいいのかもしれません。
安野
安野
そうですね。その際に世の中を良くできそうなことに気づいたら、ぜひ声を上げてもらいたいです。

これまでかき消されていたような声も新しいテクノロジーがキャッチして、世の中にフィードバックしていける未来が訪れるので。

企画:小野寺真央(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)

対立する意見を糧に、デジタル技術で世界の分断をつむぎなおす。新概念「Plurality」を解く──オードリー・タン×グレン・ワイル×Code for Japan関治之
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006208.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006208.html 働き方・生き方 Thu, 12 Sep 2024 08:00:00 +0900
ドラァグクイーン・脚本家のエスムラルダさんと考える、だれも排除しない「まぜこぜのチーム」への道のり <![CDATA[

2024年6月16日、女優の東ちづるさんが理事長を務める⼀般社団法⼈Get in touchが制作した映画『まつりのあとのあとのまつり~まぜこぜ一座殺人事件~』が先行公開されました。

本映画には、さまざまなマイノリティによるパフォーマー集団「まぜこせ一座(いちざ)」のメンバーが出演。彼らが直面する「なぜ、わたしたちの生きづらさは変わらないのか?」という課題を、視聴者に自分ごと化してもらう試みをもった作品です。

実は本映画の撮影場所となったのは、サイボウズの東京オフィスの一角。「チームワークあふれる社会」を目指すサイボウズが、Get in touchの「まぜこぜの社会」という理想に共感し、撮影場所が決まりました。

今回は本映画に寄せて、脚本を担当したドラァグ・クイーンのエスムラルダさんにお話を伺いました。会社や組織の中で、誰⼀⼈排除せず多様な個性を活かし合える「まぜこぜのチーム」は、どうすれば実現できるのでしょうか?

一人ひとりが「世の中にはいろいろな人がいる」ときちんと理解することが第一歩

園田
園田
先日、映画を拝見しましたが、とってもおもしろかったです!

サスペンスやコメディ要素をふんだんに盛り込みながらも、一貫して社会派としてのメッセージも強く感じられ、いい意味で視聴後に「モヤモヤ感」が残る作品でした。
エスムラルダ
エスムラルダ
ありがとうございます! そう言っていただき、とてもうれしいです。
テーブルに肘をかけるエスムラルダさん

エスムラルダ。1972年生まれ。大学在学中の1994年よりドラァグ・クイーンとしての活動を始め、各種イベント、メディア、講演会などに出演。2018年にはドラァグ・クイーンのユニット「八方不美人」のメンバーとして歌手デビュー。一方で大手印刷会社を経て、フリーのライター、編集者、脚本家に転身。舞台・ドラマの脚本や東宝ミュージカル『プリシラ』の翻訳を手がける。著書に『同性パートナーシップ証明、はじまりました。』(ポット出版、共著)、『話しやすい人になれば人生が変わる』(アルファポリス)などがある

園田
園田
そもそも今回の映画の脚本には、どういった経緯で携わることになったんでしょうか?
エスムラルダ
エスムラルダ
以前から東ちづるさんとは親交があり、また八方不美人のドリアン・ロロブリジーダが参加していることもあって、まぜこぜ一座の活動はよく知っていました。去年ちづるさんから連絡があり、「まぜこぜ一座として初めての映画を作るので、脚本をお願いしたい」と相談を受けたんです。

そのとき、東さんがおっしゃったのが、「マイノリティの課題など社会的なメッセージを織り込みながらも、決して押しつけがましくなく、おもしろく見られるコメディサスペンスにしたい」ということでした。

マイノリティをテーマとして扱う作品は、どうしてもヒューマンドラマとかお涙ちょうだい的なものになりがちですが、マイノリティの人たちによるコメディサスペンスというのは新しいしおもしろいと思い、即座にお引き受けしました。
園田
園田
映画では、小人症の人は自動販売機に手が届かないといったエピソードもありました。恥ずかしながら、言われるまで自分も気づかなかったことです。
エスムラルダ
エスムラルダ
そうですね。わたしも今回の脚本を作るなかで、さまざまなマイノリティの方々から普段どんなことを感じているかを伺い、初めて知ることもたくさんありました。
園田
園田
知らず知らずのうちに、マイノリティが社会からいないことにされている。少数派だからというだけで、適切な配慮を受けることができない。そういった現実があるんだ、とあらためて作品に突きつけられました。

エスムラルダさん自身もいままで「社会からいないことにされている」と感じたことはありましたか?
エスムラルダ
エスムラルダ
わたしは30年ほど前、20歳のときに、初めてゲイの友だちができました。それを機に周りの人にカミングアウトするようになったんですが、それまではよく「どんな女性が好きなの?」と訊かれていたし、そのたびに嘘をついていました。みんな、目の前にゲイがいるなんて思っていなかったんですよね。わたし自身、自分以外のゲイと会ったことはなく、常に孤独を感じていました。

いろいろな意見がありますが、わたしは、セクシュアルマイノリティが社会に当たり前にいるという認識が広がっていけば、かつてのわたしのように嘘をついたり孤独を感じたりすることなく、ラクに生きられる当事者が増えていくのではないかと思っています。

そのためには、できる人から少しずつカミングアウトしていくことも必要かもしれません。
腕を組んで立つエスムラルダさん
園田
園田
すでに多様な人と「ともに生きている」と知ってもらうことで、マイノリティにとってより生きやすい社会になる、と。
エスムラルダ
エスムラルダ
ええ。もちろんそれは、セクシュアルマイノリティに限ったことではありません。わたしも、ほかのマイノリティの方については、まだまだ知らないことだらけです。

まずは一人ひとりが、「世の中にはいろいろな人がいる」ときちんと理解し、それぞれが抱えている困りごとなども知っていく。それが第一歩ですよね。

マイノリティの立場で考えることは、未来の自分のためでもある

園田
園田
そもそも「マイノリティが社会からいないものとされる」という課題はどうして起こるのでしょうか?
エスムラルダ
エスムラルダ
「メディアなどが発信する情報に偏りがあり、マイノリティに関する情報や知識が十分に行きわたっていない」など、さまざまな理由が考えられます。その一方で、多くの人が時間的にも経済的にも自分のことで精一杯になり、他人のことまで考えたり想像したりする余裕をもてなくなっていることも大きいと思います。

マイノリティについて考えると、いままで自分が当たり前だと思っていた世界が揺らいでしまうような気がして、あえて目を背けている人もいるかもしれません。

でも、人生にはいつ、どんな変化が訪れるかわかりません。いま健康な人でも、病気になったりけがをしたり年をとったりして、体の自由がきかなくなくなることがあるかもしれないし、自分が、あるいは家族や友だちが、実はセクシュアルマイノリティだったと知ることがあるかもしれない。

そんなとき助けになるのは、社会保障制度やバリアフリー設備であり、世間の理解であり、正しい情報や知識なんですよね。
遠くを見る表情のエスムラルダさん
園田
園田
「自分はマイノリティじゃない」という認識自体を見直すことで、一見無関係に見えることも自分ごと化しやすくなるかもしれませんね。
エスムラルダ
エスムラルダ
ええ。マイノリティの課題は他人事ではなく、誰もが当事者として考えるべき問題だと思っています。

それから、人々が自分のことに精一杯になっている背景には、「道を外れてはいけない」「自分の身は自分で守らないといけない」という風潮もある気がします。

「世間で『ふつう』『当たり前』『正しい』とされている道から少しでも外れると、大変なことになる」と思い込み、失敗しないように、道を外れないように、いろいろなことを我慢し、必死になっている人は少なくありません。

中には、マイノリティへの配慮や施策などが行われることに対し、「自分たちは頑張っているのに、マイノリティばかりが優遇されている」といった不満を抱く人もいます。

そして、マイノリティに対して厳しい目を向ける人たちの中には、いざ自分自身がマイノリティになると、「自分にはもう価値がない」などと考えてしまう人もいるんですよね。
園田
園田
たしかにいまの社会で「ふつう」とされている道を逸れることには不安があります……。
エスムラルダ
エスムラルダ
でも、もしみんなが「明日、自分や大事な人に何かあって、『ふつう』に生きることができなくなっても、周りの人や社会が支えてくれるから大丈夫」という安心感を抱ける状況だったらどうでしょうか。

他人に対してもう少し優しく接することができるようになり、社会全体として、いろんな人に手を差し伸べるゆとりが生まれるような気がしませんか。

卵が先か鶏が先か、みたいな話にはなりますが、一人ひとりが互いを思いやるようになれば、逆に自分たちがいま抱えている焦燥感や不安感は軽くなっていくのではないでしょうか。
ソファにもたれるエスムラルダさん

多様性の中で、自分なりの答えを探していくことが大事

園田
園田
とはいえ、自分のことで必死なときに他人のことまで思いやるのは、やはり大変かもしれません……。
エスムラルダ
エスムラルダ
そうですね。多様な立場に想いを馳せるためには、さまざまな価値観に触れる必要がありますし、気持ちの余裕や知識、想像力も必要です。簡単にできることではないかもしれません。

それでも、自分を大事にしつつ、他者の事情などを思いやる気持ちを忘れないことも重要だと思います。

最近、SNSなどで、自分の尺度とたまたま目に入った情報だけをもとに善悪を判断してしまう人や、「女は~」「男は~」「高齢者は~」「ゲイは~」など、乱暴に属性でくくって攻撃している人をしばしば見かけます。

何事においても簡単に「答え」を出そうとしている人が多い気がするんですよね。それはとても危険なことだし、対立が深まるばかりです。

人生にも社会的課題にも正解はありません。いろいろな人たちの考えや立場を知り、葛藤し試行錯誤を重ねながら、自分なりに「より良い」と思えるものを探していく。それがこの社会で生きるということであり、豊かな人生、豊かな社会につながっていくのではないかと、わたしは思います。
地球儀を持つエスムラルダさん
園田
園田
白黒はっきりした事柄に身をゆだねるのではなく、多様な価値観の中で自分らしさを探していくんですね。
エスムラルダ
エスムラルダ
ええ。それは個人だけでなく、組織としても大事な考え方だと思います。

たとえば他者への想像力が欠けた結果、取り返しのつかないトラブルが起きることがあります。最近だと、配慮にかける不適切な発信によってSNSで炎上する企業などもよく見かけますよね。

でも、もしその企業やチームの構成メンバーにいろいろな属性の人がいて、フラットに意見を言い合える環境だったら、きっとどこかで歯止めがかかるのではないかと思うんです。
園田
園田
一方で、組織としては多様な意見が出てしまうと、意思決定がしづらくなるという事情もありそうです。
エスムラルダ
エスムラルダ
同質的な組織で一丸となって突き進むのは、たしかに効率がいいし、利益を生み出すうえではいいかもしれません。

しかし、どこかのタイミングで組織として大きく道を踏み外したり、後戻りができない状況になってしまったりするリスクもあります。

だからこそ、多様な人たちが集まり、いろんな側面から物事を見て、いいとも悪いとも言いきれないこともしっかり考え、議論していくことが大事なのではないでしょうか。

自分を受け入れることで、他者にも寛容になれた

園田
園田
多様な人たちと刺激し合い、ともに理解を深めていくことで、個人だけでなく組織や社会全体が幸せになっていくかもしれない、と。

そのためにも、まずはそれぞれがマイノリティに対する偏見をあらためていく必要がありそうです。
エスムラルダ
エスムラルダ
ええ。ただ、偏見は誰しも持っているものです。実は、わたし自身も同じマイノリティであるゲイに対して偏見を持っていたことがありました。

先ほどもお話ししたように、20歳までは自分以外のゲイと会ったことがなかったし、自分も男性が好きなのに、ゲイに対してどこか「自分とは違う人たち」と思っていました。新宿二丁目という街にも、漠然とした「怖さ」を感じ、最初はなかなか足を踏み入れることができませんでした。

ちょっと主語が大きくなりますが、人間って、自分が接したことのないものに対して、どうしても不安を感じやすいんですよね。
ポーズをとるエスムラルダさん
園田
園田
なるほど。そこからエスムラルダさんはどのようにして偏見を解消していったのですか?
エスムラルダ
エスムラルダ
あるゲイの団体にアクセスし、たくさんのゲイの友だちができたことが大きかったですね。

彼らのおかげで、「自分と同じように、同性を好きな人はたくさんいるんだ」「同性を好きなのはおかしなことではないんだ」と理解でき、自分自身がゲイであることも受け入れることができました。

自分の中の偏見を解消するためには、やはり「ちゃんと知る」ことが何よりも大事なことですね。それから、自分自身をきちんと受け入れること。

セクシュアリティのことに限りませんが、わたしは「『良い』部分も『悪い』部分も含めて、これが自分なんだ」と自分自身をしっかり受け入れられるようになって、ようやくほかの人たちのさまざまなありようを受け入れられるようになった気がします。

「いろんな人がいるよね」で終わらせず、理解を深めていくために必要なこと

園田
園田
組織観点の話になりますが、多様な人たちとチームとして働いていくためには、「いろんな人がいるよね」で終わらせず、おたがいに踏み込んでいくことが必要な場面もあると思います。

相互理解のために、わたしたちはどうしていくべきなのでしょうか。
エスムラルダ
エスムラルダ
まず、困りごとなどがあったとき、マイノリティ側がきちんと声を上げる必要があると思います。自分以外の人のことって、やはり完全にはわかりませんから、「言わなくても察して」というのはなかなか難しい。

わたし自身、ほかのマイノリティの方が声を上げているのを見て、初めて「あ、こんな困りごとがあったんだ」と知ったり考えたりすることが多々あります。

とはいえ、声を上げるのはすごくエネルギーが必要なことなので、カミングアウト同様、まずはできる人がやるしかありません。

声をあげる人が少しずつ増え、「こういう人たちがいる」「こういう困りごとがある」という理解が広がっていけば、いまよりも気軽に話し合いがしやすい環境になっていくのではないでしょうか。
腕を組んで遠くを見るエスムラルダさん
園田
園田
たしかに、当事者の方々が声を上げることは大きなきっかけになりますね。では一方で、おたがいの理解を深めるためにマジョリティ側の人達ができることってなんでしょうか。
エスムラルダ
エスムラルダ
組織の中でマイノリティ側の人たちが発信をしたとき、その発信の仕方や内容によっては、感情の部分でモヤモヤすることがあるかもしれません。「なんで自分がその要望を叶えないといけないんだ」と思うかもしれない。

それでも、感情と理性を切り離して考えてみてほしいんです。せっかく組織として成長できる機会なのだから、そこで一歩考えを進めてほしい
園田
園田
現状を変えるような動きには、反射的に不安や反発を感じやすいですよね。だからこそ、意識的に感情と理性を切り離して考えるべきですね。
エスムラルダ
エスムラルダ
あとは、マイノリティ側の発信の負担が軽減できるような環境づくりは大切ですよね。

たとえば目安箱のようなものを設置して、匿名で発信できるようにすれば、マイノリティ側も声を上げやすくなるのではないでしょうか。
園田
園田
そうした仕組みがあれば、いままでよりも活発に改善のための議論ができそうですね。
エスムラルダ
エスムラルダ
もちろん、マジョリティ側が、マイノリティ側の要望をすべて叶えるのは難しいかもしれません。ただ、面倒くさがらずにきちんと話し合い、どうすればおたがいが働きやすい環境を作っていけるのかを探っていくことが大事だと思います。

当然のことながら、マイノリティ側だって間違うことはあります。そのときに、マジョリティ側から「それは賛成できないけど、こうしたらいいんじゃないか」と言えるような関係性になるといいですよね。どちらが上とか下とかではなくて、対等な存在として
キリンのぬいぐるみを撫でるエスムラルダさん

映画『まつりのあとのあとのまつり~まぜこぜ一座殺人事件~』は、2024年秋に上映予定です。

・監督:齊藤雄基
・脚本:エスムラルダ
・プロデューサー:東ちづる
・制作・提供・配給:一般社団法人Get in touch

・上映館一覧:
10月18日〜24日 
ヒューマントラストシネマ渋谷(東京)
キネカ大森(東京)

10月25日〜31日
アップリンク京都(京都)

11月11日〜11月17日
テアトル梅田(大阪)

※順次全国公開。
※詳細は後日、サイボウズ式公式Xでお知らせいたします。

映画キービジュアル.png

企画:野阪拓海(ノオト)+サイボウズ式編集部/取材・執筆:園田もなか/撮影:小野奈那子/編集:野阪拓海(ノオト)

多様性をアピールするほど、冷める社員。「エイジダイバーシティ」が当事者意識を育むカギ
「自分に似たスタッフ」を求めてしまう管理職の呪いと解呪
多様性に配慮しすぎて、なにも言えない。「関わらない」が安全策なのだろうか?
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006202.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006202.html 働き方・生き方 マイノリティ 多様性 組織 議論 Tue, 27 Aug 2024 08:00:00 +0900
第3章 大丈夫、ちゃんと進んでいる──よちよちぺんぎん日報 <![CDATA[

「みんな一緒」のお堅い企業から、「多様な個性を重視する」IT企業に転職したコウテイペンギンのエマ。

100ペン100通りだけど、ペンギンたちのチームワークは素晴らしいです。自由すぎる環境に戸惑いつつも、​自分はどういう働き方・生き方をしたいのかを問い、よちよちと自立していく日常をお届けします。

最終章では、エマの成長をお見せします。

第5話「それぞれができること」

社長がオフィスに来た。社員はお土産を欲しがっている。 エマは社長にダンス動画を褒められ、次は歌でやってみようと思っていると話している。 社長は歌うことが好きと言い、マイクを手にする。 しかし社長の歌は酷く、社員は苦しんでいる。 エマは困って社長に、音程に問題があると伝える。 上司のヒゲさんが社長は別の方法で参加できないか提案する 社長は出張で買ってきたコンガを取り出して叩き出す。 エマは、その手があったか、とヒゲさんが神に見えてくる。

第6話「よちよちいこう」

エマは元同僚と居酒屋で再会し、新しい職場について聞かれている。 エマは社長の歌にダメ出しをしてしまったことを悩んでいる。 元同僚は、そんなことできるようになったの!?と驚く 元同僚は、エマに「変わったね!自分の意見なんて全然言えなかったしリーダーなんてもってのほかだったじゃん!」と言っている。 エマは「私も成長してる。。。?」と感動する エマは、「結果的に社長のコンガもバズったし、ダメ出ししちゃったこともきにすることじゃないか」と安心する。 エマは「できなかったことよりできたことに目を向けていこう」と夜空を見上げる。 エマは「これからもよちよちでいいんだ」と感じながら元同僚とお店を後にする。

おしまい


社員紹介、社長日本語-1.jpg
マンガ:井上知之/企画・編集:たむら めぐ
第2章 エマ、初めての挑戦──よちよちぺんぎん日報
第1章 自由な会社に転職──よちよちぺんぎん日報
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006204.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006204.html マンガから学ぶチームワーク 働き方・生き方 マンガ 働き方・生き方 Thu, 22 Aug 2024 08:00:00 +0900
【対談動画】急成長の過程で得た高揚感は、やがて陶酔になる? トライ&エラーを繰り返した先に求めるのは「つぎの高揚感」──ほけんの窓口社長 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太 <![CDATA[

このたびサイボウズ式では、新シリーズ「大規模組織のつくり方」をスタートします。

チームワークあふれる社会の実現を目指すサイボウズは、規模拡大により「100人100通り」の組織から「1000人1000通り」の組織へ。「10年後の組織を、どうデザインしていくか?」が新たな課題となっています。

これからも”サイボウズらしい”大規模組織を目指していくために、この特集では様々な企業さまに取材してまいります。

記念すべき第1回は、ほけんの窓口グループ株式会社 代表取締役社長・猪俣礼治さんをゲストにお招きしました。現在、3,500名強の社員を抱え、大規模組織としてさまざまな局面を体験してきた同社は、どんな課題をどう乗り越えてきたのでしょうか?

サイボウズ式YouTubeで、対談動画を公開中!

1995年の創業以来、急成長を遂げたほけんの窓口グループは、その過程で一体どのような葛藤があったのか? サイボウズ株式会社マーケティング本部長の栗山圭太が、同社代表取締役社長・猪俣礼治さんにお話を伺いました。

成長企業が直面する「高揚感」と「陶酔」、次第にトライアンドエラーを怖がってしまう風潮……。ほけんの窓口グループの軌跡をたどっていくと、企業が成長し続けるために必要なことが見えてきました。

お二人の対談記事はこちら

チームワークあふれる社会の実現を目指すサイボウズは、規模拡大により「100人100通り」の組織から「1000人1000通り」の組織へ。「10年後の組織を、どうデザインしていくか?」が新たな課題となっています。

組織デザインが変革していく過程で、現場が組織や経営方針に対する不安を感じないことが理想的ですが、どうすれば実現できるのでしょうか?

記事では「経営と現場が円滑に連携し合うためのヒント」について対談しました。ぜひ、動画とあわせてご覧ください!

「社員の幸せ」と「お客様の幸せ」を両立し、事業の成長を目指す──ほけんの窓口 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太

企画:神保麻希、深水麻初(サイボウズ) 撮影:谷峰登、砂原洋一 編集:齊藤雄基

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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006201.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006201.html 動画 マネジメント ワークスタイル 動画 組織 組織デザイン Tue, 06 Aug 2024 08:00:00 +0900
「社員の幸せ」と「お客様の幸せ」を両立し、事業の成長を目指す──ほけんの窓口 猪俣礼治×サイボウズ 栗山圭太 <![CDATA[

チームワークあふれる社会の実現を目指すサイボウズは、規模拡大により「100人100通り」の組織から「1000人1000通り」の組織へ。

「10年後の組織を、どうデザインしていくか?」が新たな課題となっています。

組織デザインが変革していく過程で、現場が組織や経営方針に対する不安を感じないことが理想的ですが、どうすれば実現できるのでしょうか?

そのヒントとなる企業が、ほけんの窓口グループ株式会社です。同社は従来の保険の常識を覆す来店型保険ショップを立ち上げた「第1の創業」から、顧客本位の業務運営を徹底して社内に根付かせてきた「第2の創業」、そして、保険ショップの枠を超え、新たな事業を展開する「第3の創業」に向けて進化を続けています。

今回は同社代表取締役社長の猪俣礼治さんに、サイボウズ株式会社マーケティング本部長の栗山圭太が「経営と現場が円滑に連携し合うためのヒント」を聞きました。

組織拡大で直面する、サイボウズの新たな課題

栗山 圭太
栗山 圭太
今回からサイボウズ式では、組織デザインの先輩方にお話を伺う特集「大規模組織のつくり方」を始めます。

その1回目のゲストとして、猪俣さんにお話を伺います。どうぞよろしくお願いいたします。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
どうもこんにちは。よろしくお願いいたします。
挨拶をする猪俣さん

猪俣 礼治(いのまた・れいじ)。大分県出身、56歳。 1988年広島大卒、同年4月伊藤忠商事入社、16年伊藤忠商事金融・保険部門長代行兼保険ビジネス部長、17年4月ほけんの窓口グループ執行役員、同年9月取締役、18年7月取締役副社長。22年4月に3代目として、代表取締役社長に就任

栗山 圭太
栗山 圭太
今回の特集のきっかけは、サイボウズの組織が拡大するとともに、これまでのワークスタイルを続けるのが難しくなったことにあります。

サイボウズでは「100人100通りの働き方」というワークスタイルを目指し、メンバーそれぞれが望む働き方のマッチングを目指してきました。

ただ、社員数300人くらいであれば何とかなったものの、500人を超えたあたりからきつくなり始めて……。1000人を超えた現在では、「1000人1000通りの働き方」を実現するのが厳しくなってきたんです。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
なるほど。
栗山 圭太
栗山 圭太
そこで、現在3500名強の社員を抱え、われわれがこれから迎える新たな局面を先行して体験された「ほけんの窓口」が、どんな課題をどう乗り越えてきたのか。これからお話を伺えればと思います。
今後の話に胸を膨らませる栗山

栗山 圭太(くりやま・けいた)。執行役員事業戦略室長 兼 マーケティング本部長。2003年、新卒で入った証券会社を辞め、第二新卒としてサイボウズに入社。公共営業、大阪営業所の立ち上げなどを経て、「サイボウズ Office」「kintone」のプロダクトマネージャーを経験。その後自身の強い希望で営業に戻り、ここ数年はアジアの拡販にも注力。アジア10カ国を訪問し、パートナー企業とのリレーションシップを図っている

事業を成長させながら、社員のニーズにも応える難しさ

栗山 圭太
栗山 圭太
あらためて、ほけんの窓口では膨大な数の社員を抱えていますよね。企業として事業の成長も考えなければいけないとなると、社員一人ひとりのニーズに応えていくのは難しいかと思います。

「事業の成長」と「個人の幸福」の両立をどんなふうに考えていますか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
僕は「社員の幸せなくして、事業の成長はない」と思っているので、社員にはその順番を間違えないように、と言っています。

たしかに、お客さま満足があって事業収益が成り立ちますが、お客さま満足をつくるのは社員です。だからこそ、「ES(社員満足度)なくして、CS(顧客満足度)なし。CSなくして、会社の成長はなし」だと僕は捉えていて。

じゃあ、「社員の幸せとは何か?」というと、単に給料をもらうことだけじゃなく、仕事の楽しさ、やりがいを感じることも大事でしょう。
社員の幸せについて語り合う二人
栗山 圭太
栗山 圭太
サイボウズでも「社員の幸せをつくる」というテーマは、よく議論になります。社員の幸せをつくるために、猪俣さんはどんなことを意識されているのでしょうか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
まず経営層が事業の成長だけを語り、そのための目標達成に取り組むだけだと、現場で働く社員は「やらされ感」を覚えて楽しくありません。

だから、そうならないように「どうすれば、仕事のワクワク感を生み出せるのか?」を日々、考えています。
栗山 圭太
栗山 圭太
ワクワク感を生み出す。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
ええ。われわれの仕事の意義は、社会保障制度を補完することです。民間の保険は水道やガスのように目に見えるインフラじゃない、いわば目に見えない社会インフラの1つ。

長期的な視点で見れば、お客さまの人生のお役に立ち、社会課題の解決や社会貢献ができる仕事です。

そういった意義や使命感を社員が持てるようにインナーブランディングを進めることで、社員のワクワク感を生み出せれば
と考えています。

「高揚」から「陶酔」につながる前に、新しい一歩を踏み出す

猪俣 礼治
猪俣 礼治
仕事を通じてお客さまに喜んでもらえるワクワク感を生み出せれば、会社は成長していくはずです。その結果、社員は「わたしたちは世の中のいろいろなことを変えているんだ」と高揚感を覚えていくでしょう。

ただ、その気持ちが高まりすぎると、いつの間にか「われわれはすごいことをやっている」と陶酔した状態に変わってしまう。そうなると、あまりよろしくないな、と。
栗山 圭太
栗山 圭太
なぜ陶酔した状態がよくないのでしょうか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
成功しているがゆえに「われわれはこのままでいいんだ」という気持ちが強くなり、社員が新しいチャレンジを恐れるようになるためです。

コロナ禍になる前まで、ほけんの窓口の社内にも陶酔感が漂っていました。成功を積み重ねてきたからこそ、これまでとは違うことをしてエラーしないように、新しいチャレンジを受け入れづらい雰囲気があった。

そんな状態に危機感を覚えつつ、コロナ禍に突入してしまったんですね。
ジェスチャーを交えて話す猪俣さん
栗山 圭太
栗山 圭太
対面型ビジネスであるがゆえに、御社の打撃は相当大きなものだったでしょうね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
そうなんです。対面でのコミュニケーションが重要なビジネスモデルですから、コロナ禍に大きな影響を受けました。コロナ禍で変化した社会やお客さまに合わせて、われわれも変化しなければいけなくなった。

ところが、「われわれはこのままでいいんだ」と新しいチャレンジを恐れる社員が多く、スピード感のある新しい対応ができない状態になっていました。

そうなったのは会社のせいです。だからこそ、僕は自責の念を持ち、自ら真っ先に考え、行動し、活動量を増やすように心がけています。そのうえで、社員にも「トライアンドエラー、チャレンジ、進化をしよう」としつこく言っています
栗山 圭太
栗山 圭太
社員が新しいチャレンジを恐れないように、失敗しても守ると伝えていくのがトップの大事な役割かもしれませんね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
ええ。仮にお客さまから不満のお声があったとしても、「チャレンジしようと思ったことは理解できるから」と失敗を許容し、社員がトライアンドエラーしながらチャレンジできる環境を大切にしています。
栗山 圭太
栗山 圭太
いまのお話から、企業が成長するには「陶酔が始まる前に新しい一歩を踏み出し、次の高揚感を生み出す」というサイクルを何度も繰り返す必要があるのかな、と。
ジェスチャーを交えて話す栗山
猪俣 礼治
猪俣 礼治
そのサイクルをうまく繰り返せれば、一番いいと思います。そして、新しい一歩を踏み出す際、サービスを進化させたり、新しい事業成長の領域を見つけたりしながら、社員がワクワク感を見出せるようにしていきたいですよね。

人が増えても理念で目線を合わせ、お客さま本位の企業文化をつくる

栗山 圭太
栗山 圭太
急成長した企業の多くは、さまざまな課題に直面します。たとえば、企業の成長フェーズに応じて採用する社員の質が変わってきたり、経営で見る範囲が広がってきたり。

ほけんの窓口も急成長された際、何かしらの課題はありましたか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
僕は3代目の社長として事業を引き継いだので、創業当時の成長段階は直で見たことはないんですよね。

ただ、いろんな人から聞いた話によると、会社が急成長したことで社員は高揚感から陶酔につながり、「お客さまのためにと言いつつ、自分たち本位で物事を捉えていないだろうか」となったようです。

そこで2013年、2代目社長の窪田泰彦さんが就任された際、グループ全社で目線を合わせるために、「お客さまにとって『最優の会社』」という企業理念を制定しました
栗山 圭太
栗山 圭太
その企業理念には、どんな意味が込められているのでしょうか。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
「最優」には、お客さまにしっかり寄り添える優しい心を持ち、お客さまのご期待やお悩みの解決につながる知識やスキルを持った「優れた」存在でありたい、という意味が込められています。

この理念を掲げた上で、2014年頃からは理念に共感してくれる新卒の方や、保険業界が未経験の中途入社の方を積極的に採用しはじめたんです。
栗山 圭太
栗山 圭太
それまでは経験者の中途採用が多かったんですか?
猪俣 礼治
猪俣 礼治
そうですね、ほとんど保険業界で経験を積んだ方々ばかりでした。

未経験者の方々を採用し始めたのは、「保険営業は保険商品を販売するものだ」という固定概念がないので、「お客さま本位」のマインドを育成しやすいと考えたためです。

結果、そういう人々が集まったことで、「われわれの仕事の本質であり使命は、お客さまに寄り添い、お悩みを解決することだ」と再認識できた
のだと思います。
力強く話す猪俣さん
猪俣 礼治
猪俣 礼治
3500人も社員がいると、それぞれの考え方や行動がバラバラになりがちです。「お客さまのために」という言葉1つとっても、その解釈は人それぞれに異なるわけで。
栗山 圭太
栗山 圭太
サイボウズでも企業理念を新しく書き換える際、慎重になりました。

たとえば「正義」という言葉は人によって解釈が異なるので、「嘘をつかない(=公明正大)」に言い換えるとか。全員が共通の認識を持てる言葉を使うのは大切ですよね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
おっしゃるとおりです。われわれも「お客さまのために」を「お客さまにとって最優の会社」という言葉にして企業理念として掲げています。

この理念があることによって、考え方も行動もバラバラになりがちな社員のみなさんを、同じ方向へと思い切り引っ張っていけるようになりました。

現場の目標が「お客さまの幸せ」につながる組織デザインを

猪俣 礼治
猪俣 礼治
会社が成長していっても、経営者が何もしなければ、社員は「いや、何のために収益上げているの?」と思うでしょう。

大事なのは、利益を何にどう使っていくか。それは、お客さまのためにサービスを進化させることであり、そのために社員のみなさんの給料を上げたり、株主に還元したりしていくこと。

その流れを循環させていくには、集客して利益をしっかりつくっていくのも欠かせません。
栗山 圭太
栗山 圭太
おっしゃるとおりですね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
だから、僕は「数字には正しく、しっかり向き合ってくれ」と言っていて。数字を可視化しないと、事業のPDCAサイクルを回せませんから。

もちろん、そういうことを伝えると、「猪俣さんは数字ばかり見ている」というふうに言われてしまうことも多い。ただ、僕が本当に目指しているのは、サービスを進化させ、お客さまにさらに寄り添ったサービスを形づくっていくこと

そういった僕の言葉の本質を理解して考え、行動し、お客さまの満足や感謝を得ている店舗は増えています。するとチームが明るくなって、店の勢いが増すんです。
笑い合う二人
栗山 圭太
栗山 圭太
やっぱり雰囲気が良くなると業績も……。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
上がりますよ。
栗山 圭太
栗山 圭太
業績も上がれば、雰囲気もさらによくなり、よいサイクルが生まれますよね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
なかなかロジカルには説明できないんですけども。
栗山 圭太
栗山 圭太
そうだと思います。暗いチームはしんどいですよね。
猪俣 礼治
猪俣 礼治
そこは、やっぱり明るく楽しく仕事してほしいですよね。僕の経営方針のキーワードは「つながる」です。これはお客さまとつながるだけでなく、社員同士もしっかりとつながっていくこと。

来店型ショップであるわれわれは、いろいろな部署があって、サイロ化しやすいんですよね。そうならないために、しっかりと部署や社員同士がつながる組織づくりをしていかないといけません。

そのためには、部署や店舗、一人ひとりの社員が持つ目標が、最終的に何につながっているのかという部分をうまく設計することが大事です。

そうして「つながる」経営を続けていくなかで、「社員の幸せ」と「お客さまの幸せ」の両輪で、事業を成長させていければと考えています。

企画:神保麻希 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)

サイボウズ式YouTubeで2人の対談動画を公開中です!

社長の引き継ぎ、どうする?「最強の青野を倒す人材」求む──三浦工業 宮内 大介×サイボウズ 青野 慶久
フラットな組織を守り抜くために「トップダウンをあきらめ、自分が間違っている可能性を受け入れた」
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006198.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006198.html カイシャ・組織 100人100通りの働き方 マネジメント ワークスタイル 組織 組織デザイン Tue, 30 Jul 2024 08:00:00 +0900
理想を実現できれば、経済性はちゃんとついてくる。 小杉湯の「100年後の文化を見つめる」パートナーシップ──小杉湯原宿 番頭・関根江里子さん <![CDATA[

昭和8年に創業した高円寺の老舗銭湯「小杉湯」。変わらず“街の銭湯”でいるために、変わり続ける。そんな思いで、2024年4月、東急プラザ原宿「ハラカド」に2店舗目となる「小杉湯原宿」を開業しました。そこでは企業の垣根を超えたコラボレーションが実施されています。

小杉湯のぶれない思いに共感する人々が集まり、協働することで新しい価値が生まれ、互いが長期的に活動を続ける仕組みができていく。その姿は、サイボウズが重視する「多様な個性を活かしたチームワーク」と重なります。

100年後も街の銭湯としてあり続けるために、他社と協働しながら、理想と利益の両立をどう実現しているのだろう?

そんな問いを携えて、サイボウズ式編集長・神保麻希が「小杉湯原宿」の番頭・関根江里子さんを訪ねました。

人を選ばず受けいれて、誰にも閉じない“街の銭湯”

神保
神保
さっきまで原宿の喧騒の中にいたとは思えない、ほっと安らぐ空間ですね。新しいのに昔ながらの街の銭湯の雰囲気がそのままあるというか……。
関根
関根
ここは商業施設のテナントですが、設計の考え方は高円寺の小杉湯と変わらないんです。銭湯は人を選ばず受けいれて、誰にも閉じない場所です。

関根江里子(せきね・えりこ)。株式会社小杉湯 副社長 / 小杉湯原宿責任者。1995年生まれ。上海生まれ東京育ち。2020年にペイミーに入社し、同年末には取締役COOに就任。2022年に銭湯経営を目指し独立し、同年、小杉湯2号店目である「小杉湯原宿」のプロジェクトにジョインしたことを機に、株式会社小杉湯に入社。翌年より現職を務める。

関根
関根
だから、たとえばロッカーの数字や案内の文字は、癖がなく読みやすいフラットなフォントにしていて。浴室でこだわった白いタイルも、1色だけを選ぶと私たちの意志が反映されてしまうので、床、壁、天井で違う白を採用しました。銭湯という箱自体にあえて私たちの意志を込めないようにしています。
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神保
神保
男湯にも女湯にもベビーベッドと化粧水が同じように置いてあることにも、なんだかきゅんとしました。
関根
関根
お風呂の大きさも形も、男女で同じです。銭湯は時代を変える場所ではなく、時代を受けいれる場所だと思っているので、ジェンダー観を語るつもりはないんです。ただ、ベビーベッドがあることで、子連れで来た人が自分を受けいれてくれる場所だと思ってもらえたらいいなって。

小杉湯原宿では、銭湯を中心とする街をイメージした「チカイチ」というスペースを展開。このスペースでは、企業とコラボしたビールスタンドやランニングステーションなど、ブランドの芯にある「思い」に触れることができる。

目先の利益ではなく、100年後の文化を見つめる

神保
神保
この場を取り仕切る番頭の関根さんは、スタートアップの取締役から現職に転身していますが、小杉湯に関わるようになって変化はありましたか?
関根
関根
1から10までぜんぶ変わりました。いちばん変化したのは思考の時間軸です。

小杉湯原宿は「100年続く“街の銭湯”をつくる」ことを本気で目指しているので、あらゆる判断基準が目先の利益にはないんです。

前職時代は「1か月先をどう乗り越えるか?」という超短期視点でしたが、いまは常に「10年後も続けるために、いまどうするか?」という長期視点で物事を考えています
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神保
神保
長期的な視点で、具体的にどんな判断をされているのでしょう?
関根
関根
「小杉湯原宿」をオープンするにあたって、短期で見れば、いかにメディア露出を増やして、人を呼び込むかが勝負になると思うんです。でも、私たちはメディア露出を極力抑えて「混まないこと」に心を砕きました。
神保
神保
混まないこと!?
関根
関根
具体的には、オープンから2か月半経ついまも、朝と夜の時間帯は「渋谷区神宮前エリア」の街の人たち限定で入場制限をしています。ほかにも原宿に約100万人が集まる夏の大イベント「スーパーよさこい」の期間は小杉湯原宿を臨時休業にして、スタッフみんなでボランティアとして街に出ます。
神保
神保
それは、なぜですか?
関根
関根
小杉湯原宿を100年先も街に根付く銭湯にしたいからです。

開業時、イベント時に街の銭湯が大混雑して「3時間待ち」のアミューズメントパークになってしまったら、お客さんもスタッフも疲弊してしまう。

私たちが大切にしたいのは、街の銭湯として、みなさんの日常にそっと寄り添うこと。街の人たちに平日も含む週1回のペースで通ってもらいたいんです。

混んでいる銭湯に通いたいとは思いませんよね? 2回目も3回目も来てもらいたいから、混雑を避ける運営を続けています。
神保
神保
短期視点でブームを生むのではなく、長期視点で常連さんを増やして、本気で“街の銭湯”をつくっているんですね。
関根
関根
銭湯って、常連さんがいて、マナーを見て学んで、自然と自治が生まれる場所なので、ここはまだ“街の銭湯”とは呼べないと思っていて。

「小杉湯原宿」の銭湯文化をつくっていくスタートラインに立てるのは、いまから5年後だと思っています。

「思い」をベースに築く、長期的なパートナーシップ

神保
神保
5年かけてスタートラインに立つ……! でも、そうした長期視点が、協働する企業さんとずれることはありませんか?
関根
関根
もちろんあります。5年先を見ている私たちは、企業の担当者の1か月先の目標達成には貢献できないこともあるので。そこはもう「5年後の私たちを信じてください」と言い続けるしかない。

一見、突拍子もない決断をして驚かれるんですが、「ハラカド」を運営する東急不動産さんには、何年もかけてやっと「小杉湯さんならそうするよね」と理解してもらえるようになりました。デベロッパーとテナントという関係性ではなく、もはや運命共同体ですね。
神保
神保
信頼を得るまでにどのような過程があったのでしょう?
関根
関根
小さな実績の積み重ね、でしょうか。たとえば私たちは、銭湯の「ゆるめる」文化を体験してほしくて、サウナをつくらなかったんです。経済合理性から見たらありえない判断ですが、結果的に話題を呼んで、私たちの思いを社会に理解してもらうという点でも、大きな広告効果がありました。
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神保
神保
小杉湯さんの本気が伝わったんですね。
関根
関根
「大人がこんなにも“思い”で動くことがあるんですね」とよくびっくりされるんですが、私たちの事業は常に「思い」がベースにあるんです。
神保
神保
思い、ですか。
関根
関根
たとえば、パートナー企業の花王さんとは、2年かけて商談しました。

花王さんって1882年の創業以来、石鹸をつくることから始めて日本の公衆衛生を支えてきた企業なんですね。清潔な日本の公衆衛生の文化は銭湯と花王が支えてきたと言っても過言ではない。だからどうしても花王さんとやりたかった。花王さんじゃなきゃだめだった。
神保
神保
熱量が高い……!
関根
関根
ほかにも、ビールスタンドをつくるなら絶対に黒ラベルさんがいい! と、開業2か月前に猛アタックしたり。

どの企業さんも1社ずつ、私たちの熱い「思い」を伝えてパートナーになってもらいました。小杉湯の営業に上から順に当たっていくようなアタックリストはないんです(笑)。コラボできれば誰でもいいわけではないので。

10年後、20年後も変わらずお付き合いできる企業さんと手を組んでワンチームになる。私たちが思い全開なので、パートナー企業の担当者さんたちも思いを持って動いてくれるんです。

「理想」を出発点に、「経済性」も置き去りにしない

神保
神保
「思い」をベースに決断をされる際に、活動を続けるための経済性はどのように考えていますか?
関根
関根
もちろん、経営やパートナーシップを持続的なものにするために「経済性」も置き去りにはしません。出発点が「思い」にあるだけです。

私たちは、文化をつくることは、長期的に見て、経済が大きく回ると確信しています。「理想と利益」、「文化と経済」を天秤にかけてはいないんです。100年続く“街の銭湯”をつくるという理想を追い求めて実現できれば、経済性はちゃんとついてくると考えています。
神保
神保
長期的な視点でいるからこそ、理想の実現が経済性の実現にも紐づいてくるんですね。
関根
関根
だから、事業面の評価は、目先の数字よりも、“街の銭湯”という文化が社会に与えるインパクトを指標にしています。

パートナー企業さんにも、直近でテレビに何本出たかではなく、一緒に生涯商品を使い続けてくれるファンを増やしたいと伝えています。
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同じ理想をもつ人たちが、長く働ける組織づくりを

神保
神保
組織において、スタッフの働きやすさと事業の成長も天秤にかけてしまいがちですが、小杉湯さんはどう考えていますか?
関根
関根
小杉湯と働く人の目指す道がずれていなければ、その両輪を回せると思っています。

だからコアなメンバーを採用するときにいちばん見ているのは、小杉湯の理想とその人の理想が一致するか。社会にとっていいことをしたい“公益フェチ”であるかどうか、ですね。理想が一致していれば、あとは人を軸にやり方を考えていけばいいと思っています。
神保
神保
組織のやり方に働く人が合わせるのではなく……?
関根
関根
小杉湯にマニュアルはなく、お風呂POPの書き方も掃除のやり方もスタッフそれぞれに任せています。強いて言えば、「POPはタイルの1マス上に貼ること」とか、そういう小さなレギュレーションはあります。

お風呂に浸かったときのお客さんの目線に合わせる。そのやさしさのラインを共有できていれば、耳が聴こえない人には手紙を添えるとか、文字が見えにくい人のためにルーペを置くとか、やさしい場づくりが自発的に行われるんですよね。
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神保
神保
働く人のやさしさと喜びが、お客さんの心地よさにつながるんですね。
関根
関根
ここで銭湯を始めた以上、終わらせるという選択肢はないので、働く人たちも終身雇用で、育児も介護もちゃんと想像できる組織にしたいと思っているんです。当たり前に笑って働ける職場にしたい。

組織の拡大は目指していないので、正社員が20人以上になることはないと思うんですが。変わらない場所で、ともに考えて変わり続けていけたらいいなと。
神保
神保
「続けること」に重きを置いた小杉湯さんらしさが、組織づくりにも行き届いているんですね。
関根
関根
"街の銭湯"という文化をつくると言っても、私たちがやるべきは、高尚な文化を語ることではありません。雨の日も雪の日も、日の出とともにここへ来て掃除をして、湯を沸かす。

すべてはその日々の営みでしかなくて。365日続けて、5年、10年積み重ねた先に「小杉湯原宿」にしかない文化が生まれる。そう信じて、私たちは今日もここで湯を沸かします。
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企画・取材:神保麻希/執筆:徳瑠里香/撮影:もろんのん

高円寺・小杉湯にて、サイボウズ式 特別展示

「ワークお湯バランス」を実施中です。7/31(水)まで!

サイボウズ式のオリジナルTシャツや書籍の販売、人気のコラム記事や漫画など、おすすめコンテンツを紹介しています。ぜひお越しください!

「合理性よりワクワクを選ぶ」。無理はしないけど利益は出す、すこやかな事業のつくり方──マール・コウサカ×木村祥一郎
従業員が苦しむ会社はつぶれても仕方ない。腹をくくって「わがまま」を受け入れたら、前に進めた──武藤北斗×青野慶久
「人を大切にする経営」は理想論か? コロナの危機にも曲げない、クルミドコーヒーの「結果を手放す」経営哲学
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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006200.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006200.html カイシャ・組織 サイボウズ式 チームワーク 仕事 大企業 Fri, 26 Jul 2024 08:00:00 +0900
なぜ「24時間対応」「誰にも会わない」フードバンクを開設できたのか? 地域の「困った」を解決した軌跡 <![CDATA[

社会は複雑で、常に変化していくもの。その課題解決は容易なものばかりではありません。

岡山市北長瀬にある街づくり会社「北長瀬エリアマネジメント」の石原達也さん、新宅宝さんは、コロナ禍で表面化したフードバンクの課題を「仕組み」で解決しました。

そこにあったのは、「熱量」でも「仕事だから」でもない、個人的な「なんとかしなきゃ」という想いでした。

石原達也
石原達也
北長瀬エリアマネジメントは、街づくり会社として、大きく分けると2つの取組をしています。

1つは、具体的な事業としての北長瀬駅前にある複合商業施設「ブランチ岡山北長瀬」内でのコワーキング運営や賑わいづくりと隣接する「北長瀬未来ふれあい総合公園」の指定管理です。公園の畑で野菜をつくったり、イベントを企画したりしています。

もう1つは、北長瀬地域のエリアマネジメント、つまり「街づくり」ですね。
石原達也

石原達也(いしはら・たつや)。1977年岡山市生まれ。2015年に「みんなの集落研究所」を設立し地域コミュニティの課題解決支援を開始。2018年に「PS瀬戸内株式会社」を起業、社会的インパクト投資(SIB)を推進。2018年の西日本豪雨では災害支援にも取り組む。2019年に北長瀬エリアマネジメントを起業。2024年に同社代表を新宅さんに交代。持続可能な地域課題解決のビジネスモデルを構築し、多岐にわたる事業を展開。2024年これまでの経験を活かし課題解決の「仕組み」づくりに特化した合同会社「遠足計画」を島根県雲南市で起業

竹内義晴
竹内義晴
2つの取り組みで街のにぎわいをつくっていらっしゃるのですね。
石原達也
石原達也
北長瀬は新しい街です。岡山市中心市街地のベッドタウンで、小さいお子さんがおられる世帯も多くいます。また、単身でひとり暮らしをする若い方も多くいます。

それらの方々の暮らしにとって、「この場が、どういう意味を持つのか」が大切だと思っています。ホッとできる、暮らしの充実につながる、困った時にも支えてくれるウェルビーイングな場所になればいいな、と。

コロナ禍で聞こえてきた、地域の「困った」

石原達也
石原達也
北長瀬エリアマネジメントを設立したのは2019年ですが、会社をつくってすぐにコロナ禍になりました。「コミュニティが大事だ」と思ってきたのに、 コミュニティの形成自体が難しくなってしまって。

一方、コロナ禍の影響で地域の方々からさまざまな「困った」が聞こえてきました。
竹内義晴
竹内義晴
確かに、コロナ禍ではさまざまな制約がありました。
石原達也
石原達也
たとえば、フリーランスの方からの「発注元の営業が止まり、仕事がなくなって生活が苦しい」といった声や、学生さんからの「アルバイト先の仕事がなくなってしんどい」という声。シングルの親御さんからは「生活がすごい苦しい」といった声が多く届きました。

そこで、「われわれにできることないか?」と、さまざまな取り組みをはじめました。その中の1つが公共冷蔵庫「北長瀬コミュニティフリッジ」です。
コミュニティフリッジ

北長瀬コミュニティフリッジは、ブランチ岡山北長瀬内に設置した公共冷蔵庫。食料品・日用品の支援を必要とされる方が、24時間取りに行くことができる

時間や人目を気にせず、24時間食料品・日用品を取りに行ける

石原達也
石原達也
フードバンクの支援自体は以前からありました。でも「人に会ってもらうこと自体に、抵抗感がある」という声が多くありました。

「それならば、フードバンクを無人でできる方法はないか?」ということになったんです。

海外に、鍵を開放した小屋の中に食べ物を置いておいて、必要な人が誰でも持っていくことができる「コミュニティフリッジ」という取り組みがあります。

ただ、それをそのまま日本でやっては「犯罪に使われるんじゃないか?」といったリスクがあります。というより、そもそも商業施設側から、OKが出そうにありません。
竹内義晴
竹内義晴
確かに。
石原達也
石原達也
そこで「何かいい方法はないか?」と議論を重ねた結果、「電子ロックとクラウドのデータベースを組み合わせれば、無人で運営できるんじゃないか?」と。

そこで具体的なシステムについて以前から知り合いだった、kintoneエバンジェリストの細谷さんに相談しました。細谷さんはサイボウズのkintoneを使って、NPOなどの業務改善を支援されている方です。

そこで、具体的にできそうだと確信をもち、そして、実現できたのがコミュニティフリッジなんです。

取り組みは「タイミングが大切」

新宅宝
新宅宝
この4年間、石原さんとともに過ごし、一緒に仕事をしてきて感じるのは、課題を解決する取り組み方として「社会で起きていることを自分ごととして受け取り」「自分なりに解決方法を考え」その発信を「どのタイミングでやるか」がとても大事だな、と。
新宅宝

新宅宝(しんたく・たから)。1988年倉敷市生まれ。2019年一般社団法人北長瀬エリアマネジメント専務理事として就任。2024年に石原さんから代表理事を交代。2021年デザインや映像制作のYOTTA株式会社を立ち上げ複業として活動。また神社でパクチーを祀る神社のイベント「岡山パクチー奉納祭」などを企画し他域の賑わいづくりにも参画

新宅宝
新宅宝
コミュニティフリッジも、やろうと思えばコロナ禍前でも需要はあったと思います。でも、コロナ禍によって、地域の中の「困っている」が可視化されました。「いま、解決しないと!」と、スピード感をもって取り組めましたよね。

コロナ禍があったから、これだけ助け合いの文化が生まれたし、寄付者さんも利用者さんも増えたんじゃないかと思います。
石原達也
石原達也
僕らはベンチャーっぽいというか、課題とニーズがあるんだったら、そこからPDCAをまわすのがすごい速いんです。
新宅宝
新宅宝
コミュニティフリッジは3ヶ月ぐらいでできましたよね。
石原達也
石原達也
そうだね。
話を聞く石原さん
石原達也
石原達也
コミュニティフリッジの立ち上げも、「建屋をどうするか」とか、システムも「ネット環境を含めて確保できるか」とか。課題はたくさんありました。

ただ、僕らの中でそれが、やらない理由にはならなかった。「それはクリアしていけばいいよね」って感じが強かったかもしれないですね。

動機はシンプル。個人の「なんとかしたい」

竹内義晴
竹内義晴
目の前に困っている人がいたとき、「大変だよね」で終わる人もたくさんいます。何が、お2人を突き動かすのでしょうか?
新宅宝
新宅宝
「課題を解決したい!」みたいな熱量とか、「仕事だから」とかではないんです。「地域で困っている人がいる」それを「なんとかしたいな」っていう、個人的な、シンプルな気持ちなんですよ。
石原達也
石原達也
「食べるものに困っている人がいるから、とりあえず、気にせず取りに来れるようにしようよ」とか、「とはいえ、働かなくちゃいけないから、夜中になる人もいるし、明け方になる人もいる。好きな時間に取りに来れるようにしないと意味ないよね」とか。
コミュニティフリッジ内
コミュニティフリッジの仕組み

電子ロックとタブレットの操作で、食料品・日用品の受け取りが可能。「寄付者リスト」「利用者リスト」「在庫」の情報管理はkintoneで行なっている

新宅宝
新宅宝
お金だけで考えるとコミュニティフリッジは全然儲かりません。ただ、大きなマイナスにならなければ継続した活動が可能です。お金だけでは解決できないのがまちづくりだと思っています。

叶えたいのは単純に、安心・安全な地域であり、住みやすいって思ってもらうこと
石原達也
石原達也
この街で暮らす人が、みんな楽しく暮らせることが一番です。

コロナ禍のときは「困っている人がいる」という明確な状況がありました。それを「どうにかしたいな」と。「できることがあるなら、ちょっとずつでもしたいな」と思いましたよね。
竹内義晴
竹内義晴
行動の動機は、自分のなかに生じた、とてもシンプルな気持ちなのですね。
石原達也
石原達也
僕らだけでなく地域に暮らす人もそうだと思うんです。街に暮らす人の中には困っている人もいれば、何かしらで助けられる人、助けたいと思っている人もいます。

「お中元やお歳暮でもらったものがあるから」といって持ってきてくださる方もおられれば、ニュースで大変な子どもがいることを知って「ここに持ってくればいいんだ」とお菓子を買ってきた人もいます。

そういう人がたくさんいて、何かあったときには、おたがいに無理なく支え合う。そういう街って素敵というか、いいじゃないですか。いい人がたくさんいるわけですから。
ブランチ

岡山市北長瀬駅前にある複合商業施設「ブランチ」。公園内では地域住民の笑顔があふれる

竹内義晴
竹内義晴
一方で、新たなことをはじめようとすると、お金の問題もありそうです。
石原達也
石原達也
確かに、もしもこれを「行政に提案して、補助金いただいて……」だったら、このスピードでは絶対にできないと思います。そこを解決するのが「仕組み」です。

自分たちがやるからには、事業としてプラスにはならないけれど、大きなマイナスにはならない。そうしないと、続けることが難しくなってしまう。

そこで、「このシステムは〇〇でやって、この部分は〇〇の人にやってもらえばコストはかからないよね」といったアイデアを最初に考える。そして「これなら行けるんじゃないか?」となったらはじめる感じですね。

完璧を求めず、できることからスタート

竹内義晴
竹内義晴
自分のなかに生じた「なんとかしたい」を形にしようとするとき、周囲からの抵抗もありそうです。
新宅宝
新宅宝
どうしても「80点以上のものをつくらないとリリースできない」みたいな制約をつくってしまいます。「かっこいいものをつくらないといけない」と。

でも、どんな取り組みも最初から完璧な形にはならないじゃないですか。80点以上のものをつくるためには、準備にすごく時間がかかります。

そこは、いい意味で割り切るというか。細かなことはあまり気にせずやってみることが大事かなぁと。

あとは、自分たちで全部やらないことも大切だと思います。kintoneの仕組みもそうですし、冷凍庫や冷蔵庫もそうです。メディアに出たことによって、冷蔵庫はメーカーさんが、棚はリサイクルショップの社長さんが「寄付するよ」といってくれました。
竹内義晴
竹内義晴
自分たちでできそうな小さな種をみつけて、とりあえずやってみる。すると「それ、いいね!」と言ってくれる人が出てきて、少しずつ育っていく、と。
石原達也
石原達也
完璧な手法とか、すべてがそれで解決するようなものが世の中にありません。できることからスタートしてPDCAをまわす。自分たちで「やめる」と言わない限り失敗していない……というつもりで関わっています。

「何かをやりたい」とき、何からはじめるか

竹内義晴
竹内義晴
ところで、「人の役に立ちたい」と考えている人はたくさんいるんじゃないかと思います。

ですが、何からはじめたらいいのか分からない方もいらっしゃるんじゃないかと思っていて。
まず一歩踏み出したり、協力者を増やしたりするために何をすればいいんでしょう?
新宅宝
新宅宝
ひとりじゃ解決できないと思うので、誰か、相談する人は必要ですよね。
竹内義晴
竹内義晴
新宅さんの場合は、どうされていたんですか?
石原達也
石原達也
イベントで会ったのが最初だよね?
話す新宅さん
新宅宝
新宅宝
そうですね。当時は岡山で「何か新しいことしたいな」と思っていたときでした。

でも、岡山に全然知り合いがいなかったので、まずは「知り合いを増やそう」「岡山のことを知ろう」と思って、手当たり次第に挑みました。イベントに参加したり、お手伝いしたり。
石原達也
石原達也
面白そうなことやっている、やろうとしているところに参加した……。
新宅宝
新宅宝
それはありますね。イベントにはめちゃくちゃ参加しました。あとは、自分でもトライ & エラーはしましたね。イベントを企画したり。
竹内義晴
竹内義晴
いろんなところに顔を出して接点をつくっていったんですね。
石原達也
石原達也
人に誘われたら、最初はそれを断らずに、バンバン行くのが大事じゃないかなと思います。そのうち「手伝って」と言われるようになるから、つながりがつくられていきますよね。

そういう吸収力や行動力が、思っていることを形にしていくポイントでしょうね。

仕組みで社会が「ちょっと幸せ」に

竹内義晴
竹内義晴
サイボウズでは、社会課題を解決するために、さまざまな取り組みをする「ソーシャルデザインラボ」というチームがあります。

たとえば災害支援。水害や地震など、大きな災害があったとき、サイボウズのkintoneを使って、被害状況などの情報を共有する仕組みを提供しています。

このように、ツールによって社会課題が解決できることもあるんじゃないかなと思っていて。
なぜ、専門家たちが被災地に入った「ICT支援」がすべて失敗したのか? 災害現場のDXで欠かせなかったこと
石原達也
石原達也
データを蓄積して、それをどう効率よく使うかは、どんなことにも関わってくることだと思いますね。

北長瀬式のコミュニティフリッジは、われわれが志したところまではできました。これからは、現在の仕組みを横展開して、もっといろんなことに広げられればいいなと思っています。
コミュニティフリッジの仕組みの拡がり

コミュニティフリッジの仕組みは全国14地域に広がっている。2024年度中に、4地域ほど増える予定

新宅宝
新宅宝
もともとは食料支援の仕組みですが、「災害発生時の食料支援に使えないか」といった検証もはじまっています。各団体さんで仕組みが少しずつ拡張されているのはうれしいですね。
石原達也
石原達也
海外には、コーヒーを飲むときに2杯分のお金を払っておいて、1杯は自分のため、もう1杯は欲しい人が来たら飲めるようにしておく仕組みがあるそうです。

こういう、みんながちょっと幸せになる文化は、仕組みが実装されると実現するわけですよね。支え合い、助け合いが、肩肘張らず自然にできるといいなと思います。
竹内義晴
竹内義晴
仕組みがあるから、文化ができていくことがありますね。

少しずつでも形にすると人生面白い

新宅宝
新宅宝
やりたいと思うことがあれば自分なりにチャレンジしてみて、形にすることが大事だと思います。

自分でやってみると色々なことが見えてくるので改善点は修正します。また、他人からのアドバイスを聞いてさらに修正します。

「やってみた」という経験値を増やしていくことは、これからのチャレンジの仕上がり具合をグッと早めることができる貴重な経験だと思っています。
竹内義晴
竹内義晴
経験を重ねることで、精度があがっていくということですね。
新宅宝
新宅宝
プラスして思うのは、チャレンジしてみたいものが「誰の役にも立たなくてもいい」ということです。自分の好きなことを追求していくだけでもいいと思います。結果を出せなくても落ち込むことはありません。

面白いのは、意外にも数年後、数十年後に誰かの役に立つことがあることです。また、異なる複数のチャレンジが融合して、新しい可能性が見つかることもあります。
竹内義晴
竹内義晴
確かに、「あれとこれを組み合わせたら……」なんて思うことがあります。
新宅宝
新宅宝
自分のチャレンジした経験が、誰かの助けや再活用できる瞬間に出会えると改めて人生って面白いなって感じます。自分が想像していないような場で役に立つことの面白さがあります

これは、エリアマネジメントというよりも、人生のなかでも同じことが言えると思っています。まず、何事にもやってみないと何もわからないですもん。

これからも北長瀬が盛り上がっていき、また、支え合える地域になっていけるように多くの方と一緒に色々なチャレンジをしていけたら嬉しいです。
石原達也
石原達也
少しずつでも、なにかをやったほうが人生は面白いんじゃないかと思います。いろんな人と出会うと、人生が楽しくなるでしょうし。

「どこかに就職して、それをずっとやる」みたいなこれまでのシステムは、いろんな意味で無理が来ていると思います。

街づくりも、関心がある方々が自分ごととして動いていけばいくほど、社会は変わっていきます。そっちのほうがスタンダードになると思っています。北長瀬でも、ぜひみなさんとごいっしょできたらうれしいです。

新しい「ふつう」をつくる

石原達也
石原達也
まちづくり会社をつくる時に、僕が勝手に言っていたコンセプトは「新しいふつうをつくる」でした。

「ふつう」と言った時点で、周りを排除する感じがあって。まるでふつうじゃないものが悪いみたいで、非常に罪深い言葉です。

そのくせ「キミ、ふつうだね」って言われるといい気がしないっていう(笑)

いろんなことにチャレンジすることで、ふつうの概念が変わっていく。そんな未来になるといいですよね。

北長瀬コミュニティフリッジの詳しい取り組みは、サイボウズチーム応援ライセンスのページでも紹介しています。

企画・執筆・編集・撮影:竹内義晴

「なんで、ふつうにできないの?」そう浴びせられてきた人たちへ。
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仕事も家庭もがんばるって、私にできるのかな?──「バリ」でも「ゆる」でもないフルキャリ体験談 <![CDATA[

サイボウズ式の人気シリーズ「ブロガーズ・コラム」。このシリーズでは、ブロガーのみなさんの体験談をもとに、新しいチームワークや働き方について考えます。

今回は、仕事も家庭もがんばる「フルキャリ」という働き方を実践されている、会社員兼ブロガー・はせおやさいさんにコラムを執筆いただきました。

働く女性は「バリキャリ」か「ゆるキャリ」のどちらかだけ?

わたしが子どもを産んだのは、2018年。高齢出産で産んだ子どもはそれはそれはかわいく、このまま家庭中心の生活にシフトしてもいいかな……と思ったこともありました。

しかし、いざ子ども「だけ」に向き合ってみると、なかなかそのライフスタイルが自分にフィットしない。子どもはかわいいのですが、子どもを主語として生きていると、それまで自分の中にいた「わたし」がいなくなってしまうような感覚にとらわれました。

あれ? このままではいけないぞ……と思い始めて仕事に復帰してからは、仕事に集中したあと子どもや家族と向き合う時間があることが、何よりありがたく、家族と向き合う時間があることで仕事へのモチベーションも上がる、という好循環でした。

女性の働き方は「バリバリ働いて上を目指す(バリキャリ)」か「キャリアはほどほどに、充実した生活を送る(ゆるキャリ)」かの二極化で語られることがよくあります。でも、働き方のタイプって本当にそれだけなのでしょうか?

「フルキャリ」という二者択一でない働き方

そんな疑問を持ちながら働いていたところ、知人に薦められて読んだ一冊に、「バリキャリ」でもなく、「ゆるキャリ」でもない第三の働き方を「フルキャリ」と定義した本がありました。

フルキャリマネジメント―子育てしながら働く部下を持つマネジャーの心得』(著:武田 佳奈)

この本では、仕事だけ、私生活だけ、という二者択一ではなく、どちらも同じくらい取り組みたいと考える人を「フルキャリ」と名付け、筆者が行ったアンケートによると5割の人がこの「フルキャリ」という働き方をしている、と回答したのだとか。

個人的にこの考え方がとてもしっくりきていて、仕事だけ、私生活だけ、ではなく、両方を選ぶスタンスで生活しています。

とはいえ、仕事も私生活もがんばることは、そう簡単ではありませんでした。そんなわたしが、このやり方を選び、実践できた理由はなんだろう、と考えました。

まず「自分はどうしたいか?」にしっかり向き合うこと

もしかしてわたしに向いているのは「バリキャリ」でもなく、「ゆるキャリ」でもない、「フルキャリ」なのでは……?

そう感じてからは、以下のように自分の中で取り決めをし、上司や周囲に宣言することから始めました。

①残業はせず、定時で仕事を終える

②そのぶん、業務時間は120%で仕事を遂行する

③仕事と家庭を天秤にかけたら、圧倒的に家庭が大事

とくに③は大切な意思決定でした。

仕事をしていると、つい「これは自分がやらないと……」「わたしがいないと回らないから……」と考えがちです。

子どもが赤ちゃんだった頃は、発熱で保育園から早く帰ってきてしまい、仕事にならない! ということがあり、葛藤した経験もありました。

そういうときこそ「仕事の代わりはいるけれど、家族にとってわたしの代わりはいない!」と唱えて割り切るようにし、そのぶん、自分がいつ抜けてもよいような仕組みを作ることに注力しました。

「仕事と家庭なら、家庭を優先します」と明言するだけでは、仕事への覚悟が伝わりません。しかし、代替可能な仕組みを作ることで、「この人は本気で仕事と家庭の両立を目指しているんだ」と周囲に伝わりやすくなります。

代替可能な仕組み作り、というのにはポイントがいくつかあると感じているのですが、

  • 業務を可能な限りまで分解=タスク化する
  • そのタスクの段取りを「誰がやっても同じ結果が出る」くらい平準化する
  • タスクの流れを明文化し、マニュアルにしておく

という感じで、やるべきことの解像度を上げ、その業務の本質は何かを考えたうえでやるべきことをしっかり言語化しておく。言語化しておくことの重要性は、「ほかの人にもわかる状態にしておく」ためです。この流れは、どんな業務にも転用できるのではないかと思っています。

もちろん、限られた業務時間で求められている成果を出す努力もしました。でも、自分に合っているやり方なので、苦じゃなかったんですよね。それもまたよい発見でした。

そして自分が管理職側になったとき、そうやって動く部下のありがたさを実感することになります。決められた時間で働き、成果を出す。急に担当が変わっても、業務が止まらない仕組みを作り続ける。自分を助けるための仕組みが、会社の役にも立っていたのです。

部下に「どんな働き方をしたいか」聞いてみた

その後、わたしと同じように働きながら子どもを育てる部下を持ちました。そこで、まずしたのは「あなたはどうしたい?」と聞いて、考えてみてもらうことです。

というのも、わたしは過去に「あなたは子どもを預けてまでフルタイムで働くのだから、バリキャリ志向ね!」と勝手に判断され、仕事をぎゅうぎゅうに詰められたことがありました。子どもを夫に任せて、泊まりの出張へ頻繁に出なければならなかったりと、仕事と家庭の板挟みになり、とてもつらかった経験があります。

自分が選んだわけでもないのに、相手から「よかれ」と押し付けられるのは本当につらい。でも、そうなってしまう原因のひとつに、「自分でも自分がどうしたいか分かっていない」こともあったんですね。

少し話が逸れますが、子どもを産んで家庭を運営しようとすると、本当に自分と向き合う時間は減ります。幸せな悲鳴ではありますが、それでも「わたしってどうしたいんだろう?」を自分に問いかける時間が減るというのは、とてもあやういこと。

自分に向き合わずにいると、「母親はこうあるべき」「ワーママはこうあるべき」という「べき」に沿って流されてしまい、自分の本当にやりたい方法を選ぶことが難しくなってしまいます。

自分と向き合うこと。自分がどうしたいかを考え抜いて、何かを選ぶこと。そのきっかけを与える、というのも上司が出すべき指示のひとつではないかと思うのです。

そのうえで本人がマインドも環境も「仕事に全力投球できる」のであれば、その方向で業務を調整するし、家庭を優先したいというのであっても同様です。価値観やその人の選択を尊重し、その上で業務を調整するのが管理職の仕事だと考えています。

とはいえ、「業務を調整する」と簡単に書いていますが、具体的にどんなことをするのか。

これに対する完璧な正解はまだ見つけられていないものの、現時点で思う、もっとも重要な管理職の仕事は、「何をやめるか決めること」ではないかと感じています。

仕事自体、やろうと思えば無限にできてしまう。やったほうがいいこと、やりたいこと、やるべきこともさまざまです。現場のメンバーにとっては、「あれもこれも、やることがたくさん!」という状態に陥りがちです。

そのうえで、「いま、このタイミングでやるべきこと」を意思決定し、逆に「このタイミングでやらなくていいこと」も決める。これはチームや全体のことが見えていて、進むべき方向を決める決裁権のある管理職がやる仕事ではないでしょうか。

「とにかく会話」からすべてが始まる

ここまで書いてみると、わたしが仕事も私生活も優先する「フルキャリ」なスタイルを実現できているのは、まず「自分」と会話し、「周囲」と会話することができているからだな、と感じます。

そのためには意識して会話する時間を確保することが大切。日々、忙しくしていると「自分ひとりでゆっくり考える時間なんて……」と思うかもしれません。でも、そういうときほど、少し立ち止まって「自分はどうしたい?」を自分と会話してみて欲しいのです。

もちろん、自分と会話してみて「まだ、わからない」となることもあると思います。 であれば、それをパートナーや信頼できる同僚・上司に打ち明けてみるのはどうでしょう。会社の人には話しづらい……というのであれば、外部のカウンセリングやコーチングを受けてみるのもいいかもしれません。

まず、なにしろ「他者と会話する」を始めてみてください。

人に話そうと思って話し始めると、意外と気づいていなかった自分の本心が出てくることもありますし、自分の話したことへのフィードバックというのは、他者がいないとできません

そのうえで、最終的に決めるのは自分。

理想の働き方がすぐに実現できなくても、「自分はこうしたいんだ」という軸は、きっとあなたを支える杖になってくれるのではないかと思っています。

執筆:はせおやさい/イラスト:マツナガエイコ/企画・編集:深水麻初(サイボウズ)
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「わたしの話は誰が聞いてくれるの?」感情労働のマネジャー。こころの負担をどう減らすか <![CDATA[

「メンバーの育成」「メンバーの動機付け」「メンバーのメンタルケア」など、マネジャーには些細な気配りや心配りが求められています。それはまるで、ちょっとしたカウンセラーのよう。

ひょっとしたらそれは、近年話題の心理的安全性の影響も、あるのかもしれません。

でも、マネジャーにばかり負担を強いていいのでしょうか? マネジャーもひとりの人間。いま、マネジャーに必要な支援とは?

増える「マネジャーの負担」

近年、マネジャーの負担が増えているようだ。

リクルートワークス研究所のマネジャーの仕事の変化を「感情労働」の観点から考えるによれば、2020年の調査開始以来で初めて、人事もマネジャーも、「ミドルマネジメント層の負担が過重になっている」ことが、最も優先度の高い組織課題だと指摘した。

マネジャーの負担を高めている主な要因は、「メンバーの育成・能力開発をすること」「メンバーの仕事に向けたやる気を高めること」「メンバーの心身のコンディションのケアをすること」となっており、部下に対して「“繊細な”『気配り』や“細やかな”『心配り』が求められるようになっている」という。

また、この記事でわたしがもっともうなずいたのは、現役マネジャーからの「カウンセラーみたいなことをしている」というコメントだ。というのも、わたしにも似たような経験があるからである。

まるでカウンセラーだった管理職時代

わたしには以前、20名ほどのメンバーを担う中間管理職だった時代がある。

詳しい言及は避けるが、当時、いまだったらパワハラ、モラハラと言われてもおかしくないような上位の管理職からの言動や、ストレスやプレッシャーで人を動かすマネジメントの影響で、わたしが担っていたチームは、あまりよい状態とは言えなかった。中にはうつっぽいメンバーもいた。というより、わたし自身がそういう状況だった。

「この状況をなんとかしたい」と思い、マネジメントや組織づくりに関する書籍を読みまくった。その結果「組織を変えるためには、メンバーとの関わり方を変えていく必要があるらしい」ことに気がついた。

それまでのわたしは、メンバーとそれほど積極的に関わろうとしなかった。もともと、コミュニケーションがそれほど得意ではないし、むしろ、めんどくさいと思っていた。また、思い通りにならないことがあると、「察しろよ」と言わんばかりに、あからさまに不機嫌な態度をとっていた。しかし「それではダメだ」と思った。

そこで、コーチングやカウンセリング、心理学を学んだ。学んだことを実践しようと、毎月1人30分ずつ、メンバー全員の話を聞いた。いまでいうところの1on1ミーティングだ。

また、普段の言動にも気を配った。メンバーがネガティブな事件を起こしても「正直に話してくれてありがとう。そのおかげで、おおごとにならずに済んだよ」のように、ポジティブな言動を心掛けた。

行なっていたことは、まさに「カウンセラーの振る舞い」だった。ちなみに、相手に対して心理的に前向きな働きかけをするために、自分の感情をコントロールする働き方のさまを、近年は「感情労働」というらしい。

幸いなことに、わたしのチームはその後、メンバーの変化を感じられるようになった。わたし自身、人の成長を支援する仕事の楽しさを知った。

だが、そう思えるようになるまでに2年ほどかかったし、カウンセラーのような振る舞いを実践するためには高度なコミュニケーションスキルが必要だった。

その経験からしても、現役マネジャーからの「カウンセラーみたいなことをしている」というコメントは痛いほど分かったし、感情をコントロールしながら働くさまを想像すると「きっと大変だろうなぁ」という状況が、容易に想像できたのだ。

心理的安全性を高めようとすると、管理職の心理的負担が増える?

近年「心理的安全性」という言葉をよく見聞きするようになった。ひょっとしたら心理的安全性も、マネジャーの負担を増やしているひとつの要因かもしれない。

「心理的安全性」とは、メンバーが不安や悩みを抱えたとき本音を話せるよう、また、チームの生産性を高めるために、失敗を恐れず新たなチャレンジができるよう、気軽に相談できる安心・安全な場を形成することだ。

心理的安全性を高めるためにはいくつかの手段があるが、「メンバーが何でも言えるような環境を整える」ことが基本といえる。

わたし自身、管理職時代にカウンセラーのような働きかけをしてきた経験があり、心理的安全性の大切さはよく理解できる。

だが、「メンバーが何でも言えるような環境を整える」と一言で言っても、傾聴のような振る舞いは、実際にやってみるとことのほか難しいし、変化を実感できるまでに相応の時間も掛かる。逆に、実践して上手くいかないと「オレってダメだなぁ」「なんでうまくいかないんだろう……」なんて、自分を責めたくなることもある。

つまり、「心理的安全性を高めよう」という行動が、マネジャーの心理的負担になってしまうのだ。

マネジャーがつらいのは「相談相手がいないこと」

マネジャーが負担を感じているときにつらいのは、メンバーとの関わりだけではない。本当につらいのは「相談相手がいないこと」「本音を言えないこと」だ

マネジャーは管理職という立場上、メンバーに弱みを見せにくい。

マネジャーより上位の管理職が相談にのってくれる人ならいいが、そうとは限らない。中には「メンバーをまとめるのがお前の仕事だろ」と丸投げしたり、「とにかく、頑張ってみろ」と精神論で乗り越えさせようとしたり、「俺が若い頃はな……」と自分の成功体験でマウントをとろうとする人もいる。

違う、そうじゃない。本当は本音を話したいだけなのに……。

こういった課題に対して相談窓口がある会社もあるが、実際に相談を持ちかけるのはなかなかハードルが高い。実際、僕はできなかった。

また、社外のコーチやカウンセラーに相談できなくもないが、ビジネスコーチングはまぁまぁな費用が掛かる。それを個人で支払うのは負担だ。そもそも、誰に相談したらいいのかわからないし、合いそうな人を探すのも大変だ。

その結果、マネジャーたちは誰にも相談できぬまま、過度な負担を抱え続けるのである。

マネジャーの業務的、心理的負担に対して、組織としてできることは何なのか? マネジャーの支援に対して、ここでは2つの提案をしてみたい。

マネジャーが相談できる環境をつくる

1つ目は、「マネジャーが相談できる環境をつくる」ことだ。

繰り返しとなるが、負担を抱えているときにつらいのは、「相談相手がいないこと」「本音を言えないこと」だ。

サイボウズでは、業務中に何でもざっくばらんに話ができる「ザツダン」という取り組みがある。ラフな1on1ミーティングと理解していただければいいだろう。

実際、わたしも月に1回30分、心のメンテナンスをするために上司に話を聞いてもらっている。定期的に話を聞いてもらうことで頭の中が整理でき、心理的な負担がずいぶんと軽減できている。

ただ、これには上位のマネジャーに傾聴力をはじめとしたコミュニケーション能力が必要だ。また、ミドルマネジメントのしわ寄せが、さらに上位のマネジャーに及ぶことがある。そこは注意したい。

上司だけではなく、異なる部署のメンバーにメンターの役割を担ってもらう「メンター制度」を取り入れている企業もある。

サイボウズ社内にもコーチングやキャリアコンサルタントの資格を有している社員がいるが、同じ会社でも、業務上の関係が薄い人なら本音を話しやすい場合がある。専門的なトレーニングを積んでいる社員がいれば、協力を仰いでもいいだろう。

グループウェアという「本音が言える場所」

2つ目は、「グループウェアの活用」だ。

サイボウズの多くの業務やコミュニケーションは、自社の製品でもある kintone で行なっている。以前、あるマネジャーの発言が、社員の共感を誘ったことがある。コロナ禍の出来事だ。

コロナ禍がはじまって、多くの企業がテレワークを強いられた。サイボウズもご多聞に漏れず、限られたごく一部の社員を除いて、ほぼ全員が在宅勤務となった。

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マネジャーの書き込みがあったのは、在宅勤務がはじまってしばらくしてからのことだ。詳しい内容は伏せるが、在宅勤務になり家にこもって仕事をした結果、「実はうつっぽくなっていた」ことを告白する内容だった。

この書き込みには、多くの社員からの「いいね」が寄せられた。また「わかる」「管理職がこういった発言をするのは勇気が必要だったろう」といった、共感やねぎらいの声があふれた。

こういった「マネジャーの本音」を書き込めるか否かは、オンライン上でやりとりされているコミュニケーションの雰囲気にもよるだろう。だが、マネジャーの本音に多くの社員が共感できたのは、オンラインというオープンな場での「心情の吐露だったから」だ。コミュニケーションの手段は対面だけではないことを実感した。

実は、わたしも最近、日報を書くついでに、その時々で感じている心情を意識的に吐露するようにしている。書き込みに対して「いいね」がつくと、少し癒される気分になる。

マネジャーも「ひとりの人間」

心理的安全性をはじめ、マネジメントのノウハウには、「メンバーを支えるために、マネジャーは〇〇のように接しよう」という情報が多くある。

一方、「マネジャーを支えるために、周囲の人は〇〇のように接しよう」という情報はほとんどない。なぜなら、マネジャーは「支える側」であり、「支えられる側」ではないという認識が一般的だからだ。

だが、マネジャーもひとりの人間だ。悩むこともあるし、負担を感じることもある。自分の負担が大きければ、メンバーを支援できないこともある。

そうなると、「だから、組織として考えよう」「会社として対応しよう」と言いたくなる。だが、主語が大きいと個人の行動は変わらない。職場にいるのは「組織さん」や「会社さん」ではなく、「わたし」と「あなた」だ。

時には、マネジャーの負担を想像すること。年齢や立場に関わらず、気になる人がいたら「〇〇さん、大丈夫ですか?」と声を掛けること。このように「自分ごと化」していくことが、大切なのかもしれない。

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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006195.html https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m006195.html カイシャ・組織 グループウェア コミュニケーション マネジメント マネジャー 心理的安全性 組織 Thu, 30 May 2024 08:00:00 +0900