Photo: Tero Vesalainen / Getty Images

Photo: Tero Vesalainen / Getty Images

画像ギャラリー
アトランティック(米国)

アトランティック(米国)

Text by Richard Stengel

「情報は無料ではないし、無料だったためしもない」──だが、インターネットの無料ゾーンに溢れかえる、出所不明で信頼性の低い情報を前に、「2024年の大統領選挙期間中、選挙関連報道を無償化すべきだ」と、米「タイム」誌の元編集長で、オバマ政権下で国務次官を務めたリチャード・ステンゲルは米「アトランティック」誌への寄稿で訴える。

うろ覚えのニュースや、簡単には見つからない事実、ある特定の記事を探そうとパソコンの画面に向かい、やっとお目当てのページに辿り着いた直後、画面に表示された──「半年間1ドル」、「1年目は40%オフ」、「特別オファー」、「すでに購読済みですか?」の文字──何度こんなことがあっただろう。

このとき決まって直面するのが、「カネを払うか、払わないか」というジレンマだ(当誌「アトランティック」で本記事を読もうとして、同じジレンマに直面した人もきっとおられるだろう)。これは思っているほど簡単な選択ではない。「いつでも解約可」と気の利いた表記があっても、月間・年間の契約だ。目の前のこの記事に、それだけの出費に見合う重要なことが書かれているのだろうか?

あるいは(圧倒的多数と同じく)、こう言い聞かせるかもしれない──「もう少し検索してみよう。無料で読めるサイトがあるかもしれない」

ロイター・ジャーナリズム研究所によると、米国の主要な新聞、雑誌、ジャーナルのオンライン版の75%以上が、「ペイウォール(有料コンテンツの壁)」の後ろに置かれている。では、こうした報道各社の姿勢に対し、ニュースの受け取り手である消費者はどう反応しているのだろうか。実に80%近くが、この手のペイウォールを回避し、無料で読める選択肢を探していた。

ペイウォールは情報の二重構造を生み出す。すなわち、お金を払う読者層には「信頼でき、事実に基づいた情報」が、そうでない読者層には「出所不明で信頼性の低い情報」が提供される。

要するにペイウォールは、一般市民へあまねく情報を提供するというジャーナリズムの使命の文字どおり障壁となり、一般市民の知る権利を阻害する。万人の知る権利は民主主義の根幹だ。民主主義制が問われる大統領選挙期間中に報道機関が国民への情報提供に失敗するなど、決してあってはならない話だ。

一時的ながらも手っ取り早い解決策はある。2024年の大統領選期間中、選挙報道と、有権者にとって有益なすべての情報をペイウォールの背後に隠すことをやめれば良い。(米「ワシントン・ポスト」紙が掲げたスローガンのように)民主主義は「暗闇の中」で死ぬのではない。それは「ペイウォールの背後」で死ぬのだ。


ペイウォールとフェイクニュースの関係


問題は、プロのジャーナリストが報じたニュースへのアクセスが壁に遮られるということだけではない。ペイウォールのせいで、誰でも無料でアクセスできる情報が、誤情報やニセ情報だらけになり、しかもその割合がますます増えることだ。

1995年(まだダイヤルアップ接続のインターネットだった時代)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授のユージン・ヴォロクは、「“チープスピーチ(無料のインターネットコンテンツ)”の台頭は、新しい声の受け皿となってマスメディアの民主化を促進させるにとどまらず、誤情報や陰謀論の急激な増殖を招き、マスメディアを不安定化させるだろう」と予測していた。

ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスの誤情報・ニセ情報研究の第一人者ポール・バレットは、ペイウォールと誤情報との関係についての研究は知らないと断りつつ、こう話す。

「プロのジャーナリストが真摯に取材した記事を掲載するウェブサイトでは、ペイウォールがますます一般的になりつつあります。ニュース記事を探している人がこうした壁によって門前払いされれば、当然、信頼度の低いサイトにアクセスし、結果的に誤情報やニセ情報に接する危険性は高くなります」

インターネットが普及する前、情報はタダではなかったし、それが当然だという感覚があった。新聞の売店はどこにでもあり、1部25セントで買えた。その新聞は自分一人が読むだけのものではなく、喫茶店や電車の中で読んだ後は、次に読む人のために置いていくものだった。雑誌も同じだ。

私が「タイム」誌の編集長だった頃、タイム社は毎号の「回覧購読数」を10~15、つまり購読者本人からさらに10〜15人の手に渡ると推定していた。1992年、米国内の日刊紙の総発行部数は約6000万部だったが、国内人口の拡大とは逆に、2022年の発行部数は2100万部にまで落ち込んだ。人々は情報を無料で、しかも携帯電話で即座に入手したがった。

バレットは、報道機関が収益を必要とし、過去20年間で米国内の新聞のほぼ3分の1が廃刊したことも踏まえてこう話す。「従来型のニュース報道事業が購読料収入を切望するのは理解できます。しかし、そうすることで、クリック数を稼いだり、イデオロギーを押し付けたり、あるいはその両方を目的とするフェイクニュース陣営を意図せず利している恐れがあるのです」

デジタルニュースの消費者は3通りに分類できる。第一が、複数の高級報道媒体に年間数百~数千ドルの購読料を払う少数エリートのグループ。第二が、1〜3つの報道媒体を購読するやや大きなグループ。そして第三に、情報に対価を払わない、もしくは払えない、約80%の米国人。

3つ目のグループのかなりの部分が、研究者が「受動的なニュース消費者」と呼ぶ人々だ。彼らは自ら情報を探さず、SNSや友人、空港のテレビなどから流れてくる情報をただ受け取るだけだ。信頼できる情報をペイウォールの背後に隠すのは、彼らのような受動的なニュース消費者が粗悪な情報を受け取る危険性を高める。

ウェブニュース最初期における失策


ソーシャルメディアの短い歴史においても、ペイウォールは良質な情報を得るハードルとして早くから登場していたが、現在はそこにもっと危険な問題が新しく加わっている。

米「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、1996年に「厳格な」ペイウォール制を導入した。英紙「フィナンシャル・タイムズ」は2002年に正式導入。2011年に購読プランとペイウォールを導入した米「ニューヨーク・タイムズ」など、他のメディアも実験的導入に踏み切った。

2000年、私がタイム誌オンライン版の編集長だった当時、ウォール・ストリート・ジャーナルのような“必要不可欠な”出版物ならばコンテンツへの課金に値するが、タイムのような“あればなお良し”的な出版物はそうはいかない、というのが定説だった。人々は無料の情報を求め、私たちはそれを提供した。そして「情報はタダ」という考え方が定着した。

言うまでもなく、新聞社は経費を賄う必要があり、ジャーナリストは報酬を得る必要がある。新聞などの出版メディアは伝統的に、購読料、広告、ニューススタンド(売店)販売が収益の3本柱だったが、ニューススタンド経由の販売はあらかた消えた。

インターネットはバーチャルなニューススタンドになるはずだったが、発行号や記事を個別に購入するのはほぼ不可能だ。読者にニュース記事の購入を抵抗なく可能にするマイクロペイメント(少額決済)制度を導入しそこなったのは、ウェブニュースメディアの最初期における最大級の失策と言える。それでも一部出版物に関しては、マイクロペイメントの導入を試みるのはやはり賢明な方法かもしれない。


メタがニュースを軽視するわけ


個人的に、米国人のメディア信頼度がかつてなく低下した理由の一端はペイウォールにあると言いたい。最近のギャラップ世論調査では、ニュース報道の公正さや正確さを、「まあまあ」あるいは「大いに」信頼すると回答した米国人は3人に1人もいなかった。

こうした米国人の大半が、メディアは偏向しているとみなしている。無理もない。メディアが偏向していると考える理由の一つは、公正、正確で偏っていないニュースのほとんどが有料の壁の向こうにあるのだから。

いっぽう、無料ニュースのほうは公正、正確、偏りのないものである必要はない。ニセ情報発信者、陰謀論者、ロシアや中国のトロールファーム(情報操作などを目的とした人海戦術をおこなう組織)は、ファクトチェッカーや名誉毀損担当弁護士、校正担当者を雇わない。

無料ニュースを取り巻く現下の問題の一端は、無料ニュース最大の流通先であるプラットフォーマー(註:オンライン上のサービス基盤「プラットフォーム」を提供している業者)が、ニュースを軽視する姿勢にもある。

メタは長らく、フェイスブック上でニュースを提供する報道各社と折り合いが悪かった。「CNN」によると、同社は過去1年間でニュース配信のアルゴリズムを変更し、ニュース配信元の一部は参照トラフィックの30~40%を失った(他の配信元はそれ以上)。メタがXの対抗サービスとして開始した「Threads(スレッズ)」では、プラットフォーム上のニュースや政治思想を「助長するようなことはいっさいしない」と、部門責任者のアダム・モッセーリは言う。

プラットフォーマーは報道ではなく、エンゲージメントが商売。ニュースは、ダンス動画やチョコレートチップクッキーのレシピ、広く耳目を集める陰謀論ほどにはエンゲージメントに貢献しない。これが彼らの理屈だ。
残り: 2664文字 / 全文 : 6821文字
無料会員になると記事のつづきが読めます。

さらに有料会員になると、すべての記事が読み放題!

無料登録で「特典」を利用しよう

無料会員に登録すると、毎月2本まで

プレミアム会員限定記事が読めます。

プレミアム会員について詳しく見る

オススメのプレミアム記事

読者のコメント 0
コメントを投稿するには会員登録が必要です。
クーリエのプレミアム会員になろう クーリエのプレミアム会員になろう
アトランティック(米国)

アトランティック(米国)

おすすめの記事

loading

表示するデータはありません。

注目の特集はこちら

loading
    • {{ item.type }}
    • UPDATE

    {{ item.title }}

    {{ item.update_date }}更新 [{{ item.count }}記事]

表示するデータはありません。