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フィナンシャル・タイムズ(英国)

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Text by Christian Davies

かつて「漢江の奇跡」とまで言われた韓国経済の失速が著しい。製造業への依存や財閥支配といった過去の成長モデルから脱却できないからだと、英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」が報じている。そんななか、韓国政府はAI特需を見込んでソウル郊外に巨大な半導体集積地を築こうとしてるが……。

世界最大規模の半導体クラスター


ソウルから南に40キロ離れた龍仁(ヨンイン)市郊外では、韓国の大統領が世界的な「半導体戦争」と呼ぶ状況に備えて、無数の掘削機が準備を進めている。

掘削機は1日に4万立方メートルもの土砂を運びだし、山を真っ二つに切り崩しながら、新たな半導体クラスター(集積地)の土台を築いている。その一角には、世界最大規模の3階建て製造工場も建設される予定だ。

半導体メーカーのSKハイニックスが910億ドル(約14兆円)を投じて建設したこの1000エーカーの製造拠点は、サムスン電子による300兆ウォン(約34兆円)の投資を含む総額4710億ドル(約74兆円)規模の「半導体メガクラスター」の一部に過ぎない。

この開発は、主力の輸出産業がアジアや欧米のライバル国に奪われるのではないかという不安が高まるなか、政府主導で進められている。

「我々はSKハイニックスと力を合わせ、韓国企業が国際的な半導体クラスター競争で遅れを取らないよう全力で支援します」と、韓国の安徳根(アン・ドクグン)産業通商資源相は3月、龍仁工場で開かれた会合でSKハイニックスの幹部に語った。

業界の専門家の大多数は、韓国の半導体メーカーが最先端のメモリーチップ市場で技術的優位性を維持し、今後、爆発的な成長が見込まれるAI関連ハードウェア需要に対応するためにも、龍仁工場への投資は不可欠だと考えている。

一方で、エコノミストたちは、製造業と大手企業という従来型の成長ドライバーへの投資を強化しようという政府の決断は、すでに行き詰まりつつある経済モデルを改革する意思や能力がないことの表れではないかと危惧している。

日本の「模倣」で追いついた経済モデル


韓国は1970~2022年まで平均6.4%の経済成長を遂げてきたが、韓国銀行(中央銀行)は昨年、2020年代の成長率は平均2.1%、2030年代は0.6%に鈍化し、2040年代にはマイナス0.1%の縮小に転じると警鐘を鳴らした。

従来の成長モデルの柱である安価なエネルギーや労働力にも限界がきている。国営の韓国電力公社は、国内の製造メーカーに多額の補助金付きの産業用料金を提供してきたが、いまや1500億ドルもの巨額債務を抱えている。

OECD加盟国38ヵ国のなかで、韓国よりも労働生産性が低い国は、ギリシャ、チリ、メキシコ、コロンビアだけだ。

ソウル大学校行政大学院の経済学教授であるパク・サンインは、韓国は米国や日本で発明された半導体やリチウムイオン電池などの既存技術を商品化するのは得意だが、新たな基盤技術を開発する能力に欠け、中国などのライバル国が技術革新の差を縮めるにつれて、この弱点が露呈しつつあると指摘する。

「外から見ると、韓国は非常に活気に満ちた国に映るでしょう。ですが、模倣を通じて先進国に追いつくことをベースにした経済構造は、1970年代から根本的に変わっていないのです」とパクは言う。

少子化による人口危機も、将来の経済成長に対する懸念を強めている。韓国保健社会研究院によると、2050年には労働年齢人口が35%近く減少する見込みで、国内総生産(GDP)は2022年比で28%減少する可能性があるという。

「過去の成長モデルに固執すれば、韓国経済は大きな困難に直面するでしょう」と、崔相穆(チェ・サンモク)経済副首相兼企画財政相は4月初め、本紙に語っている。

一部には、世界的なAIブームが韓国の半導体産業、ひいては韓国経済全体を救い、生産性や人口問題に解決策をもたらすと期待する声もある。

だが懐疑論者らは、韓国が出生率の急落、時代遅れのエネルギー部門、低迷する資本市場など、さまざまな課題に取り組んできた実績が乏しいと指摘する。

近い将来、この状況が改善される見込みは薄い。韓国の政治は、左派が支配する議会と支持率の低い保守系政権の間で分裂している。4月に実施された総選挙で左派政党が勝利したことで、2027年の次期大統領選挙まで3年以上ねじれ状態が続く見通しとなった。

「韓国産業界は旧モデルからの脱却に苦戦しています」と語るのは、2022年まで産業通商資源省の通商交渉本部長を務めていた呂翰九(ヨ・ハング)だ。「次に何をすべきか、見出せていないのです」



「漢江の奇跡」からの転落


経済学者によれば、「旧モデル」の改革が難しい理由のひとつは、それがあまりにも成功を収めたからだという。

韓国の国家主導型資本主義の功績は、貧しい農耕社会を半世紀足らずで技術大国へと躍進させたことで、「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれている。2018年には、韓国の一人当たりGDP(購買力平価ベース)が、かつての宗主国である日本を上回った。

コンサルティング企業マッキンゼーのソウルオフィスで執行パートナーを務めるソン・スンホンは、韓国は2度の大きな飛躍を遂げたと語る。

1度目は1960年~1980年代にかけて、日用品の生産から石油化学や重工業へと移行した時期。2度目は1980~2000年代にかけて、ハイテク製造業へと移行した時期だ。

だが2005~2022年の間に、韓国の輸出品目トップ10に新しく入ったのは液晶ディスプレイだけだった。さらに、重要技術分野における韓国の優位性も低下している。2012年には韓国政府が選定した120件の重点技術のうち36件で世界トップの座にあったが、2020年にはわずか4件にまで減少した。

前出のパク教授は、現在、韓国の主要な財閥(チェボル)の多くは創業家の3代目が経営しており、ハングリー精神から生まれた「成長マインド」から、現状に満足する「既得権益マインド」へと移行してしまったと指摘する。

パクによると、現在の韓国の経済モデルは2011年に頂点に達したという。その背景には、10年にわたる中国の台頭と世界的なITブームに伴う需要の急増、そしてサムスンやLGによる巨額投資があった。

これらの企業は日本企業から世界のディスプレイ市場の覇権を奪取するために巨額を投じ、韓国の技術輸出を牽引した。

だがその後、中国のハイテク企業が最先端の半導体を除くほぼすべての分野で韓国の競合企業に追いつき、かつて顧客やサプライヤーだった中国企業はライバルと化した。

ほんの数年前まで世界のディスプレイ市場を席巻していたサムスンとLGは、いまや生き残りをかけた闘いを繰り広げている。
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