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ノエマ・マガジン(米国)

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Text by Jacob Baynham

長きにわたり忘れられていた、ドイツの経済学者シルビオ・ゲゼル。彼は「お金に使用期限があればよりよい世界になる」という説を主張した。独学で経済を学んだゲゼルの「自由貨幣」理論には経済学者ジョン・メイナード・ケインズや建築家フランク・ロイド・ライトなども賛同を示している。

果たしてゲゼルはアナーキストの変人か、それとも未来の預言者なのか──現代の資本主義の制度疲労が叫ばれるいま、米誌「ノエマ・マガジン」の長編論考をもとにこれからの経済のあり方を再考しよう。

そもそもお金とは何なのか?


お金の歴史は、経済学者ジェイコブ・ゴールドスタインが著書『貨幣 その誕生の真実』 (未邦訳)のなかで述べるとおり、「義務の概念と気まぐれな論理」から成り立っている。お金が発明される前、人々は物々交換に頼っていたがこれは非常に不便なシステムだった。ゴールドスタインいわく、「お互いの需要が一致」しなければ、交換は成り立たないからだ。私が小麦を持っていて、あなたが肉を持っているとしよう。私たちが交換を成立させるためには、私がちょうど肉を求めていて、あなたもちょうど小麦を求めていなくてはならない。これはこのうえなく効率が悪い。

価値と価値の交換は、世界中のあらゆる文化において存在する。たとえば結婚、殺人罪に対する刑罰、そして生贄(いけにえ)。こうした交換で使われたのは、子安貝、マッコウクジラの歯、長い牙を持つブタなどだ。これらの品物は、お金の持つ2つの大きな役割を果たしていた。

1 交換に使われる品物が会計単位として機能する(価値を測るための基準になる)
2 貯蓄できる価値として機能する(蓄えておき、あとで利用することができる)


ところが物々交換の持つ欠陥により、3つ目の機能は果たせていなかった。

3 交換行為の媒体として機能する(互いにとって平等な価値を持つ資源になる)

この3つの機能をすべて兼ね備えたお金が生まれたのは、紀元前600年ごろのリディア(現在のトルコに位置する王国)だった。貨幣の歴史を調べる研究者たちによれば、金と銀を混ぜ、表面にライオンを刻印したリディアのコインこそ、世界初の通貨である。コインというアイデアはギリシャに伝わり、ギリシャの人々はアゴラと呼ばれる広場で品物をコインと交換するようになった。

お金はまたたく間に伝統的な労働のあり方を変えた。お金が誕生してから、労働者は富裕層の邸宅に何年も住み込み、衣食住を見返りに働かなくてもよくなった。彼らは、短時間の労働でお金を手に入れられるようになった。こうして労働者たちは劣悪な環境から解放されたが、同時にお金が必要なときに仕事が見つからないというデメリットも生まれた。

商業とは「搾取」


お金という概念に疑念を抱いたのがアリストテレスだ。彼は、ギリシャの人々がコインを求めるあまり、人間として大切な何かを失うのではないかと感じていた。お金の誕生により、富は労働や独創的なアイデアによって得られるだけでなく、突如として、狡猾な行為によっても得られるものになってしまったからだ。

「汝(なんじ)自身を知れ」の格言で知られる哲学者のタレスは、ある年にギリシャでオリーブが豊作になるだろうと予想した。そこで彼は島のすべての搾油機をあらかじめ借りておき、オリーブの収穫時期に貸し出すことで財を成した。現代の私たちから見れば、タレスにはビジネスの才覚があると思うだろう。だがアリストテレスは、これを「不自然」だと批判した。

お金を使った商業に不信感をおぼえたのはアリストテレスだけではなかった。ギリシャ神話のヘルメスは、商人の神であると同時に泥棒の神でもあった。聖書では、キリストがエルサレムの神殿のなかで、両替商と商人たちのテーブルをひっくり返したエピソードが伝えられている。古代の社会では(現代でもそうだが)、商業は搾取を暗示していたのだ。

貨幣が示せない営みのほうが大きい


インカ帝国のようにお金を介在させずに文化を築いた国家もあった。それでもなお、お金という概念は世界に広まっていった。995年、中国の四川省で紙幣が導入された。鉄製のコインで支払いを済ませた客に対し、成都の商人たちがしゃれた領収書を渡したのが始まりだった。これまでのコインに比べ、紙幣は軽くて持ち運びやすいため、長距離を移動して広範囲で商売ができるようになった。

発展するにつれ、お金はシンボルとしての一面を強めていった。初期の紙幣は借用証書としての機能も持っていて、さまざまな値段の金属製コインと交換することができた。だが13世紀後半、モンゴル帝国の皇帝フビライ・ハンが、不換紙幣である中統鈔(ちゅうとうしょう)を発行した。皇帝が「これが通貨だ」と言えば、人々は認めざるを得ない。それから現在にいたるまで株式市場や中央銀行、そして暗号通貨の登場によって、お金はめざましい飛躍を遂げてきた。

今日、およそ2兆3400億ドル(約340兆円)の米国通貨が世界中で流通しており、その半分が米国外で流通している。これは、米国の国内総生産のわずか10%にすぎない。米国の全銀行の預金額は約17兆ドル(約2500兆円)だ。一方、非貨幣性資産も合わせた国内の富の合計は実際に利用できる国内の現金総額の63倍にものぼる。このギャップはまるで、宇宙におけるダークマターのような存在だ。

先進国の人々にとってお金は、銀行のパソコン上に並ぶデータだ。お金は抽象的で、そしてばかげている。お金は信用をめぐるシステムであり、言語であり、社会的な契約である。お金は信頼の証である。だが、そのルールははっきりとは示されていない。

「これは、お金に常についてまわる問題だ」とゴールドスタインは書いている。

「その形式がどんなものであれ、人々はそれぞれの時代においてのお金が自然なあり方だと考えてきた。それ以外のお金のあり方など、無責任でありえないものに見えるだろう」


お金も腐るべきだ


1世紀以上前、ベジタリアンで自由恋愛主義者のドイツ人起業家がいた。独学の経済学者でもあった彼の名は、シルビオ・ゲゼル。ゲゼルは、私たちにとって当たり前の通貨システムを大改革する案を提唱した。

ゲゼルによれば、私たちが使っている通貨は、交換のツールとして不充分だという。いくら市場が対等な交換だと認めていても、ポケットいっぱいのお金を持っている人が、農産物でいっぱいの袋を持っている人と同じ財産を持っているとは限らないというのが、ゲゼルの論理だ。

ゲゼルはその独創的な著書『自然的経済秩序』のなかで、次のように書いている。

「新聞をにぎわせた話題のように旬を過ぎ、ジャガイモのように腐り、鉄のように錆び、エーテルのように蒸発する通貨だけが、新聞やジャガイモ、鉄やエーテルといった品物の交換を成立させることができる」(続く)

20世紀の経済学を代表するジョン・メイナード・ケインズは「未来の社会は、マルクスよりもゲゼルの思想から多くのことを学ぶに違いない」と述べた。

続編では、ゲゼルがお金の価値が時間と共に下がる「自由貨幣」理論に至った体験に迫る。



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