Photo by Tim Clayton/Corbis via Getty Images

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ガーディアン(英国)

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Text by Jonathan Liew

テニスの大坂なおみ選手の会見ボイコットと全仏オープン棄権を受け、英紙「ガーディアン」のスポーツジャーナリストが自省も込めて綴る。低俗な質問で若い選手を餌食にする記者会見の問題点、それを直視せずに大坂を非難する旧態依然としたメディアは自滅へと突き進む──。

大坂の表明には共感しかなかった


かつて、まだ世の中で物事がいろいろ起きていた頃のことだ。エミレーツ・スタジアムでのアーセナルの記者会見の常連なら誰でも知る「最初の質問をする男」という謎の人物がいた。略称は「さし男」。

さし男がどこのメディアの人間なのかはついに誰にもわからず、そもそも記者だったのかどうかもあやしかった。その男の唯一の才能は、才能と称していいのかどうかもわからないが、とにかく一番前の席に陣取り、最初の質問を放つことだった。ほかの人がまだ着席しないうちに、質問が大声で切り出されるのが通例だった。

さし男がなぜそんなことをするのかは不明だった。エゴの問題ではなさそうだった。この人の本名を知る人に会ったためしがないからだ。かといって、それは、いわゆる「通の質問」でもなかった。それどころか、質問の大半は事実上の意見表明だった。世界中の記者会見で愛用される、あの陳腐な常套句ばかりを並べたてるのだ。

「アーセン、今日の勝利の喜びの気持ちをお聞かせください」「ウナイ、この勝ち点1は価値ある勝ち点1のように思えます」「ミケル、厳しい試合でした。いまの思いをお聞かせください」

女子テニス世界ランク2位の大坂なおみが全仏オープンでの記者会見ボイコットを発表し、自分のメンタルヘルスを維持しようとしたとき、私の脳裏に自然と浮かんできたのが、このさし男だった。

記者として、幾千ものこの種の中身のないお勤めに同座し、その過程で幾度となくこの世の終わりに思いを馳せた者として言わせてもらうなら、私の最初の反応は共感しかなかった。ところが世間では、意外にも非難と激高の大合唱なのである。どうやら大坂の発表は、強烈な反感を買ったようなのだ。

一部の人にとって記者会見は神聖なる生きがいだったわけだ。たとえ自分たちの命を失っても、アスリートに「今日、あの瞬間はどんな気持ちだったのですか」と質問できる機会だけは絶対に守り抜くぞ、と言わんばかりに。



「お高くとまったプリンセス」?


5月31日夜、大会側から罰金を科され、出場停止処分の可能性を示唆されたあと、大坂は全仏を棄権すると発表した。

この間、プリントメディアは彼女に対して軽蔑的な論調一色である。そう、私たちが伝統的に、世の中の行動の規範を最もよく判断してくれると見なしているメディアのことだ。

ある新聞のコラムニストは大坂を「お高くとまったプリンセス」と書いた。ほかには、より抑えたトーンで、アスリートにとってメディアと向き合うのは仕事の一部であり、それを完全にやめるという大坂は「危険な前例」を作ったと指摘する記者たちもいた。

ここで、いったい何がどういう意味で「危険」だと言っているのか、考えてみるべきだ。
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