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Photo: Bob Riha Jr / WireImage

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ローレンス・レビー

ローレンス・レビー

Text by Lawrence Levy

スティーブ・ジョブズからの突然の電話を受けて、まだ無名の存在だったピクサーの経営陣に加わるべきかを悩んでいたローレンス・レビーは、自分の直感を信じて入社を決意する。

用意されたポストは最高財務責任者。CEOのスティーブ・ジョブズ、最高技術責任者のエド・キャットムルとの3人で社長室も新設することになった。だが、ピクサーに入社して待っていたのは想像とは違う周囲の態度だった──。


ピクサーには1995年2月に着任した。スティーブからなにをしろという具体的な指示はなし。エドが出迎えてくれて、最初の2~3日、社内を案内しては中核メンバーを紹介したり私の役割を説明したりしてくれた。

みな、温かく迎えてくれ、「歓迎しますよ。困ったことがあったら言ってください」みたいなことをあちこちで言われた。ただ、どうもしっくりこないものがある。みな、愛想もよければ礼儀正しくもあるのだが、なんとなく距離を置かれている気がするのだ。

最高財務責任者を得たのに盛りあがらないというか、受け入れの努力もあまりないように感じる。お昼を一緒にという誘いもあまりないし、カレンダーの予定もぜんぜん増えない。別に鳴り物入りの大歓迎を期待していたわけではないが、これはさすがに平常運転にすぎるだろう。

前回の転職時、私のカレンダーはすぐに予定でいっぱいになった。私に早くなじんでほしいとみなが思ってくれたからだ。だがピクサーでは、警戒されているように感じる。なぜだろう。

理由はじきにわかった。きっかけはパム・カーウィン。バイスプレジデントで、社内のさまざまな業務を統括している女性だ。人当たりがよくて思いやりがあり、同時に、鋭い。年齢は私のちょっと上で40代前半、赤毛が目を引く。物腰が柔らかく、彼女の回りはいつもなごやかである。同時に、ピクサーを守るためならなりふり構わない面もある。

執務室は私のところからすぐ。彼女は、私と会って状況をいろいろと教えてくれた数少ないひとりである。

「うらやましいとは思いませんね。あなたは、ご自分の立場がおわかりになっていないのではないでしょうか」

あいさつがすむと、パムはずばっと本題に入った。

「立場って?」

「あなたはスティーブ派でしょう?」

なにを言われたのかわからなかった。不思議そうな顔をしていたはずだ。

「ピクサーとスティーブは、いろいろとあったんですよ。あまりよくない話が。まだご存じないと思いますけど、みんな、スティーブにびくびくしながら働いているんです」

「というと?」

「スティーブはピクサーのなんたるかがわかっていません。ここは芸術系のクリエイティブな場なんです。みんな家族的で、仲間を大事にします。トップダウンも似合いません。ここにいる人は、みんなそれぞれ自分の意見を持っていますからね」

ピクサーの文化を知ることができるのはありがたかったが、このときは、それよりもスティーブに対するパムの感情の激しさが気になった。

「スティーブはオーナーだけど、でも仲間じゃない。評価されていない、認められていないって昔っから感じるんですよね。そんなだから、彼がもっと近づいたらピクサーはだめになる、我々の文化が壊されてしまうとみんな心配しています。そこに、あなたが送りこまれてきたわけです。我々をむちでまとめるために」

最後は、ある意味、そのとおりだ。私はピクサーを立て直しに来たわけで、変化を生みだすのが仕事だと言えば言える。

「まだあります。彼は約束を破った。だから、みんな、怒ってます」

「約束?」

「ストックオプションですよ。約束したのに、結局、実現してなくて。それをどうにかするのもあなたの仕事かもしれませんけど、ともかく、放置が1日伸びるたび、みんなの目がどんどん厳しくなってますよ。ほんの少しでもピクサーが自分のものになる日を何年も前から楽しみにしてきたんですから。

ほかの会社に行った友だちはみんなそれなりのものを手にしています。それだけに、ピクサー社員はいらいらが募るんです。おれたちはいいように使われるだけかって。みんなの信頼を勝ちとるのは容易じゃないと思いますよ」

これは厳しい。いまいち歓迎されていない感じだったのも当然だと言える。

スティーブ・ジョブズを「あいつ」呼ばわり


現実は、この程度ではなかった。どこに行ってもスティーブに対する憎しみをぶつけられるのだ。特に古参社員のうらみは相当なものだった。「あいつを近づけるんじゃねーぞ」とまで言われたこともある。この言葉は忘れられない。「あいつ」呼ばわりされるとは、スティーブはなにをやったんだ?

こんな驚きはほしくなかった。スティーブについて感じていた不安は当たっていたのかもしれない。そもそも、ピクサーの仕事についてはいろいろと疑念があったのだ。スティーブとの関係はとりあえずよかったが、彼が気まぐれであることは有名で、転職はやめたほうがいいとどの友だちにも言われていた。

もっと問題なこともあった。会社そのものだ。ピクサーは10年前からあるのに成果がほとんどあがっていないどころか、スティーブでさえ、毎年垂れ流される何百万ドルもの赤字を穴埋めするのはいいかげんやめたいと言うだけで、どういう会社にしたいのかはっきり語れない状況なのだ。

このあたりは、わかっていて取ったリスクだ。そこに「スティーブ派」といういらん荷物まで背負わされた格好である。秘密の任務など請けおっていないというのに。私には予断も偏見もない。

だが、そんなことを言っても始まらない。予想以上に孤立せざるをえないようだ。シリコンバレーから遠いなとは思っていたが、そんな程度の話ではなく、どこか違う星のような感じだ。住人は親切だが、私を仲間として扱うつもりはない。放っておいてもらえればいいほうで、下手すれば疑いの目で見られるのだ。

最初はとまどってしまったが、少し落ちつくと、この状況を逆手に取れないかと考えるようになった。疑いを避けるには、ああやっぱりと思われるようなことをしないのが一番だ。放っておいてもらえるなら、周りの目にわずらわされることなく好きにできる。ひそかに惑星ピクサーを探索することだってできるだろう。

スティーブには、拙速は避けたい、まずは1~2ヵ月かけて会社をじっくり理解したいと連絡した。いい顔はされなかった。毎月の赤字補填を早くなんとかしてくれというわけだ。

「それは最優先で考えています。でも、どうやればいいのか、方法をみつけるには時間がかかるのです」

こう訴え、なんとか了解を取りつけた。

幹部一人ひとりに対し、しばらくくっついて歩いてもいいか、会議も、参加するわけではないが同席させてほしい、なにをしているのか質問もさせてほしいと頼むことにした。部下と話をさせてほしいともお願いした。

管理職というのは、普通、ほかの管理職に首を突っこまれるのを嫌う。私は転職してきたばかりだったおかげで、少なくとも当面はそういう反発を受けずにすむ立場にあった。みな、了承してくれた。

最初は、あてもなくうろうろすることから始めた。ソフトウェアエンジニア、制作経理、技術監督、絵コンテアーティストなど、あちこちの人に、なにをしているのか尋ねて歩いたのだ。

すると、すぐ、コンピューターアニメーションの制作がとても複雑な作業であることがわかった。ワイヤーフレームのコンピューターモデルとして描かれた『トイ・ストーリー』のキャラクターに命を吹き込むのがアニメーターの仕事なのだが、これは神経をすり減らす作業である。キャラクター各部を1秒24フレーム、フレームごとに少しずつ動かしていくのだ。考えただけで気が遠くなりそうだ。

たとえ1秒間でも、歩いたり食べたり、しゃべったり、遊んだりすると、体の部位をどれほど多く動かすことになるのか、考えてみてほしい。しかも、空間的・時間的に各部が協調するよう動かさなければならない。でも、これ以外、キャラクターに命を吹き込む方法はない。芸術的な技にも驚かされた。目や口の動きをちょっと変えただけで、シーン全体の雰囲気ががらりと変わるのだ。

当時のピクサーを支えていた「4つの柱」


いろいろと会議にも参加した。プロダクションの会議。営業の会議。技術的な会議。どの会議もじっと聞くだけだ。いや、よくわからないことを黄色いメモ帳に書きとめていた。たくさん、だ。コンピューターアニメーションの世界にもジャーゴンがたくさんある。そういうジャーゴンも、ピクサーの事業と同じように学ぶ必要があった。

だんだんとやり方は固まっていった。ピクサーの事業は、レンダーマンソフトウェア、コマーシャルアニメーション、短編アニメーション、そして、『トイ・ストーリー』というコードネームの長編映画と4本の柱がある。特許もいくつか所有しており、イメージング用コンピューターの製造販売を試みた時期もある(1991年にあきらめた)。

商売になる戦略があるとすれば、このあたりのどれか、あるいはその組み合わせになるはずだ。だから、それぞれについて詳しくならなければならない。手始めはレンダーマンだ。何年も販売してきたソフトウェアパッケージで、ピクサーが誇りとする製品である。

レンダーマンとは、写真に引けを取らない画質のコンピューターイメージを生成するプログラムである。色、光、影の描写というコンピューターアニメーションにおける大問題を写真や実写映像に匹敵するレベルで解決できる。『ジュラシック・パーク』の恐竜、『ターミネーター2』のサイボーグ、『フォレスト・ガンプ/一期一会』の特殊効果など、話題のシーンを生成したのがレンダーマンで、業界で高く評価されている。

1993年には、アカデミー賞の科学技術賞にも輝いた。これはピクサーが大きな誇りとする成果で、授与されたオスカー像は来訪者の目にとまるよう入口ロビーに飾られている。開発はエド・キャットムル、ローレン・カーペンター、トム・ポーター、トニー・アポダカ、ダーウィン・ピーチェイで全員がピクサーにとどまっている。彼らは、コンピューターグラフィックス世界の権威として、ピクサーはもちろん、この世界で尊敬を集める存在である。

レンダーマンには、特筆すべき点がもうひとつある。収益源なのだ。統括しているのはパム・カーウィン。スティーブについて注意をうながしてくれた女性だ。

「この製品は消費者向けじゃありません。特殊効果の制作会社、広告代理店、制作会社、映画の撮影所など、プロフェッショナルがコンピューターアニメーションでハイエンドの特殊効果を生みだすところで使われています」

こう説明してくれたパムに尋ねた。

「顧客は何社くらいあるのでしょうか」

「このレベルの仕事を定期的にしている大手スタジオは、50社前後でしょうか」
 
50社──ショックな数字だ。50社しか顧客と言えるところがないのか。ずいぶんと小さな市場だ。

「映画用の特殊効果では、たくさんのレンダーマンが使われます。あるいは、まったく使われないか、です。なので、売れる年は売れますが、売れない年は売れません。レンダーマンが使われるのは、予算が潤沢にある映画か、なにがなんでも訴えたいことがある一部コマーシャルだけです。それ以外は、費用がかかりすぎるので使われません」

「販売価格はどのくらい?」

「約3000ドルですね」

ざっと計算してみた。売れる年には、1000本くらい売れる。1本3000ドルとすれば全部で300万ドルだ。毎週オーナーがポケットマネーで経費を補填している会社にとってこれは大金である。だが、成長と株式公開を狙うには、はした金と言わざるをえない。ちょっとやそっと増えたくらいではだめ。せめてこの10倍は売れてくれないと困る。

だが、それが不可能であることは明らかだ。顧客が足りない。市場を広げる努力はすでにされていた。そのあたり、パムに抜かりはないのだ。だが、需要がないのではどうにもならない。結局、レンダーマンは、年によって多少上下しつつ、いまぐらいの状態を保てれば御の字というところだろう。

実は、前の会社でも似たようなことを経験している。画期的なイメージ処理ソフトウェアを開発し、業界で賞も獲得したが、発売してみたら市場が想定よりずっと小さかったのだ。事業を打ち切るようCEOのエフィを説得するのは私の役目だった。

同じことをピクサーでもしなければならないのだろうか。レンダーマンはアカデミー賞を獲得した業界トップのソフトウェアかもしれないが、戦略的に考えれば、道楽のレベルであって事業として成立し得ないと言うしかない。

私が欲しかったのは、もちろん、そんな結論ではない。私は、押しよせる赤字をなんとかするために雇われたのに、最初に考えたのが、多少なりとも売れている製品を切り捨てるべきかもなんて。あわててスティーブに進言することはない。


※ この記事は『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』からの抜粋です。

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