ハイデガーにおける論理学と形而上学2(1/3)

先方ではすでに総括宣言みたいななにかが出ておりますが(微苦笑)。


「なぜ何事も無いのでは無く、むしろ碌でも無いことが有るのか」 とかについて考えてみたりするといいんじゃないですかね(誰かが
まぁそれはそれといたしまして。このエントリでは、私の前エントリに対して コメント欄にて蒼龍先生にいただいたコメントのいくつかに お応えしますよ。

【コメント1】deepbluedragon 2008/12/22 00:20

[...] 厳密な哲学史の用語としては確かに問題がありますが、デリダでさえ否定神学を特殊な意味で使っているのに、私がそうしてはいけないというのは厳しすぎると思います。アウグスティヌスと新プラトン主義との微妙な関係とか、中世哲学における底流としての新プラトン主義とか、その辺りを考慮すれば無茶苦茶と言うほどではないと思います。

【コメント2】deepbluedragon 2008/12/22 16:24

contractio さんの指摘には正しいところ(ハイデガーは科学と技術の差異を無視しているなんて確かにありえない)もありますが、コメントでの反応を見るとどうもどう弁明しても泥沼そうなのでやめてきます。誤りの指摘をするのは自由ですが(不毛そうなので)多分もう応答しません。読者で勝手に判断してください。
ハイデガーには反基礎付け主義の側面もあるんじゃないのか と思いますが、まるでハイデガーが新しい形而上学(新しく創案された「存在論的カテゴリー」)を作り上げるのが目的であったかのような意見にはついていけません。私が言及してもない基礎存在論の話を大事そうにしながらコメントでは基礎作業にすぎないと話をずらす し、ハイデガーを文脈主義者であるかのように解釈する(一般的とは思えない解釈だ)とか、時間に関する話の側面は無視する とか、もうどうでもいいです。ハイデガーをエスノメソドロジストにしたいなら勝手にそうしてください。

【コメント3】deepbluedragon 2008/12/23 02:42

何度か見直してやっと気づいたけど、「12.(現前の)形而上学としての否定神学」の部分って別に私への反論になってないじゃん。「カテゴリー論と否定神学は、同じ穴の狢である」ことは私の議論でも述べられていることだし。反論だと思い込んで読んでいたからなかなか気づかなかった。先入見って恐ろしい!カテゴリー論と否定神学が同じ穴の狢であるから最終的に形而上学批判は不毛に陥る っていってるんじゃないのか自分って。そう思って読むと、『「否定神学」的主張を「形而上学」の名の下に行う』ってのも私が論じている話と同じだし。前半は否定神学という呼称の問題以外は別に反論になっていないとやっと分かった。
こっちのいいたいこともさっぱり伝わっていなかったんじゃん、おいおい♪


これらに対し、3(+1)つのエントリでお応えします:

続きを読む

ハイデガーにおける論理学と形而上学2(2/3)

蒼龍先生へのお返事、続きです。

このエントリでは、このあたりについて:

【コメント2】
  • まるでハイデガーが新しい形而上学(新しく創案された「存在論的カテゴリー」)を作り上げるのが目的であったかのような意見にはついていけません。
  • 私が言及してもない基礎存在論の話を大事そうにしながらコメントでは基礎作業にすぎないと話をずらす し、

2-2 ハイデガーの形而上学期について

続きを読む

ハイデガー拾遺


先方のコメント欄で面白いことを言っている人がいるので曝しアゲておきますよ。
http://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/20081225/p1#c

deepbluedragon 2008/12/25 15:26

後からアレ?と思って「いかなる形而上学からも逃れることはできない」に書き換えてみたのだが、それでもどうもしっくりこない。なんか「少なくともひとつから逃れることができない」なのか「すべてから逃れることができない」なのかいまいち分かりにくい気がしてきた。ここではもちろん後者なんて馬鹿なことはなくて前者を意図してます。あぁ、なんかこれってなんか形式意味論の議論で見たことある気がする。でも、解説書けるほど形式意味論に私は詳しくないです、残念!

だから....。
自分の言いたいことがなんなのか、自分でもよくわかってないだけじゃんよ。

続きを読む