メルカリ山田進太郎会長兼CEOの連載「『Go Bold』の生存戦略」。Lecture(講義)編「起業はとても割に合う」では、起業における急所を解説する。優秀な人材を集めることや、打ち手のメリットとリスクを考え抜くことがポイントだという。シリアルアントレプレナー(連続起業家)の経験から見えてきたのは、人材の大切さだ。
(本コラムは日経ビジネス本誌の連載「経営教室『反骨のリーダー』」を一部、再編集して掲載しています)
【山田進太郎会長兼CEOの「Go Bold」の生存戦略】
第1回(Life Story):「僕は『天才』じゃない」~野心的経営者の原点
第2回(Lecture):メルカリ山田CEOに学ぶ~見えない壁を壊す魔法
第3回(Lecture):メルカリ山田CEOに学ぶ~起業はとても割に合う
第4回(Lecture):メルカリ山田CEOに学ぶ~自分だけの山を登る(8/31公開)
■お知らせ■
日経ビジネス本誌では、連載「経営教室『反骨のリーダー』」を掲載しています。
- Series1:瀬戸欣哉社長(LIXILグループ)のDo The Right Thing
- Series2:手代木功社長(塩野義製薬)の理と情の先読み経営
- Series3:山田進太郎会長兼CEO(メルカリ)の「Go Bold」の生存戦略
- Series4:大倉忠司社長(鳥貴族)の「うぬぼれ」てなんぼ(連載中)
- Series5:西井孝明社長(味の素)(予定)
- Series6:森雅彦社長(DMG森精機)(予定)
山田進太郎[やまだ・しんたろう]
結論を先に言うと、とにかく優秀なエンジニアを集めて強いエンジニアリングチームを作るということです。シンプルですが、これが重要なポイントです。
メルカリを創業した時も、この点を相当意識しながら、必要な人材を集めていきました。もともとスタートアップ企業を経営していた経験を通じて、「最強のエンジニアリングチームを中心にサービスの基本設計を決めていかなければ、いずれどこかで破綻する」ということを身に染みて感じていたからです。
優れたエンジニアが社内にいることは、創業後の採用活動にもプラスに働きます。特にエンジニアには「優秀なあの人と一緒に仕事してみたい」という傾向が強い。優秀な人の周りには、やはり優秀な人が集まってくるものです。それに、社外からエンジニアを採用する際、優れたエンジニアに面接してもらえば実力を正確に判定しやすいという面もあります。
ゲーム開発経験者の強みとは
では、優秀な人材をどう集めて、どのように強いチームを作っていけばいいのか。これもよく聞かれる質問です。
僕は、メルカリのようにインターネットのサービスを作る会社には、スマートフォン(スマホ)向けゲームの開発経験がある人が向いていると思っています。例えばフリマアプリなら、出品や購入といった一つひとつの操作をスムーズにできることが生命線。そうした改善作業に、ゲームの開発経験が生かせると考えています。
スマホゲームの開発者には、1日に何人が利用して、何人がお金を支払っているかなどの数字はもちろんのこと、「どの段階で使うのをやめたのか」「このキャンぺーンにどんな反応があったか」といった非常にきめ細かいデータを基に、改善し続ける手法が根付いています。さらに、利用者を招いてアプリを実際に使ってもらい、その行動を観察する手法も定着しています。
どんな画面操作でつまずいているか、ゲームのどの段階でモチベーションが上がるのか。そういった定性的なデータも含めて改善に生かしていくというやり方です。
往年のソーシャルゲーム大手で、かつて自分も勤務していた米ジンガからこうしたノウハウの多くを学びました。それらをゲーム以外の分野に生かせば優れたサービスを作れると思い、特にメルカリを創業した頃はゲーム業界から積極的にエンジニアを採用していました。もちろん、メルカリの前に起業したウノウでスマホゲームを手掛けていたので、もともと僕自身がゲーム業界の人脈を持っていたという理由もありますが。
エンジニア獲得には苦労した
「『まず優れたエンジニアを集めよ』といっても、無名の会社にすぐ来てくれるほど甘くはないのでは?」。そう思う人もいるでしょう。
実際その通りで、優秀な人材は当然ながら、既に別の会社で重要な仕事に携わっています。簡単に辞められない場合が多いのです。
この問題の抜本的な解決策はありません。今でこそ多様で優秀な人材が集まっている当社ですが、創業した頃はやはり、人材不足という問題を抱えていました。
メルカリの共同創業者は僕を含めて3人。ほかの2人は、ゲーム分野の会社を経営したことがあるエンジニアです。1人は初日から参加しましたが、もう一人が合流したのは1カ月後でした。
その2人以外にも何人かの優秀なエンジニアが別の会社に勤めながら、平日夜や週末に開発を手伝ってくれましたが、当社に「完全移籍」してもらうまでは時間がかかりました。勤めていた会社を辞めて、メルカリに移ったのは夏から秋にかけてのことだったと思います。会社が立ち上がってから半年くらいはかかったわけです。
その間にも、開発の主軸だったエンジニアが病気で開発チームから離脱したり、目標に据えていたサービス公開時期が迫ってきてもスムーズに動かず、人手がさらに必要になったりと、問題は次から次へと出てきました。
この頃の僕が何に時間を費やしていたかというと、入社してもらいたい優秀な人材にコンタクトを取って、何とかしてメルカリに入るよう口説き落とすことでした。
当然、相手は「生き残れるかどうか分からない会社に入ってよいものか」と心配しています。当時、CtoC(消費者間)取引市場ではヤフーのオークションアプリ「ヤフオク!」や、ほかのフリマアプリが先行していましたから。アプリの開発作業と並行して人を採用し、会社を作り上げていくのは大変でした。何とか他社に見劣りしない給与水準にしたり、ストックオプションも付与したり。「成功したらその成果を分かち合おう」と語り合いながら人を集め、組織を整えていった形ですね。
起業して苦しい時期が続くことはよくありますし、倒産や破産が怖くないといえばうそになります。
でも、経験を積んでいけばどんなリスクがあるか事前に想像がつきやすくなります。そうすると「最小限に抑えることもできるだろう」と案外腹をくくれるものです。
最初に起業したウノウでは、映画情報サイトや写真共有サイトなど10以上のサービスを作りました。中には受けたものもありますが、思い描く理想には遠く、事業としてあまりうまくいかなかったですね。
「とにかく優れたサービスを作れば消費者がついてくるはず」と信じて、思いつくままにサービスを改善しましたが、消費者には全然響かない。そんな時期が何年も続きました。タイミング良く資金調達できたり、作ったサービスを売却できたりと、幸運が重なって生き延びていたのですが、当時の社員は「この人について行って大丈夫なんだろうか」と心配したに違いありません。
自分の中で風向きが変わったのは、モバイルゲームに進出した08年ごろからです。世界を目指すという原点に立ち返り、どんなサービスなら世界に行けるかを考え抜きました。
かつて任天堂やセガといった日本のゲーム会社が世界を席巻しました。携帯電話業界では、NTTドコモの「iモード」などが巨大なコンテンツ市場を世界に先駆けて構築していました。それをヒントにして、「モバイル」と「ゲーム」をかけ合わせた市場にチャンスを見いだし、ようやくヒットを飛ばすことができました。
僕は、人生や会社の岐路に立って判断を下すときはいつも、取り得る選択肢についてメリットとデメリットを思いつく限り書き出すことにしています。
メルカリを起業する時もそうでした。最初にあったサービスのアイデアは5~6個。失敗のリスクは大きくても、成功して最大のリターンが得られるものはどれか。こうした観点で選んだのがフリマアプリです。小学生や中高生向けの教育アプリも検討しました。でも財布のひもが固い保護者にお金を出してもらう必要があり、オンライン学習の普及にも時間がかかりそうなので、やはりフリマアプリの方が潜在市場が大きいとの結論を出しました。
そもそも起業して失敗して失うものは何か。インターネットビジネスの場合、大きな投資は不要なので、デメリットはせいぜい、起業家としてのプライドや名声を失うぐらい。大したことはないな、と思い至ったのを覚えています。それに、最終的に成功すれば、以前の失敗など誰も気にかけないはずです。
だから「起業はリスクが大きい」と言う人に対しては、「間違ってはいないが半分しか正しくないよ」と言いたい。起業から得られるリターンと、被るリスクの大きさのバランスを検討してみると、起業はとても「割に合う」。僕は本気で思っているんです。
- 優秀なエンジニアをそろえ、強い開発チームを作る
- 海外市場は日本ではない。現地の市場を知り抜く人材が必要
- リターンとリスクのバランスに目を向けよ
皆さんは、メルカリを創業したシリアルアントレプレナー、山田進太郎会長兼CEOの連載を読んで、どう思いましたか? 日経ビジネスRaiseのオープン編集会議「起業のリアル」では、山田会長がメルカリを成功させられた理由について、皆さんのご意見を募集します。また、編集部が取材するメルカリ小泉文明社長へ質問もお寄せください。
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