「あらっ、ごめんなさいね~」と、つい謝ってしまいそうなフレーズが、海の向こうで話題になった。
“childless cat ladies”――。
ドナルド・トランプ前大統領が副大統領候補に指名したJ.D.バンス上院議員の発言である。「cat ladies(キャットレディーズ)」は、未婚の中高年女性を嘲笑するスラングだ。「childless cat ladies」は「子なしおばさん」という意味で、ニュアンス的にはかつて日本でもよく使われた「女は子どもを産んで一人前」という性差別表現に近い。
発端は2021年にバンス氏が、保守系のコメンテーターのタッカー・カールソン氏がホストを務めるテレビ番組に出演した際に、「米国は惨めな人生を選択した民主党のたくさんの『childless cat ladies』によって運営されている」と持論を展開した動画のX(旧ツイッター)への再投稿だ。
バンス氏のコメントは以下だ。
「だって本当のことだろう。見てごらんよ、カマラ・ハリス、ピート・ブティジェッジ、AOC……、民主党の未来はすべて子どものいない人々によってコントロールされている」(原文は以下。“It's just a basic fact — you look at Kamala Harris, Pete Buttigieg, AOC — the entire future of the Democrats is controlled by people without children.”著者訳)
「私たちの国が、未来の姿と関係ない無責任な人たちによって動かされてるって、おかしくないか?」(“How does it make any sense we've turned our country over to people who don't really have a direct stake in it?”)
わずか30秒ほどのこの映像は、24年7月28日時点で2936.6万回以上再生され、テレビなどの大手メディアも取り上げ、炎上し続けている。
「cat ladies」に「childless」を足し、さらに「miserable(ミゼラブル=惨めな)」とも言っている……。ずいぶんとお口がすぎる。
しかし、名指しされたハリス氏は夫と義理の娘と息子がいるし、ゲイを公表している米運輸長官のブティジェッジ氏には養子の娘と息子がいる。AOCこと下院議員のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏は、23年に来日した際に、同性婚などLGBTQの権利を早急に保護するように求め、日本でも話題になった女性だ。彼ら彼女らを十把一からげに「childless cat ladies」と批判したのは、おそらくは民主党を批判したかっただけなのだろうけど、ちょっとばかり無理がある。
だって、「ん? あなたも産んでないですよね?」と言い返されたらバンス氏だって、自分では産んでないのだからジ・エンドだ。子どもを産んだ経験のある人しか政治をする責任がないというなら、米国はず~っと、いわば 「childless cat gentlemen」(「childless cat ladies」の反意語、著者の造語です)によって運営されてきたではないか。
とまぁ、あれこれ「childless cat ladies」という、瞬時に侮蔑的なスラングとわかるフレーズがあまりにおもしろかったのであれこれ批判返ししたけど、実は私はバンス氏の発言を「sexist comments=性差別的なコメント」で片付けるのはもったいないと考えている。
拡散されたバンス氏の映像を見て最初に感じたのは、彼ならではの「一貫性」だった。もっと言うと、「彼の隣人であり、友人であり、家族である田舎者の白人労働者階級(=ヒルビリー)の子どもたちの未来を変えたい」という彼の強すぎる信念だ。
むろん「childless cat ladies」という言葉の選び方や、個人名をあげるのは下品だし、やりすぎだとは思う。が、「なぜ、ラストベルト(さびた工業地帯)がトランプ現象の震源地になったか?」がわかる本として、世界的ベストセラーになったバンス氏の著書『ヒルビリー・エレジー』をひもとくと、何が彼にそう言わせたのかが想像できる。
バンス氏はそのラストベルト、オハイオ州の鉄鋼業の街で貧しい子ども時代を過ごした元弁護士で、いわばアメリカンドリームを実現した1人だ。
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