2020年9月、中国で「Open Atom Foundation」が設立された。「Foundation(財団、基金)」とついているので民間の団体のように見えるが、工業情報化省(工業信息化部)に属する政府機関だ。
急ごしらえでスタートしたらしく、webサイトはまだ開発中の機能ばかりだ。政府系のサイトなのに背景はフリー素材。中国のコミュニティーらしく華為技術(ファーウェイ)や小米科技(シャオミ)のIDでログインできるボタンが置いてあるが、実際はボタンの画像があるだけで機能しない。サイト登録者のアイコンは勝手に表示されるが自分の写真はアップできないなど、まだベータ版と思われるようなクオリティーである。
財団は「OpenHarmony」などの中国発オープンソース・ソフトウエアのプロジェクト支援や、「OpenStack」などの世界的なオープンソース・プラットフォームへの貢献、さらに世界的なオープンソース・ライセンスをローカライズして整備・普及を目指すとしている。米国の「Free Software Foundation」や「The Linux Foundation」「The Apache Software Foundation」などと同等の役割を中国国内で果たしていくイメージだ。
ライセンスの普及はオープンソース普及の重要な要素であり、中国政府が財団の設立を急いだ理由と考えられる。
オープンソース開発の鍵はライセンス
中国の産業界が政府を巻き込んでオープンソース普及に力を入れていること、企業を中心に利用はすでに進み、独自の流れも生まれていることについては、これまでのリポートでも紹介してきた。(関連記事:ファーウェイもアリババも オープンソースが根付き始めた中国)
ソースコードを公開し、ソフトウエアを実際に使う。公開されているソースコードを改変し、改良内容を全体で共有する。すでに公開されているソフトウエアを基に新しいソフトウエアを作り出し、それを公開する。そうしたオープンソース開発のメリットを実現しているのは、オープンソース開発を成り立たせる、適切なライセンスが定められているからだ。
オープンソース・ソフトウエアのライセンスのなかで最も古いものは、1989年にFree Software Foundationが作成した「GPL(GNU General Public License)1.0」というライセンスである。
オープンソース・ソフトウエアの代表的なライセンスはいくつもあるが、いずれも
・プログラムの実行
・プログラムの基になるソースコードへのアクセスと改変
・プログラムやソースコードの再配布
・改変したプログラムやソースコードの再配布
という、ソフトウエア開発を促進する4つの権利を利用者に対して保証している。これらは権利であるため、再配布をするかどうかは利用者が選択可能であるが、ライセンスによっては再配布が必須とされている場合もある。
例えば「自由なソフトウエア」運動の起点となったGPLでは、改変したプログラムを再配布する場合、そのプログラムのソースコードへのアクセスおよびプログラムを改変する権利を利用者に保証することが必須となる。またGPLでは再配布される派生プログラムへのライセンスの継承が求められる。つまり、GPLのソフトウエアを基に新しいソフトウエアを開発した際は、それもGPLにしなければならない。
著作権のコピーライトに対してコピーレフトと呼ばれるこの仕組みは、Free Software Foundationが掲げる「自由なソフトウエア」運動の理念をよく表している。GNU/Linuxのカーネル部分など、GPLライセンスが適用されているオープンソース・ソフトウエアは多い。
一方で、改変後の公開を必須とする仕組みに比べると穏やかな、パーミッシブ・ライセンスと呼ばれるライセンスも多くあり、こちらが適用されているソフトウエアも多い。2015年のSynopsysの調査では、パーミッシブ・ライセンスの1つである「MITライセンス」の適用数は、GPLを上回っている。
最も有名で、おそらく最も多くの開発者が参加しているオープンソース・プロジェクトである「Android」は、GPLライセンスが適用されているLinuxのカーネルに、様々なオープンソース・ライセンスがひも付いた多くのソフトウエアの集合体となっている。よく「米グーグルのAndroid」と称されるが、個々のソフトウエアはグーグルの存在感が薄いものも多く、例えばスマートフォンのハードウエアメーカーが追加したものなどもあり、さながら森の生態系のような巨大な共同開発を実現している。多くの企業や個人が、それぞれの目的で改良・追加したソフトウエアが全体にフィードバックされていく状態は、オープンソース開発の大成功事例と言えるだろう。
結果としてAndroidはスマホやゲーム機、組み込み端末など様々なハードウエアで使われる汎用性の高いOS(基本ソフト)となり、大きなシェアを獲得している。グーグル自身がそれで収益を上げているわけではないが、多くのものがコンピューター制御される社会は同社が目指すものだろう。
ライセンスへの理解不足が招くトラブル
一方で、オープンソース・ライセンスへの理解不足が招くトラブルも無視できない。GPLが適用されたソフトウエアを基にしたソフトウエアには、やはりGPLが適用されなければならないという「コピーレフト」については先ほど述べた。しかし、GPLを基にして開発したにもかかわらずソースコードを公開していないことで社会から批判されたり、GPLが適用されているソフトウエアとそれ以外のソフトウエアを組み合わせるのが難しくなったりするなど、ライセンスへの理解不足がトラブルを招くこともある。
中国もこうしたトラブルと無縁ではない。スマホメーカーのVivoは18年に「弊社のスマホはカーネルレベルで改造して高速化しました!」と宣伝したが、「AndroidのLinuxカーネルはGPLなので、本当にカーネルを改造したらソースコードの公開が義務だが、できるのか?」と指摘されてその後、沈黙するという事例が起きた。
Free Software Foundationなど、オープンソース・ライセンスの普及を目指す組織は、弁護士ら多くの法律関係者と共に、ライセンスが法的に保証されるような活動をしている。オープンソースに理解の深い法律関係者が増え、関連する紛争が法廷で解決できるようになることは、ビジネスで利用されるための重要な要素だ。
GPLもMITライセンスも米国で公開されたもので、こうしたオープンソース・ライセンスの法的な普及活動は米国を中心に進められている。
日本では、ソニーがスマホ「Xperia」シリーズの一部について、Open Device プログラムの対象としてGitHub上でファームウェアの開発を進めている。また、NECがOSS推進センターを設けるなど産業界での活用は進んでいる。テクノロジーを扱う企業の知財部門でも理解は進んでいるが、今後さらに法曹界や政府を含めた社会全体でのオープンソースへのサポートが求められる。
※今回の記事のうち、オープンソース・ソフトウエアの法的条項については、アジアを中心に国際的な法務・知財サービスを提供するAsiaWise Groupの田中陽介氏に協力いただいた。
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