9月1日、韓国・釜山で開かれていた地域漁業管理機関「中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)」の北小委員会(NC)が閉会した。日米など10カ国・地域が太平洋クロマグロの資源管理などについて話し合う国際会議だ。クロマグロは高級寿司ネタの本マグロとして親しまれているが、絶滅危惧種にも指定されている。
太平洋クロマグロの2014年時点の資源量は、漁獲がなかったと仮定した初期資源量のわずか2.6%(1万7000トン)と推定されている。これまでWCPFCでは「2024年までに4万1000トンまで資源量を回復」とする暫定目標で合意。日本もこの目標を基に漁獲枠制度を始めていた。しかし、昨年末にWCPFCは長期目標を「2034年までに13万トンまで回復」とするようNCに要請した。
資源保護の目標を大きく引き上げるWCPFCの要請に日本の水産庁は当初、「現在の規制でも十分」と反発。その後、態度を軟化させたものの、8月には暫定目標の達成確率が65%を超えた場合は漁獲枠を増やす検討をすべきだと提案した。
今回のNCの結論はこうだ。長期目標は受け入れられ、増枠を検討するために必要な確率は75%に引き上げられた。NCで結論を出す際は全会一致がルール。日本も合意をしたが、思惑とは違う方向に議論が進んだ。
水産庁の長谷成人長官は「日本は科学的議論を主導している」と強調するが、同庁の主張に疑問符をつける声も多い。NCの開始直前に来日した、米国のNGO(非政府組織)、ピュー財団のジェイミー・ギボン氏に、水産庁の「科学」への評価を聞いた。
今回の来日の目的は。
ジェイミー・ギボン氏(以下、ギボン):ピュー財団は米ワシントン拠点のNGOです。米石油大手、スノコの創業者一族が設立しました。保険福祉政策や財政など様々な問題について研究しています。私は環境保護の研究チームに所属しており、課題はマグロの乱獲を抑止して資源を回復させることです。この課題は自然保護という観点だけでなく、漁業者や海洋資源を生活の糧とするすべての人の持続的な営みのために重要です。
釜山での会議の前に来日したのは、日本が発表した提案などについて、前もって関係機関と意見をすり合わせることが必要だと感じたからです。

日本の提案とは、水産庁が8月に発表したものですね。「2024年までに4万1000トンまで回復」とする従来の暫定目標について、達成の可能性が60%を下回ると漁獲規制を厳しくする。逆に65%を超えれば漁獲枠を増やす。この提案について、評価を聞かせてください。
期限設定が曖昧な日本提案
ギボン:私が最も重要だと考えているのは「2034年までに13万トンまで回復」という長期目標です。WCPFCが昨年末にこの長期目標を達成する方法をNCで討議するよう要請を出しました。この長期目標は種の保存のためだけではなく、漁業者の営み、漁業という産業を持続していくためにも必要なことです。
日本は8月の提案で、「13万トンまで回復」という点には同意しています。これは非常に嬉しいニュースです。これまでは断固反対の姿勢でしたから。しかし、残念なことに、それをいつまで達成するかについては曖昧な部分を残しています。状況を見て期限を延期する可能性も示唆しています。一方、米国は2034年という期限を明記して提案しています。(編集部注:NCでは「2034年までに13万トンまで回復」の目標について日本を含め合意した)
65%で漁業者の生活は賭けられない

日本が今回提案した60%、65%の確率で規制を変える枠組みで、「2034年までに13万トンまで回復」を達成することは可能でしょうか。
ギボン:60%も65%も資源を回復させるためには低すぎる数字です。65%の成功とは35%、つまり3分の1の確率で失敗するということです。漁業者の生活を賭けるには3分の1という失敗確率は高すぎるでしょう。下手に漁獲枠を増やせば、むしろ将来の漁業者の生活を脅かすことになります。そもそもクロマグロの資源評価は非常に不確実性が高い。余裕を持って数値設定をしなければいけません。
私たちは、漁獲枠を増やすことを検討するには少なくとも75%の確率が必要だと考えます。他国もこのレベルの数字が妥当だと考えていると思います。(編集部注:NCでは漁獲枠を増やすことを検討するために必要な確率を75%とすることで合意した)
日本は資源調査船のデータの蓄積は世界有数のはずです。なぜ科学的議論において日本の意見は他国と異なるのか。意見をお聞かせください。
ギボン:日本は米国やEU(欧州連合)とともに北太平洋まぐろ類国際科学委員会(ISC)に参加しています。ISCの資源評価は漁獲規制のベースになります。日本はISCに多くの科学的データを提供してくれています。一方で、日本は漁業という産業の目先の利益を保護することを優先してきたのではないかと思います。
しかし、クロマグロの資源量がここまで危機的水準になったため、このままでは保護するべき漁業が潰れてしまうことに日本も気づき始めていると思います。
漁業者の管理体制に違い
漁獲規制に対して漁業者が強く反対すると、日本の水産庁は規制緩和にあっさり応じてしまう傾向があったように思えます。米国では、どうやって漁獲規制に参加するよう漁業者を説得しているのでしょうか。
ギボン:米国の漁業法は、経営規模の大小に関わらず、すべての漁業者を対象にしています。違反者には是正勧告が下り、悪質な場合には漁業権の剥奪や懲役刑もあり得ます。
日本では、大まかに分類すれば、遠洋を大臣許可漁業、沖合を知事許可漁業、沿岸を漁業協同組合が漁業権を管理する漁業と、複雑に管理制度が分かれています。日米の大きな違いですね。漁業者に法を守らせるためにはどのようなシステムがあるのでしょうか。
ギボン:主な魚種はほぼCDS(漁獲証明制度)が導入されています。漁獲から、水揚げ、取引とすべてのステップで電子的に記録を残し、不正操業による魚でないことを証明します。証明のない魚は水揚げも売買もできません。漁業者はスマートフォンのアプリを使って漁獲データを報告できるので、漁業者に設備負担は生じません。CDSは漁業者を管理するためだけのものではなく、法を遵守する漁業者の利益を守るシステムです。
ギボン氏は9月1日、WCPFC閉会直後に以下のコメントを日経ビジネスに寄せた。
今回の合意は、太平洋クロマグロの資源回復への大きな前進です。クロマグロの生態系だけでなく、漁業者の生活を改善することにもつながります。一方、昨季日本でも起きたような漁獲枠の超過が繰り返された場合、今回の合意の意義が薄まり、漁業の健全で持続可能な未来が脅かされることになります。
今後、水産庁には、不正操業に対する罰則や警戒の強化、太平洋クロマグロについてCDSの導入を早期にすすめることを期待しています。
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