自動運転技術や投資運用など、AI(人工知能)の実用化が注目を集め、「将来はAIに仕事を取られてしまうのでは?」という悲観的な見方も広がりつつある。元ソフトバンク・モバイル副社長の松本徹三氏は、情報通信コンサルタントとして海外の著名業界人などと議論を交わし、「AIが人々の生活に想像を絶するほどの変革をもたらす“シンギュラリティー”の実現への道は10年以内に開ける」と確信したと言う。本コラムでは迫り来るAI時代に備え、日本がAIを経済成長に結びつけるためのヒントを、AIに詳しいキーマンとの対談形式でお伝えする。第一回は、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の夏野剛特別招聘教授に日本企業の問題点を聞いた。

松本:夏野さんにこうしてお目にかかるのは久しぶりですね。AIについては、ネガティブな見方をする人も結構いるのですが、夏野さんはポジティブなので、心強いです。

夏野:何でもネガティブに見る人がよくいますが、そういう人は「視点が固定されていて、違った角度からものが見られない人」だと思っています。AIに仕事を取られそうで心配だという人は、AIのお陰で、人間は「つまらない仕事」や「イヤな仕事」をしなくてよくなるのだから、こんないいことはないと考えるべきです。

「日本企業には『技術屋だからビジネスモデルは関係ない』という人が多過ぎる」。(夏野剛 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特別招聘教授)
「日本企業には『技術屋だからビジネスモデルは関係ない』という人が多過ぎる」。(夏野剛 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特別招聘教授)

「つまらない仕事」はやめて、「そうぞうてきな仕事」をしよう

松本:そうですね。人間にとっては「つまらない仕事」や「イヤな仕事」であっても、AI にとってはつまらなくもイヤでもないでしょうから、真っ先にどんどんやってもらうべきですね。ところで、そういった仕事をしなくてよい代わりに、人間はどういう仕事をするべきだと夏野さんはお考えですか?

夏野:既に方々で言っていることですが、それは「そうぞうりょく」を活かす仕事だと思っています。「そうぞうりょく」は「想像力」とも書けるし「創造力」とも書けます。これこそ人間ならではの仕事ですよね。教育の場でも、人材獲得に際しても、これをもっと重視すべきです。

松本:そうですね。2つの「そうぞうりょく」、つまり「想像力」と「創造力」は表裏の関係にあるとも言えますね。「想像力」がなければ「創造力」も生まれないでしょう。ところで、私は「ふるい落とすタイプの入社試験」の試験官になった経験はあまりなかったのですが、その気になれば「そうぞうりょく」のない人を見抜く方法は簡単に見つけられたと思いますよ。幾つかの普通でない質問をして、それに対する反応を見ればよいのです。例えば、電子工学科の学生に「最近ウナギが少なくなっているのをどうすればよいと思いますか?」と尋ねるのです。正解は? 正解なんてありませんよ。どう答えるかを見ているだけで、その人の頭の質が分かります。

夏野:ははは。頭の硬い人だと、パニクってしまいそうですね。

松本:そうそう。でも「そうぞうりょく」は将来のAIにとっても必須の能力になりますから、このことは、これからもっと深く考えていくべき問題だと思っています。ところで夏野さんは、AI分野における日本の将来の可能性については、どのように思われていますか? ずばり、一言で言えば、期待が持てますか?

今のままでは、日本でのAI開発には期待できない

夏野:ずばり一言で言わねばならないのなら、あまり期待はできませんね。なぜなら、古いタイプの経営者が退いて、新しいタイプの経営者がどんどん出てくるという「新陳代謝の兆候」が未だに見えていないからです。

松本:これは手厳しい。

夏野:私がそう言うのには根拠があるのです。ある時、1996年から2016年までの日本と米国のGDPの伸び率の比較を見て、私は仰天しました。米国は、実質で58%、名目では129%もの成長を記録していますが、日本は、実質で16%、名目では何と0.5%の成長しかしていないのです。この20年は、ITの導入による「生産性の向上」と「新産業の創造」が大いに言いはやされていた時期で、米国でも日本でも、多くの人々がそのことを意識して、それぞれに努力をしていました。しかし、20年間が経過した後の成果を見ると、米国ではAppleやGoogle、Amazonなどに代表される取り組みが次々に開花して、大きな成長をもたらしたのに対し、日本では全く成果が出せなかったと言ってもいい状態でした。

松本:確かに、結果を見るとそうですね。

夏野:この差はどこから来たのでしょうか? 日本では、ITの導入が「技術者の、技術者による、技術者のためのもの」に留まってしまったのに対し、米国では、事業家や経営者がこれに真っ向から向き合い、技術開発の成果を着実にユーザーのメリットに結びつけて、新しい産業構造を創り出していったのです。日本の経営者のマインドが今のままで変わらないのなら、これからのAIの時代にも全く同じことが起こり、「気がついてみたら、日本は途方もなく遅れてしまっていた」というようなことになるではないかと、心配でたまりません。

松本:それは本当に心配ですね。現状では、日本の経営者の多くは「ゆで蛙」状態で、危機感を持っている人はあまりいません。しかし、AIがもたらす大波は、そんなことには関係なく、ひたひたと迫ってきています。

無意味な「文科系」と「理科系」の区別

夏野:責められるべきは経営者だけではないと思います。技術者も猛省すべきです。とかく技術者を名乗る人の中には、「技術屋だからビジネスモデルは関係ない」とか「言われた仕様をきちんと作ることだけが私の仕事だ」という人が多いのですが、それではせっかく技術力を持っているのに「新しい価値」に結びつけることはできません。自分の専門に籠もることなく、常に他の領域にも関心を持って、「こんなことができたらいいのに」とか「こんなのはすぐに直せるはずなのに」といった観点から、自分の技術が具体的にどう使えるかを考えることが必要です。

松本:そうですね。日本の技術屋さんは、一般的に見て「遠慮しすぎている」というか、夢を語ることが少ないですね。また、日本では、何故か「文科系」と「理科系」を一律に分けて、それぞれに自分の領域から外に出ないようにプレッシャーをかけているかのようです。そして、前者には営業や管理だけの仕事をさせ、後者には技術開発や製造だけの仕事をさせる傾向があります。

夏野:意味のない区別ですね。本当に価値のあるサービスを実現しようとすれば、技術とビジネスモデル、マーケティングが一体になっていなければならないのに。

松本:私の場合は、一応「文科系」でしたが、営業日報や財務諸表を見てもちっとも面白くなく、新しい技術の話を聞くとアドレナリンが湧き出てくるのが常でした。今の世の中では財務マンが随分幅をきかしていますが、財務諸表は結果に過ぎず、事業計画などは少し前提を変えると全く異なった結果が出てくるので、こういうものを作るのがうまいからといって、たいしたことだとは私は全然思っていません。歴史を振り返ってみれば、世の中の大きな変革のほとんどは技術革新がもたらしたものでしたから、私のアドレナリンの出方は正常だったと思っています。

必要なのは、技術革新をテコにした価値観の変革

夏野:確かに、歴史上の大きな変換点には、いつも技術変革があったように思えます。しかし、「技術が国の将来を決める」という人達には、私はあまり賛同しません。私は、「新しい技術に適応した社会を作る」ことこそが、もっと重要だと思っています。新しい技術を開発した人は偉いけれど、それを受け入れて社会を変革した人はもっと偉いと思います。逆に言うと、その重要性に気が付かずに無視したり、邪魔をしたりする人は最低です。

松本:本当です。信じられないほど「技術革新」に鈍感な人達を、私もこれまでにたくさん見てきました。これからダイナミックに進む「AIの導入」となると、頭の固い人達はその価値がなかなか理解できず、相当抵抗されることも十分予想されます。人間は、自分が理解できないと、「マイナス面に対する心配」や「漠然たる不安」だけに支配されて、「事なかれ主義」に陥りがちです。これが、私にとっては、当面最も心配なことです。

夏野:自分が変わりたくない人は変わらなくてもいいですよ。それは責めません。しかし、邪魔はしないでほしいですね。自分が古い価値観から抜け出せないのはいいけれど、これから伸びていく若い人達や子供達には、新しい価値基準をどんどん与えていってほしいと思います。「技術革新」をそこだけで止めず、「価値観の変革」へと転換させていくことこそが必要で、AIはまさにこの試金石とも言えるのではないでしょうか?

松本:賛成です。老いも若きも、文科系も理科系も、すべての日本人が「AIでは、今度こそ世界をリードする。決して過去の過ちを繰り返さない」と強く心に誓うことが、まずは第一歩だと思います。そのために必要な「新しい価値観」の創造に向けて、お互いに頑張りましょう。

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