「数字が読めない」「決算なんて見るのも苦痛」――。書籍「MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣」は、そんな人にこそ読んでほしい1冊です。この本には、専門的な会計分析の手法は載っていません。その代わり、5つのビジネスモデル別に「決算から業界・会社の実力を読み解く方程式」を紹介しています。
楽天やヤフー、クックパッドといった国内企業から、米フェイスブックや米アマゾン・ドット・コム、米ネットフリックスのような海外のメガカンパニーまで、計37社の決算分析事例も掲載しています。それらを読みながら著者の分析を追体験することで、実践的な戦略分析のやり方が身につくでしょう。右の書影をクリックいただければ購入できます。是非ご覧ください。
現代のビジネスパーソンは、いや応なしに多くの「数字」と日々格闘せざるを得ません。管理職ともなれば、その情報量は膨大なものになります。
自社の売上高や成長率、提供するサービスや商品の販売状況、チームの貢献度などはもちろん、今は競合他社の状況もほとんどリアルタイムにわかる時代だからです。
ただ、こうして日常的に触れている「数字」を、経営分析やサービス分析などで自分なりに再利用できる「知識」に変換できる人は非常に少ない。
この「数字を知識に変換するスキル」を「ファイナンス・リテラシー」と呼びましょう。2009年まで楽天で働き、その後シリコンバレーで会社を創業した私の感覚値でしかありませんが、日本人の数学力は国際的に見ても非常に高いと感じています。ただ、それなのにファイナンス・リテラシーに欠ける人が少なくありません。
野球に例えるならば、練習では豪速球で良いボールを投げていたのに、いざ試合になると全くストライクが取れないピッチャーのようです。
皆さんがすでに身につけている「数字を読む力」に少しだけコツをプラスすれば、一生モノのビジネススキルを身につけることができます。簿記のような専門知識がなくても、決算から各社の状況や事業戦略の変遷を上手に読み取ることができれば、たくさんある関連ニュースの因果関係や各業界の動向を正しく理解できるようになるでしょう。
では、決算で各社の戦略を確認し、ニュースとの因果関係を読み解くには、具体的にどうすればいいのでしょう。今回は、私がコンテンツ・プラットフォームの「note」(ノート)で連載中の「決算が読めるようになるノート」でまとめた「KDDIの携帯料金値下げについての考察」を事例にして、分析方法を紹介していきます。
KDDIはなぜ値下げしたのか?
7月10日、日本経済新聞電子版は「KDDI、苦渋の「格安」新興勢に押され値下げ」という衝撃的なニュースを報じました。
以下は、記事からの引用です。
KDDI(au)は10日、スマートフォン(スマホ)の主要プランを最大3割値下げすると発表した。平均で2割という異例の下げ幅で、格安スマホへの顧客流出を防ぐ。KDDIは大手3社のなかでも格安スマホ普及による打撃が大きく、いわば一人負けの状況。
実際、格安スマホへの顧客流出はKDDIの屋台骨を揺るがしつつある。同社は今年2月に契約回線数の内訳を初めて公表。回線数全体は伸びているものの、重複を除くユーザー数が少なくとも15年6月末以降、減少している実態が明らかになった。15年は格安スマホが市場で存在感を高めていった時期。ユーザー数の減少は今も続き、18年3月末には2477万件と今年3月からさらに37万件減る見通しだ。
と、KDDIが苦しい状況にあると伝えています。実際に、直近の決算資料(2017年5月11日:KDDI2017年3月期決算)で契約数に関する数字を確認してみましょう。
自社回線(au契約者数)とMVNO(仮想移動体通信事業者)回線の内訳が決算説明資料で公開されています。グラフを読むと、auの契約者数が右肩下がりで減少していることがよくわかります。
一方のMVNOの契約数は右肩上がりで成長しているものの、スライドの下に小さく「注釈」が書いてあるように、この数字には他の事業者のネットワーク回線を使用するサービスも含まれています。事実上、ドコモ回線を利用したMVNOの契約者も多数含まれていると思われます。
「ドコモ1人勝ち」の実相
次に、ソフトバンクの決算資料(2017年5月11日:ソフトバンクグループ2017年3月期決算説明会)を見てみましょう。
ソフトバンクの契約回線数は、Y!mobile(ワイモバイル。2014年7月にブランド名を統一して開始したMVNOのサービス)を含んだ形となっていますが、1年間で36万の「微増」と増加傾向になっています。
ソフトバンクはドコモ回線のMVNOを販売していないので、自力で少しずつ契約回線数を増やしていることになります。
最後にNTTドコモの決算資料(2017年4月27日:NTTドコモ2016年度決算説明会)を見てみましょう。
ドコモは携帯電話の契約者数が1年間で約400万件増加しています。中でもスマートフォン、タブレットの利用数が約300万件増加していますが、この成長にはMVNOが大きく成長に寄与していると思われます。いわば1人勝ちの状態と言えるでしょう。
こうして、契約回線数に焦点を当てて各社の決算を見てみると、MVNOで圧倒的なシェアを占めるドコモが大きく数字を伸ばしているということがわかります。
ここで改めて、前出の日経新聞の記事では、KDDIが
今回の大幅値引きは2018年3月期に200億円程度の減収要因になる見通し。しかし田中社長は「格安スマホへの流出を阻止するため、料金値下げという即効薬が必要だった」と強調する。
という理由で値下げに踏み切ったと書いてあります。そこで、「なぜ今、値下げに踏切らざるを得なかったのか?」「今後、他の携帯キャリアが追従することはあり得るのか?」という点を考察してみたいと思います。
「格安」に対応する2つのオプション
三大携帯キャリアが格安キャリアに対応するには、2つのオプションがあります。
1つ目はドコモのように、広くMVNOに携帯回線を解放することです。
ドコモはもともと国有企業グループだったという歴史的な経緯から、2016年5月までは「電気通信事業法」により「特定の電気通信事業者を不当に優先的な扱いをして利益を与えたり、逆に不当に不利な扱いをして不利益を与えないこと」と定められていて、MVNO事業者から要請があれば必ず回線を提供することになっていました。
しかし、その規制が緩和されてからも積極的に携帯回線をMVNOに開放しているのは、事業上のメリットがあるからです。
ドコモ本体のサービスはMVNOに比べれば割高に見えるものの、それでも身近なところにドコモショップがあり、こちらで手厚いサービスを受けられるという優位性があります。
そしてMVNOに回線を卸すと、回線利用料のみがドコモに支払われますので、「1ユーザー当たりの売上」こそ低くなりますが、「KDDIやソフトバンクへの顧客流出」は抑えることができます。
このように、ドコモは「お金払いの良いお客さん」を自社で抱えつつ、「コスト重視なお客さん」をMVNOにサポートしてもらうことで、収益性と契約回線数(つまり市場シェア)の両方を維持するという戦略を取っていることになるのです。
2つ目は、ソフトバンクのようにグループ内で格安キャリアを抱えてしまうことです。
この場合、ドコモと同じように「お金払いの良いお客さん」をソフトバンク本体で抱えて、「コスト重視なお客さん」をワイモバイルで吸収する形になります。MVNOとして回線を開放するのと比べ、最大のメリットはワイモバイルのユーザーに対してもソフトバンクグループの付加サービスを販売できるという点に尽きます。
ドコモの場合、MVNOに回線を卸してしまうとドコモの付加サービスを販売することは難しくなるわけですが、ワイモバイルのユーザーに対しては、例えば「ヤフーのプレミアム会員になってもらう」といったような販促ができたりします。
ソフトバンクは、ワイモバイルのユーザーから通話・通信データのインフラ利用料で稼ぐことをあきらめつつも、付加サービスでの収益をしっかり上げられる形で格安キャリアとして成立させているのです。
KDDIだけに不利な事情がある
KDDIは、この2つの戦略のどちらも取りにくかったという事情があります。
KDDIの通信方式は「CDMA2000」と呼ばれる通信方式で、グローバルに見てドコモやソフトバンクが主に利用している「W-CDMA/GSM」と比べてあまり広く利用されている通信方式ではありません。
この通信方式の違いが問題になります。
特に安いAndroid端末で、CDMA2000に対応していない端末が多いのです。MVNOなどの格安回線を販売するには、安い端末が不可欠です。携帯やスマートフォンをそれほど頻繁に利用しない層は、回線だけではなく端末にも大きなお金を払いたがらないからです。
KDDIはMVNOに対して回線を広く開放しようにも、MVNO側からすると「KDDIに対応する格安端末が少なすぎるので、ドコモのMVNOの方が売りやすい」という話になってしまいます。
また、ソフトバンクにとってのワイモバイルのように、自社で格安のMVNOを持とうとしても、同じようにスマートフォンの端末費用を抑えたいユーザーにしてみれば「端末のラインアップが魅力に欠ける」という話になってしまいます。
このように、CDMA2000方式を利用しているがために、KDDIはMVNO、格安スマホにおいて非常に不利な状況にあるのです。
値下げは「MVNO対策」ではない?
キャリア | 回線 | 端末 |
---|---|---|
ドコモ本体 | 高 | 高 |
ドコモMVNO | 安 | 安~中 |
ソフトバンク本体 | 高 | 高 |
ワイモバイル | 安 | 安~中 |
KDDI本体 | 中~高 | 高 |
今回のKDDIの料金値下げを受けて、携帯電話業界は大雑把に上の表のように整理することができるでしょう。
つまり、iPhoneなどの高スペックな端末を三大携帯キャリアの回線で利用したいユーザーは、KDDIと契約するのが最もお得になります。これらの高スペック端末はCDMA2000方式にも対応している場合が多いので、今回のKDDIのターゲットはこの層になるのではないでしょうか。
この戦略は、実に理にかなっている戦略であると思います。というのも、他社のMVNOユーザーを獲得しても、顧客単価は高くないからです。
一方でドコモやソフトバンク本体と契約しているiPhoneなどの高スペック端末を好んで使うようなユーザーは、1ユーザー当たりの収益性が高い。高単価なユーザーに対して今回の値下げで料金面で訴求していくという方向は、非常に正しい戦略に見えます。
今後、他の携帯キャリアは追従するのか?
では、今回のKDDIの値下げを受けて、ドコモとソフトバンクはどう反応するでしょうか?
これまでであれば、1社が値下げをすると他の2社も即時に追随するという業界の構図がありました。
ただし、あくまで個人的な見立てですが、今回はドコモとソフトバンクの2社はしばらく様子見をするのではないかと思います (ドコモは機種を限定してすでに値下げを実施していますが、KDDIほど踏み込んだ値下げではありませんでした)。
今回のKDDIの値下げは、後戻りができない非常に大きな先手を打った形になります。ドコモやソフトバンクから見ると 、MVNOやワイモバイルのユーザーを取られるよりも、ドコモ本体やソフトバンク本体のユーザーを取られる方がダメージが大きい。そのため、まずはその本体からのMVNO流出(格安スマホへの流出ではなく、高スペックな端末を利用したままキャリアを変更すること)の程度を見極めてから、アクションを起こすのではないでしょうか。今後の動きに要注目です。
なお、こうした分析は、ビジネスモデルごとに異なる重要指標を知れば、財務・会計の専門知識がなくても誰にでもすぐできるようになります。
拙著『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』では、今回分析した携帯キャリアビジネスの重要指標のほかに、EC(電子商取引)ビジネスやフィンテック、広告ビジネス、個人課金ビジネスなどのビジネスモデルにおける具体的な決算分析手法を紹介しながら、それぞれに押さえておきたい方程式も記しています。
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