慶応義塾大学大学院経営管理研究科(慶応ビジネス・スクール)が次世代の経営の担い手を育成すべく、エグゼクティブ向けに開設する「Executive MBA」。ホンダ元専務執行役員の岩田秀信氏が行った授業の後半には、受講生との間で質疑応答の時間が設けられた。
ローカルスタッフの処遇やサプライヤーとの関係などグローバル化を進める過程で直面し得る問題への対応に関する質問が相次ぎ、受講者の関心の大きさがうかがえた。岩田氏と受講生との「Q&A」の一部を収録する。
(取材・構成:小林佳代)
(前回から読む)
グローバル化を進めて、どういう会社になりたいのか?
【グローバル経営について】
(受講者)私の会社もホンダのようにグローバル展開を進めています。
といっても、海外各地に赴任した日本人社員が現地でビジネスを切り盛りするというレベルにとどまり、真のグローバル企業にはほど遠い状況です。もっと積極的に現地スタッフを登用し、処遇を向上し、モチベーションを上げるべきだと提案をしていますが、なかなか事態は変わらず、非常にもどかしく感じています。
グローバル化に向けて企業を変革させるために、個人としてどのように動けば良いのか、何かアドバイスがありましたらお願いします。
岩田:本質的な問題として、「グローバル化を進めていくに当たって、どういう会社になろうとしているのか」ということに関して、社内でコンセンサスが取れているのかどうかが大事ではないかと思います。コンセンサスが取れていないと、どんなに有益な提案をしても、受け入れてもらえない気がします。
例えば、経営トップが「日本に拠点を持つ日本の会社なのだから、グローバル化といっても日本人主導の利益追求型ビジネスを目指す」というイメージを抱いているとしたら、「現地スタッフをもっと登用しよう」という提案を投げかけても、ピンと来ることはないでしょう。
「グローバル化」や「グローバル企業」という言葉のイメージを共有することこそが重要だろうと思います。まずは現地で発生している具体的な課題を例題として、問題を放置した時に予測される「経営的リスク」を提起し、経営陣の中で「グローバル化のあるべき姿」を議論してもらうことから手をつけるのがいいのではないでしょうか。
(受講者)今の質問に関係してお聞きします。ホンダはどのようなグローバル化を志向しているのでしょうか。
本来、ホンダがグローバル化するというのは、単純に日本のホンダが世界に出て行くということではなく、ホンダフィロソフィーを芯に据えつつ、世界で色々なことを学び、各地の価値観やカルチャーを融合しながら変革していくということだと私は思います。
その点、現在のホンダはどういう状況にあるのでしょうか。
岩田:数年前からホンダの目指すグローバル化の方向性を表現する言葉として、「グローカライズ」(「グローバル」と「ローカライズ」という2語の合成語)という造語が使われるようになりました。
これは、ホンダが世界各地でビジネスを展開するのは、利益追求だけが目的ではなく地域社会の発展にも貢献し、共存していきたいとの思いを込めた言葉です。そのために、ホンダフィロソフィーの基本は共有しつつも、海外各地の価値観やカルチャーを尊重し、自主独立的な運営を尊重するという経営方針を取ってきていますが、残念ながら経営トップや経済環境の変化によって、経営の軸足をどこに置くかについては微妙に考え方に違いや変化があり、社内的に十分なコンセンサスが得られているとは言えない状況です。
突き詰めれば、日本に軸足を置いたドメスティックな企業のまま事業をグローバル展開していくのか、日本国籍にこだわらずに最適なところに本社を移してでもビジネスをしていくのか──などといったことについての本質的な課題を議論するには至っていないということです。
今のところ「グローバルホンダ」という言葉は、「世界各地の主体性を尊重しつつも、日本主導で世界的にビジネスを展開する企業」という意味で使っているように思います。
しかし、グローバルな規模で事業展開をしている企業として、少なくとも「グローカライズ」という言葉の意味を理解しないで経営はできない、というコンセンサスはできつつあると感じます。
例えば、ホンダの経営幹部の経歴を見ると、海外各地の事業責任者を務めてきた人材が大半を占めています。日本とは違う海外の異質な価値、考え方を理解していなくては、グローバルホンダのリーダーは務まらないということだと思います。
最も大切なのは、基本理念を共有すること
(受講者)岩田さんはCEO(最高経営責任者)として人事面も含め、ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング(HAM)で大胆な改革を実行してきましたが、それは本社と協調して行ったのでしょうか、独断で行ったのでしょうか。どのように動きましたか。
岩田:私が今回の人・組織の活性化のためにやった施策の中で、本社の経営会議に提案し承認を必要としたのは1度だけです。それは北米統括本社のHNA(ホンダ・ノースアメリカ)を設立した時です。これは本社の経営会議での承認が必要という要件に該当したからです。また、生産現地法人の社長にローカルアソシエートを抜擢する際には、公式な承認ではないものの、北米本部長とホンダ社長の事前了解を取りました。
それ以外のことは、北米の生産責任者、およびHAMのCEOの裁量の範囲内のことでしたので、私と北米本部長の2人で相談しながらやりました。
私が北米でローカルアソシエートを社長にしたというのは、先ほどの質問にも出た、「グローバルホンダはどうあるべきか」という命題に対する1つのメッセージのつもりでした。「これから北米はローカルアソシエートが、マネージメントを担う体制にしていきますよ」と。なかなか重い決断ではありました。
(受講者)精密機械メーカーに勤めています。私の会社もグローバル化へのチャレンジを続け、海外から拠点長や本社の事業部長を招き、採用し始めています。
ただ、ローカルのスタッフを登用するというより、全く関係のない他社から採用したケースが多いためか、KPI(業績評価指標)達成に向けて独自の手法を活用するなど、文化や価値観の違いを目の当たりにしています。正直、違和感を覚える機会も増えています。
ホンダの場合はどうだったのでしょうか。また、我が社のように生え抜きではない、外部から採用した人材を登用する際、企業文化の継承・発展はどのように実現していくべきなのか。岩田さんはどうお考えでしょうか。
岩田:ホンダは会社の歴史がまだ浅く、中途採用で異質な血をどんどん入れながら成長してきた会社ですから、あまり生え抜き人材にこだわる意識は強くない会社だと思います。
しかし、そうしたホンダでも、途中入社のローカル幹部の登用では多くの失敗事例があります。個人差もありましたが、大きな原因はホンダが何を大切にした経営を目指しているかの基本概念を、理解できていないことでした。
大切なことは、「会社として大切にしたいものは何か」という基本理念を共有することです。理念の共有が不可欠です。外部から入ってきた人は、新しい職場で早く成果を示したいものですから、とかく結果にこだわる傾向があります。必要以上に組織を変え、コストを削り利益を出そうとして、現場の社員から「外から来たリーダーはダメだ」と反感を買ってしまうという事態も起きがちです。ただし場合によっては、経営者はあえてそう言う人材を、劇薬として採用するケースもあります。
そうした場合でも、最初の段階できちんとコミュニケーションを取り、会社として大切にしている方針、哲学、考え方などを議論し尽くすことが欠かせません。特に外部から招いた人材には、こういうステップをきちんと踏まえてやってもらうことが重要ではないかと思います。
努力した人を適正に評価する仕組みを残す
【ものづくりについて】
(受講者)ものづくりにおいて日本が持つ優位性はどういう点にあると思いますか。
また、それを守るため、HAMの改革時にどのような対応を心がけましたか。
岩田:個別の企業によって違いがあると思いますが、少なくともホンダに関しては、終身的雇用制度の採用と現場における自由な提案制度が、大きな貢献をしていると思います。
終身的雇用制度では人材育成が企業の重要な施策の一つです。個人の経験や技術力向上により、会社全体のノウハウ蓄積や技術伝承に貢献することが個々人の生活の安定に繋がるという安心感が、ものづくりへの強い動機付けになっていると思います。そしてその環境が同族意識を生み、現場と技術部門との間に強い絆が生まれ、不断の改善活動を促すことになっていると思います。
また、ホンダでは特にものづくりの現場に一番近い従業員の皆さんの積極的な提案活動が、ものづくりの質を高めることに大きな貢献をしていると思います。それは学歴を問わず、そうした努力が認められれば、将来のキャリアアップに繋がる人事制度になっているからです。つまり現場の一人一人の意欲を引き出す環境、ボトムアップのものづくりができる環境があり、これがものづくりにおける強さにつながっていると思います。
もっとも、海外の状況は少し異なります。アメリカでも学卒エンジニアについては基本的な資質も高く、競争原理も働きますので企画・設計段階までのものづくりについては相当レベルが高いと思います。しかし、さきほどお話ししたように、アメリカの一般社会では学卒エンジニアのステイタスが高く、現場のノンエグゼンプトアソシエート(時間給で働き、評価による賃金差がない従業員)が作業標準や図面の改善提案をすることはとても難しいこと、あるいはしてはいけないことと思っているようです。ですから、不具合があっても改善スピードは日本と比べてはるかに遅いというのが実情です。
さらに、人事処遇が日本とは異なり「同一労働同一賃金」が基本ですから、ものづくりへの前向きな意欲を引き出し、ボトムアップの気概を持たせることは簡単ではありません。これこそ現地に赴任したリーダーの課題と言えると思います。一部の工場長クラスが、定常業務とは別に率先してものづくり提案活動などを組織化して、活性化につなげているという事例が出ています。
現場に落ちていたボルトを拾って歩く姿がアソシエートのプライドを刺激したように、やはり基本はマネージメントの皆さんが常に関心を持って現場のアソシエートに接することが大切ではないかと思います。
私は会社として努力した人を適正に評価することができる「仕組みを残すこと」が重要だと考えました。そこでHAMではトレーニングセンターをつくり、メンテナンス担当のアソシエートが持つ技術を評価し、資格認定できるようにしました。そしてその資格と会社に対する貢献度を加味した評価制度の導入に取り組みました。
とはいえ、この施策の対象者はごく一部のアソシエートに限られています。本来、こうした取り組みを一般のノンエグゼンプトアソシエートにも広げることが必要ですが、それはやはり難しい。そういう意味では、日本と海外ではものづくりの底力には依然として相当な開きがあります。日本企業はこうした強みの源泉をよく理解し、それを十分に生かすべきというのが私の考えです。
(受講者)サプライヤーとの良好な関係構築はホンダを始め、日本のものづくりの強みにもなってきたと思います。
米国でタカタ製エアバッグの欠陥が非常に大きな問題になりましたが、海外でホンダはサプライヤーとはどのような協業体制を取っているのでしょうか。
岩田:サプライヤーとの連携は日本でも海外でも全く同じ体制で行っています。多くのサプライヤーには研究開発の段階から参画してもらい、一緒に品質・コスト・納期(QCD)の目標を決めて進めていくというやり方が一般的です。
特に関係の深い会社については、購買の担当チームが「良いものを出荷できる体質にあるか」ということを定期的に確認するキャラバンを行っています。そのキャラバンで問題点を指摘し、改善を促しています。サプライヤーは「安定した製品の出荷責任」や「継続的なビジネスの維持」のために良い生産体質づくりに責任を持って取り組んでいただいています。
タカタについては高機能部品ということで、基本的には設計から製造まで、製品の機能・性能を保証していただくということで納入をしていただいていたと聞いています。今回の問題が発生した以降に、実際の製造プロセスの問題点などを話し合う機会がありましたが、この件は現在進行形で進んでいる懸案事項でありますのでここでは具体的なお話は差し控えさせて頂きます。いずれにしてもキャラバンの有無にかかわらず、両者の信頼関係を基本とした誠実な物づくりへの取り組み姿勢を大切にした関係を築いていると考えています。
「企業文化」再構築の機運はあったが…
【企業文化の継承・発展と経営について】
(受講者)バブル崩壊後の経営危機の際、対他競争力、コストなどに焦点を当ててしまったことが、ホンダの企業文化変質の遠因になったというお話がありました。
ただ、経営危機に直面した企業の緊急対応として、こういう競争力やコストに焦点を当てるやり方というのは決して間違っていない、むしろ逆に当たり前のこととすら言えるのではないかと私は思います。
問題は業績が回復し、体力が戻った後。もう一度、ホンダならではの良さを再確認しながら新たな企業文化を再構築していくことが必要だったのだと思いますが、そういうムーブメントはあったのでしょうか。
岩田:確かにホンダは緊急対応の結果、体力を回復しました。1996年ぐらいから「オデッセイ」「CRV」などのヒット商品が出て、徐々に投資を増やし、新しいタイプの車の開発、拠点の増設などに手をつけ、業務を拡大していきました。
そして創立50周年を契機にホンダの新しいビジョン(現在のホンダフィロソフィーのベース)の発信も行われました。しかし、素晴らしいビジョンを発信しても実際の事業運営や、意思決定の場でリーダーの皆さんの行動が変わらなければ錆び付いた現場の歯車は動き出せません。“不幸にも”1990年代後半から始まったBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)をはじめとする世界的な経済発展により、ホンダも大きく経営環境が改善しました。このことにより、企業文化の形骸化を招いた課題を内包したまま、緊急対応で始めたことが成功体験化し継続してしまった。ここに問題があったと考えています。
そういう意味ではおっしゃるような、企業文化再構築のムーブメントを起こす機運はありましたが、現場の行動を変えるまでには到っていないということです。経営陣の一員でもあった私の発言としては相応しくないかもしれませんが、10年以上続いた効果効率優先主義で染み込んだホンダ全体の「問題解決型体質」を変えることは、大変難しいことといわざるを得ません。
(受講者)私は米国での勤務経験がありますが、一般的に、米国では転職のチャンスが極めて多く、2、3年もたずに離職していくケースが後を絶ちません。ホンダでもおそらくそうではないかと思います。
一度離職した人が、転職先で新たな知識や経験を身につけて戻り、ホンダフィロソフィーの継承に力を貸すということもあるのでしょうか。
岩田:一度、離れて外に出てみたからこそわかるホンダの良さというのはあるようですね。米国企業の中には上司からの指示に「イエス、サー」と答えるしかない会社もありますから。ホンダの比較的自由に自分の意見が言えて、アイデアを提案できる環境の良さに改めて気づくようです。
日本国内では依然として再雇用をする制度はないと思います。アメリカでも以前は、一度退職した人は再雇用しないというルールを適用していました。安易な転職を防止するという狙いからです。
けれども、私がHAMにいた最後の年に、条件付きですがそのルールを変えました。このため少しずつ、再雇用のケースが出てきていると思います。他社を経験して根底にあるホンダの良さを理解している人たちがホンダフィロソフィーの継承・発展の上で大いに力になってくれるものと期待しています。
権限を委譲できるだけの人材を、きちんと育成する
(受講者)私たちの会社は数年前まで、今日の話に出てきた文鎮型のフラットな組織で運営していました。しかし業務の拡大とともにこの数年で社員数が5倍までに膨れ上がってしまいました。
かつて、ホンダは文鎮型組織で素早く意思決定を下し、リスクを取りながら果敢にチャレンジしていました。それが組織の成長・拡大とともに難しくなったというお話であったと思いましたが、拡大した組織で、文鎮型組織の時代のDNAを残しながら多様な業務を遂行するにはどうすれば良いのでしょうか。
岩田:色々な考え方があるでしょうけれども、私は事業規模の拡大に応じて、決裁の権限を委譲することに尽きるのではないかと思います。トップが真に信頼できる部下の「核」をつくり、その人物にどんどん決裁を任せる。逆に、信頼できないと組織長は報告を求めたがるものだからです。
こうして権限委譲していくには、権限を委譲できるだけの人材をきちんと育成しておくことも必要です。ホンダでは会社がどんどん大きくなっていくにつれ、決裁できる人材の育成が遅れてしまっていました。また経験の少ないプロジェクトメンバーにも、たくさんの仕事をお願いせざるを得ない状況に追い込んでしまっていました。
今、振り返れば、ホンダの競争力の源泉がどこにあるのかのコンセンサスがなく、会社としてどんな人材を育成すべきか、その中で機能組織はどんな役割を果すべきか、ということへの認識がやや甘かったのでしょう。
特に決裁責任者が変わると、決裁の方針や判断基準ががらりと変わってしまいかねませんから、長期的に会社のビジョンや事業戦略を踏まえて決裁ができる人材を育てていくことがとても重要です。成り行きや行き当たりばったりで決裁者を決めてしまえば、その決裁者次第で判断が大きくぶれてしまいますから。
多くの場合、権限委譲した後、組織としてのフォローがなくなってしまいがちですが、コミュニケーションを取りながら、活動を支援していくことも忘れてはなりません。そのためには組織にも「遊び」が必要だとおもいます。効果効率を追求するあまり、こうした「遊び」の重要性を見逃しては必要なサポートができません。
その会社のDNA、その会社らしさを残しながら事業規模を拡大していくというのは簡単ではありません。ホンダに関して言えば、モータースポーツの「F1」に代表される「チャレンジ」や「他社とは違う新しいものをつくろうという意気込み」こそが「ホンダらしさ」だったと思います。それが効果、効率を優先する思考の中で失われてしまった。
もちろん、きちんと儲けがなければ夢に挑戦することも、全く新しいコンセプトの商品開発に取り組むことも難しい。そういう意味では、「儲ける仕事」と「夢のある仕事」を戦略的にどのように事業運営していくかについての議論が足りなかったのかもしれません。組織の成長・拡大に当たっては、この辺りに注意が必要ではないかと思います。
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