三菱地所が東京駅前に高さ390mの超高層ビル建設計画を打ち出した。「東京の中心」として丸の内周辺の立場を不動のものとするのが狙いだ。一方、競合他社も各所で地域開発を加速させるなど不安材料は少なくない。
三菱地所のお膝元、東京・丸の内地区。その北側、東京駅のすぐそばに高さ390mの巨大ビル計画が立ち上がった。2017年度に着工する複合ビルは地上61階建て。大阪市阿倍野区にそびえ立つ「あべのハルカス」よりも90m高く、日本で最も高いビルとなる見込みだ。世界的に見ても米ニューヨークのエンパイアステートビルを超える摩天楼が誕生する。
このビルは、三菱地所が東京駅周辺で最大となる敷地面積3.1ヘクタールを再開発する「常盤橋街区再開発プロジェクト」で中核となる建物だ。「日本をけん引する東京のランドマークを作る」。昨年8月の記者会見で杉山博孝社長はそう語り、並々ならぬ意欲を見せた。
丸の内周辺を日本の中心、さらにはアジアの中心という地位に引き戻そうとする三菱地所の決意が込められた巨大プロジェクト。しかし同地区に高さ390mの摩天楼を含む4棟のビルが完成すると、東京ドーム15個分に相当する68万平方メートルのスペースが供給される。1年間に東京で供給されるビルスペースの実に7割に相当する大量供給に見合う需要はあるのだろうか。
確かに足元のオフィス需要は旺盛だ。丸の内地区の今年3月末時点のオフィス空室率は1.37%。前年同月に比べ0.45ポイント低下した。賃料上昇の目安となる5%を大きく下回る水準で、この勢いは2020年の東京五輪まで続きそう。しかし中長期的にみて日本の少子高齢化は確実に進む。丸の内の一等地とはいえ、プロジェクトが竣工する2027年度の需給は見通しづらい。
事業費は土地評価額などを含めると1兆円近い規模となる。「ビルの中に一つの街を作り出す」(杉山社長)という10年構想の勝算やいかに──。
強まる丸の内包囲網
ひとまず現在の東京の不動産事情をおさらいしてみよう。
2020年の東京五輪に向け、容積率などの規制を緩和する国家戦略特区が定められ、都心のあちらこちらで高層ビル建築が進んでいる。空を飛ぶ鳥もさぞかし驚く光景だ。
例えば森ビル。今年4月、虎ノ門ヒルズの周辺に4000億円を投じてオフィスビルと住宅棟の計3棟を建設する計画を発表した。羽田空港直通のバスターミナルを併設するなど、得意の外資系企業の取り込みに備える。辻慎吾社長は記者会見で「国際新都心を虎ノ門に作る」と、丸の内地区を意識したかのような発言をした。
2016年3月期の連結売上高が1兆5679億円と不動産業界国内トップの三井不動産は、日本橋での再開発を拡大するほか、東京駅を挟んで丸の内地区の反対側に位置する八重洲地区の再開発を進める予定。住友不動産もビル開発ペースを従来の2倍に引き上げた。六本木や品川周辺など東京都内を中心に、2021年度までに30棟のオフィスビルを開発する。
大規模再開発に乗り出すのはデベロッパーだけではない。東日本旅客鉄道(JR東日本)や京浜急行電鉄などが2027年のリニア中央新幹線開業に向けて品川駅周辺の整備に動き出している。開発次第では、品川駅が東京駅からターミナル駅の立場をも奪いかねない勢いだ。
「丸の内の大家」という異名を持つ三菱地所も安穏とはしていられない。「東京の中心」という地位を守るためにも丸の内の再開発を急ぐ必要があった。問題はテナントを大量に誘致する魅力を持たせられるかだ。
解の一つは「エリアマネジメント」である。
三菱地所は丸の内地区に30棟のビルを所有しており、統一感のある街づくりが可能。新しいビルをただ無機質に並べる「点の開発」ではなく、「面の開発」ができる。その優位性を生かし、これまでビジネスパーソンが中心だった丸の内に、新しい人の流れを作り出そうとしている。
にぎわいを生み出すメーンステージとなるのが、丸の内から有楽町に抜ける仲通りだ。かつては銀行の窓口が並び、ネクタイ姿のサラリーマンで平日はあふれていた。その半面、土日になると人影はまばら。隣にある銀座にしか誰も見向きもしなくなる地域だった。
「付加価値を生む丸の内」に
街の空気を変えるため、道沿いに海外ブランドや有名レストランを呼び込んだ。車が行き来するコンクリートの道路を石畳に変え、歩道も広げ往来を促した。休日にも人を呼び込もうと、ゴールデンウイークには路上を舞台に音楽イベントを開き、芸術オブジェも道に設置した。こうした取り組みが奏功し、丸の内はカップルや家族連れが訪れるようになっている。
「職」に「遊」という機能が加わった丸の内。三菱地所はそこに「泊」と「住」の役割を加えようとしている。象徴的なのが7月に開業する高級日本旅館「星のや東京」。都心部ながら、地下 1500m から温泉のくみ上け”に成功した。2017年開業のビルには地区で初となるサービスアパートメントが併設される。海外ビジネスマンが長期出張で訪れ、休日は浴衣姿で街を歩く場面も見られるかもしれない。
魅力を高めるもう一つの手立てが災害対策だ。東日本大震災などをきっかけに、企業はBCP(事業継続計画)対策を強く意識するようになっている。
4月に開業した「大手町フィナンシャルシティ グランキューブ」は地上31階、地下4階の高層ビルで、延べ床面積が約19万平方メートルという巨大ビル。電気やガスの供給が途絶えても3日間は稼働できる非常用発電装置を整備した。三菱グループ系の製薬会社の協和発酵キリンや三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券などは災害対策が充実している点も評価して本社機能を移転。丸の内・大手町地区で最大級の賃貸面積ながら満室開業となった。
地域の活気は生まれつつある。しかし「職住遊」を近接させ、災害対策を講じるのは今や大規模再開発のセオリーに近い。にぎわいを今後も維持・向上するにはプラスアルファが必要。「新しい企業を生み出す街にすることだ」と合場直人・専務執行役員は指摘する。
先例が大手町フィナンシャルシティ グランキューブにある。3階に入居するのは海外のベンチャー企業など。成長企業の事業を支援して育成し、将来的には大きなオフィスを借りてもらおうとそろばんをはじく。新丸の内ビルディングに開設したビジネス支援施設では、ビジネス向けSNS (交流サイト)のリンクトイン・ジャパンが巣立ち、丸の内で増床移転するという成功例を持つ。この循環を今後も生み出す狙いだ。
安心・安全が確保された街に働く人だけでなく遊ぶ人、住む人、泊まる人を呼び込む。働く人は世界的な金融機関から有望なベンチャー企業や個人商店まで幅広く受け入れる。そうすることで「丸の内は付加価値が生まれる街」という実績を作り、390m摩天楼への入居につなげる。「完成する2027年度までに丸の内は、新しい魅力的な企業が入居したくなる地域になるだろう」と杉山社長は言う。
丸の内地区は1890年に三菱グループを興した岩崎弥太郎の弟、弥之助が明治政府から土地の払い下げを受けた土地だ。その後、築かれた赤レンガの街並みは日本の近代化の象徴となった。戦後は大手金融機関やメーカーの本社機能が集積、高度成長期を支える代表的なビジネスセンターに成長した。
しかし新宿の旧淀橋浄水場跡地が再開発されて誕生した副都心や、森ビルなどによる東京都港区の再開発が、丸の内の存在感を薄くした。対抗上、まず手掛けたのが東京駅前の丸の内ビルディングの建て替え。以来、壮大な丸の内改造計画は15年近くにわたって続くが、390m摩天楼の建設計画は、さらに向こう10年、三菱地所は丸の内地区を磨くという意思表示でもある。
しかし、オフィス賃貸事業の8割近くの利益を丸の内地区で稼ぐ経営構造は一本足打法に近い。しかも以前から丸の内地区などに自社保有するビルを取り壊して再開発するため、工事期間中は賃料収入が無くなるという弱点がある。地権者の土地所有権などを活用した再開発で、運営するビル数を新たに拡大する競合他社には利益水準で劣りがちだ。
●三菱地所の部門別利益
アウトレット事業に伸びしろ
三菱地所の今期(2017年3月期)の連結純利益は前期比3%増の860億円と過去3番目の高水準を見込むが、同業に目を向けると共に今期最高益見込みの三井不動産(1250億円)と住友不動産(970億円)に後れを取る。
利益3番手から抜け出すには、国内ビル事業以外での成長が不可欠と見る。杉山社長も「フィー(手数料)ビジネスなど、賃料以外の収入源を増やしたい」と話す。三井不動産のように、商業施設運営や不動産仲介など多様な収入源を持つバランス経営を追い求める。景気変動に市況が影響されるビル賃貸事業に比べ収益に安定性をもたらすメリットもある。その中で三菱地所が期待を寄せるのが、アウトレット施設などを運営する生活産業不動産事業だ。
5月上旬、三菱地所が手掛ける御殿場プレミアム・アウトレット(静岡県御殿場市)を訪れると、狩野保支配人は真っ黒に日焼けした顔で「ここ数週間まったく休む暇が無い。新興国の景気減速はあまり影響が無いみたいです」とほほえんだ。
ゴールデンウイークが終わった後にもかかわらず、全国9カ所にあるプレミアム・アウトレットの中で最大の集客数を誇る御殿場プレミアム・アウトレットが盛況なのは、訪日外国人によるところが大きい。
この日もタイや中国からの観光客がひっきりなしに大型バスから降りてきた。施設を見下ろすようにそびえ立つ富士山をカメラに収めようと、撮影スポットは人の山。こうした訪日外国人が施設内で洋服や靴、おもちゃなどを買い求める。イスラム教徒に配慮し祈りのためのスペースを設けたり、10種類近い通貨に対応した両替機を設置したりしている。2015年4~12月の外国人客数は前年同期比8割増の117万人になるなど、伸びしろは大きい。
脱・国内ビル事業依存のための方策は海外にも向く。古くから参入しているロンドンやニューヨークなどは「もはやローカルプレーヤーの一員」(杉山社長)。今後成長を期待するのがアジア地域だ。シンガポールでは現地の不動産会社キャピタランドと組み、地上40階建てビルを総事業費約1200億円で昨年の末に完成させた。
育つか、非ビル賃貸事業
さらにもう一つ、利益底上げへ期待するのは不動産ファンド運用による手数料ビジネスだ。同社は上場REIT(不動産投資信託)や私募ファンドなどを通じ、国内外で3兆2000億円規模を投資するが、2020年までに5兆円に引き上げる計画だ。2014年には米国の不動産ファンド運営会社、TAリアルティを買収するなどM&A(合併・買収)を通じた規模拡大を目指して動いている。
ビル事業では創業からの丸の内への一点集中を貫きつつ、アウトレットやファンド運営で利益の底上げを狙う。丸の内の大家ではなく、「多角経営の大家」に三菱地所は変貌するための種をまいている。東京に巨大摩天楼が建つ2027年頃、種は根を張り、空高く伸びているだろうか。
杉山 博孝社長に聞く
巨額投資、十分に利益は出る
──390mのビルプロジェクト、狙いは何でしょう。
「世界各地には、それぞれアイコンとなるような建物がある。だから東京のど真ん中に象徴的な施設を作りたいと考えた。ただ日本一の高さに特段こだわったわけではない。地区内にもともとある変電所などの施設スペースを用意しつつ、残った敷地で十分容積を確保できる高いビルを建てようとさんざん考えた結果、390mの計画となった」
「(1兆円規模と)投資額は大きいが、採算は見込めている。賃料が今後上昇しないと想定しても、十分利益が出る計算となっている」
──2020年に向けて東京でビル開業が相次ぎます。警戒はありますか。
「2018年が新規ビル開業のピークと言われていたが、若干後ズレする見通しだ。来年、再来年と需給環境はバランスの取れた良好な状況が続くと見ている。その後は、五輪開催に向けて経済が活況となり、ビル供給を吸収するだけの需要が生まれると予想する。供給過多になるというような心配はあまりしていない」
「より良いビルを建て、他の地域より高い賃料を取れるようにするといったデベロッパー間での切磋琢磨は大切。だがそれ以上に、競争の結果として魅力的な街が東京に多く誕生することが業界的には必要なことと考えている」
──アジアの都市間競争も激化しています。
「シンガポールや香港は税率を低く設定し、外資系企業の誘致に成功してきた。日本も法人実効税率がようやく30%を下回る水準となり、外資系企業にとって税制が拠点を設ける際のネックではなくなってきた」
「4月に開業した大手町フィナンシャルシティ グランキューブでは、IT(情報技術)ベンチャーなど海外企業のビジネスを支援するオフィススペースを用意した。近隣には英語で診療可能なクリニックがあり、来年にはサービスアパートメントができる計画だ。生活環境を含めた誘致活動を進めていく」
──丸の内を今後どのような街にしていく構想ですか。
「世界中の都市で、これだけ安全・清潔で主要企業が集積している地域は他には無い。国際化や多様化を進め、地域内でイノベーションが起こる街にしていきたい」
「有楽町など周辺地域では再開発が進んでいない部分が多く残っており、再開発計画全体の3分の1が終わった程度にすぎない。これからはビルの建て替えだけでなく、施設内の改修による価値向上にも取り組む。まずは(築58年となる)大手町ビルで試してみたいと考えている」
(日経ビジネス2016年6月13日号より転載)
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