国際訴訟支援やフォレンジックなどで急成長を続けるベンチャー企業UBIC。売上高は10年間で約50倍となり、今期は100億円を突破する見通しだ。元自衛官が創業した同社は独自の人工知能(AI)を応用し、事業領域の拡大を狙う。
東京都港区にあるUBIC本社。あるフロアの一角に入ると、顧客企業から依頼されたハードディスクを専門エンジニアが黙々と解析していた。不正が疑われる社員のメールやパソコン内のデータを細かく分析することで、不正の証拠を見つけ出すためだ。
このようなデータ解析調査を「デジタルフォレンジック」と呼ぶ。削除したメールやファイルも簡単に復元できる。USBメモリーなど外部記憶装置へコピーしたり、プリントアウトした履歴まで分かってしまう。ひとたびフォレンジックが始まれば、パソコンの中身は丸裸も同然となる。
部長と部下の愛人がつるんだ横領事件、取引先と癒着した不正な請求書作成、社員による機密情報の持ち出し事件など。数々の企業の不祥事調査で、顧客企業や捜査当局から依頼を受け、UBICのフォレンジック技術が活躍してきた。同社が手掛けたフォレンジック調査は累計で1000件を超える。
「鑑識」や「科学捜査」を指すフォレンジックという言葉は、2015年7月に公表された東芝不正会計問題の第三者委員会の報告書でも一躍脚光を浴びた。東芝の首脳陣が不正会計を指示したとされる証拠を探すため、社内で飛び交った膨大なメールや文書ファイルの調査に使われたからだ。
このフォレンジックと並ぶUBICの主力事業が国際訴訟支援だ。米国の訴訟では裁判前に原告企業と被告企業のそれぞれが持つ証拠を見せ合う、「ディスカバリー」という制度がある。そのために社内のサーバーや関係者のパソコン内にある電子データの分析が必須であり、その証拠探しを請け負う。
UBICは国際訴訟支援やフォレンジックなどリーガルテクノロジーの専門会社として、元自衛官の守本正宏社長が2003年に設立した。同事業を専業にする会社は日本やアジア地域にはなく、訴訟大国である米国で日本企業や韓国企業などの顧客をつかみ急成長を続ける注目のベンチャー企業だ。2016年3月期は、既存事業の成長に加え買収戦略も寄与。売上高は前年比67%増で100億円の大台を突破する見通しだ。
日本初のリーガルテック企業
起業のきっかけは守本社長の防衛本能だった。グローバル化の進展で日本企業が米国で訴訟に巻き込まれるケースが増えてきたが、「米国の訴訟支援会社や弁護士に訴訟を丸投げにして不利益を被る日本企業があまりに多かった」(守本氏)。そんな不条理から日本や日本企業を守りたいという欲求が、UBIC立ち上げの根底にある。
まず注力したのは米国のリーガルテック市場への対応だ。リーガルテックとは、法曹を意味するリーガルと、テクノロジーを掛け合わせた造語。訴訟関連の証拠調査でIT(情報技術)を使い、電子データの証拠を集める事業者の業界を指す。
米アップルと韓国サムスン電子がスマートフォン分野で激突した訴訟合戦が代表例だが、米国ではライバル企業同士の訴訟が日常茶飯事。そのため米国では、リーガルテック分野に約1200社もの企業が存在する。あらゆる業界で訴訟は増加しており、米国を中心とした世界のリーガルテック市場は右肩上がりで成長。年平均16%超の伸びが続き、2022年には210億ドルを超えるようになるとの予測もある。
UBICは2013年、ナスダック市場に上場した。これにより、「米国における社名の認知度と信用度が格段に増した」(池上成朝・副社長)。上場で得た資金を元手に買収攻勢をかけ、2014年にワシントンを本拠地とする訴訟支援会社の米テックロー・ソリューションズを、2015年にはサンフランシスコを中心に西海岸をカバーする米エヴォルヴ・ディスカバリーを買収した。
今後も北米市場の強化を進める予定で、中西部をカバーできるシカゴなどを拠点とする同業、ヒューストンなどを中心に南部をカバーする同業企業の買収先を探していく方針だ。
同業企業の買収は営業基盤を確保するためだ。政府案件やIT、製造業、金融、エネルギーなど、既に多様な顧客層を抱え、有能な弁護士とのパイプを持つ同業企業を傘下に収めることで、北米における訴訟支援事業をさらに強化したいと考えている。
ただ、競合がひしめく米国市場で、後発かつ日本企業のUBICが勝ち抜いていける勝算はどこにあるのか。それが、アジア言語の解析に強いITシステムと、訴訟の証拠探しを劇的に効率化できる人工知能(AI)を持つことだ。
「KIBIT(キビット)」と呼ぶ独自開発のAIは、少ない学習量で人間の勘や暗黙知を学び、的確な判断を下せるようになる点が特徴だ。
一般的にAIは、自分で判断を下すために、大量のデータを事前に記憶させなければならないものが多い。このため、実践で使うために多くの時間とコストを要することになる。その点、キビットは独自のアルゴリズムとシミュレーション機能などを搭載することで、学習用データが少なくても正しい判断が導けるようになるという。
「ほんの数件の学習用データを学ぶだけで、人間より正確な判断を下せるようになる。多くの顧客が、試用した段階で驚く」。UBICの武田秀樹・執行役員CTO(最高技術責任者)は、こう胸を張る。UBICはAI関連で43件の特許を取得している。
怪しいメールをAIが順位付け
このAIを国際訴訟支援やフォレンジックで使うと、どのような威力を発揮するのか。証拠となる可能性が高いデータの特徴を少数のサンプルで学ばせることで、怪しい内容のメールやファイルを高速に特定できるようになる。「20人の弁護士が2週間かけても見つけられなかった証拠を、AIが1日で見つけたこともある」(守本社長)。
通常の国際訴訟支援サービスでは、膨大な電子データの中から証拠と合致しそうなキーワードで検索をかける。この検索結果を人が1件ずつ見て、証拠となる情報であるかどうかを判断する必要がある。UBICのAIを使えば、疑わしい順にスコアが付くため、最終的な人の確認作業を最小化できる。
例えば、カルテルや談合に関する調査では、メールに登場する「飲み会」というキーワードが重要視される。複数人で集まって相談する場として使われるからだ。ただ、単に「飲み会」で検索すると、膨大な数のメールがヒットしてしまう。普通の飲み会に関するメールも拾い上げてしまうからだ。
UBICのAIは前後の文脈なども含めて分析し、“怪しさ”の順位を付ける。人はその順に見ていけばいい。「競合の米国企業に頼む場合に比べて、訴訟の証拠探しのコストを3分の1程度にできる」と守本社長は断言する。
2014年からは、これまで培ってきたAI技術をマーケティングやビジネスインテリジェンス、ヘルスケア分野といった新規事業に活用し始めた。
「はじめまして! 僕はKibiro(キビロ)。あなたのこと、もっと知りたいな」
目を光らせ、愛らしいしぐさをしながら動く高さ30cm程度の小型ロボットだ(上の写真1)。ロボットなのに服を着せるというアイデアが評判となり、2015年11月の製品発表と同時に注目を集めた。これが、マーケティング分野の主力となるロボットだ。ロボットベンチャーのヴイストン(大阪市)と組んで開発した。
キビロはユーザーと話をしながら、好みや嗜好をクラウド上のAIで学習していく。ユーザーが、「友達と行くレストランを探している」と話しかけると、求めている店の雰囲気や用途などを聞いた上で、最適な店をネット上から検索して教えてくれる。
通常の検索と似ているが、機械的な検索結果が一覧表示されるだけでない点が決定的に異なる。キビロとの会話を通じた検索であれば、ユーザーの嗜好まで考慮して結果を知らせる。「より早く、欲しい情報にたどり着け、自分が予想もしていなかった情報までリコメンドしてくれる」。UBICがマーケティング事業のため設立した子会社、ラッパの斎藤匠社長は、こう説明する。
キビロの価格は10万円以下になる予定で、2016年前半から法人向けに発売する。案内所や店舗に置き、来客へ情報提供する用途を想定。今年12月には、個人向けにも販売する計画だ。
トヨタグループとも協業
顧客企業の業務効率化に寄与するビジネスインテリジェンス分野では、特許情報の分析システム「パテントエクスプローラー」を提供している。共同開発したのは、トヨタ自動車の100%子会社で、特許管理などを手掛けるトヨタテクニカルディベロップメント(愛知県豊田市、以下TTDC)だ。
両社が協業した背景には、トヨタグループにおける特許関連作業が増大していたことがある。自動車の電動化や自動運転などが進展してきたことで、従来のクルマ関連だけでなく、電機やIT分野まで幅広く特許情報をチェックしなければならなくなった。グループで開発している様々な技術で、既存特許を侵害していないかどうかなどを1件ずつ確認するのは限界が出てきた。
TTDCの宮川倫一・情報解析室室長は、「技術的に似ている関連特許を探し出す作業では、AIがずばり合致する資料を高速に探し出したことに衝撃を受けた」と語る。両社は今後も共同開発を続け、パテントエクスプローラーを外販していく。
ヘルスケア事業でも大手と組む。2015年からNTT東日本関東病院と共同で、電子カルテなどの情報をAIで分析し、患者の転倒リスクを予知するシステム開発を始めた。
主力事業のリーガル分野では北米で体制が整い、AIを横展開する新規事業も国内で実績が出始めた。ただ、このまま安定成長できるかどうかは予断を許さない。課題は利益水準の変動が大きいこと。北米における訴訟件数の多寡が利益の増減に直結しているからだ。
だが、この問題は徐々に解消する見通しだ。北米で同業を買収したことで、大規模案件の受注増が見込めるからだ。「年により利益変動が大きい課題は、リーガル分野での顧客数拡大と案件の大規模化で乗り切っていく」(守本社長)。
リーガル事業で稼いだ利益を、新規事業へ大胆に投資していく好サイクルを作れるか。これが今後の成長を大きく左右することになる。
(日経ビジネス2016年3月7日号より転載)
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