取材・執筆に予想以上の時間がかかってしまった拙著『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』(日経BPコンサルティング刊)が、やっと発売にこぎつけました。

2014年のとんでもない革命

 2014年11月、国立天文台が発表したとんでもない天体観測画像がある。
 その画像は、アンデス山脈の標高5000mに完成した巨大電波望遠鏡、「アルマ」がとらえた観測画像で、「天文学の革命」とすら呼ばれている。
 残念ながら日本では一般にはほとんど知られないままだが、欧米のメディアでは繰り返し伝えられている画像なのである。

2014年11月、おうし座「HL星」で「アルマ」がとらえた原始惑星系円盤の姿。(画像・ALMA/ESO/NAOJ/NRAO)
2014年11月、おうし座「HL星」で「アルマ」がとらえた原始惑星系円盤の姿。(画像・ALMA/ESO/NAOJ/NRAO)
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 中心部の明るい星を幾重もドーナツ状のものが取り巻いているその姿は、私たちの太陽系の誕生時を彷彿とさせる。

 この同心円状の部分は、いずれも塵からなる円盤だ。
 この円盤がさらに凝集して地球のような惑星が作られることが伺えた(すでに惑星ができている可能性もある)。

 地球も含めた惑星は、マイナス200℃以下という極低温の塵やガスが集まって作られたとされてきたが、この幾十もの円盤はまさにそれが作られつつある極低温の現場なのだ。
 この1枚の画像は、およそ50億年前とされる太陽系の誕生時をまのあたりにする、タイムマシンを思わせた。

 この原始惑星系円盤が観測されたのは、冬の星座、オリオン座の三つ星の西に見える「おうし座」の一部だ。

 真っ白い牛に変身した大神ゼウスが美しい王女、エウロペを拉致したというギリシア神話に由来する星座、おうし座(略号はTau)。
 このおうし座にある「HL Tau」と呼ぶ天体には、1980年代から電波望遠鏡の観測によって、やがては太陽系と同じようなものとなる原始惑星系らしきものがあることが知られていた。しかし、当時の電波望遠鏡は「視力」が悪く、ピンぼけでしか見えなかった。また、それを鮮明に見るのはきわめて難しいと誰もが考えていた。

 ところが、それが、あまりもすんなりと見えてしまった。世界が大きな衝撃を受けたのは当然だった。日・米・欧が共同で作りあげた、人類が手にした最大の眼、「アルマ」望遠鏡。この画像は、「アルマ」の能力をまざまざと教えてくれた。「アルマ」に携わった天文学者たちは、これを見て「泣いた」という。

「アルマ」がとらえた原始惑星系のサイズを右の太陽系と比較(右図・NAOJ)
「アルマ」がとらえた原始惑星系のサイズを右の太陽系と比較(右図・NAOJ)

 レンズで光を集める光学望遠鏡は、人の眼で見ることができる可視光線しか観測できないが、あらゆる物質は電波を発している。電波は肉眼では見えないが、電波が見える望遠鏡であれば肉眼では見えない分子、天体の姿がとらえられる。その手段が電波望遠鏡なのだ。電波を受信するのだがら、それは宇宙にアンテナを向けた超高性能のラジオと言っていい(電波望遠鏡は英語では「Radio Telescope」だ)。その電波をとらえるのはレンズではなく、BSテレビ放送を受信するのと同じパラボラアンテナだ。ただし、それは巨大で、とてつもなく精密に作られているが。

2013年、酸素が半分の高地に

 2013年3月、南米チリのアンデス山脈の標高5000mという酸素が半分しかない高地に、参加国や予算額などプロジェクト規模としては史上最大の電波望遠鏡「アルマ」がデビューした。乾ききった、草木1本もない広大な砂漠が広がる火星のような世界だが、そこに1台およそ100トンもある巨大パラボラアンテナが66台も配置され、観測を開始した。

 各パラボラアンテナは自由に移動できるので、目的に応じて最大で直径16キロ内にレイアウトできる。16台のパラボアンテナは相互に光ファイバーで結ばれていて、同じ天体を同時に観測すると、山の手線のサイズのレンズを持った望遠鏡になる(干渉計という原理による)。

 最大の能力を発揮させると、その眼は、東京から大阪の1円玉が見えるほどの能力をもつ(見え方の能力が「角度分解能」)。これは視力なら6000に相当する。

 その「アルマ」望遠鏡がデビューから2年も経ていない、まだ助走段階で、試しにおうし座「HL Tau」を観測したところ、原始惑星系の円盤がクッキリと見えてしまったのだ。これは、「アルマ」の能力をフル発揮したわけではなく、東京から大阪の野球ボールが見えるに等しい視力2000にすぎなかったが、驚愕の姿が得られたのである。

チリ、アンデス山脈の標高5000mで観測を続ける「アルマ」望遠鏡。全アンテナの受信信号をスーパーコンピュータで統合することで信じがたいすごい「眼」なる。(写真・山根一眞)
チリ、アンデス山脈の標高5000mで観測を続ける「アルマ」望遠鏡。全アンテナの受信信号をスーパーコンピュータで統合することで信じがたいすごい「眼」なる。(写真・山根一眞)
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 という大ニュースが、「アルマ」を描くノンフィクションの取材・執筆の途上に飛び込んできたのだ。「大変だ!」とばかりに、私は国立天文台に駆け込み、林正彦台長を初め「アルマ」の関係者に興奮状態でインタビューして回ったのだった。

 宇宙に浮かぶ地球に生まれた私の体、生命は、宇宙で作られた材料でできている。となれば、「私は、私の材料はどのようにして宇宙で誕生したのか」を知りたい。その答に通じるこの観測画像は、待ちに待っていた「アルマ」の大成果だった。私の「元」は、こういう場所で誕生したのだから。

2012年から100人以上の声を

 2012年と2013年、アンデス山脈の標高5000mの天空の天文台を2度訪ね、「アルマ」の30年にわたるプロジェクトをノンフィクションとしてまとめようと取材・執筆を続けていたが、物語の着地点がみつからず足踏み状態が続いていた。いくら「凄いモノを作ったぞ」と書いても、その成果が書けなければ読者は納得してくれない……。

 だが、これではずみがついた。

 取材に拍車をかけ、天文学者、アンテナなどを製造したメーカー、町工場の凄腕の職人たちなどを100人以上訪ね、長時間インタビューを続け、やっと『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』を書き終えることができたのである。

 天文学や宇宙に関心が薄い方も少なくないと思うが、ギリシア時代から「天文学は最も基本的な教養」とされてきた。重鎮が集まる国際会議後のパーティでの会話では、宇宙や天文を話題にするのがベストだ。パーティーにまで政治やカネの話を持ち込むのはタブーだが、宇宙・天文は人類共通の話題だからだ。宇宙・天文への造詣は、国際人に欠かせぬ教養なのだと聞いたこともある。

 「私とは何か」「私はどこから来たのか」という問は、長いこと思想や哲学、文科系の課題だったが、今や、生命の根源を探す深海研究や惑星誕生を解き明かす天文学が、そのもっとも根源的な「問」に答えようとする時代を迎えている。

そこには、名もなき凄腕の職人たちがいた

 かつて、ラジオで放送されていた『子供電話相談室』で、強く印象に残っている子供の質問がある。3~4歳の幼児だったと思うが、こう聞いたのだ。

 「ボクはどうしてここにいるの?」

 そういう「問」を投げかけ、その「問」の答えを必死に探し求める。
 そういうありようこそが、人間の人間たるゆえんであり、科学の最大テーマなのだ。

 もっともそれを真摯に探りたいという天文学者たちのリクエストは、それを可能にする道具、手段がなければ満たされない。スーパー望遠鏡「アルマ」は、日・米・欧のエンジニアでもある天文学者たちが、メーカーとともに30年をかけて実現したのだ。

 日本では、三菱電機、そして数多くの町工場がその仕事に取り組んだ。

『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』の巻頭カラーグラビアページ。
『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』の巻頭カラーグラビアページ。
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 「アルマ」のパラボラアンテナの「お椀」を東京ドームの大きさとするなら、その鏡面をシャープペンシルの芯の太さよりも精密に切削加工し続けた人たちがいた。

 「どう考えても作れない」と何ヶ月も眠れぬ日々を過ごした末にパラボラ面の仕上げ切削加工をした人たちがいた。

 マイナス20℃からプラス20℃まで40℃という気温変動でも、1000分の数ミリの熱変形すら起こさないアンテナの設計に取り組んだ人たちがいた。

 太さが髪の毛の半分、長さが1ミリ以下という、私にはとても肉眼では見えない「刃」を使い、宇宙電波を受信する指先にのる小さな部品の超精密加工に没頭した人たちがいた。

 欧米から「日本には作れっこない」と冷ややかに言われながら、「アルマ」の心臓部である超伝導素子を作り上げた人たちがいた。

 「アルマ」の製造を担った人たちは、無謀なまでの天文学者の要求に応え、神経を研ぎ澄ませ、知恵をふりしぼり、放り出したいという欲求に耐え、コンピュータの計算に明け暮れ、油と金属粉にまみれながら努力を続けた。彼らは、日本の「モノつくり」のヒーローと呼ぶにふさわしい人ばかりだった。しかも、マスコミに一度も登場したことのない人たち……。

厳しく、辛い物語の先に

 日本の「モノつくり」の凋落が語られることが多くなった。だが、「アルマ」は、日本には、とてつもなく高いハードルという課題さえあれば、人類未到の「モノつくり」をなしとげる底力を発揮できる数多くの人々がまだまだ数多く存在することを確信させてくれた。それも、オールド世代のみならず、若い世代が少なくないことも。

 『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』は、そういう「モノつくり」の現場の人々とともに、日本の天文学者たちが欧米を相手に血ヘドを吐くような、そしてしたたかな経験を積み重ねてきたマネージメントの記録でもある。「アルマ」は、過去最大と言われた国際共同科学プロジェクトだけに、あらゆるビジネス分野の方々に知ってほしい教訓も多いのである。

 「アルマ」は、およそ30年におよぶ巨大プロジェクトだけに、執筆のために参照した資料だけでも数千ページにおよび、とてもではないが私一人の力ではすべて描くことはできなかった。しかし、拙著を通じて、宇宙・天文分野を超えて、壮大な計画に挑むすばらしさ、その苦しみと喜び、国際化時代の日本ならではの「日本力」とは何かを知っていただければと願っている。

7月31日発売の山根一眞著『<a target="_blank" href="https://www.amazon.co.jp/gp/product/486443042X/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=486443042X&linkCode=as2&tag=nb5min-22&linkId=b142a3d2908cb19112c963db8193c067">スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち</a>』(日経BPコンサルティング刊。四六判、カラーグラビア16ページを含め全280ページ、税別1500円)
7月31日発売の山根一眞著『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』(日経BPコンサルティング刊。四六判、カラーグラビア16ページを含め全280ページ、税別1500円)

 『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』の刊行を記念して8月2日に東京の八重洲ブックセンターで山根一眞の「アルマ」講演とサイン会があります。

 開場は18:30ですが事前申し込みが必要ですのご希望の方は早めにお申し込みを。

 当日は、本書に登場する「アルマ」の巨大アンテナの、加工途上のパラボラ面の一部(鏡面パネル)の現物など、モノつくり現場から提供していだいた「現物」も持参し披露します。また、国立天文台の「アルマ」天文学者も来てくれる予定ですので、壮大な宇宙を見る眼を作りあげてくれたことを感謝しつつ、皆さんにご紹介したいと思っています。

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