「片道1時間以上の顧客とは取引しない」――。産業用自動機械の設計・製作を手掛けるスズキ機工(千葉県松戸市)の事業戦略だ。同社の鈴木豊社長が体験した「ある事件」をきっかけに始めたこの戦略。結果として同社の取引先は半減したが、売上高は4倍以上になった。「真面目に働いているのに、ちっとも利益が上がらない。誰かにその理由を教えてほしい」。そんな鈴木社長の悩みを一気に解決し、町工場の働き方改革にもつながった「距離」で取引先を絞る戦略とは。
自社(スズキ機工)から1時間以内の取引先に絞るスズキ機工。鈴木豊社長は2代目。第二創業を実現した(写真/菊池一郎)
自社(スズキ機工)から1時間以内の取引先に絞るスズキ機工。鈴木豊社長は2代目。第二創業を実現した(写真/菊池一郎)

 「当社から片道1時間以上かかる場所にあるお客様からの仕事は、お引き受けしません」。産業用自動機械の設計・製作を手掛けるスズキ機工(千葉県松戸市)は、自社の事業戦略をこう掲げる。

 車で1時間以上かかる企業からの仕事は丁重に断る。移動時間が1時間以内の顧客なら、密接な関係を構築することができ、ライバル企業の追随を許さない商品、サービスの提供が可能になる、というのが鈴木豊社長の考えだ。

「現在はさらに営業エリアが狭まり、移動時間は実質40分以内くらいかもしれない」と鈴木社長は話す。この非常にユニークな方針を掲げたのは2010年頃からで、ある事件がきっかけだった。

図面を盗まれた

 「大至急で対応してほしい」

 2010年のある日、取引先の大手メーカーから大型装置の設計・製造を依頼された。懇意にしている先からの頼みとあって、鈴木社長はほかの予定をすべてキャンセルし、片道2時間半かけて先方の元に駆け付けた。現状確認や採寸の後、その日のうちに図面と見積もりを提出した。

 翌日、大手メーカーから「申し訳ないが、計画は中止になった」と断りの連絡が入る。前にも似たような経験があったので、鈴木社長はそれについては大して気に留めなかった。

 1カ月後、別件でまた大手メーカーを訪問したとき、鈴木社長は言葉を失った。以前、計画中止になったはずの装置が据え付けられていたからだ。

 自身が設計したものと寸分違わない形、大きさで今まさに目の前にある。設計までしながら製造されなかったのは、計画中止によるものではなかった。

 「うちが書いた図面を無断で使い、ほかの会社に製造させたのか!」

 怒りがふつふつと湧き上がり、大手メーカーの担当者に詰め寄った。「これは一体どういうことですか。あの話はなしになったのではなかったのですか。なぜ俺が設計した装置がここにあるのか、ちゃんと説明してください!」。

 スズキ機工がこのメーカーと取引を始めたのは2年ほど前。大手だけあって、決して安くはない金額の装置をしばしば発注してくれていた。だから取引がゼロになれば痛手はある。それでも鈴木社長はその場で、この会社とは金輪際、取引をしないと決めた。

「大至急だと言ってやらせておいて、こんな仕打ちをするのか。中小企業だと思ってばかにしている。仕掛かり中の製品も含め、もう取引はやめだ。二度と連絡をしてこないでくれ」。そうたんかを切って、工場を後にした。

 スズキ機工は1971年に鈴木社長の父、道弘氏が創業した会社だ。もともとは18L缶の製造機械の修理・メンテナンスが専門で、後に生産ラインの設計・製作事業を立ち上げた。しかしバブル崩壊以降、製缶機械市場の不振で長い冬の時代に突入する。

 息を吹き返したのは、食品関係の商社に勤務していた鈴木社長が97年に呼び戻されてからだ。前職で世話になった食品会社の社長から仕事が舞い込んだことを機に製造ノウハウを蓄積。徐々に食品メーカー向けの自動機械や検査装置の設計・製作を手掛けるようになり、2002年頃には完全に業態転換を果たした。

忙しいのに、儲からない

 とはいえ、経営は安定しているとは言いがたい状況だった。07年、鈴木社長が父から経営のバトンを受け取ってからも依然として業績は厳しいまま。

 とにかく毎日忙しい。仕事はたくさんある。売り上げもそれなりにある。にもかかわらず、常に収支はトントンか、赤字。「真面目に働いているのに、ちっとも利益が上がらない。誰かにその理由を教えてほしいくらいだった」。

 件の事件が起きたのは、そんな頃だ。捨てぜりふを吐いて大手メーカーの工場を飛び出した鈴木社長だったが、次第に冷静さを取り戻し、なぜこんな結果になったのか、思いを巡らせ始めた。

 どうして、あの会社はこんな仕打ちをしたのか。最初からそのつもりだったのか。いや、そんなはずはない。きっと途中で予算が変更になったのだ。上司からコストを下げるように指示されて困った担当者がやったことに違いない。恐らく地元の企業にうちが書いた図面を渡して、安く作るようこっそり頼んだのだろう。では、なぜ担当者はうちに事情を打ち明けてくれなかったのか……。

 ここまで考えて鈴木社長は、このメーカーと取引を始めて2年になるものの、そこまで深い信頼関係が築けていなかったと気がつく。自社から片道2時間半かかるため、顔を合わせる機会が少なかったせいだ。「もっと顧客と密に仕事をしないといけない」。独自の方針の原案はこの時にできた。

非効率は致命傷

新製品の開発方針は「経営計画書」にすべて明記されている。社員全員が常にこれを携帯し、業務の振り返りなどに使っている
新製品の開発方針は「経営計画書」にすべて明記されている。社員全員が常にこれを携帯し、業務の振り返りなどに使っている
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 よく考えてみると、スズキ機工のような資金や要員が潤沢とは言えない中小企業の場合、移動に時間がかかる取引先と仕事をすることはデメリットにつながる。

 例えば、同社の業務は、機械を製造し、据え付けたら終わりではなく、不具合がある度に設置先に出向かなければならない。このとき取引先までの移動距離が長ければ長いほど、時間と人件費が重くのしかかる。

 だからこそ明確な基準を設け、顧客を選別する必要がある。図体の小さい企業にとって、非効率は致命傷になりかねないからだ。

 当時のスズキ機工の取引先にも、移動に1時間以上かかる企業が少なくなかった。「真面目に働いても儲からないのは、こういうことだったのか」。鈴木社長は自社の利益率が低い理由を、このとき初めて理解した。

 そう結論付けてからの鈴木社長の行動は早かった。冒頭で紹介した「片道1時間以上かかる顧客の仕事は受けない」という方針を掲げ、即座に実行に移した。

「既存の製品に関しては責任を持ってフォローしますが、新規の仕事は今後受けないことになりました。移動に時間がかかると、きめ細かな対応ができず、かえってご迷惑をかけてしまいますので」。そう説明すると、どこの取引先も納得してくれた。

 こうして移動時間1時間以内の取引先に絞った結果、取引先数は従来の半分まで減った。

 「このやり方が成功すると確信があったから迷いはなかったが、それでも当面の売り上げ減は避けられない。かなり勇気の要る決断だった」。鈴木社長はこう振り返る。

取引先も頻繁に来社

 ただ、取引先を絞り込んだ分、以前とは比べものにならないほど濃厚な顧客対応が可能になった。近隣の狭いエリアの中で「何かありますか。今日は顔だけ出しました」と毎日、御用聞きに徹する。

「そういうことなら」と悩みを打ち明けてくれる取引先が増え、「ならばこういう機械を作れる」という提案型営業ができるようになった。結局、一時的に売り上げが減少したものの、 2、3カ月後には回復。利益率も大幅に改善した。

「距離の近さ」は、顧客からの信頼性の向上にもつながった。

「急に生産ラインが止まってしまった。大至急助けてほしい」。こんな連絡が入っても、直ちに対応できる。朝一番に連絡をもらい、部品交換が必要な案件であっても、モノによっては必要なパーツをすぐに作り、午前中のうちに納品することさえ可能だ。

 特急製作、特急納品の追加料金を請求しても、これだけスピーディーな対応なら、取引先から感謝こそされても、不満を言われることはない。たった1カ所不具合があるだけでライン全体が止まってしまうのが製造業だ。そこに張り付く人々を遊ばせることにもなる。それを考えたら、多少の追加料金など安いものだ。

「1週間後の納品でいいなら、どこの会社でもできる。半日で納品するからこそ、うちの価値がある。設計、加工、組み立て、調整などの機能を自社で持っていることも強みだが、何より顧客との物理的距離が近いからこそできる芸当」。鈴木社長はこう胸を張る。

「トラブルは、少しでも早く解決したい。ただメーカーによっては『サービスマンの予定が埋まっていて、伺うのは3日後になります』などと言われることもザラ。その点、スズキ機工はすぐに駆け付け、必ず何とかしてくれる」

 こう信頼を寄せるのは、20年来の付き合いがあるという調味料メーカー、角光(かっこう)化成(東京・台東)の影山剛久・野田工場長だ。

 顧客の元に馳せ参じる回数が増える一方で、取引先がスズキ機工を訪問することも増えた。角光化成の影山工場長も、緊急の場合、故障した部品を持ってスズキ機工まで出向くという。

 そのとき気がつくのは、工場内が整然としていることだ。スズキ機工では04年から、毎朝30分間、全社員で工場の掃除と整理整頓をすることを日課としている。

スズキ機工を訪れた顧客は、工具が整頓されていることに感心する(写真/菊池一郎)
スズキ機工を訪れた顧客は、工具が整頓されていることに感心する(写真/菊池一郎)

「お客様が頻繁に来社される以上、工場自体が一つのショールームだと思っている。環境整備が行き届いた工場を見てもらうだけで、取引先からの信頼感が増す。特に食品メーカー向けの機械を多く手掛ける当社ならなおさら重要」。鈴木社長はこう説明する。

思わぬ副産物

「片道1時間以上の顧客の仕事は受けない」という戦略の副産物はまだある。頻繁に御用聞きに行くことで、今まで以上に広い情報が集まるようになったことだ。顔なじみになるほどお客様はいろいろなことを教えてくれるという。

 そうした顧客の生の声から、生まれた新規事業もある。12年に発売した、機械の摩擦を長期間抑えられるという高性能潤滑剤の「ベルハンマー」はその1つ。摩擦が原因で顧客の機械に不具合が生じる例を山ほど見聞きする中から開発がスタートした製品だ。

スズキ機工の沿革と主な製品
スズキ機工の沿革と主な製品
顧客の生の声が成長のきっかけ(中写真/菊池一郎)
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 ベルハンマーの担当営業は3人。この商品に関してはエリアを限定せずに活動している。機械の製造販売と異なり、頻繁に顧客訪問をする必要がないからだ。

「むしろ全国展開すべき」と、東京ビッグサイトで開催された展示会などにも出展。類似品との性能の違いが分かる装置を自作し、来場者に体験してもらっている。

 その様子がテレビ番組で取り上げられたことがきっかけで、注文が殺到。現在では年間400万本(約1億8000万円)を販売するまでに成長した。「日本国内のみならず、世界市場も狙える」。鈴木社長はこう期待を寄せる。

事業戦略を頑なに守る

 スズキ機工の16年6月期の売上高は4億3000万円、経常利益は3200万円。自社ブランド事業を育成するため、この期は広告宣伝費に3400万円を投入している。こうした積極的な投資ができるのも、独自の事業戦略に忠実だからに違いない。

 それにしても思い切った決断だ。「近くの顧客だけ」という方針を立てても、受注金額が大きければ思わず遠方の仕事に手を出したくなるものだ。

 しかし鈴木社長はそんな誘惑にかられないよう、経営計画書に事業方針を明記し、社員との約束事にしている。エリア内をくまなく回り、顧客の声を聞き続けることがスズキ機工の生命線だと、社員と自分に強く言い聞かせている。

 加えて、経営計画書で、新規プロジェクトは継続的に利益が上がる事業に限定している(3ページ目参照)。目先の売り上げではなく、利益率を重視する精神を社員に植え付けるためだ。

 社長になって間もない頃、パート社員にこう言われた。

「社長が1日中営業に飛び回り、夜遅くまで頑張っているのは知っています。でも、工場の人たちは昼間、会社の前にたむろして、夕方になってから仕事を始めて残業していますよ」

 しかし今は違う。自分も社員も近場で動いているので、コミュニケーションがすぐに図れる。意思疎通が増えれば、社内の風通しもぐっとよくなるというわけだ。

「あの事件がなかったら、こんな変わった戦略を打ち出すことはしなかった。きっといまだにうだつのあがらない会社だったはず。今となっては、気づきを与えてくれたと感謝している」と鈴木社長。今後も、独自のエリア限定戦略を推し進めていく考えだ。

(この記事は「日経トップリーダー」2017年3月号の特集の一部を再編集したものです)

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