空港を民営化する動きが活発だ。8月10日、福岡空港を管理する国は、2019年4月の民営化に向けて、運営委託先の一次審査の募集を締め切った。国土交通省によると、企業名は非公表だが5グループから応募があったという。九州電力や西日本鉄道(西鉄)といった地元企業が出資するコンソーシアム(企業連合)も応募したとみられる。
2018年4月の民営化を目指す高松空港でも、運営権について優先交渉権を得た三菱地所を代表とするコンソーシアムが、国交省との基本契約を8月10日に結んだ。今後は、新千歳空港をはじめとする北海道の7空港や、熊本空港、神戸空港も、民営化への準備が進んでいく。
民営化というと、30年前の1987年4月1日に実施された国鉄(日本国有鉄道)の分割民営化が思い浮かぶ。民営化前は、運転手が列車を運転中に運転台から離れるなど、今では考えられないほど現場の腐敗が進んでいたが、JR発足後はサービスが向上したと感じる人も多いだろう。
賛否両論はあるが、国鉄民営化はおおむね成功したと言えるだろう。そして、民営化=サービス向上、と民営化に対して良いイメージを持つ人も、多いのではないだろうか。
では、2016年にスタートした空港民営化はどうだろうか。鉄道会社と違い、空港の運営会社が民営化したところで、利用者にはメリットもデメリットも感じにくいというのが本音ではないか。そして、首都圏以外で始まったこともあり、関心も低いように感じる。誰が空港を運営しようと関係ない、と思う人が大半だろう。
国内には自衛隊と共用のものを含めて97空港あり、管理主体により、いくつかの種類に分かれる。成田国際空港や中部国際空港(セントレア)、関西国際空港(関空)、大阪国際空港(伊丹)の4空港は、国が出資する空港会社が運営する「会社管理空港」、東京国際空港(羽田)や新千歳空港、仙台空港、高松空港、福岡空港、那覇空港などは国が管理する「国管理空港」、青森空港や静岡空港、神戸空港、奄美空港などは地方自治体が管理する「地方管理空港」などだ。
このうち、もっとも早く民営化したのが関空と伊丹で、2016年4月1日に民営化した。2番目は国管理空港の先陣を切った仙台で、同年7月1日から民間の手で運用している。
空港の民営化は、国に所有権を残したまま運営権を売却する「コンセッション方式」が採用されている。関空と伊丹は、オリックスと仏空港運営会社ヴァンシ・エアポートのコンソーシアムが設立した関西エアポートが運営し、仙台空港は東急グループが54%出資する仙台国際空港会社が手掛けている。
両社とも空港運営を始めて1年が過ぎた。果たして空港民営化は、うまくいっているのだろうか。内外の航空会社の声を聞くと、特に関西エアポートの経営方針に対する批判が強い。空港とは、誰のものなのだろうか。
「オール関西」の関空、評価は二分
国が出資する新関西国際空港会社は2015年12月15日、関空と伊丹の運営権売却について、関西エアポートと正式契約を結んだ。契約期間は2060年3月31日までの44年間を予定。運営権の対価は490億円超のほか、収益の1500億円を超えた額の3%分を追加で支払う。履行保証金は1750億円とした。
事業開始時点では、オリックスとヴァンシが関西エアポートの株式を40%ずつ、関西を拠点とする企業・金融機関30社が残り20%を保有する。「オール関西」が売り物の運営会社だ。
オリックスは航空機のリース事業を手掛けており、ヴァンシはフランスやポルトガル、カンボジアなどで空港を運営している。この流れだけを見れば、実質的には国が運営してきた従来よりも、空港の利便性などが改善され、利用者にもメリットがありそうだ。しかしながら、乗り入れる国内外の航空会社からは、民営化前のほうが物事がスムーズに決まっていたという。
1つ星から5つ星まで、星の数で空港を格付けする英国のスカイトラックス社の調査が入る時期になると、航空会社はチェックインカウンター周辺に置いてある客室乗務員をかたどった案内表示などをしまうよう、関西エアポートから言われたという。
ある海外の航空会社の社員は、「われわれも協力したが、いつまで経っても、もとに戻して良いとも、いけないとも言われず、聞いても明確な返事がない。お客様からわかりにくいというお叱りを受け、自然ともとの状態に戻っていた」と、当時の様子を説明する。
関西エアポート側は、各社がバラバラな案内をカウンター前に置くことで、美観を損ねるといった点を懸念していたようだという。しかし、一見バラバラに見えても、利用者にわかりやすいことのほうが、見た目よりも重視されるべきではないだろうか。
関空発着便のプロモーションも、関西エアポートによる運営になってからは、従来よりも自由度が減ったと、別の航空会社幹部が打ち明ける。
「これまでは、あうんの呼吸で共同プロモーションを打っていたのに、突如『社長がダメだと言っている』と、予算を大幅に減らされることがある」と、コストカットが就航便のプロモーションにも及んでいるという。
訪日客数増加の波に乗り、ゴーストタウンから息を吹き返した関空。筆者は内外を問わず多くの航空会社幹部に接したが、関西エアポートが航空会社に協力的だという評価は、一度も耳にしなかった。
唯一の例外は、国際的な業界団体であるIATA(国際航空運送協会)の幹部に話を聞いたときだった。日本の空港民営化には彼らも関心を持っているようで、率直な意見を聞かれた。筆者は、内外の航空会社からの評価が芳しくない点を彼らに洗いざらい伝えたが、驚いた表情を見せた。
関西エアポートは今年1月、保安検査場に利用者の待ち時間短縮を図る「スマートセキュリティー」システムを国内初導入。手荷物のX線検査レーンの長さを長くし、レーンを通過できる人数を従来の2倍近い、1時間あたり300人に増やした。この点を、運営会社が変わったことによる成果として強調することが多い。
IATAの幹部は、「新関空会社ではなかなか実現しなかったことが、関西エアポートになって実現している。スマートセキュリティーの導入がそうだ」と、高評価だ。
しかし、航空会社の幹部は裏事情をこう明かす。「スマートセキュリティーは、国交省の担当者が時間を掛けて取り組んできたもの。関西エアポートだけの手柄ではない」。
顧客である航空会社と、国際的な影響力があるIATA。関西エアポートの接し方は、両者に随分と開きがあるようだ。
関空の業績開示拒否は「ちょっとおかしい」
ヴァンシはこれまで、空港運営のコストは落とし、浮いた費用をサービス改善に反映してきたことを、売り文句のひとつとしてきた。しかし、こうしたヴァンシの手法に対し、国内の空港会社役員からは、疑問を指摘する声も聞かれる。
「関西エアポートになり、トイレの清掃回数が減った。日本人客だけであれば、さほど影響はないだろう。しかし、われわれの空港でも、外国人客が増えた今は習慣の違いもあり、汚れやすくなっているのが実情。本当に減らすことが良いのだろうか」と、長期的に見るとサービス低下につながるのでは、との見方だ。
サービスの見直しだけではない。情報開示も一変した。
5月31日、関西エアポートは2016年10月1日から2017年3月31日までの第2期決算を発表した。関西エアポートでは対象外となった鉄道事業の売上を除外したり、資金調達構造が異なることなどを考慮し、旧運営会社である新関空会社の2016年3月期通期決算と比べると、売上高は実質3.2%、経常利益は同3.6%それぞれ増加したという。
旺盛なインバウンド取り込みや、着陸料値下げなど外部の目に触れやすい施策も奏功し、関西エアポートの業績は好調だ。しかし、2018年3月期通期の業績見通しは、非公表とした。
オリックス出身の山谷佳之社長は、「空港を1年間やった経験として、国際紛争や疫病、災害など、私たちがコントロールできない要素があり、経営陣としてなかなか見通せない」と、公表しない理由を説明する。
しかし、新関空会社の時代は、原則として業績予想を開示していた。羽田の国内線ターミナルなどを運営する日本空港ビルデングや、成田を運営する成田国際空港会社(NAA)、セントレアを運営する中部国際空港会社なども、業績見通しは上場・非上場を問わず開示が原則となっている。
国内の空港会社首脳は、山谷社長の開示方針に「ちょっとおかしいのでは」と疑問を呈す。
これに対し、山谷社長は「関西エアポートは40%をオリックス、40%をヴァンシ、20%を関西企業が出資しており、情報の透明性に誤りがあってはならない。必要なものはディスクローズしており、国と民間企業の考え方が違う。透明度を持って重要なものから開示している。国が(出資比率)100%の会社とは違う」と、新関空会社との違いを力説する。今期の業績見通しは、ディスクローズの対象外ということのようだ。
しかし、業績予想を開示しているのは、ほかの空港会社だけではない。航空会社も、国の内外を問わず開示している。見通しを誤れば経営責任を問われ、海外であればすぐにクビが飛びかねない。
別の空港会社首脳は、「山谷さんは、英語でヴァンシと毎日やり合わないといけない。私なら務まらない」と、山谷社長の立場をおもんぱかる。
関空の関係者は、「出資比率について、オリックス社内では1%でもヴァンシを上回るべき、との声があったが、山谷さんは対等にこだわった」と明かす。もし、オリックスが41%出資していたならば、開示姿勢は変わっていたのかもしれない。
空港は誰のものか
関西エアポートは運営を開始して以来、新関空会社が発表してきた夏休みなど長期休暇期間中の利用予測で、方面別の予測値の開示を拒否し続けている。つまり、どの国や地域とどのくらいの人が行き来しているのかが、外部にはわからなくなっている。
また、2016年8月に関空で「はしか」の集団感染が発生した際も、大阪府などが公表する内容と比べて、当事者である関西エアポートの発表は、情報量が限られていた。
特に利用予測については、空港周辺自治体からも、関西エアポートから情報開示が十分になされていないとの不満が聞かれる。
山谷社長は、新関空会社時代に公表してきた数字は、航空会社などから集めた数字だと説明した上で、「関西エアポートとして、責任の持てない数字は出せない」という。しかし、公表する数字すべてに同社が責任を負う必要はなく、参考資料として示す方法もあるはずだ。
LCC(格安航空会社)をはじめ、航空政策研究を手掛ける東京工業大学大学院の花岡伸也准教授は、「港湾の民営化と同じことが起きようとしている。港湾も民営化と同時に、運営会社が情報を出し渋るようになった」と指摘する。
関西エアポートが、新関空会社と比べて情報開示が消極的になった点について、就航する航空会社や、国などのコンセッション関係者らは異口同音に、ヴァンシの開示姿勢が影響しているのではと指摘する。
ヴァンシ出身のエマヌエル・ムノント副社長は、筆者の問いに対し、「ヴァンシが情報開示を止めているという指摘は事実と違う。関西エアポートとして必要な情報は開示している」と、語気を強めて反論した。しかし、ムノント副社長の回答を関係者に伝えたところ、納得した人は誰一人としていなかった。
こうした関西エアポートの経営状態に対し、国交省からは「空港は公共財だ」という、もっともな声が聞かれる。同省幹部は、「役人の発想には限界があるので、民間の力で空港を発展させようというのが、民営化の趣旨」と説明する。関西エアポートの現状を見る限り、国が運営していた方がよかった、となりかねないと感じるのは、筆者だけではないだろう。権力を持った民間企業ほど、タチの悪いものはない。
関空の地元からはこんな声も聞かれた。「山谷社長はビジネスマンとしては優秀だが、空港を商売としてしか考えていないのではないか」
前出の空港会社役員は、「日本の空港会社も、運営について批判を受けることがある。しかし、利用者の利便性を向上させたいという思いは常にある」。筆者が全国の空港を取材する中で、こうした志の高い役員に出会う一方、ことなかれ主義の人が目に付くのも事実だ。
しかし、空港は単なるカネ儲けの手段ではないという気持ちは、長く航空業界に身を置く人ほど、所属する組織を問わずに強く持っているように感じる。
2016年の暮れ、日本航空(JAL)の植木義晴社長が筆者にふともらしたひと言が、印象に残っている。
「売上や利益のことをよく聞かれるけど、僕らは公共交通機関なんだ。それを忘れちゃいけない」
空港は誰のものなのか。民営化を進めていく上で、改めて目を向けるべきテーマではないだろうか。
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