今年11月の大統領選に向けた候補者指名争いに注目が集まる米国。大統領選の結果は同国の温暖化対策の行方を左右し、日本や世界の対策にも影響を及ぼしかねない。電力中央研究所社会経済研究所の上野貴弘・主任研究員が、各候補の温暖化対策方針と、「パリ協定」の読み方を解説する。
前回の記事では、 「パリ協定」への署名開始と、米国、中国を中心に各国の批准(締結)に向けた動向、パリ協定発効までの見通しについて解説し、加えて「温室効果ガスの削減」とその実効性を確保する仕組みにテーマを絞って概説した。今回はより広い内容と、COP21後に予想される動きについて、合意に至った背景を交えながら解説する。後半では、米国大統領選などの動向が、今後、同国の温暖化対策に及ぼす影響についても触れたい。
パリ協定は京都議定書に代わる2020年以降の温暖化対策の国際枠組みだ。昨年12月の「気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)」で、全会一致で採択された。
削減と資金の絶妙なバランス
世界190カ国超の国が合意できるようにバランスに配慮しながら、「2℃目標」などの長期目標の達成に向けた野心的な貢献を各国が自発的に行うように促す内容にまとまった。
具体的には削減や適応、途上国支援などの分野ごとに、すべての国に「共通の取り組み」と、国によって「差を付けた取り組み(差異化)」を使い分け、さらにこれらへの「義務付け(拘束力)の有無」を調整して、すべての国が合意できるようにバランスをとった。その上で各国の野心的な貢献を促すため2018年から5年おきに世界全体で行う「総括」(2018年は排出削減だけが対象)や、取り組み状況の透明性を強化する仕組みを盛り込んだ。
パリ協定が定める規定のうち、主なものを表に挙げた。拘束力のある項目を太字で示している。
すべての国に共通して求められる取り組み(下の表のA欄)の多くは義務となった。例えば、協定では締約国が自ら定める削減目標を「自国決定貢献(NDC)」と呼ぶが、すべての国に国連に対して5年おきにNDCを提出することを義務付けた。また、NDCの達成状況に関する情報の提出や、専門家レビューと多国間検討を受けることも義務となった。
しかしそれだけでは途上国からの同意を得られない。途上国は、気候変動枠組み条約が採用する先進国と途上国の間の区別(「二分論」と呼ぶ)による差異化の継続を求めてきた経緯がある。そこで削減に関する項目では二分論による差異化を弱める代わりに、資金支援では二分論を継続することで途上国の意をくんだ。先進国に資金支援を継続することを義務付け、途上国は対策を進める際に支援を受けられることを明確にした(下の表のB欄)。
ただし、先進国以外の国による自主的な資金支援も協定に盛り込んだ。例えば中国は昨年「気候変動南南協力基金」の創設を発表し他の途上国への資金支援に乗り出した。協定は先進国以外の自主支援を義務ではない形で奨励している(下の表のC欄)。
大統領選は米国の温暖化対策をどう変える
これまでも先進国が二分論による差異化を避けようとするほど途上国が資金支援の強化を求めるなど、2つの論点は「トレードオフ」の関係にあった。COP21では互いの主張に妥協点を見いだし、すべての国の合意が得られる絶妙なバランスをパリ協定に体現した。背景には議長国フランスの手腕があった。
COP21の2週目後半、フランスは「コンサルテーション会合」や個別の面会を通じて、締約国の主張をよく傾聴し、自ら筆を執って協定案を修正する作業を繰り返した。フランスは支持が広がらない主張を唱える国にも耳を傾ける姿勢を示し、その主張を削ぎ落とすのではなく、表現を調整して残す手法を採用した。その結果、議長が示した協定の最終案への支持が広がり、採択に至った。
米国大統領選が今後を左右
義務付けの有無については、米国に配慮した。オバマ政権は議会に諮らずに大統領権限を行使し「単独行政協定」として締結(受諾)することを目指している。そのためには協定が締約国に求める義務を米国内法や締結済みの条約などの既存法の範囲にとどめる必要があった。
こんな一幕があった。議長国が示した協定の最終案には、義務付けを示す「shall」という助動詞を使って「先進国は総量削減を継続する」という条文が盛り込まれていた。しかし採択間際、「テクニカルなミス」として義務を意味しない「should」に差し替えた。元のままならば、米国の既存法の範囲を超え、大統領権限による参加は難しくなっていた。
果たして米国の参加は実現するか。2月1日、アイオワ州を皮切りに米国各州で大統領選の候補者選び(予備選)が始まった。11月8日には大統領選となる。3月31日の米中共同声明からも明らかだが、オバマ政権は協定に署名した4月22日以降、選挙が本格化する前に協定を締結するだろう。
一方、民主党と共和党のどちらの大統領が誕生するかが、2017年以降の米国の参加継続を左右する。
米国の世論調査を集約する米政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」によれば、共和党候補の支持率1位はトランプ氏で、クルーズ氏とケーシック氏が後を追う。
トランプ氏に対しては、民主党で優勢のクリントン氏が世論の支持で上回る。オバマ大統領の温暖化対策を継承するクリントン氏は、カナダとメキシコを巻き込んだ北米気候変動合意を提唱し、3カ国で協調して野心的な目標を掲げるとしている。COP21での合意は、米国など現在2025年目標を掲げる国に対し、2020年に新規目標(2030年目標を想定)を提示することを求めた。つまり今年当選する大統領が2030年目標を決める。オバマ政権は2025年までに温室効果ガスを2005年比で26~28%削減する目標を掲げ、これは2050年に80%以上削減と整合的としている。2つの数字を直線で結ぶと2030年には37~38%以上の削減となる。
一方、共和党側の候補は気候変動対策に否定的または消極的である。予備選でトップを走るトランプ氏は環境行政を担う環境保護庁の予算を大幅削減すると発言している。クルーズ氏は人為的な気候変動の否定論者として知られており、報道によればCOP21直後に、大統領に選ばれた際には協定から離脱すると発言した。ケーシック氏は人為的な気候変動を認めつつも、その寄与度については不明との立場である。共和党政権になった場合、離脱や、協定に残ったまま目標を弱めるなど、路線変更があるだろう。
協定は締約国の数が55カ国以上、排出量が世界全体の55%以上という2つの条件を満たすと、その3か月後に発効する。米国が離脱した場合、中国とロシアが締結を遅らせると3カ国だけで世界排出量の45.51%となり、他のすべての国が締結しても協定は発効しない。他方、米国が離脱しても中国が参加すれば発効を阻む「45%」の形成は難しく、今回の米中共同声明には、発効の見通しを大幅に高める効果があった。しかし、米国が発効前に離脱すると、55%に到達するまでにかなりの長い時間を要すると予想される。
2020年は節目の年になる
仮に米国が離脱して発効が遅れると、今後予定される協定の詳細を詰める交渉にも悪影響を及ぼしかねない。協定の実効性を高める仕組みの1つである、各国の取り組み状況の透明性を強めるための様式など、COP22以降の交渉で決める重要事項も多い。米国が発効前に離脱した場合、批准を遅らせることで、協定の発効を遅らせて、今後の詳細設計に関する交渉で強い立場に立とうとする国やグループが登場するかもしれない。
2020年は節目の年になる
COP21では、現在2030年目標を掲げる国も2020年に目標を再提出することになった。その際、同じ目標を維持してもいいし、目標を見直してもいい。また、2020年には今世紀半ばに向けた「長期戦略」の提出も控えている。
日本は、東京五輪が開催される2020年に、2030年目標を再提出することになる。今年の大統領選の結果次第で、2020年は昨年と同等、あるいはそれ以上に、温暖化対策への国際的な関心が高まるかもしれない。そうした可能性も念頭に、2020年への備えを進める必要がある。
それには2030年に2013年比で26%削減する目標の達成に向けて着実に取り組みつつ、長期的な大規模削減に必要なイノベーションも促進しなければならない。その決意が国内外の誰の目から見ても明らかとなるように、真剣で強力な戦略推進を期待する。
本記事は、「日経エコロジー」2016年3月号(2月8日発行)の記事に、その後の動向を踏まえて加筆・修正したものです。
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