(前回から読む)
北朝鮮は米国と交渉する必要がなくなった。核武装を実現した――少なくとも、そう主張できるようになった――からだ。
中国と同等の核保有国だ
9月3日、北朝鮮が6回目の核実験を実施しました。
回数 | 実施日 | 規模 |
---|---|---|
1回目 | 2006年10月9日 | M4.2 |
2回目 | 2009年5月25日 | M4.7 |
3回目 | 2013年2月12日 | M5.1 |
4回目 | 2016年1月6日 | M5.1 |
5回目 | 2016年9月9日 | M5.3 |
6回目 | 2017年9月3日 | M6.3 |
鈴置:同日午後、北朝鮮はICBM(大陸間弾道弾)に搭載できる水爆の実験に成功したと発表しました。7月4、29日にはICBMと称する「火星14」号を試射しています。
北朝鮮の主張によれば、少なくとも米本土の一部には水爆を撃ち込めるようになったわけです。発表には疑わしい部分――例えば、再突入の際にも弾頭が燃え尽きない技術を確保したか、などの疑問――も残ります。
ただ、北朝鮮への軍事攻撃にはかなりの決心が要るようになりました。核による反撃を覚悟する必要が出たからです。
公式に認めるかはともかく、実質的には北朝鮮を核保有国と見なさねばならなくなったのです。その意味で米国や日本、韓国にとって戦略環境がガラリと変わりました。
すでに宣言していたことですが北朝鮮は今後、核・ミサイルに関する交渉には一切、応じないと思います。「中国と同様の核保有国だ。それを破棄せよとは何事だ」という理屈です。
この期に及んでも「北朝鮮と対話せよ」と言う人がいます。状況を完全に見誤った主張です。こちらが対話したくても、北朝鮮にその必要がなくなったのです。
「実験中断」は無意味に
核・ミサイル実験の中断に関しても交渉できないのですか?
鈴置:米国や日本にとって「実験中断」の意味は薄れました。「中断」は核武装を食い止めるのが目的でした。「核武装」してしまった以上、実験を止めても状況が改善するわけではないのです。この部分に関して言えば、米国や日本の側に対話の必要がなくなったのです。
これまで北朝鮮が対話に出るふりをすることはありました。核武装が完成するまでの時間稼ぎでした。対話の姿勢を見せている間は、米国から攻撃されないからです。でももう「対話のふり」する必要はなくなったのです。
では、解決には軍事的な圧力と経済制裁を強化するしかないのですね。
鈴置:その通りです。しかし、現在程度の圧力では北は交渉に応じないと思います。8月5日に決めた国連制裁では北朝鮮の輸出の3分の1を止めるに過ぎません。
中国やロシアが本気で制裁を守るかも怪しく、北朝鮮の外貨稼ぎに決定的な影響を与えることはできないと見られます。そもそも、中国企業が北朝鮮への委託加工を増やしている縫製品などは制裁品目に入っていないのです。
原油を止められるか
北朝鮮への原油を止める手は?
鈴置:今後、日米が国連安保理でそれを主張するでしょう。しかし、常任理事国の中ロが賛成するかは不明です。
下手に原油を止めて北朝鮮経済が破たんすれば、国境を接する自分の国に難民がなだれ込む可能性が高いからです。仮に安保理で原油の輸出禁止が決まっても、これまた中ロがきちんと守るかは分かりません。
では、米韓合同演習の中止や在韓米軍の撤収を交換条件に北朝鮮と交渉する手は?
鈴置:米国や日本が要求する条件が見当たりません。先ほど申し上げたように、「核・ミサイル実験の中断」は意味が薄れました。
交渉で実現可能なのは「第3国・テロリストに核・ミサイルを売らない」くらいです。米国にはともかく、日本にとっては国益に必須の条件とはいえません。
何を条件に交渉をするにせよ、北朝鮮は高い値段を付けると思います。「合同演習の中止」くらいでは取引に応じないかもしれません。北は別段、交渉に応じなくともいいのです。
対話では安定を作れない
北朝鮮が求めるのは例えば、在韓米軍の撤収ですか?
鈴置:それを示されても、北が応じるかは疑問です。理由は2つあります。「北が核武装した」ことを思い出して下さい。
在韓米軍の脅威は大いに減りました。北にとって、もちろん存在しない方がいいのでしょうが、核武装した北朝鮮が南側から攻撃される可能性はぐんと減りました。
もう1つ、北朝鮮が交渉を受けないと思われる理由は「相手を信用しないから」です。米軍が撤収したとしても、いつ戻ってくるか分からない。仮に米国が韓国との同盟を破棄したとしても、同じです。
なぜ、北朝鮮は米国が約束を破ると思うのでしょうか。
鈴置:それは自分が破ってきたからです。朝鮮半島では約束は破られるものなのです。約束を破ることが力を見せつけることなのです。だから北朝鮮は外国との条約や合意とは関係なしに自らを守れる核を持ったのです。
韓国もそうではありませんか。朴槿恵(パク・クネ)政権は自分が結んだ慰安婦合意をいとも簡単に破りました。
文在寅(ムン・ジェイン)政権はそれに加え、日韓国交正常化の際の基本条約も踏みにじり始めました。朝鮮人徴用工への補償まで要求し始めたのです。
1965年の国交正常化当時「個人への補償は韓国政府が行うので、日本政府は韓国政府に一括して払ってほしい」と主張。日本が承諾したら、今になって「個人の請求権は消滅していない」と言い出したのです。
話を戻します。北朝鮮が約束など信じない以上、いくら話し合っても安定した状態にはならないのです。仮に、瞬間的には妥協が成立したように見えても。
黙認か、軍事攻撃か
「対話」が成立する可能性はほとんどなくなったのですね。
鈴置:その通りです。今後、予想される展開は2つ。まず、現状維持――つまり北朝鮮の核武装を黙認する。もう1つは軍事力によって北の核を除去する、です。後者には金正恩(キム・ジョンウン)暗殺も含みます。
中国もこうした状況は分かっています。米国の動きを見て、原油の禁輸など新たな制裁案に対応すると思います。
高いおカネをかけて核武装に成功。でも、北朝鮮の経済は弱いままです。
鈴置:金正恩政権は核武装によって減らせる通常兵力向け資源を、今後は経済開発に振り向けるつもりでしょう。
それに韓国に期待できます。運がいいことに韓国には北との融和を唱える左派政権が生まれました。今すぐとは行かなくとも、文在寅政権は「対話」を求め、援助を申し出てくるでしょう。もちろん「現状維持」の場合――金正恩政権が生き残った場合の話ですが。
米国の核か、民族の核か
左派政権だからといって、核武装した北朝鮮と仲良くするものでしょうか。
鈴置:北が核武装したから仲良くするのです。文在寅政権には「米国の核の傘」を頼りにするのではなく、「北の傘」を頼る手ができたのです。それは同じ民族の核なのです。
(次回に続く)
■「朝鮮半島の2つの核」に備えよ
北朝鮮の強引な核開発に危機感を募らせる韓国。
米国が求め続けた「THAAD配備」をようやく受け入れたが、中国の強硬な反対が続く中、実現に至るか予断を許さない。
もはや「二股外交」の失敗が明らかとなった韓国は米中の狭間で孤立感を深める。
「北の核」が現実化する中、目論むのは「自前の核」だ。
目前の朝鮮半島に「2つの核」が生じようとする今、日本にはその覚悟と具体的な対応が求められている。
◆本書オリジナル「朝鮮半島を巡る各国の動き」年表を収録
『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』『「中国の尻馬」にしがみつく韓国』『米中抗争の「捨て駒」にされる韓国』 に続く待望のシリーズ第9弾。10月25日発行。
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