米連邦捜査局(FBI)が米Appleに対して銃乱射事件の犯人が使っていた「iPhone」のロック解除を求めている問題に関して、米国の世論が真っ二つに割れている。

 インターネット上のユーザー行動や社会の変化を調査するNPO(特定非営利活動)法人である米Pew Research Centerが2016年2月22日に発表したアンケート結果によると、「iPhoneロック解除命令問題」について、「AppleはiPhoneのロックを解除すべき」と考えている人々が51%に上り、「解除すべきでない」とする38%を上回ったという。アンケートは1002人の成人を対象に実施した。

 周知のようにこれは、2015年12月にカリフォルニア州で14名が殺害された「サン・バーナディーノ銃乱射事件」の容疑者が持っていたiPhoneに暗号化した上で保存されている情報にFBIがアクセスしようとして起こっている問題である。

 このテロが誰かの指示によって起こったのか、どういった人間関係が背後にあるのかといったことをつかむためにFBIは捜査を行いたいのだが、間違ったパスワードを10回入力するとデータが消去されてしまう。FBIは、そのセキュリティロックを解除してほしいとAppleに要請し、それをAppleが拒否しているというものだ。連邦裁判所はAppleに対してロック解除命令を発したが、Appleはそれも拒否している。

「ロック解除容認派」が多い理由は?

 この問題については、Appleの小売店「Apple Store」の前でApple擁護派が励ましの集会を行ったというニュースも伝えられていたのだが、上記のアンケート結果を見ると、現実には「なぜ解除してあげないの?」と考える人々が多いということが分かる。独自の意見を持っている人もいるとは思うが、この数字は、恐らくそれだけこの問題が分かりにくいということの証明ではないかと思ってしまう。

 このニュースは、大統領選の報道と共に連日大きく伝えられている。そのたびに少しずつ明らかになる事情もある。だが、ただでさえデジタル機器のセキュリティ問題を理解するのは難しいのに、今回はそれがますます困難になっているのを感じるばかりだ。正直、私自身もよく分かっているなどとは、たとえ口が滑っても言えない。

 まず、テクノロジーが分からない。容疑者の持っていたiPhoneの場合(iPhone 5s、iOS9)、実はAppleが新しいソフトを作ってセキュリティを解除することは可能という。だが、Appleはそうすることでユーザー全員のセキュリティを脅かすことになるとしている。FBIなどの組織は、一度使ったテクニックをマスターキーのようにして、繰り返しほかの機器にも利用するからだ。また中国など抑圧的な国家が、強制的にアクセスを求めてくるような前例を作ってしまうことも危惧している。

 Appleを疑うわけではないが、我々一般ユーザーはそのセキュリティの仕組みが同社の言う通りなのかどうかを確かめるすべがない。我々は無力だなあ、と感じてしまうゆえんだ。ほかのユーザーの機器に影響が出ないよう、その1台だけのセキュリティを解除する方法は本当にないのか、あるいはマスターキーを相手に渡さないような方法で、データにだけアクセスさせる方法はないのか。

 iPhoneのセキュリティ問題では、例えばアメリカである妊婦が殺害され、彼女の持っていたiPhoneにも警察がアクセスできないという別の事件もあるという。アクセスできれば、直前にやり取りしていたかもしれない容疑者が浮かび上がってくる可能性もある。犠牲者の家族にしてみれば、このロックはつらいことだろう。

 特に、サン・バーナディーノ銃乱射事件の容疑者が持っていたiPhone以降の世代の製品では、Apple自身もユーザー個人のデータに本当にアクセスができなくなっているという。どんなに圧力をかけられても、Apple自身が何もできない状況だ。

 個人の生活がスマートフォンにますます依存している現在、データをこうして保護するのは合点のいくことである。その一方で、犯罪や事件が起こった際に捜査当局が情報の宝庫にアクセスできなくなってしまうというのは、ひどいジレンマである。ここでもテクノロジーでもっといい解決法がないものかと思ってしまうが、その実態が分からない。

情報収集活動は暴露されたが、国民的な議論は進まず

 Edward Snowden氏のがNSA(国家安全保障局)の情報収集を暴露して以降、テクノロジー企業は暗号化の取り組みを強化しており、それがこういう結果に行き着いているということだ。しかし国家にデータを渡せないと主張するテクノロジー企業の中は、ユーザーの個人情報を使って金儲けをしているところがある。その関係というか、矛盾の実態も、一般ユーザーにはよく分からないのだ。

 今回の問題で、さらにことを分かりにくくしているのは、いろいろな要素が混線しているからである。「市民権」、「言論の自由」といった法律の概念が出て来る上、「全令状法」という18世紀に生まれた法律まで取り沙汰されている。また、両者の言い分に「裏口(バックドア)」という言葉が使われていて、これがストレートなテクノロジーの話に色をつけてしまうため、現実が見えにくくなる。こうした議論のための適切なボキャブラリー(語彙)も欠落しているだろう。

 AppleのTim Cook CEO(最高経営責任者)は、専門家からなる委員会で国のセキュリティとデジタルプライバシー問題の関係を話し合うべきだと提案したところだ。これが最も希望のある解決策になるだろう。

 FBIや国家はもはや信頼のおけない対象になっていて、対するテクノロジー企業は、この数年間で行き着いたスタンスで硬直化している。委員会の議論の過程で、混線がほぐされ、テクノロジーが分かりやすく解説され、セキュリティを語る際の明りょうな語彙が生まれてくるのを期待したい。

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