近年、欧米の様々な経営学者の戦略論が台頭しています。その影響からか、森ばかりを見て木を見ない遠視眼的な経営に陥り、バランスを欠いているケースが少なくありません。戦略論は必要ですが、「自社の商品・サービスにどういう価値をつけてどう売るのか」というマーケティングの要素も重要なのです。
「シェアNo.1を取れなければ市場から撤退する」
「5フォースの分析では……」
「ブルーオーシャンの状態をつくらなければならない」
「バリューチェーンはこうなっていて……」
最近、企業内におけるミーティング、あるいは、新聞や雑誌のインタビュー記事などでよく使われるフレーズです。語られていることは確かに重要なのですが、何か薄っぺらい感じが否めません。私の指導先企業でも、こういった戦略論的な用語が頻繁に出てきます。こうした分析・思考が不要であるわけではないのですが、もっと大事なことを忘れているのです。それは「考えている商品・サービスにどんな魅力をつけてどう売るのか」という基本的な視点です。
肝心の商品・サービスのクオリティーが低ければ、現状のシェアがいくら高くても、シェアNo.1をどうこう言う前にシェアを落としてしまうでしょう。立派な5フォース分析を行っても、競争力を確保することは難しいでしょう。あるいは、いくら優れたバリューチェーンを考えたとしても、商品・サービス自体の力がなければ、それは机上の空論となってしまいます。要は、ビジネスを行っていく上で最も大事な「イロハ」の部分が欠けたまま、戦略論ばかり語られているのです。
「介護業界は宝の山」という嘘
こういった現象がよく現れるのが、「介護」「農業」「ロボット」「IoT(モノのインターネット)」「クラウド」といった成長分野をターゲットにしたビジネスです。例えば、介護業界について考えてみると、
・高齢化時代を迎え、市場全体が拡大する
・介護施設などにヒアリングすると、細かいニーズがたくさん出てくる
・それを基にして新製品開発を行う
という戦略を立てて実践している企業は少なくありません。ところが、このケースにおいてもイロハが欠如しているのです。
顧客ニーズを拾って、それをベースに製品を開発しているわけですから、一見売れそうに思えるのですが、大きな落とし穴があります。「どう売るのか」という部分が欠如しているのです。
商品・サービスを売るというプロセスにおいて、重要なプレーヤーは「選定者」と「購入者」と「使用者」です。選定者とは、商品・サービスの内容、特長を吟味して、選ぶ立場にある人のことです。購入者とは、実際にお金を出す人です。そして使用者とは、それを実際に使用する人のことを言います。
介護業界は、これら3人のプレーヤーがバラバラであるケースが多いのが特徴で、それがビジネスを難しくしています。
例えば、最近よく話題となる、介護施設入居者向け介助ロボットについて考えてみます。介助ロボットは、手足の動きなどが不自由になった際、それをアシストしてくれるような機器です。人型ロボットの形態をしたもの、グローブのようなものなど様々な製品が登場しています。
あなたが介助ロボットメーカーの営業担当者だとすると、誰をターゲットに営業活動をするでしょうか。まず、思いつくのが選定者です。では、このケースの選定者は誰になるでしょうか。実はケアマネージャー(ケアマネ)が選定者になるのです。ケアマネとは、患者さんの介護保険をどういった内容で使っていくかというプランを策定する人です。当該ロボットが介護保険適用の商材だとすると、レンタルベッド、入浴介助などと同じように、介護プランに入れてもらう必要があるのです。
問題はここからです。実は、このケアマネは、極めて接触するのが難しく、仮に使用者である患者さんを捕まえたとしても、その先の選定者であるケアマネが全く捕まらないのです。つまり、3プレーヤーの重要なキーパーソンである選定者に届きにくい(リーチしにくい)ビジネスということになるのです。
いくら成長業界であり、そこでシェア云々を語り、5フォースを分析し、バリューチェーンを考えたとしても、選定者へのリーチが難しいという致命的なビジネスモデルの欠陥を抱える可能性があるのです。つまり、こういった細かい要素を考えずに、「将来的に伸びる介護業界」×「ロボット技術」という構図だけで市場に参入するのは、まさに森ばかりを見て木を見ない遠視眼だけの考えであり、ブームに乗せられた浅い思考といえます。
同じような状態に陥っているのが農業市場です。成長産業として捉えられているため、多くの企業が参入を試みています。農業が成長産業であることは間違いないのですが、問題はその捉え方です。
農業市場はターゲットの絞り込みが鍵となる
農業市場は、
(1) レタスやトマトを工場で作るような「農業工場市場」
(2) ビニールハウスで比較的高価な農産物を作っている「施設園芸市場」
(3) 露地で大量に作物を作る「露地市場」
に大別することができます。これらをごちゃ混ぜにして捉える人が多いのですが、少し無理があります。というのも、それぞれに対して提供すべき商品・サービスが違うからです。
例えば、農業工場市場においては、大規模な自動化を目的とし、制御機械・センサー、それらにつながる各種機器などをトータルとして提案することに価値があります。一方、施設園芸市場では、今まで経験と勘に頼ってきた光合成促進のためのノウハウを数値化し、収穫量を増大させたり、秀品率を向上させることに価値があります。さらに露地市場では、GPSなどを使い大規模な露地栽培の効率化を図ることが鍵となります。つまり、同じ農業市場といっても、それぞれの市場において求められるニーズも違うため、提供する商品・サービスが全く違ってくるのです。
もし農業市場に参入しようと思うなら、まずは、どういった市場に参入するのかを決めて、次に、そこでのトレンド、ニーズを明確化し、参入余地を導き出し、しっかりとした差異化ができる状態で参入すべきです。
インダストリー4.0の罠
話は変わりますが、「インダストリー4.0」という新しいモノづくりの概念がブームとなっています。欧州、特にドイツを中心に、IoT技術や新しい規格の下、製造業の革命を起こそうとしています。ところが、このインダストリー4.0は、USBメモリーのように、どのメーカーとでも取引先を簡単に変えられるような構造になっているのです。果たして日本企業はそんな環境に耐えることができるのでしょうか。
インダストリー4.0は、工場内にセンサーなどを張り巡らせ、工場間をリアルタイムに繋ぐことで、今まではバラバラだった工場をまるで1つの工場のように動かすという壮大な概念です。これを実現させるためには、通信などで高度な規格化が必須になります。もし、特定の企業群だけが特定の通信規格を採用したとすると、結局は日本の自動車メーカーのような系列ができてしまい、競争が促進されません。つまり、企業の製造ライン同士が規格化された通信でつながれてこそ、この概念は活きてくるのです。
実は、これを進めれば進めるほど「取り替えが簡単にできるビジネス構造」が生まれてきます。規格化するということは、そこにおけるスイッチングコストは大幅に低下します。営業部隊が頑張って取ってきた大会社との取引が、一瞬にして他社に取られてしまうということも頻繁に発生するでしょう。
また、もっと深刻なのが、自社の工場が丸裸となってしまう点です。自社の工場の稼働率まで取引先に見えてしまうということは、利益の乗せ代まで知られてしまうということです。今でも、「カイゼン」「業務指導」という名の下、取引先の指導が入って自社の収益構造をつかまれ、「あといくら下げられるはず」と分析されて、どんどん価格を下げられています。インダストリー4.0のような仕組みが入ってしまうと、特に中小企業は、それぞれが単独の企業体として存続していくことは難しくなるのではないでしょうか。
「クラウド」「ロボット」「医療」「農業」「介護」「IoT」など……日本では、こういった話題性が先行した市場へ、中小企業をはじめ大企業までがこぞって参入してきます。しっかりとした市場調査と差異化という作戦が練られた上での参入であれば、それは会社の成長の基となる戦略です。しかしながら、「ターゲット」「参入市場」「マーケティングの4P」「提供価値」「販路」といったいわば「木」を見ない状態でやみくもに参入するのは、まさに「森を見て木を見ず」の遠視眼的思考の罠に陥ったもので、成長どころか足を引っ張ってしまいます。
遠視眼的思考は失敗の元
今考えるべきは、戦略論よりもマーケティングの4P(製品=Product、価格=Price、流通=Place、プロモーション=Promotion)です。市場環境は刻一刻と変わってきています。社会環境の変化がトレンドを変化させ顧客ニーズを変化させてしまう。その結果、ビジネスや商品における参入余地(空白域)が変わり、レッド・ブルーオーシャンの状態が数年で動いてしまう。こういったビジネス環境で、戦略論といった中長期的であり遠視眼的な視点は、ビジネスマンの同質化の元凶ともなっています。
コンビニなど日常的に利用する様々なサービス、商品からトレンドをキャッチし、新しい手法で、勝ち筋をしっかりと分析してこそ、薄っぺらい成長戦略ではなく、真の意味での成長戦略、戦術を提案できるビジネスマンになれるのではないでしょうか。
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