「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」はなぜ面白いのか?

 いま「路線バス」と言えば、太川陽介さん、蛭子能収さんと、回によって変わるマドンナの3人で行く「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」でしょうか。

 「路線バスの旅」と聞けば、どこかのんびりした印象を持ちがちです。しかし番組では、バス路線が途中で途切れて繋がっていなかったり、誰もバス路線情報を知らなかったり…と、トラブルの連続。苦難を乗り越えてゴールを果たしたり、果たせなかったりと、ハラハラさせられます。旅の進みは遅いので、そういう意味ではのんびりですが、「果たしてたどり着けるのか?」という緊張感と、バスを待ったり、停留所を探して歩いたりすることによる疲れも、画面からは漂ってきます。

 これはまさに路線バスの現状を表しています。つまり、地元の、使い慣れた人間でなければ、バスは探しにくく、乗りにくい。

 だからこそ、バスに移動手段を絞るこの番組は面白いのですが、一方で、バスが多くの人にとって自家用車や鉄道のような「頼れる」交通手段ではなくなっていることも露わにしています。実際、都市部でも地方でも、路線バス利用者は減っています。自家用車は地方で増加、首都圏や京阪神といった大都市圏では鉄道利用者も減少していません。路線バスは、大都市圏でも地方でも、鉄道や車に押されて使えないものになりつつあります(参考資料:国土交通省近畿運輸局「地域公共交通確保・維持・改善に向けた取組マニュアル」より『2.地域公共交通の現状』」、マニュアル全体のウェブページはこちら)。

 今回の結論を先に言えば、細かく、大量の情報を、初見の人にどう分かりやすく伝え、乗れる場所まで誘導するかが路線バス復活のカギとなります。そのためには、バス会社や自治体はもちろんですが、地元のNPOや、路線バスを愛好する人々の「情報の編集力」に学ぶところが大です。言い方を変えれば、コストをさほどかけずとも、愛情とセンスのある編集によって、路線バスが蘇る可能性があるのです。これは、似た状況に悩むビジネスにも応用が利く話だと思います。

検索結果に「バス」が出てくるようになってきた

 日常生活のみならず、仕事の足としても路線バスはあまり頼りにはされてきませんでした。

 日経ビジネスオンラインの読者の方も、大都市での移動は、鉄道と徒歩がメインで、路線バスを積極的に使う方はあまりいないのではないでしょうか。車での移動が主流となっている地方だとなおさらでしょう。「出張先でいきなりバスに乗る」というと、なんだか頼りない気分になりそうです。

 しかし、最近ちょっと状況が変わってきました。

 経路検索サイトやスマートフォンのアプリで、検索結果に路線バスが出てくることも増えてきました。「電車で行こうと思ったんだけど、候補にバスが出てきたので乗ってみたら、意外に便利で驚いた」という声を、筆者は時々聞きます。

 そうはいっても、馴染みのない人には馴染みのない路線バス。

 今回は、路線バスの便利な面を紹介しつつ、不便な面を克服する方法を追っていきたいと思います。その大きなカギは「路線図」。そう、やはり地図からすべては始まるのです(笑)。

ショートカットこそ路線バスの醍醐味

 東京や大阪では、都心から郊外に伸びる鉄道路線が数多くありますが、郊外と郊外を結ぶ鉄道は少なく、多くの場合、いったん都心を経由する必要があります。一方、郊外の街どうしを結ぶ路線バスはたくさんあるのですが、残念なことにその存在は地元以外にはあまり知られていません。

 東京の城西エリアを、東西で結ぶ池袋線、新宿線を持つ西武鉄道。その西武線沿線を南北で結ぶバス路線を運営するのが西武バスです。同社ではこうしたバス路線を「たてバス」と呼び、バスの車内に位置関係が分かる路線図を貼っていました。現在は「たてバス」という呼称が駅探の登録商標となり、西武バスは「乗り継ぎ早わかり図」と改称しましたが、同様の動きが他社でも広がっています。同じエリアの関東バスの案内図と合わせてご覧いただきましょう。

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 この図を見ると、西武線新宿線から西武池袋線、JR中央線の間は意外と近いことが分かります。新宿、池袋を鉄道で大回りするより圧倒的に早く、太字の路線であれば10分以内に次の便が来るので、非常に便利な路線と言えるでしょう。こうした鉄道沿線間のショートカット路線は、東京都(23区・多摩地区)、横浜市、川崎市内に多く、縦横無尽に移動できます。

 都心から郊外に直通するバスでも、渋谷~成城学園前、渋谷~中野、新宿~永福町といった路線は、ラッシュ時の鉄道(それぞれ小田急線、中央線、京王井の頭線、名うての混雑路線です)を避けるのに良い移動手段です。バスもラッシュ時は混雑し、時間もかかりますが、始発で乗れば座って移動できます。永福町や成城学園前といった「(鉄道の)途中駅から(バスの)始発で座れる」のは、バスならではのメリットとも言えましょう。

 その他、都心の移動でも、地下鉄では乗換を要するものの、バスだと1本で行ける区間があります。メジャーなものだと、渋谷~六本木、六本木~新橋ですが、他にも渋谷~白金高輪~三田、新宿~江戸川橋~目白(~練馬)、錦糸町~押上~浅草~日暮里、東京~月島~豊洲~ビッグサイト、東京~門前仲町~東陽町~錦糸町、といった路線は、JRや地下鉄では乗り換えが面倒なところばかり。「痒いところに手が届く」ショートカット路線でもあります。

 さて、メリットを挙げれば挙げるほど、「ならばこれまで何故それほど利用されなかったのか」という話になります。都市部において鉄道は躊躇なく使われるのに対して、バスがそうでない、とすると、鉄道の利便性と比較するのが手っ取り早いでしょう。

そもそもバス停がみつからない

 とても初歩的なことですが、どこで乗れるかが分からないのは路線バスの最大のネックです。

 鉄道の駅は、どんな地図でも目立つように描かれ、検索してもピンポイントで出てきます。また、写真のように、駅付近の道路にも、駅はどちら方向に何m先か、といった看板、標識が見られます。改札の中に入れば、どの路線のどこ行きが何番線か、電光掲示板に表示され、何番線かは駅構内の誘導に従えば辿り着きます。

 バスはその点、こうした乗り場への誘導が乏しいのが実情です。複数の乗り場がある駅のターミナルを除いては、バス停の場所は示されておらず、歩いてみないと見つからない場合が多々あります。

 いや、「駅のバス乗り場」でも、どこにあるのか分からない、というケースだってあります。バス乗り場の案内標識があっても、必ずしも駅舎を出てすぐとは限らず、いくつかの道を渡ってようやくバス乗り場が現れるのです。例としては、東京都武蔵野市の吉祥寺駅南口(公園口)が挙げられます。

 また、「乗り場」が分かっても、どこへ行けばいいのか迷うこともあります。

 たとえば上のような表示は、大きな駅ではよくあります。東口、西口の両方にバス乗り場があることが示されながらも、どのバスがどちら口なのかは分かりません。ただ、バスは鉄道より路線数が多いため、限られた掲示エリアに全路線を載せるのは難しいのも事実です。ほかにも、バスターミナルが複数箇所に、しかも駅を挟んで逆方向にある場所も存在します。バス停間の移動に、階段を昇り降りして5分以上かかることも珍しくありません。

 正確かつ具体的な行き先を表示しようとすれば、情報量が多くなりすぎる。整理してしまうと、地元の人以外はガイドの役を果たせない。地域の需要に密着し、きめ細かい交通サービスを提供するからこその悩みです。

バス路線図の苦難

 こうした課題に、バス路線図はどうやって応えてこようとしたのでしょうか。
 実はわりと最近まで、停留所を黒い1本の線で結び、位置関係だけを示す路線図が一般的でした。いわば、情報の編集を諦めていたと言っても良いでしょう。

 路線図の進化を、例を見ながら追っていきたいと思います。

注:この路線図は筆者制作のサンプルです(以下同)
注:この路線図は筆者制作のサンプルです(以下同)
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 これは、90年代まで全国の民営バスで主流だったスタイルですが、今でもこのタイプの路線図を提供している会社は多々あります。

 停留所の位置関係は分かるものの、どの系統がどこに行くのかは分かりません。しかしその後、主に都市部で、系統ごとにカラフルな色分けで描かれた路線図を各社が作るようになります。

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 こちらは、1系統ごとに1本の線を色別に示した路線図の例です。実際にはこれに路線番号が添えられます。どの路線がどこに行くか、どこの区間に路線が多いかが明確に分かるようになりました。

 しかし、ご覧の通り、路線が多くなるにつれて目的の路線が探しにくくなるのも難点です。また、路線によって頻繁に来る路線もあれば、1日に数本しかない路線もあり、線が多いからといって便利とも限りません。大都市部の鉄道と異なるのは、路線バスの場合、本数の多い路線は限られる、という点です。

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 こちらは、同じ方向の複数の系統を、1本の線にまとめ、本数や運行間隔が多い区間を太く、そうでない区間を細くしたものです。同じくこれも実際には路線番号が添えられます。

 本数の多い路線を太く、少ない路線を細く、あるいは点線で示す手法は、一部の公営バスの路線図で見られましたが、複数の路線を集約する編集は、このあと紹介する個人やNPOによって進められてきました。

 路線図のもう一つの課題は、地域によっては複数のバス会社が入り混じり、バス会社の路線図ではバス路線の全体像がつかめないことです。これに対して、その地域を走るバス路線を会社にかかわらず全て載せる、という動きがありました。早くは1980年代から「東京都内乗合バス・ルートあんない」という首都圏各県ごとの路線図本が、各都県バス協会から出版されていました。これが少しずつ全国に波及し、現在はバス協会や行政だけでなく、市民団体やNPOが路線図を作る動きが広がっています。これについても、のちほど触れます。

自治体やNPOが工夫を凝らす

 「どこから、どこへ、どのくらいの頻度で走っているのか」を、膨大な情報を整理して伝えるのが路線図の課題ですが、一方で、バス停そのものへの誘導も難問です。

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 地下鉄駅の駅では、地上に出なくても、どういった系統のバスがどこの乗り場から出るか、案内を出している例もあります。さきほどの本郷三丁目駅前ですが、バス停のある地上にいてもバス停の全体像は分からないものの、地下に降りるとこうした看板で一目瞭然、という“不思議な”ことが起きています。東京都交通局によれば、こうした看板は約20カ所に設置され、今年度中にさらに40前後の駅に設置される予定だそうです。

 路線図にせよ、バス停にせよ、ひとつのバス会社で解決するのは難しい問題です。大都市部では、複数のバス会社が乗り入れるため、1社が有効な施策を打っても、都市圏単位で見れば「曇ったガラスの一部を拭いた」くらいの効果になってしまいます。

 となると、どこが動くべきなのでしょう。各都道府県のバス協会は、バス会社間の調整機関ではありますが、バス乗り場を整えるのは、その用地を持つ自治体かバス会社です。自治体によっては工夫している事例もあります。

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 こちらは埼玉県三郷市の三郷中央駅です。案内板には、乗り場案内と路線ごとの発着時間が表示されています。三郷市は後述の表の通り、市内を走るバス会社が多く、三郷中央駅にも5社のバスが乗り入れます。これらを統合的に案内するためには、バス会社の裁量に委ねることは難しく、ここで三郷市の手腕が発揮されています。

 バス停に案内があるのは当然ですが、大事なのは「バス停に行く前に案内があるか」、という点で、この駅では駅舎内の、改札を出たところに、どん、と案内板が設置されています。

 そして、見逃せないのは地元のNPOや、バスマニアの人々の努力と工夫です。

全てを載せて、シンプルに見せる

バスマップ沖縄
バスマップ沖縄
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 「バスマップ沖縄」。沖縄本土の4社のバス路線を横断的に掲載した他、離島の全ての路線バスを掲載しています。現地でも配布している他、Webからも閲覧することができます。

NPO法人 公共の交通ラクダ
NPO法人 公共の交通ラクダ
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 「NPO法人 公共の交通ラクダ(RACDA)」。岡山市を走る5社のバス路線を横断的に掲載しています。本数を太さで表し、同じ会社の路線を同じ色で、1本の線に集約し、線が増えすぎず見やすい工夫がなされ、海外路線図にも似た色合いの美しさも追求されています。また、系統番号のない路線も、情報整理と提案も含めて付番しているのが特徴的です。岡山市内の書店で100円で販売しています。

Bus Service Map (愉会三丁目氏による個人サイト)
Bus Service Map (愉会三丁目氏による個人サイト)
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 「Bus Service Map」。掲載した図は、首都圏でも指折りのバス路線錯綜エリア、町田駅周辺の路線図です。ここでも同じ方向の路線をまとめ、本数ごとに太さを変えていますが、バス網の広がりと頻度が一目瞭然です。この他、首都圏と関西、金沢、札幌の路線図を作り、ルートや本数が少し変われば更新する、という公共性の高い偉業を成していますが、個人が一人でしているというのが驚きです。

 行政でも企業でもない、いわば第三の公共と言われるセクターは各方面で話題を呼んでいますが、バスの分野でも、全国の各団体や個人、および行政や企業と意見交換、情報交換する場が盛り上がり始めました。たとえば「日本モビリティ・マネジメント会議」や「バスマップサミット」です。

 地図には情報の「編集」がなにより重要とかねてから考えていましたが、バスの路線図はその必要性の高さ、そして編集の難しさもあって、最もやりがいのあるテーマかもしれません。個人のマニアックな愛着が最も生かせる分野でもありそうです。

 後編では、ウェブサービスやスマートフォンなどの「デジタル路線図」の活用で、地元を知らない人にも路線バスが使いこなせるサービスを提供している事例を見ていきます。

(後編に続きます)

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