広告業界は常にコンフィデンシャルな情報を耳にすることが多く、口が裂けても言えない話も少なくない。広告マンというのは皆さんが思っている通り、チャラくて浮わついている奴が多い(笑)。ただ、そういう奴らに限って、「ココだけのヒミツだけど…」と噂話をよくしてくれる。私も長い間業界にいると、色々なところから「ホンマかいな?」というような話を聞くことがある。本連載の再開第一弾では、少し前に耳にして本当に驚いた噂話をきっかけに、広告主(クライアント)の姿勢について私が思っていたことを話したい。
電通のネット広告不正請求は業界の悪慣習か?
噂話の内容はこんななものだ。「電通のネット広告担当部署でかなり大規模な不正を過去数年間に渡ってしていたことが発覚してしまい、電通の中では上も下も大騒ぎになっている。しかも、相手は日本でも有数な大企業のトヨタ自動車ということで、さらに事態は深刻化。どれほど電通が大騒ぎになっているかというと、博報堂に相談に行ったほどのようだ」。ほぼ同時期に複数人から同じような話を聞いた。
その不正の手口は、クライアントから発注のあった広告の出稿期間と掲載日がずれていたり、クリック数をごまかしたりといったものだ。中には、成約率(コンバージョン率)をごまかしていたという話まであるようだ。また、そもそも広告が掲載されていなかったこともあり、その分だけ多めに広告費を請求していたというのだから、開いた口がふさがらない。
ネット広告業界に身を置く私としては、今回の一件がネット広告業界の悪習慣と誤解されることを心配しているが、この問題は電通の怠慢でしかない。もっとも、クライアントがもっと早めに気づけたはずなのに、「なぜ気づかなかったのか?」と疑問を抱く方もいるだろう。
クライアントも費用対効果への意識が甘過ぎる!
ココまでの話を読んで、もしかすると「ネット広告はコンピューターのシステムで管理されているので、インチキができないはず。昔、テレビ業界であったCM間引きなんてことは絶対にないんじゃないか?」と思った人もいるだろう。しかし、それは大間違い。インチキをすることはできる。ネット広告業界に長く身を置く私が言うのだから絶対だ(笑)。
不正ができるのはどうしてか? その理由は、リスティングなどの広告管理画面をきちんと見ているクライアントが極端に少ないからだ。逆に言えば、私が担当している費用対効果に厳しい通販クライアントであれば、こんな出来事は3日で発覚する。広告マンもクライアントも命がけで数字を毎日チェックするので、異変があればすぐに発覚するからだ。
広告代理店はクライアントに対して、発注どおりの内容で広告が掲載されたことを報告するのは当たり前だが、その報告を待っているクライアントが多い点は理解できない。その気になれば、クライアント側でもWEB効果計測ツールなどで掲載状況などを簡単に把握できる。今回の電通の問題は、大手クライアントの費用対効果に対する意識の甘さも一因にある。電通も電通だが、トヨタ自動車も腑抜けた気持ちでいないとこんな事態にはならない。
元々、総合広告代理店のほとんどの広告マンや一般の大手クライアントは、広告の費用対効果を考えたことがなかった。本来広告とは、マーケティング目標に対する効果を考慮して設定するべきで、最初に予算ありきなのではない。マーケティング目標ありきで、それを達成するための予算を考えるのがクライアントの仕事だ。どの広告代理店にいくら予算を配分するかを決めるのが宣伝部の仕事ではない。
例えば1億円の広告予算をかけたなら、1億円以上の利益をもたらす価値を目標とするべきである。クライアントが費用対効果の目標を設定すれば、それ以降は広告代理店の仕事だ。その目標の達成率を測定して、クライアントに報告や改善提案を行う。トヨタ自動車といえば、“カイゼン”で世界トップの自動車企業となり、広告についての改善も当たり前のことのはずなのだが、なぜか広告の費用対効果は軽視され、今回のような騒動になってしまったのだ。
これまではクライアントが広告の費用対効果についての態度を玉虫色にしていたこともあり、日本の“マスメディア主体”の広告業界は費用対効果や効果測定について曖昧にする慣習があった。
広告の評価基準が曖昧だった時代から、効果測定により費用対効果を厳しく評価するように変化すれば、つまりはより結果・責任を求められるようになれば、ぶっちゃけ広告業界は大変だしつらい。私が仕事をしているネット広告を含むダイレクトマーケティングの世界では、そのつらい世界の中で日々格闘している。だからこそ、今回電通がやったことはダイレクトマーケティングの世界では考えられない。こんなことをしてしまえば、費用対効果が悪化してしまうのは確実だからだ。そんな自分の首を絞めるようなことを絶対に私は行わない。費用対効果が全てなのだ。
広告管理システムの違いで成約率は変わらない
クライアントがちゃんと広告管理画面を見ていたとしても、広告代理店が不正を行うケースもあるので、注意が必要だ。例えば、広告代理店の報告に書かれた成約率が自社のデータより1.1倍多いことにクライアントの担当者が気づいたとき、クライアントはこういうだろう。
「○○さん、御社からもらったデータとウチのデータ、成約率が10%ぐらい違うんですけど?」
こう聞かれたとき、多くの広告マンはこう答える。
「●●さん、それは仕方ないです。●●さんがご覧になっているのは御社のシステムの管理画面ですよね? 当社が報告用に採用しているWEB効果計測ツールとはシステム、仕様が違うので、成約率も変わってしまうのです」
計測のツールが違えば、システムやタグ、サーバーが違うので数値が異なるのは仕方がないという説明だ。この話を聞いた多くのクライアントの担当者は何というか?
悲しいことに、「そうなんですね、そんなもんなんですね」と言って、納得することが多い。この納得がおかしい! 絶対におかしい!!
自分たちの大事なお金をつかって宣伝しているのに、広告マンの説明だけで納得するのは甘いとしかいえない。私がクライアントだったら絶対にこう言う。
「では、そのWEBツールの技術担当者を呼んでください。ウチのWEBシステム担当者も呼んで原因を明確化させましょう!」
実は私も昔、報告していたデータとクライアントの基幹システムのデータが異なるという事態が発生したことがある。その時、私はどうしたのか? 私は自分たちが使っていた計測ツールの技術担当者と、クライアントの基幹システムを作っていた会社の技術担当者、さらにクライアントのネット広告担当者を一同に集めて、何が原因であるのかを膝を詰めて協議した。システム畑の担当者の話なので「すべてを理解できたか?」と聞かれれば答えは「NO」。大まかな部分の理解は一緒に仕事をしていた後輩に委ねた。しかし、この打ち合わせによってクライアント側の基幹システムの設定が問題であるということが分かり、問題点を修繕、無事解決できたのだ!
不正の背景に電通のビジネスモデルも
誠実な広告代理店はそもそも、クライアントに約束した成約率を達成できなかったり、広告掲載開始日を間違えたりしないように万全の体制で望むが、想定外のことは起きてしまう。そうなると、まず行うのは謝罪だ。そして「目標不達をどう挽回するのか?」を具体的に訴えるのが真の広告マンだ。
実際、私も最初に「やずや」のネット広告プロモーションを担当した際は、目標にまったく到達しない散々な結果だった。その際に私はすぐに謝罪をし、その失敗から得られた知見を基に挽回策を提案した。幸運にもクライアントに私の姿勢を評価していただき、次につなげることができた。今や「レスポンスの魔術師」と呼ばれるようになった私だが、そんな私を産んだのはこうした『失敗』だったと言っても過言ではないだろう。もちろん、努力もしているが…(笑)。最初から魔術師だった訳ではない。大事なのはその問題やミスをどう繰り返さないかを考え抜くことなのだ。
ただ、今回の電通問題の背景を考えると、もし不正があったとされるネット広告部門のスタッフ数が十分だったら、もうちょっと事態は変わっていただろう。今回の事件は、それができない今のネット広告を取り巻く環境が生み出した悲劇だという側面も伝えておきたい。
電通のビジネスモデルは「メディアマージン」というもので、テレビや新聞などマスコミの広告枠のように1度の出稿のグロス金額が高ければ、担当部署に多くの人員を配置できる。しかし、ネット広告では残念ながらそこまで多額のグロス金額が発生することはない。それにリスティング広告を出稿する場合には、広告が掲載されたら終わりということではなく、掲載されている期間中、担当者がベタづきで管理、調整をしなければならない。
その人件費をメディアマージンのビジネスモデルで捻出することができるのか? マスメディア向け広告が主体の総合広告代理店では、ネット広告の利益率を上げることにあまり注力しないことは往々にしてある。利益を生み出さなければ、人を充てることもできない。広告代理店はその部分をそろそろ考えていかなければならないし、クライアントもネット広告は運用費用がかかるという事実を理解した上で議論するべきと考えている。
広告の費用対効果にはありえないほど執着を!
ネット広告は他の広告と違い、結果が「数字」として非常によく分かる広告だ。それが最大の売りであり、それがあるからこそ、多くの企業はネット広告を巧みに使い、売り上げを伸ばせている。もし、報告書の数値が気になるのであれば技術者を呼んで、とことん原因を究明すべきである。広告マンはもちろんのこと、クライアントも命をかけて広告費を預けるという心づもりをもっていて欲しい。不正を行った電通に責任があるのは当然だが、不正に気づけなかったクライアントは職場放棄と言われても仕方のないことだと胸に刻んでおいて欲しい。
今回の件、電通やトヨタ自動車であればその道のエキスパートはいるはず。技術的な話をして、おかしい点にすぐ気づいてもおかしくないのに、なぜ、そこに手を付けなかったのか? きっと大企業ゆえのおごりがあったからだ。
最後に、これはすべての経営者に伝えておきたいことだが、あなたの会社の広告関係部署や広告代理店に“広告の費用対効果を本気で最大化”する意思や能力がなければ、その“広告予算”を「社員のボーナス」に回すべきだ。そのボーナスが多いという事実があなたの会社の宣伝になる。そちらの方がよっぽど未来につながる“有意義な投資”だ。
あなたはその広告費に命をかけて、広告代理店に預けていますか? この気持ちをクライアントは常に持ちながら、広告マンと接するべきである。
◇ ◇ ◇
実は、私が電通の話を聞いたのは8月の末から9月上旬だったと記憶している。聞いた時に「絶対に表には出ないんだろうなー」と思ったが、なんと表沙汰になってしまった。電通だから安心ということもなければ、中小広告代理店だから不安という時代ではもうない。そしてクライアント自身の知識とノウハウと費用対効果に対する考え方を、今まで以上に要求されるようになっていることを忘れないように。もっと知識やノウハウが欲しいという人は、当社が行うセミナーは種も仕掛けも全部さらけ出している。気になる人はぜひ弊社ホームページを見て欲しい。
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