「想定外」という言葉を聞く時、私たちは、その言葉を発した組織や人物が時代の変化に対応できなくなっていることを知る。ドナルド・トランプ氏という人物が次代の米大統領に選出されたという結果が示すものとは、その事実を前に「想定外」という言葉をつぶやく他ないすべての人の「敗北」だった。

 英国の国民投票がEU(欧州連合)脱退という民意を世界に示した時にも感じていた。フィリピンのロドリゴ・ロア・ドゥテルテ大統領の発する言葉にも、インドのナレンドラ・モディ首相の政策にも感じていた。その違和感に対してそれぞれ世界史上の稀有な「例外」だと自らに言い聞かせて来た人々は、しかし、世界最強の国家で生まれたこの新しいリーダーを前に、どうやらこれらの現象が民主主義のエラーによるものというよりも、世界の大きな変化の表れと考えた方がいいのではないかと悟り始めている。

 「金の総量」を上限とした世界の富を奪い合うゼロ・サムゲーム――誰かが豊かになれば誰かが貧しくなるゲーム――が強要された金本位制の時代を超えて、20世紀後半以降、世界は、自由貿易の輪を広げることで「全員が豊かになれる」という夢を共有することができた。その利害が一致していることが、各国に最善の安全保障をもたらす。2度の世界大戦と冷戦を経て、世界はその「結論」に収斂するかのように思えた。いわば「経済は政治を超える」。その20世紀における最大の実験がEUであり、21世紀のそれが環太平洋経済連携協定(TPP)だったと言えるだろう。

 英国と米国の民意は、それぞれに「否」を突きつけた。

 「オバマ政権とリベラルに対する白人の復讐」の中で、篠原匡・ニューヨーク支局長は、産業の転換に取り残されながら、新たな仕事を探すことも、その地を去ることもできない「白人の町」の困窮と、その原因を他国の経済成長や移民に帰する排他主義の台頭を描いていた。その姿は、英国が決別した欧州で、失業したギリシャの人々が、生まれた地から離れようとせず、経済成長を謳歌するドイツに怨嗟の声を上げる姿と重なって見える。

 ヒトやモノの往来の障壁を引き下げれば、より豊かな生活を求めて人々は「最適な場所」に移動していく。自由貿易主義のそんな仮説が幻想に過ぎず、どうやら人間とは、やはり土着的なナショナリズムにその心を縛られ、自由になれない存在なのではないか。そんな懐疑が「全員が豊かになれる」という理想を破り、「あの国が豊かになったせいで自分たちは苦しくなった」というゼロ・サムゲームの心理にまで時代を後退させつつある。

 「『トランプ大統領』、Brexitに意外な追い風」の中で蛯谷敏・ロンドン支局長は「フランスの極右政党である国民戦線のマリーヌ・ルペン党首はすぐにツイッターでトランプ大統領誕生を祝っている。反EUを掲げる欧州の極右政党にとっても、トランプ氏の大統領就任は追い風となる可能性がある」と指摘している。

 トランプ大統領が世界を変えるのではなく、世界が変わったからトランプ大統領が生まれたと言うべきかもしれない。

 日経ビジネスは、その変化を「例外」と捉えずに大きな変動の兆しと見て、かねて特集「もしトランプが大統領になったら」と題して「トランプの時代」を占って来た。同氏の当選を受けて、新たに3つのテーマで識者や現地に取材して記事を配信する。

その1:米国の変容

 1つ目は「米国の変容」。トランピズムを生んだ土壌、廃墟のような「白人の町」を訪ね歩いた「消去法のアメリカ」シリーズに、当選確定後に大統領選挙戦を振り返った「オバマ政権とリベラルに対する白人の復讐」を配信。フィナンシャル・タイムズからは、反トランプの米国人による手記「トランプ勝利 睡眠薬が必要だ」を翻訳掲載した。熱烈にトランプを支持する層と、「明日、ニュージーランドに飛ぼうと思う。筆者は本気だ。とにかく今は、米国から可能な限り遠く離れるのがよさそうだ」と記事を書き出す記者。この両者の断絶の深さを、改めて比べてお読みいただきたい。

その2:震える世界

 2つ目は「震える世界」。トランピズムが顕在化させた世界の変容が、各地にどんな変化をもたらすかを考えた。「経済政策の分かりにくさ以上に分からないのが、トランプ氏が外交で何をやってくるかだ。トランプ大統領の誕生で起きる最も大きな変化は、地政学リスクの高まりではないか」と「これから大きくなるのは地政学リスク」の中で指摘するのは笹川平和財団特任研究員の渡部恒雄氏。ほか、英国のBrexit(EU離脱)に与える影響を蛯谷支局長が取材した「『トランプ大統領』、Brexitに意外な追い風」、サイバー空間におけるリスクを慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授の土屋大洋氏が解説する「サイバー空間の不安定化に拍車」などを配信した。

その3:身構える日本

 最後に「身構える日本」。世界で先進国が試みて来た自由貿易の実験の末端で、日本は、内需の伸びが止まりつつあることでようやくその重い腰を上げてTPPに参加を決めた。政府が進めるこの起死回生の決断が、米国に覆されるかもしれない。だが、「そこまで心配ない」と状況を冷静に見守るのが元・防衛大臣の石破茂氏。「選挙期間中に言ってきたことと、大統領になってから実際にやることは大きく変わるなんて、よくあります。例えばロナルド・レーガンは大統領選挙のときに、中国に対抗して台湾と国交を回復すると言いました」と、トランプ氏の理解と変化に期待する(「石破氏:「トランプ大統領」は豹変する」)。一方で、企業経営者からはTPPの実現を注視する声が聞こえてきた(「TPPの成否で船舶需要に影響も」、ジャパンマリンユナイテッドの三島愼次郎社長)。

 日本経済に対する短期的なインパクトについては、エコノミストや企業経営者に聞いた。「日本の経済成長率はゼロ%台半ばに落ちる」(第一生命経済研究所首席エコノミスト・永濱利廣氏)、「為替は1ドル90円台前半へ」(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト・唐鎌大輔氏)、「日銀は苦しい立場に追い込まれる」(東短リサーチ チーフエコノミスト・加藤出氏)など悲観論が多数を占めたが、中には「ご安心を、日経平均の底値は1万6000円」(SBI証券投資調査部シニアマーケットアナリスト・藤本誠之氏)といった声も上がった。

 トランプ的なるものが世界を覆いつつある今、その行く末を「想定外」と呼ばずに対応していけるかどうか。この時代を生きる国や企業それぞれが問われている。

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