日経ビジネスオンラインの特集「誰がアパレルを殺すのか」では、アパレル業界の川上から川下まで幅広い関係者に話を聞くことで、業界が陥っている不振の構造を浮き彫りにしようと試みた。
では、今まさに不振に喘いでいるアパレル企業の関係者はこの現状をどう捉えているのか。大手アパレルのワールドで総合企画部長などを務め、現在はコンサルタントに転じた北村禎宏氏に話を聞いた。
生地代が5%ではおもちゃのような商品しか作れない
古巣のワールドも含め、大手アパレルの不振が続いています。
従来、アパレルは年に2回の展示会で受注を集め、非常にゆっくりとしたPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回していました。これが、1年間を52週間に分け、週単位で企画や販促を考える「52週MD(マーチャンダイジング)」になりました。勿論、これは進化の土台となりましたが、逆効果もありました。
それはアパレルの思考の時計まで1週間単位になってしまったということです。だから目先にとらわれて、3年、5年、10年先に起こる変化を誰も考えなくなりました。今ではせいぜい半年が関の山でしょう。これが不振の大きな原因の一つです。
再生のカギを握るのは素材だと考えています。昔は素材をゼロから開発していましたが、そんな会社はもうほとんどない。ファストファッションが入ってきた時に、その本質を分析しないまま、表面だけ真似してコスト削減に走ったことがこの失敗の原因です。
例えば、男性用のスーツなら、一昔前は上代(小売価格)の15%が生地代でした。今では大体5%程度に下がっています。だから、おもちゃのような品質の商品になってしまう。アパレル企業と素材メーカーが切磋琢磨して、意欲的な商品を作っていた時代は確かにありました。そんな商品は存在感があるので、高い上代でも受け入れられていました。
百貨店アパレルの平均原価率は20%ぐらいですが、ユニクロは34~35%ぐらいでしょう。原価20%の1万円の服と、原価35%の2900円の服では後者の方が欲しいと消費者は判断しています。
各社のプロパー消化率は、あまりに低くて恐ろしくなる
確かに企画まで商社やOEM(相手先ブランドによる生産)メーカーに丸投げにしたことで、モノ作りの空洞化を招きました。
その昔、決済や物流管理だけ請け負っていた時に商社が受け取るマージンは1~3%程度でした。それがOEMやODM(相手先ブランドによる設計・生産)をやると、15%取れるようになる。一方で、上代は下がってきていたので、素材にしわ寄せがきて、商品の質が劣化しました。
個人的には「売れ筋」という言葉がすべてをおかしくしたと感じますね。だってそうでしょう。百歩譲って売れ筋を追いかけるのはいいとして、じゃあ、その売れ筋は誰が作ったのか、という話ですよ。
アパレル企業が生き残るには、売れ筋を作る側に回るしかない。つまり、お客様に迎合せず、むしろ引っ張り、結果としてマーケットを動かす、という流れです。お客様からすると「迎合してほしいなんてお願いしていないのに、迎合したような商品ばかり出てきてつまらない」というのが現状ですから。アパレル企業は商社やOEMメーカーに「売れ筋を作ってくれ」とお願いしているので、罪が深いですね。
消費者の視線も厳しさを増しています。ファッションレンタルやフリーマーケットアプリが流行していますが、これは企業側の提示する「定価」に疑いの目を向けるようになったからだと思うのですが。
自動車と同じように、若者の気持ちが服から離れています。今は服に金と手間をかけるのがむしろかっこ悪いという風潮すらある。ただ、これだけ古着のマーケットが存在し、それに耐えられる品質の服が流通しているという土台もあるので、これが残っている今のうちに手を打つしかない。
アパレル各社のプロパー消化率(定価販売商品の売上比率)を見たら、あまりに低くて恐ろしくなります。確かに「定価とはなんだ」という気持ちにさせられますよ。小売店が販売促進のために値引きをするのと、メーカーが陳腐化した商品を切る意味で値下げするのではまったく意味が違う。それなのにセールが常態化し過ぎて、値引きと値下げの違いが分からなくなり、お客様にも同じように見えてしまっています。
日本のアパレル企業は株式上場しない方がいい
中国に集中している生産拠点はどうなりますか。人件費の高騰を嫌って一部がASEAN(東南アジア諸国連合)に移転しています。ただ、アジア各国も人件費は高まっており、いずれ採算が合わなくなってくるでしょう。
最後はインドかアフリカしかなくなりますね。そこまでいくと、地球レベルで海外生産依存のビジネスモデルが限界になるということです。そういう方向に進んでいる中で、日本への生産回帰は現実的な選択肢に入ってきています。勿論、これまでのような大量生産のインダストリー型は無理です。でも、クラフト型の小ロットのモノ作りなら可能です。
中国への生産移転が進んだのも、売れ筋を「早く大量に」作る方向に走ったからです。日本のアパレル各社が生き残るには、クラフト型として丹精込めたモノ作りに立ち返らなければならない。ユニクロはインダストリー型でいいです。実用品なので。
そういう観点から考えると、日本のアパレル企業は株式上場をしてはダメですね。クラフト型のビジネスモデルを目指すなら、月次や四半期など短期間の業績結果でいちいち株主からプレッシャーを受けていては、先に進めませんから。
アパレル業界は川上から川下まで分断されているがゆえに、全体として効果的な対応策を打ち出しにくいように見えます。
まずは不振の現状を正しく認識し、その上で、業界全体で議論する必要があります。このままでは業界が集団自殺しているのと同じですよ。だからこそ、集団再生する必要があるということに気付かないといけない。アパレルほど横連携しない業界も珍しいです。例えば、日本百貨店協会と日本チェーンストア協会が、一緒になにかやっているという話を聞いたことがありますか。
カギを握るのはテキスタイル(織物)業界だと思っています。川上と川下の間という立ち位置がいいですね。ニュートラルな旗振り役として、川上、川下、そして横の連携も広げるいい調整役になれる可能性があります。
大手アパレルは大規模なリストラに取り組みました。ただ、短期的なリストラで問題は解決しそうにありません。
店頭を訪れても、掘り出し物に出会うというわくわく感がなくなりました。当たり障りのない商品ばかりです。余分なブランドや店舗を切るのは、外部から来たしがらみのない人ならすぐにできますが、その先が難しい。商品を見直して店頭を面白くしつつ、それが採算の合わない水準まで肥大しないようバランスを取る。リストラの後、彼らは本当に難しい課題に直面することになるでしょう。
誰がアパレルを殺したのか。その未来は?
日経ビジネスオンラインでは、アパレル業界が深刻な不振に陥った背景を多角的に分析するとともに、既存概念から一歩踏み出す新たな動きを追う特集「誰がアパレルを殺すのか」を展開しています。本記事以外の特集記事もぜひお読みください。
併せて、日経ビジネス10月3日号「買いたい服がない アパレル“散弾銃商法”の終焉」もご覧ください。
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