2月28日から3月2日まで東京ビッグサイトで、新エネルギーに関する展示会「スマートエネルギーWeek」が開催された。二次電池展、水素・燃料電池展、太陽電池展などエネルギー関連の展示会に多くの参加者が駆け付けた。参加者登録だけで7万人を超え、海外からも8000人以上が参加すると言う盛況ぶりであった。
参加者の所属機関や参加者自身を眺めれば、この業界でどういう動きになっているのかが伺い知れる。二次電池展では、海外勢はやはり中国、韓国が多く、欧州がそれに続く格好だ。二次電池では、欧米および中国市場での車載事業が活発になっていることがわかる。
また、部材メーカーの展示ブースよりも、設備メーカーや試験機器メーカーの方に見学者が流れている傾向がある。それは、電池開発から生産技術開発というゾーンよりも、電池製造や品質確認と言うゾーンに関心の中心が移ってきたことを物語っている。
昨今の中国NEV(New Energy Vehicle)規制、米国ZEV(Zero Emission Vehicle)規制、欧州CO2規制が絡み合い、自動車業界と電池業界は激動の中にいる。戦略、駆け引き、更には策略と言ったところまで、なかなか大変な状況に陥っている。
これまで、どの自動車メーカー系列にも属さない電池メーカー間のランキングは、パナソニック、韓国LG化学、韓国サムスンSDI、中国CATL(Contemporary Amperex Technology Limited)、中国BYDであった。直近の状況は、パナソニック、LG化学、CATL、BYD、サムスンSDIという見方もある。それだけ、中国勢が躍進している。
自動車の電動化シフトが進むことで、自動車業界、Tier1と電池業界における合弁事業や合弁事業解消など、動きが活発になっている事例が多々ある。以下に代表的な動きをまとめてみる。
(1)進むトヨタとパナソニックの協業
1996年12月まで遡るが、当時のトヨタ自動車とパナソニックが、ニッケル水素電池の合弁事業をスタートさせた。パナソニックEVエナジー(PEVE)として協業を開始した(出資比率はトヨタ60%、パナソニック40%)のである。この時点で、最も動揺したのがホンダであった。と言うのも、トヨタと同様にホンダも97年には、当時の松下電池製ニッケル水素電池を搭載する電気自動車(EV)を米カリフォルニア州に供給する予定で、その直前の出来事だったからだ。
この時、筆者はホンダ側のEV用ニッケル水素電池の開発責任者だったが、ホンダに対して何の事前説明もないままでの協業提携発表に関係者は不信の念を抱いた。その結果、ホンダでの以降のHV用電池の開発から調達戦略では、サプライチェーンを変える必要性が生じてくることになった。
1997年12月にトヨタが世界で初めて市場に供給した「プリウス」は、PEVEで開発~生産された円筒型ニッケル水素電池を搭載した。そして、2000年には角型ニッケル水素電池に切り替え、現在もPEVEは角型に特化した電池開発から製造に軸を置いている。
ホンダの最初のHVは、99年12月に発売された「インサイト」であったが、適用したニッケル水素電池は、松下電池工業の茅ヶ崎事業所で生産された円筒型ニッケル水素電池とした。これは、トヨタの息がかかっているPEVEからの調達を避ける戦略的判断であった。
もっとも、インサイトへのエネルギー貯蔵主電源としては、大容量キャパシタを適用するビッグプロジェクトとして進められていた。しかし、技術判断する側と開発チーム側双方の論理に即しない無理な展開が強引に進められていた。「技術は嘘をつかない」と言う筆者の論理とともに、このプロジェクトは2006年に白旗を上げ、幕を閉じ、闇に葬られた。これについては、本コラム「企業戦略に振り回される技術者(2013年8月8日公開)」でも取り上げた。
その後のホンダにおけるHV用ニッケル水素電池開発は、パナソニック系列から脱却する目的で、東芝との共同開発に切り替え、より性能や競争力の高いニッケル水素電池の開発に成功した。しかし、2000年に東芝が三洋電機に本電池事業を売却したことで、ホンダも方向転換を迫られた。結果として、東芝とホンダが開発した高性能ニッケル水素電池の技術が三洋電機に移植され、その後に、ホンダは三洋電機のニッケル水素電池を調達すると言うシナリオにたどりつくことになる。
そのトヨタ側のPEVEに対する方針転換としては、2010年に出資比率をトヨタ80.5%、パナソニック19.5%として主導権を強化した。同時に「プライムアースEVエナジー(PEVEの表記は維持)」として新たな出発を果たした。また13年には、中国江蘇州常熟市に「トヨタエナジーシステム」を設立し、ニッケル水素電池パック事業を、そして14年には同地域に「科力美オートモーティブバッテリー」を設立し、セルからモジュール事業を立ち上げ、トヨタのHVに供給している。
時が経過し、2017年12月13日にトヨタとパナソニックが、今度は車載用角型リチウムイオン電池(LIB)で協業する記者会見を開いた。ニッケル水素電池での協業から約20年の時を経て発信したこの提携劇は、自動車業界や電池業界に大きな波紋を投じた。中でも、15年にパナソニックのLIBを第二サプライヤーとして調達戦略を定めたホンダにとっては、96年に続く第2の衝撃となったはずである。
上述したニッケル水素電池協業でのこれまでの実績を勘案すれば、トヨタとパナソニックのLIB事業での協業も自然の流れとも言える。両者間の事業ポートフォリオについては、現在検討中で詳細は明らかにされていないが、ニッケル水素電池事業と類似したビジネスモデルに発展する可能性はあるだろう。
ただし、これまで角型LIB事業を特定の自動車メーカーに縛られず、フリーな立場を維持推進してきたパナソニックにとっては、これまで強いビジネスを構築してきたホンダや、米フォード・モーター、独フォルクスワーゲン(VW)との距離をどのようにとるのか、その戦略が問われるだろう。
(2)日産とNECの協業終止符から新たな展開へ
2007年4月に設立された日産自動車とNECの合弁事業は、オートモーティブエナジーサプライ(AESC)としてスタートした。10年12月の日産初の量産EVである「リーフ」をはじめ、日産の電動車事業に貢献してきた。相模原市にあるNECエナジーデバイスで製造されるLIB電極をAESCに供給し、LIB完成品に仕立てるビジネスモデルである。
しかし、電池業界間でのAESCの競争力不足感、および調達先を拡大することでの自由度確保とコスト低減などを理由に、日産は2016年夏にAESCの事業売却を決断した。1年の時間を費やし、AESCとNECエナジーデバイスは日産およびNECの本体から切り離された。17年夏に中国のファンド企業GSRに事業売却され、親会社は中国企業と言う形になった。4月1日付けをもって、「AESCエナジーデバイス」として再スタートする模様だ。
NECエナジーデバイスは、電池工業会の正会員としても日本に貢献してきた。親会社が中国企業となったとしても、事業は国内で維持継続されることから、電池工業会の正会員としても継続されるとのこと。
また今回、日産との資本関係が途切れたことで、フリーの立場を貫けるメリットも少なからずあるように見える。ひとつは、目下EVシフトの先端を走る中国市場で、中国の資本傘下になったことでビジネスモデルが大きく変わること。中国では補助金を受けられるエコカーの対象は、中国政府が認可した「バッテリー模範基準認証」、すなわちホワイトリストに登録された電池メーカーのLIBを搭載した場合に限られる。昨年後半、AESCは親会社が中国企業になったことからホワイトリストに登録された。これで補助金を受けようとする中国自動車各社にとって、調達先が増えたことになる。
中国の自動車業界のみならず、日米欧韓の自動車各社にとっても調達戦略として活用できる。日産の中国におけるEV用LIBをはじめ、仏ルノーや現代自動車にとっても都合が良い。ルノーはこれまで韓LG化学のLIBと一部AESCのLIBを適用してきたからである。
一方、現代自動車はLG化学製LIBを中心に事業展開してきた。しかし、LG化学がホワイトリストから排除されている現状は、ルノーと現代自動車の中国EV事業にとってLG化学は戦力外となる。LG化学が開発~生産しているラミネート構造の大手電池メーカーは、ほかにはAESCだけであることを考慮すれば、両自動車メーカーにとって使いやすいAESCのLIBが調達できることになる。これは米ゼネラルモーターズ(GM)においても同じシナリオになる。
現時点でホワイトリストに登録されている電池メーカーの中で、最も安全性・信頼性が高いのがAESCである。なぜなら、AESCのLIBが搭載された電動車での市場における火災事故例は無いことがその証明である。リーフだけでも累積で30万台を超えた段階で火災事故が無い実績は、中国ローカルのホワイトリスト群の電池各社に対して、とても大きな存在となり強い競争力を示すものである。
中国の電池メーカーで存在感を示すCATLやBYDにとっては大きな競合相手となり得、中国のTop3としての位置づけを確保するに違いない。
このような環境変化を考慮すれば、AESCエナジーデバイスにとっては大きな事業拡大が見込まれる。現在、中国市場での新たな事業拠点設立に向けて準備しているようであるが、上記のような事業背景を考慮すると中国拠点を構えない手はないと言えるだろう。
(3)GSユアサと三菱、ホンダとの合弁における課題
ジーエス・ユアサコーポレーション(GSユアサ)との協業をいち早く推し進めたのは三菱自動車だ。EV用およびプラグインハイブリッド車(PHV)用LIBの開発~生産に関するビジネスモデルで、三菱自動車とのつながりを高めた。三菱商事も加わる協業の合弁企業をリチウムエナジージャパン(LEJ)と命名し、2007年に設立した。
2009年に発売した三菱自動車のEVである「iMiEV」および13年に発売したPHV「アウトランダー」に、それぞれ供給してきた。iMiEVは市場での人気度と浸透度は今ひとつ。一方、アウトランダーは人気度が高く、それなりに市民権を得た格好だ。その三菱自動車が電動車も含めてルノー・日産連合に合流したことでシナジーを出しやすい環境になったと言えよう。LEJの立ち位置も、これまでよりは好転する可能性がある。
一方、GSユアサがホンダと合弁を形成して「ブルーエナジー(BE)」を設立したのが2009年4月。ホンダのHVやPHVにLIBを供給するビジネスアライアンスを組んだ。LEJがEVを中心とする容量型LIBであるのに対し、BEのビジネスモデルは、出力型LIBの開発~供給というスタンスをとる。
ホンダの当初の思惑は当時の三洋電機と合弁事業を形成することであった。しかし、三洋側は特定の自動車メーカーとの協業体制をとらず、フリーな立場でワールドワイドのビジネスモデルを描いていたことから実現には至らなかった。そのホンダが選んだのがGSユアサだった。
三洋電機とはニッケル水素電池でビジネスがあり、LIBでも筆者が共同研究プロジェクトを1999年にスタートさせた背景があった。ユアサとは小型EV用の高性能ニッケル水素電池開発で、筆者がプロジェクトリーダーの下でけん引し、実証試験にまで漕ぎ着けた実績の背景があった。
ホンダ側の開発~調達戦略上で、現在のBEは、第2ベンダーのパナソニックと競合関係になる。現状のBEとホンダの関係は、やや弱いように映るが、先述したトヨタとパナソニックの協業を考慮すれば、ホンダはより積極的にBEを育成し強化する必要があるだろう。
(4)ボッシュとサムスンの離婚、二の舞のGSユアサ
上記(1)から(3)までの事例は、自動車メーカーと電池メーカーとの協業事業であるが、Tier1と電池メーカーの協業ビジネスモデルも存在した。2008年にサムスンSDIと独ボッシュが車載LIB事業で協業を図り、SB Limotiveとしてスタートさせた。
ボッシュにしてみれば、車載事業では大半を手の内に持っているが、唯一LIBセルを有していなかったこと。サムスンSDIにしてみれば、欧州自動車業界とのビジネスネットワークがなかったことから、Tier1のボッシュの力を借りて活路を開こうとする戦略があった。
ボッシュサイドは、サムスンSDIの電池開発から製造技術に関するすべてにアプローチした。後から気付くのだが、ボッシュには端から電池事業を手中に収めたい意向があった。一方、サムスンSDIにしてみれば、欧州自動車業界へのアプローチはするものの供給契約は遅々として進まない。
このような状況が4年間続き、2012年にはこの合弁事業を解消する手続きが踏まれた。結局、ボッシュにしてみればセル供給メーカーのサムスンSDIは対等なパートナーと言うことではなく、ボッシュが主導権を握る主従関係のビジネスモデルであった。そのため、信頼関係の絆を強くすることができなかったことになる。
Tier1と電池メーカーの協業第2幕は、ボッシュとGSユアサの合弁で幕が開いた。2013年1月1日、「リチウムエナジー&パワー」(出資比率はボッシュ50%、GSユアサ33%、三菱商事17%)という名称で合弁事業がスタートした。ボッシュとしては、セルの調達元を失ったことで電池メーカーとの協業が必須になる。しかしこの時、筆者はこの両者の関係にリスクを感じ、本コラムでもその内容を記述した。
欧州自動車業界にビジネスモデルを構築したいGSユアサにとっては、ボッシュとのパートナーシップ戦略は魅力的と映ったのだろう。サムスンSDIの前例があったので、いろいろとリスクヘッジはとったかとは思うが。
本年3月1日の日本経済新聞の報道によると、2月28日にGSユアサがこの合弁事業の解消を発表したとのこと。解消の理由は報じられていないが、恐らくサムスンSDIが経験した思惑のズレが原因と考えられる。その証拠に、ボッシュは車載用LIBの自社生産を検討していたとされ、その自社生産を結局は断念したということだから。これも端からボッシュの都合で動いており、パートナーではなく、自社生産に至るまでの勉強と言う目論みであったに違いない。
すなわち、サムスンSDIでのLIB開発~生産、そしてGSユアサでのLIB開発~生産プロセスを学び取り、自社内で可能となったら自社生産に踏み切ろうとしていた戦略が見え見えだ。したがって、最初からパートナーシップ戦略ではないところからスタートしていたことになり、それが明るみに出たことで解消へ至ったと理解すれば紐解ける。
そこに至る布石は既にあった。2カ月ほど前、GSユアサが単独でハンガリーに数十億円を投資してLIB生産拠点を構えるという報道。リチウムエナジー&パワーが軌道に乗った合弁事業を進めていれば、このような単独投資はないはずと思っていた筆者にとって、この合弁事業がうまく機能していないと感じるのは難くなかった。
この二つのイベントが示唆するものは、自動車メーカーと電池メーカーの合弁よりも、Tier1と電池メーカーの合弁はかなり困難を伴うと言うことである。この場合、自動車メーカーとLIBセルメーカーとの距離が遠くなるだけでなく、常にTier1が自動車メーカーの側にいて、セルメーカーはリアルタイムでのビジネス環境を把握し辛いところにいるからである。
ならば、逆手にとってLIBセルメーカーがシステムメーカーのTier1を手の内に入れるという逆張り路線が良いかもしれない。ボッシュとの合弁で苦い経験を味わったサムスンSDIは、2015年、カナダのTier1サプライヤー、Magna Internationalの傘下にあるMagna Steyr(マグナ・シュタイヤー)の車載用LIBパック事業を買収した。Tier1を買収したことで、サムスンSDI自体がTier1になったことになる。
同様に、自動車部品事業を拡大したいサムスングループは、2015年12月、サムスン電子内に自動車用「電装事業チーム」を設立した。そしてその後の16年11月には、米国自動車部品大手「ハーマンインターナショナル」(カーナビやオーディオに強い)を8600億円で買収することを決断した。
車載用電池メーカーとしては、自動車各社との連携を強化し、強いビジネスモデルを構築するうえで、自らがTier1になる必要があることを、複数のイベントが証明した格好になったのである。
(5)独自路線を貫く韓国3強電池各社
韓国3強を構成するLG化学、サムスンSDI、SKイノベーション(SKI)は、先に述べた自動車各社との協業スタイルをとらない。それは、自国の自動車メーカーは、現代・起亜グループのみに限られていることが一つの理由だ。むしろ、特定自動車メーカーとの協業ではビジネスが縛りを受け拡大しないと見ている。3強は、フリーな立場で欧米韓の自動車業界とのビジネス構築、ビジネス拡大を狙っていて、このスタンスは今後も変わらないはずだ。
各社のビジネスモデルを個々に尋ねても、合弁スタイルの協業案は出てこない。それどころか、日本勢が大規模投資をできていない状況を横目に見ながら、韓国勢は欧州拠点構築に400~900億円規模の大投資を図り、将来の電池事業の拡大に勝機を伺う。
もはや、車載用電池事業は投資戦略が重要になりつつあり、これはディスプレイ用の液晶事業と有機エレクトロルミネッセンス(EL)事業、および勝ち組のみが利益を享受できている半導体事業と相通じるシナリオに見える。この分野で韓国勢は、大きな力を発揮してきた。その成功体験から、LIB事業に関しても勝ち組になる戦略シナリオを描いているようだ。
勝ち組になるために
日韓電池各社にとって、中国勢の台頭は脅威の範囲になりつつある。日韓勢に一日の長があるとすれば、極めて安定的な品質を維持しつつ、安全性と信頼性の部分では中国勢を大きくリードしていること。そしてグローバルに闘える知財戦略、更に全固体電池を軸とする次世代革新電池での先進技術がある。
逆の見方をすれば、中国勢がこのギャップを真剣に埋めにかかるようなら、その危機感は一層拡大する。いずれにしても、既存LIB事業に関しては日韓中の電池各社間での競争が激化しつつある。今後の生き残りをかけて、個社の戦略が問われている。次世代革新電池においては、いかに先行して強力な知財を確保できるかにかかる。既存事業と将来事業とでは勝ち組になるストーリーは大きく異なるが、既存事業で成長できなければ将来事業でのチャンスはほとんどないだろう。
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