ブラジル・リオデジャネイロで開催されるオリンピックまで残り8カ月となった(開催期間は2016年8月5~21日)。続く2020年には東京で2度目のオリンピックが開かれる。自国開催の五輪だけに各競技団体は選手育成に力が入るが、日本陸上競技連盟は思い切った手を打っている。それが「ダイヤモンドアスリートプログラム」だ。2020年の東京五輪で活躍が期待される若手アスリートを早期に選抜し、重点的に強化育成する。従来の平等主義から脱し、リアリズム(現実主義)に徹してトップアスリートを生みだそうとしている。その取り組みは、企業における人材育成にも参考となるものだ。

11月23日、味の素ナショナルトレーニングセンター(東京都北区)には数十人の報道陣が集まった。メディアの注目は「ダイヤモンドアスリート」と呼ぶ若い陸上選手に、衆院議員の小泉進次郎氏が何を語るかだった。自民党の農林部会長を務める小泉氏が、なぜ陸上選手に話をすることになったのか。その理由を語るには、ダイヤモンドアスリートが何たるかを説明する必要がある。
ダイヤモンドアスリートとは、19歳以下の陸上選手の中から2020年の東京五輪で活躍できると期待されて選ばれたエリート競技者だ。日本陸上競技連盟が2015年1月に11人を任命し、11月22日には2人追加して13人となった(ダイヤモンドアスリートプログラムの詳細はこちら)。
その1人が、サニブラウン・ハキーム選手(城西大付属城西高等学校)だ。父がガーナ人で母が日本人のハーフで、今年7月の世界ユース選手権で100メートル、200メートルで二冠を達成した。特に200メートルは2003年にウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が出した世界記録を更新する20秒34を記録した。日本の陸上界で今、最も注目されている若手選手の1人だ。
活躍が期待できるのはサニブラウン選手だけではない。男子三段跳びで日本記録保持者の山下訓史氏を父に持つ、山下潤選手(福島高等学校)は200メートルや三段跳びの選手。女性アスリートでも、投てきの北口榛花選手(旭川東高等学校)など3人が選ばれている。
こうした若いアスリートは、東京五輪だけでなく目前に迫るリオ五輪でも好記録が期待できる。陸連が強化選手に指定するのは当然と言えるが、その強化の仕方が非常に多面的なのだ。通常のトレーニングや海外での大会のサポートはもちろんのこと、メンタルトレーニングや栄養面でも専門家が支援する。また、海外の大会で実力を発揮しやすいように英語の研修も組み込まれている。これは優勝した際に、海外メディアから取材を受けることを想定しているという。
トップアスリートに求められるリーダーシップとは
極めつけは「リーダーシッププログラム」だ。基本的に個人の身体能力で競い合う陸上競技種目で、リーダーシップが必要なのだろうか。そう首を傾げたが、目標はもっともっと壮大なものだ。

この日、リーダーシッププログラムの発案者の1人である為末大氏は、ダイヤモンドアスリートに向けて講演した。
為末氏は400mハードルの日本記録保持者で、シドニー・アテネ・北京と3度のオリンピックに出場した。五輪ではメダルに届かなかったが、2001年エドモントン世界選手権と2005年ヘルシンキ世界選手権で銅メダルを獲得。陸上トラック種目の世界大会で、日本人としてメダルを獲ったのは為末氏が初めてだ。
2012年に現役を引退してからもスポーツと社会をつなぐ様々な活動をしており、この日も競技者としての経験を生かして後輩である若い選手に語りかけた。印象的だったのは「トップ選手の意識がその競技の位置を決める」という言葉だった。
どういうことか。陸上競技に限らず、現在のスポーツ界において社会との関わりは不可欠だ。選手は黙々と練習に打ち込んでいればいいわけではない。大会で好記録を出せばメディアの脚光を浴び、その選手の言動に注目が集まることになる。実業団に入ったり、あるいはプロに転向したりすれば、スポンサー企業と“大人”の付き合いも不可欠となる。プライベートな時間でもサインや握手を求められことになるし、横柄な対応をすればたちまち世の中に拡散してしまうご時世だ。
ただ、トップ選手が社会と良い関係を構築することは、その選手が属する競技種目に多大なメリットをもたらす。フィギュアスケートやラグビーの例でも明らかなように、トップ選手の活躍をメディアが注目→試合を見に来る人が増加→競技人口が拡大→スポンサーなどからの収入が増加、という良い循環が生まれる。その結果、選手層の厚みが増して、選手の強化費用も潤沢に投入できるようになり、さらに良い循環につながる。
それが今のスポーツ界の現実とは言え、10代の選手にそこまでの重圧をかけるのは酷ではないかと感じた。ストイックに練習に打ち込む選手だって、フィールドを離れたら遊びたい盛りの若者だ。たまにはハメを外して遊ぶことも必要だし、そもそも「自分が良い成績を出せたのは自らの努力の成果であってほかの人は関係ない」と考える人がいても不思議ではない。そうした個人主義的な考え方は、今の世の中であらゆる分野に浸透している。
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