「ポイントカードはお持ちですか。すぐにお作りできますがいかがでしょうか」
コンビニエンスストアや家電量販店をはじめ、どこへ行ってもポイントカードを持っているかどうか聞かれる。何枚もポイントカードを持っていて、財布が膨らんでいる人も少なくないだろう。
ポイント還元の歴史を紐解くと、本来は情報提供の謝礼だった。企業は顧客の行動履歴を分析してサービスを向上するために使う。消費者には情報を提供してくれた謝礼として、ポイントを提供していた。常連客の育成に詳しいブライアリー・アンド・パートナーズ・ジャパンの村上勝利社長は「多くの日本企業はポイントを値引きのツールとして使うにとどまっている。情報の対価はたくさん払っているのに活用しきれていない」と指摘する。
たしかに家電量販店をはじめ、ポイントが値引きの道具に使われている企業は多い。そんななか、値引きとしてではなく、常連客を育てるために活用している企業もある。
ポイント使用率が9割を超える
そのひとつが福岡県柳川市にある「スーパーまるまつ」だ。まるまつはたった1店しかないが、年商12億円で経常利益率約4%とスーパーマーケット事業としては高水準の利益をしっかりと確保できている。
その高収益を支えるのが9000人の常連客だ。レジにおけるポイントカード使用率は9割を超える。つまり売り上げのほとんどは常連客によるもの。松岡尚志社長は「来店客のほとんどの顔は分かる」という。町で会っても声を掛けられることが多いほど地元に密着している。
たしかに松岡社長が店頭にいると、親しげに声を掛ける客が多かった。まるまつは50年以上営業しているため、松岡社長を幼少期から知る人も少なくない。毎日訪れるという70歳代の主婦は「尚志くん(松岡社長)のことは、こんなちっさかときから知っとうよ。もうずっと毎日顔を見てる」と話す。
もちろん柳川市にスーパーがここにしかないわけではない。大手スーパーやドラッグストアチェーンが出店し、周辺だけでも10店ほどあり熾烈な争いが続く。
そのなかで、まるまつが支持されているのは価格ではない。ポイントカードから蓄積した情報を元に品揃えをしていることにある。来店客は欲しいものが必ず見つかる。
例えば醤油は30種類以上あり、地元メーカーを中心に陳列している。大手スーパーで見かける大手食品メーカーの商品は隅におかれている。ほかにも地元の人が好む、練り物も豊富にある。これらは常連客が買うので、長期在庫となる死に筋商品がないのだ。「データを見て仕入れているので、外れようがない」(松岡社長)。
ほかにもある。買い物帰りは「自分ごと」自宅まで送ってもらえるサービスが人気だ。2500円以上買うと無料で自宅まで送ってもらえる。柳川市も高齢者が増え、買い物に不自由さを感じている人も多い。スーパーの前にはバス停もあるが、重い荷物は運びづらい。「地域密着の店なので、遠方からのお客は少ない。荷物だけ運んで不在で、再配達となってしまう手間もない。これからもお客様が喜んでもらえるサービスを考えていきたい」(松岡社長)。常連客の気持ちをガッチリつかんでいるので、ほかの店に浮気されることは少なそうだ。
市民全員が見込み顧客
スーパーまるまつのように情報分析を駆使する企業もあれば、あえて顧客の区別をせずに成長する企業もある。山口県下松市にあるリフォーム会社、サン・リフォームがそれだ。中村壽秀社長は「小さな町で商売をさせてもらうにはつながりが大事。全員が見込み客」だと話す。
たしかに下松市の人口は約5万6000人と小さな町だ。都市部では対象顧客が多いため分析し、区別しなければ対応できない。小さな町になると、全員が対象顧客としてみても成立する。
リフォームは10年に1回大きな案件が舞い込む。日頃から小さな案件で顧客との関係を作り、そのチャンスを狙うしかない。「今年5000円しか受注がなくても、翌年に50万の工事を頂ける場合もある。これがリフォームの面白いところ」(中村社長)。
だからこそ年間の購入金額で顧客を区別せず、自社の感謝祭にも全員招く。毎回1000人以上が来場し駐車場が足りないほど集まる。社員総出で屋台やイベントで盛り上げ、まるで地元の祭りのようだ。たとえ5000円の工事しか受注していない顧客にも豪華なお土産を渡す。高級そうめんや北海道産じゃがいも1箱を贈るといった具合だ。
さらに知名度向上のために取り組んでいるのが地域への貢献だ。様々な行事への協賛のほか、少年野球やサッカーチームのスポンサーにもなっている。「地域になくてはならない存在になれば、自ずと仕事はいただける」(中村社長)。
もちろんサン・リフォームの手法はすべての企業で実現できるわけではないが、自社にとっての利益をもたらす顧客は誰なのかをはっきりとさせる点で学ぶ点はあるだろう。地域全員であれば区別なく全員をもてなせば良いし、一部であれば徹底的に区別して判別しなければならない。中途半端に区別すると、すべての顧客から嫌われてしまう。
日本企業は「お客様は神様」という意識が強く、区別することが苦手な傾向にある。顧客管理の分野では10年以上前からひとりひとりに情報を変えて提供する「ワントゥワンマーケティング」が提唱されているものの、顧客を区別することが苦手なことが災いし、なかなか実践できていない。
1円でも安く買いたい消費者はディスカウントショップで買い、価格よりも品質を求めるなら高級店へ足を運ぶ。消費者は目的に応じて店を選んでいる。そろそろ店もしっかりと客を区別して的確なマーケティング施策を講じても良いのではないかと考える。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。