電力の全面自由化が始まって約半年。鳴り物入りで始まった電力自由化だが契約の切り替えは進んでいない。電力を売買できる取引所の利用が低迷していることがない原因の一つ。そこで日本卸電力取引所(JEPX)が、「グロス・ビディング」と呼ばれる制度を導入して、市場を活性化しようと動き始めた。

 今年4月から始まった電力の自由化。家庭向けの電力小売りに自由に企業が参入できるようになり、ガス、石油元売り、通信、そして鉄道会社まで、様々な企業が電力販売に乗り出した。既存電力会社より電気代が安く抑えられていたり、別サービスとセットで契約すると割引が受けられたりと様々なサービスが登場。これを機に電力会社を乗り換えた人も多いだろう。記者の周りでも「契約を切り替えたら電気代が安くなった」という声を聞く。

(写真:Natsuki Sakai/アフロ)
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 ただ、実際に契約する電力会社を変えた人は全体から見れば少数のようだ。切り替え件数は7月末時点で約148万件と増加傾向にあるものの全体の約2%程度に過ぎない。切り替えが進まない理由は様々だが、一つの原因は、電力事業の”上流”にありそうだ。

低迷する市場、テコ入れへ

 新規参入した電力会社(新電力)が電力を調達する手段は限られる。  

 地域の電力需要を独占的に賄ってきた大手電力会社は、大規模発電所をあちこちに抱えているため豊富な電力を持つ。これを、基本的には製販一体の垂直統合モデルで家庭に供給してきた。一方で大出力の発電所を持たない新電力は設備投資して自社で新しい発電所を抱えるか、既存の電力会社や発電施設を抱える工場などと相対契約して調達するしかない。いずれにせよ、既存の大手電力会社と比べて確保できる電力の量は限られるため、大々的に事業展開しづらい。

 発電能力がない、もしくは乏しい新電力が足りない電力を補う方法はある。日本唯一の電力取引所、日本卸電力取引所(JEPX)を活用することだ。

 JEPXでは、一定の条件を満たす会員企業が市場で電力を調達したり、販売したりする仕組みを提供している。企業の株式売買を仲介する証券取引所をイメージすると分かりやすい。株を売買したい人はその発行体(企業)と直接取引しなくても、取引所が開設している市場を通じて株を売ったり買ったりできる。電力取引所の仕組みも基本的には同じだ。

 市場に出回る電力の量が増えれば、発電所を持たない新電力が、ここで電力を調達して独自サービスを大規模に展開できるかもしれない。だが新電力のシェアの伸びと同様、JPEXでの取引も活発とは言えない。全面自由化後も取引量は日本全体の電力需要の2~3%しかない。大手電力会社は自社で必要とする電力を製販一体で売っており、余剰分しか市場に放出しないためだ。市場に出回る電力の量が少ないから価格変動も大きくなりがち。JEPXで電力を買うことは、新電力にとっては仕入れをすることと等しい。仕入れ価格が時々で大きく上下するようでは、安定的に事業展開することはできない。

 JEPXも手をこまぬいているわけではない。市場で取引される電力の厚みを増やそうと「グロス・ビディング」と呼ばれる制度の導入を大手電力会社に促し始めた。

 グロス・ビディングとは、大手電力各社がグループ内取引している電力の一定量を市場に放出する仕組みを指す。大手電力会社の発電部門は、作った電力の一部、あるいは全量を従来のように小売部門に直接渡すのではなく、まず市場(JEPX)で売却する。グループ内の小売部門は必要な分を市場から買い戻し、自社の需給を一致させる。英国や北欧諸国では定着している制度で、経済産業省も「市場の流動性や価格指標性の獲得」につながるほか「新規事業者(新電力)への事業機会の提供」が可能になるとして、導入を促している。

 ただ、この方式が実現しても、直ちに新電力の市場調達が円滑になるわけではない。「やろうと思えば、大手電力会社は市場取引を無効化できる」(経産省の電力・ガス取引監視等委員会で委員を務める松村敏弘・東京大学教授)からだ。大手電力の発電部門がタダ同然で市場に電力を売り、それを他社が購入できないような高い価格で小売部門が落札して、両方の部門で損得を相殺すればいい。この場合、市場の取引量は増えても新電力が介在する余地はないため、彼らに事業機会を提供することにはならない。

10%以上の放出求めるJEPX

 それでも、グロス・ビディングは新電力が市場で電力を調達できる道を拓くという。なぜだろうか。

 東京電力ホールディングスが発電、送電、小売りと各事業を子会社化したように、地域の大手電力会社は垂直統合モデルを止めて、それぞれの事業を分離していくことが求められている。これがきちんと進み、発電部門と小売り部門がそれぞれ事業の効率や利益を追求していくようになったとすればどうだろうか。発電部門が、一キロワットアワーあたり20円でグループ内の小売部門に電力を受け渡していたと仮定してみよう。その時、市場価格が30円だったとすれば、発電部門はあえて安値で小売部門相手に社内取引するよりも、市場で新電力に売ったほうが合理的だというインセンティブが生まれる。小売部門はどうか。仮に市場価格が10円だっとすれば、わざわざグループ内の発電部門の電力を高値で買おうとする動機は薄くなり、その分を市場で別の発電事業者からできるだけ安値で購入しようと考えるかもしれない。

 垂直統合していた発電部門と小売部門の分離が進み、双方が経済合理性を追求するようになると、市場の流動性が増す可能性が出てくる。発電部門が市場で様々なプレーヤーに電力を売る余地が生まれれば、新電力が電力調達する道が広がる。また小売部門が自社グループ以外からも電力調達しようと動けば、それを目当てに市場目がけて電力を売ろうと考える発電事業者が登場したり、市場価格を参照して発電所を新設しようとする動きが出るかもしれないと期待されている。「既存の大手電力会社の意識が変われば、新規参入者のパイが増える効果はあるかもしれない。自由化を前進させる取り組みであることは確かだ」と松村教授は取引無効化のリスクを指摘しつつもグロス・ビディングの実施を後押しする。

 社内取引を外部に晒すことになる大手電力会社側は「本音で言えばやりたくない」(大手電力会社関係者)と一部で消極的な声もあるが、経産省が導入に前向きなこともあり各社とも検討する構えは見せている。課題はどれだけの量を放出するか。JEPXの国松亮一企画業務部長は「(発電量の)10%以上は市場に出して欲しい」と各電力会社を説得して回り始めた。また今月から電力・ガス取引監視等委員会で制度導入に関する本格的な議論も始まっている。

 グロス・ビディングはどれだけ受け入れられるか。その多寡が市場の活性化、ひいいては自由化の成否を決めるポイントになるかもしれない。

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