8月上旬、ある平日の午前。神奈川県川崎市にあるサービス付き高齢者住宅の玄関口で、その「コンビニ」は開店の瞬間を迎えようとしていた。
ダイハツ工業の軽トラックをカスタマイズした専用車両が停まり、店員が荷台のドアを開く。食品から日用品まで300〜400種類の商品をのせて地域に繰り出す、ローソンの移動販売車だ。日経ビジネス本誌に記事を書くにあたり、取材させてもらった。
「コンビニが到着しました。お買い求めの方は、表までどうぞ」
館内放送をオープンの合図に、まず姿をみせたのは入居者のおばあちゃんたち。しばらくしてからおじいちゃん勢も加わった。まず右側、次に後ろ側、左側……。車両に沿ってゆっくりと歩きながら、少しずつ、商品を買い物カゴに入れていく。
84歳の女性が購入したのはトイレットペーパーと、床掃除に使う花王「クイックルワイパー」に取り付けるシート。話を聞いてみると「前は近所のお店まで歩いて買い物に出かけていたのだけれど、大きい道路を渡るのが大変で……」。
90歳の男性はパンと牛乳、バナナにトマトをカゴに入れた。「まあ正直、品ぞろえはスーパーのほうが良いな。けど、やっぱりここまで来てくれると便利だから。それにまあ、必要なものは大体いつも決まっているしな」
客単価は店舗より高め
棚から商品を取り、カゴに入れ、財布を取り出して支払いする……。
当たり前の動作をしているだけだが、利用者の顔は総じて明るい。移動販売車が同施設の玄関口で「開店」していたのはわずか20分ほど。だが13人が購入し、売上高は1万4000円にのぼった。つまり客単価は1080円。ローソン全店舗の平均客単価は608円(2017年2月期)なので、営業視点でみても、なかなかの上客が集まっていることになる。
この地域で移動販売車が走り始めたのは2016年12月。運営を担うフランチャイズ加盟店、ローソン上麻生六丁目店の鴨志田直樹店長は「特に熱心にお買い求めいただくのは女性です」と話す。男性よりも女性の方が、食品や日用品を買うという行為が長年の習慣として体に染み付いているからだろう。
お店に足を運ばなくてもモノは買える。たとえばカタログ通販やインターネット通販で注文し、部屋まで届けてもらう選択肢もある。あるいはもっとシンプルに、家族に頼んで好きなものを買って来てもらうこともできるだろう。
だが「自分で商品を手にとり、カゴに入れ、財布を取り出して支払いを済ませる」という原始的ともいえる動作には、自分が元気に生きていることを再確認させてくれる、生きがいのようなものを感じる高齢者もいるのではないか。
自動車の運転に代表されるように、あるいは食事や排泄行為もそうだが、高齢者は自分がかつて当たり前にこなしていた行為を出来なくなっていく現実に戸惑い、苛立ち、落ち込むと聞く。記者にとっては祖父母世代にあたる昭和ヒト桁生まれのおじいちゃん・おばあちゃんたちと話していると、移動販売車での購入には単なる「モノを買う」を超えた意味があるように感じられた。
移動販売車の活躍の場は、高齢者施設に留まらない。
「来た!」「来たよ!」
エネルギーがあり余る小学生たちの、賑やかな声が響き渡った。同じく8月上旬、場所は静岡県熱海市の学童保育施設。到着したのはセブン-イレブン・ジャパンの移動販売車だ。このとき熱海市内の小学校は夏休み真っ盛り。お昼どきの彼らは「空腹モンスター」と化していた。
高齢者とは違い、トイレットペーパーなど日用品には誰も興味を示さない。小学3年生の男の子が購入したのはチャーハン。いったん会計を済ませたあと、思い出したようにアイスの「パピコ」も追加した。
「お母さんが『お昼はこれで買って』って渡してくれるんだよ」。男の子は得意げに話す。その手には千円札。えっ、いまどきの小学生はお昼代に1000円ももらうのか! 自分は高校時代でも500円だったけどな……と、本筋とあまり関係ないところに驚きつつ、しかし、男の子の楽しそうな様子に頬が緩む。
お弁当無しでも学童に預けられる
「夏休みのあいだは学校給食が無いんです。学童ではお昼を持参してもらっているのですが、せっかく学童に登録しているのに『お弁当が準備できない』といって家で留守番させる親御さんもいるんです」。施設スタッフの女性がそう教えてくれた。
熱海は観光施設の集まる駅周辺こそ賑わうものの、クルマで5分も坂道をのぼれば商店やスーパーは見かけなくなる。「コンビニがここまで来てくれれば、子どもを学童に預けて、安心して仕事に行ってもらえる」(同スタッフ)
途中、手持ちのお金以上の金額の商品をカゴに入れた低学年の女の子がいた。「お嬢ちゃん、お金足りないみたい」。店員のセブンイレブン熱海中央町店・志方昭夫さんが語りかけると、女の子は固まってしまった。どうすればいいのか分からなくなり、なかばパニック状態になってしまったもよう。
志方さんはすぐに助け舟を出した。「このアイスはあきらめようか。けどこっちのデザートだったら買えるんじゃない」。女の子はすぐ笑顔になった……とはいかなかったが、涙をこらえてぐっと我慢している。しばらくして、改めて財布を取り出した。きっと子どもって、こうやって買い物のしかたを学んでいくのだろう。
本誌記事に書いた通り、移動販売車はコンビニ各社の注力事業になっている。セブンイレブンは7月末時点で1都24県43台だった配置台数を、18年度に46都道府県105台まで引き上げる。ローソンも今年度末までに現状の3倍となる全国100台まで増やす。ファミリーマートも生協と組んで拡大する方針を示している。
高齢者施設や学童保育だけではない。テレビドラマの撮影現場や、まわりに何もない工業地帯に建つメーカーの工場内など、「買い物弱者」は数多く存在する。過去数年続いたハイペースな出店により、コンビニ各社の既存店客数は伸び悩んでいる。各社が突破口の一つとして移動販売に魅力を感じるのは自然な流れだ。
となると、やはり課題となるのは加盟店への負担だろう。
詰め込み作業に1時間以上
冒頭で紹介したローソン上麻生六丁目店の場合、専用車両への商品の詰め込みには1時間以上をかけていた。しかも、これはあくまで詰め込む作業そのものにかかる時間。移動販売車に載せる商品は店舗に入荷されたタイミングで取り置きし、バックヤードに保管している。その手間もなかなかの負担だ。
セブンイレブン熱海中央町店の場合は、その日持ち出す商品を約1時間半かけ、お店の棚からピックアップしている。ちょっとした天候の変化で売れ行きが変わるのがコンビニ。最後の最後まで粘って、できるだけその日にあった商品を持っていきたい……。その気持ちは理解できるが、やはり加盟店の負担は大きいと言わざるをえない。
しかし、それでも移動販売車について語っていると自然に笑顔になるのが、ローソンの鴨志田店長であり、セブンイレブンの志方さんであった。
「なにより社会に求められている感があって嬉しいんです。商売の原点を感じる……というか。純粋に楽しくて」と鴨志田店長。志方さんもある施設で、「えっ、たまちゃんもカップ麺とか食べるんだ、意外だね」と、78歳女性に話しかけていた。お店の外に繰り出しての販売が、とにかく楽しそうなのだ。
両店とも移動販売車事業は赤字でこそないが、だからといって大きな稼ぎにつながっているわけでもないという。2人とも口を揃えて「利益を求めるというより、地域貢献と思ってやっています」。それでも悪くはないが、事業として成立するくらいの稼ぎを得られるようにならないと、これ以上の広がりには限界があるだろう。
これだけ社会に求められている存在なのであれば、なおさら、普及してほしい。取材していて、率直にそう思った。「地域貢献」や「慈善事業」にとどまらない、持続可能な稼げるビジネスモデルを築くことはできるか。コンビニ各社の知恵比べになりそうだ。
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