失敗は成功の母――。発明王トーマス・エジソン氏の名言だが、いまの日本企業には失敗しづらい雰囲気が漂っている。少し前なら中堅の技術者に取材すると「まったく売れずじまいで在庫の山を作った」「億単位で投資したのに事業が軌道に乗らなかった」といった失敗の武勇伝を話してくれたが、最近はあまり聞かなくなった。

 仮に失敗しても次に取り返せば良いという度量が小さくなっているように感じる。その雰囲気が製品開発にも表れ、現行品を少し改善しただけの商品ばかりが店頭に並んでいる。

 日本企業内の発明力が落ちたのかといえばそんなことはない。失敗できない雰囲気に埋もれてしまっているだけで、アイデアは社内に眠っているのだ。若手の技術者からは「どうせ提案しても『すぐに利益を出せるのか』といった話ばかり。もう考えることすらあきらめた」といった嘆きの声が聞こえてきた。そんななか、社内で提案することをあきらめ、実際に会社を飛び出した人の話を聞くと大企業が抱える課題が見えてきた。

 まずイノベーションを妨げる要因として挙げるのは、大企業の論理を押し付けることだ。

 大企業は組織が大きい分、品質管理や経理といった間接部門もある。各事業部が本社機能の費用の一部を負担することが一般的だが、これが製品開発に重くのしかかる。

リボンディスプレイの須山透社長(写真撮影:菅野勝男)
リボンディスプレイの須山透社長(写真撮影:菅野勝男)

 固定費の重さに耐えきれず採算が悪化した事業は撤退や縮小を余儀なくされている。この点に疑問を感じて大企業を飛び出したのが須山透氏だ。須山氏はパナソニックで27年間半導体関連事業に携わっていた。長年こうした収益管理に対して疑問を感じていた。「重い固定費さえなければもっと競争力が高まる製品がある。何か良い方法はないか」(須山氏)。須山氏は大手企業が品揃えの豊富さによる総合力を発揮せず、単品ごとの収益管理を徹底していることに疑問を感じていたのだった。

 須山氏はパナソニックの提携工場の協力を得ながらリボンディスプレイを設立した。須山社長が競争力があると見込んだのが、テレビなどに使う液晶ドライバだった。映像信号をアナログに変換するための部品で1台のテレビに6~8個は必要な部品。だがパナソニックはこの事業を縮小傾向にあり、他社も撤退が相次いでいる。

 リボンディスプレイは約20人の社員で運営しているため、固定費が少ない。協力工場にもしっかりと利益を配分しても、業界で最低水準の価格を実現できた。「日本の高い技術力ならまだまだやれることを証明したかった。やり方さえ工夫すれば、まだまだ市場はある」(須山社長)。

出身会社と連携することも

 もうひとつ妨げる要因なのが新規事業の考え方だ。新規事業に過度な期待をかけることで、成長の芽をつんでしまう。

 「売り上げ100億円を見込めるなら考えても良い」。東芝で研究職だった上野宗一郎氏は新規事業についてプレゼンした時に、事業部門の幹部に言われたことを忘れられない。

 上野氏は光学レンズを使わない顕微技術を開発していた。従来よりも500分の1のコストで、20倍の視野が広くなる技術だ。東芝の新規事業案として採択され、9か月かけて事業の可能性やプロトタイプを開発した。いざ事業部で製品化に向けて開発を続けようとしたところ、大きな売り上げ目標を立てられ頓挫してしまった。上野氏は100億円は難しいまでも売れる自信はあった。

 ただ東芝社内では実現できる道がとざされてしまった。新規事業の出口を失った上野氏は東芝から特許の使用許諾を得て独立。CSCテクノロジーの最高技術責任者に就いたのだ。東芝には特許の使用料を支払うことで協業関係にある。「売り上げ100億は分からないが十分に需要はある。東芝とも連携することで新規事業の新しい出口を模索したい」(上野取締役)。

 上野氏のように社内で壁にぶつかってもあきらめずに、別会社を立ち上げて、アイデアを形にしようという人が増えてきた。

 ソニーの旧本社からほど近い場所に、ソニー出身のメンバーが立ち上げたベンチャー企業がある。セーフィーはソネット(現:ソニーネットワークコミュニケーションズ)やソニー出身のエンジニア3人が、防犯カメラをインターネットにつなぐことで、従来品よりも安く便利なものにした。

起業の環境は整いだした

 セーフィーはソネットに第三者割当増資を引き受けてもらった。ソネットが提供する光回線とのセット販売を始めるなど協業関係を構築できた。大手企業が持つ販売力を組み合わせることで事業の成長を速めようとしている。

 ソネットでエンジニアとして働いていた佐渡島隆平社長は「ソニー社内で新規事業として提案したら、実現までに多くの制約があっただろう」と振り返る。ソニーにも防犯カメラは既存事業としてある。セーフィーは専用ソフトを介せばハードウエアはどのメーカーでも良く制約がない。ソニー社内で検討するなら、ソニー製品を優先せざるを得なかったに違いないからだ。

セーフィーの佐渡島隆平社長(中央)。ソニーグループ出身者で起業(写真撮影:北山宏一)
セーフィーの佐渡島隆平社長(中央)。ソニーグループ出身者で起業(写真撮影:北山宏一)

 セーフィーのように大企業とベンチャー企業の提携を模索する動きはほかにもでてきた。パナソニックは7月に外部からアイデアを募る「アクセラレータープログラム」を始めた。ベンチャー企業からの応募も多く、これまでとは異なる企業規模から新しいアイデアが寄せられた。今後、提携する可能性がある。

 商品開発に不可欠な資金調達はクラウドファンディングを活用する手段が一般的になるなど、起業へのハードルは下がってきた。
 だがまだ日本は主に株式公開しか区切りがない。米国のように大企業とベンチャー企業の役割が明確でなく、起業家がいつまでも同じ事業をしなければならない形となっている。

 あとは起業への不安解消だ。社長が企業の借入金の連帯保証人となることは少なくない。そのため失敗するとなかなか復活できないイメージがついている。

 会社員の起業事情に詳しいトーマツベンチャーサポートの粂田将伸氏は「サラリーマンを続けながら起業の準備ができる環境を整うことが不可欠。斬新なアイデアをもった会社員が安心して挑戦しやすくなる」とみる。

 確かにグリーの田中良和社長も楽天勤務時代に、週末を利用して作っていた事業が本格化してできたといわれている。ロート製薬のように副業を認める企業も増えてきた。週末だけ使えるレンタルオフィスも登場している。アベノミクスの成長戦略でも期待されている起業だが、安心して準備できる環境づくりが成否のカギを握りそうだ。

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