8月20日告示の岩手県知事選は現職が無投票で3選を果たした。自民、公明両党の支援を受けて出馬予定だった平野達男参院議員が直前に立候補を取りやめたためだ。劣勢を懸念した政権の思惑が背景にある。選択肢を奪われた県民からは落胆や批判の声があがっており、有権者の政治離れを一段と加速させかねない。

 任期満了に伴う岩手県知事選が20日告示され、現職の達増拓也氏の無投票での3選が決まった。同県知事選での無投票は戦後に公選制が導入されて以降初めてという異例の事態だ。

早々と浮上していた「撤退論」

 知事選は自民、公明両党の支援を受けた無所属の平野達男参院議員が達増氏に挑む予定だった。民主、共産、生活などの野党が相乗りで推す達増氏との与野党対決の行方が注目されていた。

 ところが、平野氏は告示が迫る8月7日に不出馬を表明した。「国の安全保障が争点となり、県政の在り方が論点になりづらい状況が生じた」と理由を説明したが、額面通りに受け止める向きはほとんどない。

 実は、政府・自民内では6月末ごろから平野氏の「撤退論」が浮上していた。国会での安全保障関連法案審議を巡り、6月初旬に衆院憲法審査会で参考人の憲法学者がそろって安保法案は「違憲」と指摘したことをきっかけに、安倍晋三政権は逆風にさらされた。

 その影響をもろにかぶったのが平野氏だった。岩手県内を回る平野氏に対し、支援者の中からも「安保法案に賛成するなら応援はできない」といった厳しい声が浴びせられたのだ。

 想定外のマイナス要因が重なり、自民の情勢調査で平野氏は達増氏に大きくリードを許す展開となっていた。

 さらに、平野氏が出馬すれば参院議員辞職に伴う参院岩手選挙区補欠選挙が10月に実施される予定だった。安倍首相が再選する公算が大きい自民党総裁選後、初の国政選挙となるため、与野党ともに補選を重要視していた。

 劣勢の平野氏の挽回と参院補選の準備をセットで進めるため、安倍首相は6月中旬、「勝てる候補」と見込んだ増田寛也・元総務相に補選への出馬を打診するも、即座に断られてしまう。

 9月6日投開票の岩手知事選は参院での安保法案審議がちょうどヤマ場を迎える時期に当たる。その後の補選と連敗すれば「岩手ショック」となり、政権へのダメージは大きい。

 このままでは来夏の参院選に向け、野党を勢いづかせてしまう――。安倍首相と自民幹部は「平野氏に出馬を辞退してもらい、議員辞職も思いとどまらせる」のがベストの選択との認識で一致。7月中旬以降、様々なレベルで平野氏に出馬を辞退するよう働きかけを強めていた。

 岩手は言わずと知れた生活の小沢一郎共同代表のおひざ元だ。民主党政権で復興相を務め、知名度もある平野氏は「小沢王国の崩壊」を狙う安倍政権や岩手県関係者にとって切り札的存在だった。

 だが、組織が弱体化したままの自民県連の動きは鈍く、撤退が本音の党本部も腰が引けたまま。出馬か辞退かで揺れ続けた平野氏だったが、最後は出馬断念に追い込まれた。

「良かった」と漏らした安倍首相

 「知事選、補選の連敗で政権に打撃を与えたくなかったのと、2連勝で小沢氏が息を吹き返し、野党再編を主導するような事態を避けたかった」。平野氏は親しい関係者に苦渋の選択の背景をこう語っている。

 平野氏出馬断念の一報を伝え聞いた安倍首相は一言、「良かった」と周辺に漏らしたという。

 政権に打撃を与える要素を最小限にとどめようという「ダメージコントロール」の一環として岩手知事選の「不戦敗」を主導した安倍政権。8月9日投開票の埼玉県知事選でも、現職の上田清司氏の優位が揺るがないと見るや、自民党本部は距離を置く中途半端な体制で臨み、多選への批判も出ていた上田氏の4選を許している。

 こうした対応に批判的な自民のベテラン議員は「戦術的には仕方なかったのだろう。だが、これでは来年夏の参院選に向け党の勢いがつかない」と不満を口にする。

 「守り」を強いられる安倍政権に対し、野党は攻勢をかける構えだ。今月19日には小沢氏の呼びかけで、民主、維新、共産、社民、生活の5野党の党首が盛岡市内で共同で記者会見し、参院で審議中の安保法案への反対や、秋にかけて東北で相次ぐ地方選などでの共闘をアピールした。

 9月13日には山形市長選があり、10月は宮城県議選、11月には福島県議選が控える。安保法案などの影響で内閣支持率がさらに低下する事態となれば、こうした地方選にも余波が及ぶ可能性がある。

 民主幹部は「一連の地方選で弾みをつけ、参院選を見据えて野党再編や選挙協力につなげていきたい」と意気込む。総裁選を無風で乗り切った場合、安倍首相は早急にテコ入れを図る考えで、「秋の陣」を巡る与野党の攻防がヒートアップしそうだ。

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