最近「何をやっても潰れる立地」を取材した。短期間で店が入れ替わってしまう立地のことだ。読者の皆様も「また店が変わった」と思い浮かべる立地があるだろう。取材するきっかけとなったのが、とある焼肉店。食中毒を起こして閉店した立地に、次もまた焼肉店がオープン。長続きせず閉店したものの、またも新たな焼肉店が開業した。現在もあまり繁盛していないという。
一般的にこの立地で焼肉店は難しいと思うが、出店者はそう考えないらしい。すでに機器がそろい、初期投資を抑えられるからというのが主な理由のようだ。独立を支援するメントレプレナージャパンの矢田裕基社長は「出店者は自分の腕を過信し『自分ならできる』と考える傾向にある。悪い立地を良いように解釈してしまう事が多い」という。こうしたマーケティング視点の欠如が潰れる立地を生んでいる。
実はその前に取材していたのが「潰れない店」だった。地方に出かけると、元気がない商店街をよく見かける。車社会となり、幹線道路に大型店ができて消費者の流れが変わり、昔ながらの商店街はシャッターが閉まったままの店が増えている。後継者不足も重なり、廃業に追い込まれる店が少なくない。
まさに潰れそうな立地にもかかわらず、ガッチリと固定客をつかんでいる店があった。失礼な話ではあるが、その業態を聞いても儲かるとは思えない。むしろ「昔はそんな店もあったが最近見かけない」と懐かしむような業態ばかりだ。ただ生き残る店舗の底力は凄まじく、常連客が全国にいるほどだ。その秘密は大企業が真似できない地道な売り方にあった。
あえておさがりを薦める
その典型的な店が、石川県白山市にある。フクズミはランドセルや学校制服を専門に扱う。特にランドセルの品ぞろえは豊富で、年間2500個販売している。人口約11万人しかいない都市で驚異的な販売個数だ。福住裕社長は「年間通してランドセルが売れない日はほぼない」という。
フクズミは全国でも有数の販売量を誇るが、ランドセル業界全体でみるとそう明るい話はない。少子化で顧客となる子供は減り、客単価も上がる要素も少ない。ランドセルを買わずにリュックサックで済ませる子供も増えている。しかもフクズミが商圏とする白山市は典型的な地方都市で有利な点はみられない。それでも成長できているのは、継続して売れる機会を作る販売手法にあった。
新入生はランドセル以外にも学童品を買い揃える。石川県の多くの公立小学校では制服を採用している。フクズミは制服の売り方が変わっている。
新1年生には小学3年生でも使えるくらい大きめのサイズを薦めるのだ。そのまま着れば手足の丈が長く不恰好になる。フクズミは綺麗に着こなせるように縫製する。子供が成長すると、糸をほどく。2着売れるところをあえて1着に留めることでお得感を作り出し、保護者から信頼を得るのだ。フクズミはこれらを無料でやってしまう。
また兄弟がいる家庭には、下の子の制服におさがりを提案する。そのおさがりを1200円で、ボタン交換やクリーニングで新品同様にリフォームしてしまう。その代わり年長の兄弟の分は新品を買ってもらえる。
おさがりとなる下の子にもシャツや靴、制帽といった小物は新品で揃えてくれることが多い。小物は粗利益も4割以上と高いため、細かく稼ぐのだ。「おさがりは良い文化。裕福な家庭からの依頼も多く、自信をもって薦める。一見損をした売り方のように思えるがそんなことはない」(福住社長)。
これだけではない。体操服のゼッケンや学校指定の雑巾も販売する。学校指定の雑巾は各校によって微妙な差がある。フクズミはそれらをすべて調べてあり、ぴったりのサイズが買える。新学期が始まる時期にはすぐに売り切れてしまう人気商品だ。「共働き世帯が多くミシンがない家庭も少なくない。子育てを応援するにはきめ細かなサービスが必要」(福住社長)。
雑巾以外にも、体操服のゼッケンも100円でつける。巾着袋も通学用の靴下も、何でも揃う。学校に必要な用品を買う店として認識されることで、小さな町でも常連客をがっちりつかんでいる。「お客様の視点に立てば需要は掘り起こせる」(福住社長)。ランドセルをいくつも買ってもらう顧客はそういない。1人につきひとつだが、学童品も含めることで購入頻度は増えて常連客を作れるのだ。
フクズミのように顧客の信頼感のつかみ方が独特で常連客を抱える店もあれば、希少性と高い技術力で人気を集める店もある。そのひとつが久留米の洋裁店「ぼたんや」だ。西鉄久留米駅周辺にあるベルモール商店街にある。シャッターをおろす店も目立ち、活気が少ない典型的な地方の商店街だ。
ぼたんやの加藤幸恵社長は「昔はぼたん屋さんはたくさんあったけどもう専業でやっているのはうちくらい」と話す。82歳の加藤社長は昭和30年代からお店を切り盛りしてきた。品ぞろえの豊富さの噂を聞きつけて東京からも買い求めにやってくるという。
ぼたんやは1万種類以上の在庫を抱えている。60年前から店頭に並ぶボタンがあるほどだ。ボタンは1個から販売するが、仕入れはダース単位。12個のボタンがすべて売れるとは限らず在庫として残ることもある。それが品揃えの豊富さにつながっているのだ。「ボタンは4つ売れたら採算が合う。残りが売れたら利益になる」(加藤社長)。超滞留在庫のなかには、売れたら売れた分だけ儲けになるボタンが少なくない。そして、なんでもあるという安心感が顧客をひきつける。
顧客のためにノーと言わない
ぼたんやの特徴は豊富な品揃えだけではない。常連客が頼りにするのが加藤社長らの高い技術力だ。その代表例が「穴かがり」。穴かがりとはボタンホールのことで洋服づくりには欠かせない。ぼたんやの主な顧客は洋裁教室に通う生徒だ。シャツやカーディガンなどを縫うものの、穴かがりは特殊な技術が必要とするため生徒にとって荷が重い。加藤社長らが洋裁教室を回って御用聞きのように、ボタン販売のほか、穴かがりや裏地の取り付け作業を承う。
さらに洋裁教室に通う生徒が上達すると、仕事を発注する。収入を得られる道を作ることで新たな担い手を生む。洋裁需要を掘り起こせる循環も作っている。
技術はほかにもある。クリーニング店が顧客のボタンをなくしたときに同じボタンがなくても、加藤社長がボタンに色付けして同じものを作ってしまう。店の奥にある台所で鍋のなかに、染料を配合して色付けする。「どんな作業でも絶対にノーと言わないと決めている」(加藤社長)。原価は染料だけで技術料が大半を占める。どこにもない高い技術力を武器に、常連客の信頼を勝ち取っている。
この二社に共通するのは顧客の要望にとことん向き合う売り方を実践していることだ。一見すると非効率にみえても、長い付き合いをすれば利益を確保できる。長く続いたデフレの影響で、消費者はいまも1円でも安く買おうとし、買い物のたびに店を変えようとする。大企業はポイントカードの購買履歴を分析し、顧客のことを理解しようとしている。だが、2社のような深い顧客心理まではあぶりだせないだろう。地方にある成長分野でもない業態の店から学べることは多そうだ。
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