
「小は大を兼ねる」
九州大学応用力学研究所の大屋裕二教授はそう話して、新たに開発中の風力発電装置を指さす。
風車が3つ、三角形に並んだ見慣れない装置。大きな風車1つで発電するのではなく、小さな風車を3つ並べて、同等の電力量を得るマルチローターシステムと呼ぶ仕組みだ。
小型分散化のメリットの1つが、騒音の軽減。大屋教授は「風車の大型化に伴って問題が深刻化する騒音問題を解決できるのではと期待している」と語る。
騒音問題で進まぬ大型風力の設置
太陽光や地熱発電などと並んで今後の成長が見込まれる再生可能エネルギーの風力発電。2006年から2014年の8年間で総発電容量は2倍に伸びている。
だが、先行する太陽光に比べると風力の総発電容量は9分の1程度とまだまだ小さい。
また、世界的に見てもドイツの3万9165メガワット、スペインの2万2987メガワットに比べ、日本は桁違いに低い2789メガワットにとどまる。世界ランキングでも19位だ。
成長はしているものの、そのペースは決して速くはない日本の風力発電。ドイツやスペインなど欧州諸国に比べて、安定した風力を得られる場所が少ないことなどがその原因の一つだ。広大な平原が少ない一方、山地が多く海岸線も入り組んでいる日本では、風の吹き方が安定しづらい。
さらに普及の阻害要因として大きいのが環境への影響だ。風力発電では一般的に、風車が回る時に羽根から出る風切り音や低周波などの騒音が発生する。例え風力発電に適した場所があっても、住宅地に近い場所などには建設するのが難しい。
風力エネルギーは受風面積に比例するため、風車の羽根が長いほど出力が高くなる。現在、地上に設置する大型風力発電は、羽根を含めて高さ100メートルを超えるメガワット級の装置が主流になりつつある。洋上用の大型風車は出力10メガワットにもなり、高さは250メートルと高層ビル並みになる。
一方、一般的には、風車の羽根が大きくなるにつれて、より大きな騒音が発生する。大型風車の騒音など、環境問題を巡っては、近隣住民から苦情が寄せられたり、設置に対する反対運動が起きたりする。中には設置を巡って訴訟に発展し、計画を中断した例もある。
日本特有の環境から生まれるイノベーション
出力を上げるためには大型化を目指したいが、環境への影響を考えるとむやみに大きくはできない。日本の風力発電は、こうしたジレンマを抱えている。
対策として、1つの大型風車を建てるのではなく、より出力の低い風車を複数設置する選択肢はある。ただ、1つの風車を建てる場合に比べて広い敷地が必要になったり、複数の風車に対応する設備を設けなければならないため割高となる。そこで大屋教授が考えたのが、1つの風車と1つの支柱がセットになっている通常タイプとは異なり、1つの支柱に複数の風車を設置する「マルチローター」の仕組みなのだ。
大屋教授は「同じ出力を持つマルチローターシステム1基と通常タイプ1基を比較すると、理論的には、マルチローターシステムの方が軽量化やコスト低減を図ることができる」と説明する。
まずは約3キロワットの風車を3つ組み合わせた出力10キロワットの小型風力発電の実用化を目指す。2015年12月、テスト機を設置し、現在実証実験を続けている。五輪マークのように5つの風車を組み合わせたタイプなども検討中で、デザイン的にも面白い展開ができそうだ。
なお、羽根の外側を囲む形で「集風体」と呼ぶ輪を加えたのも、大屋教授が開発した風車の特徴だ。集風体によって風の渦を作ることで風力を強めるという。
欧米などに比べ、導入が遅れている日本の風力発電。山が多く平地が少ない複雑な地形や人口密度が高いゆえの騒音問題など、風力発電の導入に不利な条件を解決するのはやはりイノベーションだろう。
これまで日本は、日本独自の課題を解決するためモノづくりの技術を磨いてきた。そして生まれたものは世界にも通用する技術として羽ばたいてきた歴史がある。大屋教授が開発を進めるマルチローターシステムはそうした可能性を秘めている。
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