日本の尖閣諸島海域に嵐が迫っている。台風のことではなく、8月5日午後、尖閣諸島領海に2隻の中国海警船と漁船が初めて侵犯してきた事件である。このとき、尖閣諸島の接続水域の中国公船の付近には230隻あまりの中国漁船があった。日本外務省は、この事実を確認し、中国大使館公使に抗議した。これは6月9日の尖閣諸島接続水域に軍艦が侵入して以降、中国が計画的戦略的に東シナ海・尖閣諸島に対してアクションを起こしているということであり、おそらく8月15日の終戦の日を一つのピークに、中国側は本格的に日本の出方を見定めていくつもりではないか。日本側に準備と覚悟はできているのか。
漁船を追う形で中国海警船が領海侵入
今回の件を簡単に振り返る。
日本の海上保安庁によると、5日午後12時15分ごろから、中国海警船2隻が相次いで尖閣諸島付近の領海内に侵入した。この2隻はともに機関砲を搭載する武装船である。まず、2隻のうち「海警33115」が12時15分ごろ領海に入り尖閣西北から西側を通り抜けた。続いて午後1時半から再び領海に侵入し、このときは約3時間航行したのち、領海外側の接続水域に抜けていった。続いて「海警2307」が午後3時45分ごろから、領海内を15分航行し接続水域に抜けた。ともに漁船を追う形で侵入したという。
これら海警船は7月30日ごろから尖閣諸島付近にいた。これは今年に入って21度目の中国海警船の集団来航である。6日午前の段階で、中国海警船6隻が釣魚島の接続海域にいることが確認された。これら船のうち少なくとも3隻は外観から機関砲を搭載しているようだった。一般に中国海警船は3隻で行動することが多く、今回6隻の規模に拡大したのは、中国の挑発がそれだけエスカレートしたということだろう。しかも、周辺海域では230隻以上の漁船が作業をしていた。これほどの漁船が尖閣諸島周辺海域に集結していることも異例の出来事である。今回、領海侵入した海警33115、海警2307と、もう一隻の海警2166は8月3日以来、繰り返し接続水域を航行しているという。
日本外務省アジア・大洋州局長の金杉憲治は、領海侵犯があった段階ですぐ、中国大使館の公使・郭燕に電話で「このような行動は、現場の緊張をさらに高める一方的な行動であり、受け入れることは絶対にできない」と抗議し、中国側は船を領海に入れないように、さらに接続水域から立ち去るように要請した。中国の日本大使館も中国外交部に対し抗議を表明した。
日本政府としては、「中国海警船が漁船に囲まれて航行することは、日本の領海内で中国が法の執行行為をしているということになり、主権侵害に当たるとして、過去の接続水域侵入とレベルが違う」と判断。5日夕の抗議は、外務次官の杉山晋輔が、中国大使の程永華を呼び出して、「厳正なる抗議」にレベルアップし、「この挙動は日本主権の侵害であり、断固許すことはできない」とした。
中国の変わらぬ態度と増え続ける海警船
これに対し、中国外交部報道官による中国の公式の態度は「中国側の釣魚島(尖閣諸島)問題においての立場は明確で、一貫している。釣魚島とその付属島嶼は中国の固有の領土であり、中国はこれら島嶼とその海域の主権について争う余地はない。同時に中国側はこの海域に関しては妥当な管理措置を取っているところである。我々は強烈に日本サイドが、双方の関係する原則の共通認識精神を守ることを希望し、冷静に事態を見つめ、状況を緊張、複雑化させる可能性のあるいかなる行動もとらないように希望する。そしてともに関係海域の安定のために建設的な努力をしよう」といつも通りであった。
このコメントに象徴されるように、尖閣諸島海域の中国海警船は立ち去るどころか増え続け、7日午後には13隻、過去最多に増えた。この日、午前10時ごろ、また2隻が領海に侵入、いったん外に出たが夕方にまた領海を侵犯した。これは2012年9月18日の尖閣諸島の国有化問題で日中関係の緊張がピークに達したころ、12隻の中国公船が尖閣周辺に集結した状況を上回る。
日本側はこの日も大使に直接抗議したが、中国側は聞く耳をもたなかった。
中国の強国化大国化シナリオの中に、釣魚島島嶼(尖閣諸島)奪取が組み込まれているのは周知のことだが、なぜこのタイミングで、これほどまで挑発をエスカレートさせているのかについては、冷静な分析が必要だ。タカ派の稲田朋美が防衛相になったことへの中国側の反応と受け取る人たちもいるようだが、私はやはりもっと中国の内政的要因ではないかと言う気がする。
軍権掌握の難航と日本の「見送り」が招く挑発激化
党内部の情報にそれなりに精通している中国人知識人ですら、習近平政権は不確定要素、不安定要素が多すぎて、何をするかわからない、と評する。なぜ、今のタイミングかというのは、はっきりとはわからないが、南シナ海の情勢との兼ね合いのほか、習近平の軍権掌握が思いのほか難航しているということではないだろうか。
軍権掌握は、習近平が基盤固めに絶対必要だとプライオリティ上位に置いているテーマであり、そのプロセスとして、南シナ海実効支配固めや、東シナ海で影響力拡大があると私はみていたが、習近平自身が思っているほど軍権は掌握できていないのかもしれない。習近平自身は軍権をきっちり掌握し、きわどい挑発をしながらも“寸止め”できると考えていても、実は習近平の方が軍に翻弄され、当初の思惑以上に急速なテンポで軍事挑発がエスカレートしているのかもしれない。
振り返れば、これは6月9日に中国軍艦が初めて尖閣諸島接続水域に侵入したことからセットで考える問題だろう。このときは、ロシアの軍艦を追尾して侵入したような体を取って、日本側の出方を見た。このとき、日本の外務次官は深夜2時に中国大使を呼び出し「領海に入れば海上警備行動を取る」と警告したという。このとき、中国軍艦は日本領海まであと数キロというところまで迫ったが、領海侵入せず接続水域を出た。
だがその後15日に、今度は鹿児島県口永良部島の領海に中国の海軍情報収集艦がインド艦艇2隻を追尾するかっこうで侵入。情報収集艦の目的はレーダーなどの情報集めであり、とても無害通航とは言えない状況であったが、日本側はこれを無害通航と判断して抗議を見送った。翌日の16日は同じ情報収集艦が沖縄県北大東島の接続水域に入ったが、これも抗議しなかった。口永良部島のケースは、海上警備行動が発令されても不思議ではなかったが、日本はそれをしなかった。しなかった理由ははっきりしていない。2015年9月、中国軍艦5隻がアラスカ沖の米国領海を侵犯したとき、米国は無害通航と判断したので、その例を見習ったのかもしれない。あるいは、戦闘状態を引き起こし得る海警行動を取れる自衛艦が近場になかったのかもしれない。
いずれにしろ中国に対する結果的なメッセージとしては、中国海軍が領海を侵犯しても日本は海上警備行動を取らない、あるいは取れない、ということだろう。口頭では「領海に軍艦が入れば海警行動を取る」と言いながら、実際はそれができる覚悟が日本にまだないのだ、と中国は思ったことだろう。
ドッグファイトの次は…終戦の日を警戒
そして次に6月17日の尖閣諸島付近の上空で日中戦闘機の異常接近事件である。これは領空で起きた事件ではないということと、特定秘密という建前で、日本は完全に隠蔽しようとした。だが実際に起きたのは、事実上の日中戦闘機による“ドッグファイト”であり、日本側パイロットはミサイル攻撃されるのではないかと恐怖を感じてフレア(赤外線ミサイルを外すためのデコイ)を発射し空域離脱を余儀なくされるという一触即発の事態であった。
この事実は、航空自衛隊OBの元空将・織田邦男が6月28日になってウェブサイト記事上で公表し、産経新聞などが後追いで報じたが、官邸サイドは事実でないと否定。一時、織田記事と産経新聞はねつ造、デマだとまで批判されたが、その後、中国国防部が中国の応対(攻撃)機動と自衛隊機のフレア発射離脱を事実として発表し、織田記事を裏付ける形となった。
この中国側の発表では日本側自衛隊機が先に攻撃機動(火器管制レーダー照射、ロックオン)を取ったので中国機が応戦機動を取ったということになっているが、これは日本側にすれば、領空に近づく戦闘機があればロックオンして対象の所在やヘッドの向き、スピードを測定するのは当たり前のこと。織田によれば海上の艦隊のロックオンと戦闘機のロックオンはかなり意味が違い、戦闘機のロックオンは相手を攻撃するためだけではなく、相手機を認識するためであり、攻撃を避けるためにも必要という。日本側からみれば、自衛隊機はスクランブル任務としての通常の行動をとったが、中国機は機首を自衛隊機に向けて攻撃機動に入ったため、自衛隊機がフレアを使って空域を離脱した、という織田記事とほぼ同じ内容になる。
参院選で忙しかったのかどうかは知らないが、日本が隠蔽を図ろうとした結果、中国はこの情報を中国に有利な形、つまり①自衛隊機が先に挑発した②中国戦闘機が自衛隊機でドッグファイトに勝った、という形で発信し、国内の戦意高揚・世論誘導を利用しただけでなく、日本の世論にもマイナスの影響を与えている。情報戦でも、日本は中国に後れを取ることになった。しかも、日本は中国の脅威を直視しなければならないこの状況で、自衛隊の情報漏えいの犯人探しの方を重視し、官邸と防衛の最前線との間にある不信感の払しょくにいまだ何ら、努力をしていない。
中国側はというと、こうして、海と空から段階を踏んで、日本の応対を瀬踏みしつつ、今回、中国公船による尖閣諸島領海侵犯を決行した。だが、日本側は、相手に痛くも痒くもない抗議を繰り返すだけである。このままであれば、中国にこのペースで行ける!とメッセージを与えてしまい、近い将来、中国は軍艦による尖閣領海侵犯まで起こすかもしれない。あるいは中国海上警察による尖閣上陸か。あの海域に漁民や海警船が居残っているのであれば、8月15日という、日本にとって喪に服す日を狙って何か、アクションを起こす可能性もあるだろう。
中国が尖閣奪取シナリオをどこまで考えているか、について一つヒントになることがある。8月5日の香港フェニックステレビの国際情報番組で、今回の事件についてキャスターが「中国の戦略の方向性としてはどうしたらよいですかね」との質問に対して、復旦大学歴史学教授・馮偉がこう答えていた。
「恐れていること」を直視し、自ら備えよ
「特に強調したいことはですね、2013年5月の日本産経新聞が報じたことです。つまり、中国が釣魚島の実行支配を奪取するならば、おそらく武装民兵と解放軍が漁民に成りすまして釣魚島12カイリ内に入ったあと、軍事行動を取るだろう、と。日本が一番恐れていることは、漁民が本物の漁民でないことなんですね。この情報が鍵だと私は思います。中国の取るべき行動は、日本が最も恐れていることをすればいいんです…」
このシナリオが実行されたとき、日本はどのように対応するか、準備はできているだろうか。
日本ではタカ派女性議員の稲田朋美が防衛相になったことで賛否両論の声が出ている。問題視する側は、この人事が中国や韓国を刺激し、日本の安全保障を危うくすると危惧しているのだろう。また、8月15日に現役防衛相として靖国神社に参拝するかどうか、そして参拝したことで、尖閣海域に集結する漁船や中国海警船のさらなる挑発行動を引き起こすのではないかと気にする人もいるだろう。だが、中国の尖閣周辺におけるアクションは、別に稲田をターゲットにしたものでもないだろうし、日本の防衛相がタカ派であろうがハト派であろうが、そのシナリオが変更されるものではない。
それよりも、必要なのは、この危機的状況に際して、防衛の最前線と官邸と国民が危機感を共有し、法律上に不備があれば素早くこれを是正し、情報の風通しと信頼を再構築して、来る危機シナリオを想定して、実力を増強し、どう乗り越えるかを考えることだろう。多くの人は忘れがちだが、もともとの領海が3カイリだったのは大砲の射程距離が3カイリだったことに由来する。主権は軍事力によって担保されるという基本を忘れて平和を語ることはできない。
『SEALDsと東アジア若者デモってなんだ! 』
日本が安保法制の是非に揺れた2015年秋、注目を集めた学生デモ団体「SEALDs」。巨大な中国共産党権力と闘い、成果をあげた台湾の「ひまわり革命」。“植民地化”に異議を唱える香港の「雨傘革命」――。東アジアの若者たちが繰り広げたデモを現地取材、その深層に迫り、構造問題を浮き彫りにする。イースト新書/2016年2月10日発売。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。