時に時勢に見放され、時に敵襲に遭い、時に身内に裏切られる――。栄華興隆から一転して敗戦に直面したリーダーが、おのれの敗因と向き合って問わず語りする連載「敗軍の将、兵を語る」を、「日経ビジネス」(有料)では原則毎号掲載しています。連載の魅力を知っていただくために、2018年3月の月曜から金曜まで、過去2年間に登場した「敗軍の将」たちの声を無料記事として転載・公開します。
(日経ビジネス2017年7月24日号より転載)
安売り競争で小売価格が下落している一方、原料費が高騰している「もやし」。収益性の悪化で生産者の廃業が相次ぎ、事業者数は8年間で約40%減少した。生産者団体は小売業者に対し、声明文を送付して窮状を訴えた。
林 正二氏
1953年生まれ。76年、東洋大学卒業後、もやし生産の旭物産(水戸市)に入社。99年、社長に就任。2009年5月、工業組合もやし生産者協会の設立(地域の工業組合を統合、改組)と同時に理事長に就任、現在に至る。
もやし廉売の概要
スーパーやドラッグストアでのもやしの廉売が常態化。2009年以降はデフレ進行の影響などでさらに店頭価格が低下。生産者にとっては納品価格が下落する一方、原料の緑豆は高騰。多くのもやし生産者が赤字に陥り、廃業も相次いだ。状況を是正するため、工業組合もやし生産者協会は今年3月、窮状を訴える声明文を小売業関係者に送付した。
2009年には全国で230社以上あったもやし生産者ですが、約40%の100社以上が廃業しました。現時点で130社以下となりましたが、廃業を検討する事業者も少なくありません。400億円規模の産業ですが、このままでは日本の食卓からもやしが消えてしまうことにもなりかねない。非常に危機感を募らせています。
原料は中国に依存
もやしは物価の優等生と呼ばれます。物価の優等生とは長年、小売価格が安くほとんど変動しない商品を意味します。実際、総務省の家計調査によれば1977年のもやし100gの平均価格は16.07円です。2009年は16.38円とほぼ同等です。しかもその後は下落して13年には14.64円まで落ち込みました。40年間、価格が変わらずむしろ下落しているのです。こうした状況ですからもやし生産者がスーパーやドラッグストアに販売する納品価格も低い状態が続いています。
一方、もやしの原料である緑豆の価格は03年から上昇傾向にあります。緑豆はほとんどが中国からの輸入です。日本で栽培されない理由は気候が合わないことです。緑豆は収穫期に雨が降ると豆のさやにカビが生えるなどして出荷できなくなります。収穫期は9月で日本は台風など雨の多い時期です。中国でも吉林省など特定の産地に限られています。
中国では安価な人件費で生産していますので、仮に気候の問題をクリアしても日本での生産は採算性を考えると難しいでしょう。実際、緑豆からの完全な国産もやしを目指した事業者もありましたが、成功していません。
中国産の緑豆が高騰している理由はいくつかあります。1つ目はトウモロコシなどより収益性の高い作物へ現地の生産者が転作していること、2つ目は人件費の高騰、3つ目は天候不順で収穫期に降雨があったことによる不作です。価格は17年2月時点で1トン当たり約27万5000円と03年の4倍以上になりました。
納品価格が低いのに原料価格が高騰すれば当然、収益を圧迫します。もやしは装置産業ですから固定費はどうしても圧縮できない。そのため多くの事業者がもやし生産で赤字に陥っています。私が社長を務める旭物産でも実はもやし生産は赤字です。カット野菜の生産も手掛けておりそちらは黒字でなんとか全体のバランスを取っていますが、非常に厳しい状況なのです。
スーパーやドラッグストアなどの小売店では1袋200gで販売するのが一般的です。1袋30円を割り込むようになった背景には、スーパーやドラッグストアの安売り競争があります。もともと、単価が安く、販売数が多い人気商品ですので特売の目玉にしやすい。中には生産者からの納品価格を下回る値段で販売するケースも多くあります。もやし販売で損をしても、集客につながれば小売店全体としてはメリットがあるわけです。
私たちとしては一定の納品価格さえ維持できれば、小売店が赤字覚悟で値下げすること自体はリスクにはならないという考え方もあります。スーパーが損をして売ってくれていることは、ある意味、生産者にとってはありがたいことともいえます。安く売るから大きな販売量が確保できるわけですから。逆に正常な価格になってしまったら、売れなくなるリスクもある。
そうは言っても、やはり安売りが続くと、例えば「もやしは19円なんだ」「安い商品なんだ」というイメージが消費者に定着してしまいます。そのことを一番、恐れています。
1袋9円で廉売する店も
過去には1袋9円で販売した小売業者もありました。それに対して協会として警告文を出しました。「この値段で販売を続けると不当廉売に当たる。公正取引委員会に報告します」と。この時はさすがに値段を変えてくれました。ですが、変えなかった事例もあります。公取が調査に入ることを察知して、その時は値段を上げましたが、しばらくして元に戻されてしまいました。
原料価格が高騰している現状では小売価格で1袋40円程度、納品価格は25~30円が適正だと考えています。店頭での過度な安売りをやめ、適正価格での取引をお願いするため、小売店の関係者に14年12月と今年3月の2回にわたって声明文を送りました。今年の声明文では「もやし生産者は体力を消耗しきっており、これ以上の経費削減への努力は既に限界を超え、健全な経営ができない状況です」と訴えました。主に取引会社の社長宛てで500枚、各社の社長から仕入れ担当者に通知されているところまで確認しています。
もちろん商品の高付加価値化や原料の変更など生産者側も努力する必要があるとは考えています。ですが、もやしの生産技術はかなり成熟しています。値上げできるほどの商品差を出すのは難しい。むしろ、手作りで昔ながらのもやしの味を売りにしている事業者もありますが、量産には向きません。
一方、原料はミャンマー産を取り寄せて検討もしていますが、現在の中国産には品質の点で劣ります。
ただ、こうした窮状を訴えたことでマスコミにも取り上げられたことから、小売業者の対応にも変化が見られるようになりました。まず、価格交渉の商談の土俵に上がってもらえる状況が生まれました。以前は厳しい販売競争の実態を主張されて、交渉すらできなかった状況でしたから大きな前進です。
これ以上、産業が縮小する前になんとしても安売りを食い止めたいと、今後も努力していく所存です。
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