米国が南沙諸島に派遣した駆逐艦「ラッセン」(写真:US Navy/ロイター/アフロ)
米国が南沙諸島に派遣した駆逐艦「ラッセン」(写真:US Navy/ロイター/アフロ)

米海軍が10月27日、南シナ海の人工島12カイリ内の海域に駆逐艦を派遣し、哨戒活動を行った。
ここは中国が「領海」と主張する海域だ。
中国は、事前の許可なく外国の軍艦が「領海」に入ることを拒否しており、今後、米中間の対立が深まることが懸念される。
米国の意図はどこにあるのか。中国はどのように対応するのか。
元自衛官で、中国の政治・軍事活動をウォッチしている、小原凡司・東京財団研究員兼政策プロデューサーに話を聞いた。(聞き手は森 永輔)

中国が埋め立てを進めている南シナ海の岩礁、スービ礁から12カイリ以内の海域に、米海軍が駆逐艦「ラッセン」を派遣し、哨戒活動を行いました。ここは中国が「領海」と主張する海域です。米国の狙いはどこにあるのでしょうか。

小原凡司(おはら・ぼんじ)<br/>東京財団 研究員兼政策プロデューサー<br/>専門は外交・安全保障と中国。1985年、防衛大学校 卒。1998年、筑波大学大学院修士課程修了。1998年、海上自衛隊 第101飛行隊長(回転翼)。2003~2006年、駐中国防衛駐在官(海軍武官)。2008年、海上自衛隊 第21航空隊副長~司令(回転翼)。2010年、防衛研究所 研究部。軍事情報に関する雑誌などを発行するIHS Jane’sでアナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャーを務めた後、2013年1月から現職。
小原凡司(おはら・ぼんじ)
東京財団 研究員兼政策プロデューサー
専門は外交・安全保障と中国。1985年、防衛大学校 卒。1998年、筑波大学大学院修士課程修了。1998年、海上自衛隊 第101飛行隊長(回転翼)。2003~2006年、駐中国防衛駐在官(海軍武官)。2008年、海上自衛隊 第21航空隊副長~司令(回転翼)。2010年、防衛研究所 研究部。軍事情報に関する雑誌などを発行するIHS Jane’sでアナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャーを務めた後、2013年1月から現職。

小原:「航行の自由」を守ることが米国の狙いです。「航行の自由」というと商船が自由に行き来できることを思い浮かべますが、米国がこの言葉を使う場合は「米軍が自由に活動できること」も意味します。何かあれば、いつでも必要な場所に駆けつけられる状態を維持する。

 中国は「南沙諸島とその周辺の海域」、すなわち南シナ海のほとんどの海域に「主権」を持つと主張し、米国の軍事行動を排除する意図を示しています。1992年に領海法を制定して、他国の軍艦が中国の「領海」を無害通航する権利を否定しました*1。国連海洋法条約は、他国の軍艦の無害通航権を認めています。米国は今回、中国のこの意図を挫こうとしています。

*1:沿岸国の安全を脅かさない限り、外国船が自由な航行を認められる権利

中国が南シナ海で取っている行動は、いろいろな面で問題視されています。それらのどの面に米国はフォーカスしているのでしょう。例えば、スービ礁の位置づけを問題視しているのか。岩であれば領土となりますが、岩礁ならば領土と主張することはできません。それともスービ礁を埋め立てたことが問題なのか。はたまた、埋め立てて造った人工島を軍事利用する可能性が問題なのか。

小原:スービ礁は暗礁です。領土と主張することはできません。埋め立てて人工島にしても、領土とはなりません。オイルリグが領土とはならないのと同じです。従って、この人工島から12カイリ以内の海域も領海とはならず、公海です。公海であれば、米海軍が哨戒活動を行っても何の問題もありません。米国は哨戒活動をすることで、この海域が公海であることを実力をもって示そうとしたのです。そして、同様のロジックが南シナ海全体に及ぶと主張したいのです。

中国は南シナ海に九段線と呼ぶ線を設定し、この域内に主権ともとれる権利を主張しているからですね。

小原:その通りです。

小原さんは中国が南シナ海で進める核戦略も重視しています。

小原:はい。中国は核ミサイルを搭載できる原子力潜水艦4隻を南シナ海に配備しています。その射程距離は8000キロ程度でしょう。これらの潜水艦が南シナ海から太平洋に出れば、米本土を射程に収めることができます。太平洋に出てしまった潜水艦を探知するのは、米海軍といえども、大変困難です。

 南シナ海における米海軍による対潜水艦哨戒活動が阻害されることになっては問題です。これも、米国が南シナ海における航行の自由を重視する理由の1つです。

中国の核戦略に関連して、フィリピンの西にあるスカボロー礁に注目されていますね。中国が実効支配しています。

小原:中国が南シナ海を面で支配しようと考えた場合、スカボロー礁を軍事拠点化することは有効な手段です。以下に挙げる3つの拠点と相互支援する体制を築けば、南シナ海における航空優勢と海上優勢を高めることができるからです。3つとは、中国海軍の基地がある海南島と、その南東にあり、既に滑走路が出来上がっているウッディーアイランド。そして、南沙諸島の一つで滑走路の建設が進むファイアリークロス礁です。

 中国はまだスカボロー礁の埋め立てには手を付けていません。米国の今回の哨戒活動は中国が行うかもしれないスカボロー礁の軍事拠点化を思いとどまらせる意図もあるでしょう。

米国は決して譲歩しない

米国が哨戒行動を始めたことについて、小原さんはどこに注目していますか。

小原:「口で言っても聞かないなら実力を行使する」という方針に舵を切ったことです。米国は中国に対して、南シナ海での姿勢を改めるよう何度も要求してきました。しかし、変化はなかった。

 米国は中国と軍事衝突することを恐れていません。中国が譲歩するまで一歩も引くことなく、主張を押し通そうとするでしょう。米国は、水面下で中国と協議することはしないことを示したわけで、これは、中国が求めている新型大国関係を否定したのと同義です。

 米国防総省は5月ごろから実力行使を主張していましたが、軍事行動に訴えたくないオバマ大統領が決断を留保していました。しかし、9月25日に行われた米中首脳会談の場で習近平国家主席が姿勢を変えなかったため、決断に至ったようです。

もし負ければ共産党による統治が揺らぐ

中国は譲歩するでしょうか。

小原:目に見える形で譲歩することは難しいでしょう。そんなことをすれば、国内世論が納得しません。

 ただし、軍事衝突に至る事態は避けたい。

 米中が軍事衝突に至る可能性はゼロではありません。中国は今回、追跡・監視・警告という対応をしました。しかし、米国が哨戒行動を続ければ、対応を強化せざるを得ません。米艦の進路を妨害することなどが考えられます。もし米艦に被害を与えることがあれば、米国は自衛権を発動して一層多くの部隊を南シナ海に派遣するでしょう。中国海軍がこれを阻止しようとすれば、最悪の場合、軍事衝突になってしまいます。

 もし中国が負けるようなことがあれば国内問題化し、共産党による統治が危機に陥ります。習近平政権としては、それはなんとしても避けなければなりません。

 このため、表面上は米中がともに退いた形を取りつつ、実質的には中国が米国に譲歩する形を模索することになるでしょう。しかし、どのような具体策が考えられるのか、今のところ私にもアイデアがありません。もしかすると、サイバーや宇宙の分野で何かしらの妥協をするのかもしれませんね。これらの分野は米国が最も懸念している分野。加えて、中国が譲歩をしても、表に見えづらいですから。

中国は、米国が哨戒活動を繰り返すならば、埋め立て活動を強化すると発言しています。今のところ、譲歩する気配はないですね。

この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます
残り989文字 / 全文文字

【お申し込み初月無料】有料会員なら…

  • 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
  • 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
  • 日経ビジネス最新号13年分のバックナンバーが読み放題